狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決

2006-08-28 07:43:20 | ★集団自決

渡嘉敷島の「集団自決」について当日記では「『鉄の暴風』(沖縄タイムス社刊)』の間違った記事が一人歩きして誤報が教科書にまで載った例だと再三述べてきた。

「従軍慰安婦」と同じパターンである。

誤報元の『鉄に暴風』が、例えば「梅沢ごときは、朝鮮人慰安婦二人と不明死をとげたらしい」といった明らかな事実誤認の部分を削除したにもかかわらず、ノーベル賞作家・大江健三郎著「沖縄ノート」(岩波書店)は訂正もせずに「軍命令を出した」として赤松大尉を鬼畜のように断罪し続けた。

以来、半世紀に渡って沖縄の「集団自決」と言う言葉は、沖縄戦における「住民を助けた米軍」に対して「残虐非道な日本軍」を象徴する言葉として生き続けた。

又この「事件」は著名作家である大江健三郎、曽野綾子両氏を巻き込んで大きな論争を引き起こした。

いや、正確に言えば沖縄タイム刊『鉄の暴風』を鵜呑みにした大江氏の「沖縄ノート」に対して疑問を持った曽野氏が現地調査の結果「軍の命令があったと言う証拠は無い」とその著書「ある神話の背景」で書いたと言うのが正しい。

半世紀以上の時の重みを破って「軍の命令は無かった」と言う最重要人物の新証言が出た。

その最重要証言者とは、

終戦直後の昭和20年代後半から琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった人。

琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた照屋昇雄さん(82)。

照屋さんは「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。

遂に沖縄戦史最大の謎に最重要証言者が現れたのだ。

照屋さんは、自分のついた「うそ」で、赤松元大尉が長年非難され続けてきたことがつらかったという。

今まで隠し通してきたが、もう私は年。いつ死ぬかわからない。真実をはっきりさせようと思った

人間人生の残りが少なくなると真実を隠しとおせないのであろう。

曽野綾子氏が綿密な現地調査の結果「軍命令あったという証拠は無い」と言った論旨で「ある神話の背景」(文芸春秋)を書いた当時、

地元二紙の猛烈なバッシングを受けた。かみそりの刃の入った封筒などが沖縄から送られてきたとも聞く。

名前を明かしたら沖縄では生きていけない・・・」と言う照屋さんの言葉は沖縄在住の者にしか分らない真実味が伝わる。

                  ◇

「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん

08:37

「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決 元琉球政府の照屋昇雄さん 

 第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。
 300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの「沖縄ノート」(岩波書店)では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
 その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」(文芸春秋)で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)
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【用語解説】渡嘉敷島の集団自決
 沖縄戦開始直後の昭和20年3月28日、渡嘉敷島に上陸した米軍から逃げた多数の住民が、島北部の山中の谷間で手榴(しゅりゅう)弾のほか、鎌(かま)、鍬(くわ)などを使い自決した。武器や刃物を持っていない者は、縄で首を絞め、肉親を殺害した後に自分も命を絶つ者が出るなど悲惨を極めた。渡嘉敷村によると、現在までに判明している集団自決の死者は315人。


【用語解説】戦傷病者戦没者遺族等援護法
 日中戦争や第二次大戦で戦死、負傷した軍人や軍属、遺族らを援護するため昭和27年4月に施行。法の目的に「国家補償の精神に基づく」と明記され、障害年金や遺族年金、弔慰金などを国が支給する。サイパン島などの南方諸島や沖縄で日本軍の命を受けて行動し、戦闘により死傷した日本人についても戦闘参加者として援護対象とされている。(産経新聞)1006年8月27日
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