狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

宮城晴美氏の苦悩(3)-かつて「命令はない」と確信

2008-10-16 07:45:34 | ★集団自決

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昨夜の記者会見では完全に開き直っていたネズミ講男の前田雄吉民主党議員。

やはり「良いマルチと悪いマルチがある。民主党のマルチは良いマルチ」、

こんな言い訳では世間様が許さないと気が付いたようだ。

国会議員がネズミ講のアドバイザーもしていたわけだから、党籍離脱、議員辞職でもまだ甘いと思うのだが、

中山議員に習って「次期衆院選に出馬せず」でお茶を濁すつもりか。

民主党が得意のネズミ講(無限連鎖講)でいえば、

マルチの輪は山岡賢次⇒藤井裕久⇒石井一⇒ ・・・と無限に続くはずだが。

やはり泰山鳴動ネズミ一匹でしたか。

 

民主・前田議員が離党表明=次期衆選出馬せず、小沢氏了承

 民主党の前田雄吉衆院議員=比例代表東海ブロック=は15日夜、衆院議員会館で同党の小沢一郎代表に会い、自身が代表を務める政治団体がマルチ商法業者から講演料などを受け取っていた問題で、「迷惑を掛けた」として離党する意向を伝えた。次期衆院選には出馬せず、決定していた愛知6区の公認も辞退した。小沢氏は了承した。
 この後、小沢氏は党本部で記者会見し、前田氏の意向を説明した上で「自分の取った行動が、国民、県民、(党の)仲間の多くに多大な迷惑を掛けたということを冷静に考えた末での結論だったと思う」と語った。小沢氏としては、衆院選を控えて党のイメージダウンを最小限にとどめるためにも、厳しく対処せざるを得ないと判断したとみられる。
 会見で小沢氏は、前田氏ら民主党議員を中心に結成されたマルチ商法業者の育成を目指す議員連盟の解散を指示したことを明らかにした。 
 前田氏は15日午後、記者団に「後ろめたいことはない」として離党を否定していたが、小沢氏との会談で翻意したとみられる。小沢氏は13日、前田氏に電話で業務停止命令を受けた業者からの講演料を速やかに返還するよう指示。14日夜も都内の個人事務所に前田氏を呼び、事実関係を聴取していた。(了)
(2008/10/16-03:27)

関連ニュース

小沢民主党代表の記者会見要旨(10/16 03:14)

                      

                   

 
真実の攻防 沖縄戦「集団自決」から62年 2部 <5>

宮城晴美氏の苦悩(3)-かつて「命令はない」と確信

自らの直感まで否定するのか

 宮城晴美氏(57)は証人尋問を行うに当たって裁判所に提出した陳述書の中で、「(著書『母が遺したもの』に)あえて第四部(母・初枝の遺言―生き残ったものの苦悩)を書いたのは、戦後の梅澤氏の行動が許せなかったからです。当時の守備隊長として、大勢の住民を死に追いやったという自らの責任を反故(ほご)にし、謝罪どころか身の“潔白”を証明するため狡猾(こうかつ)な手段で住民を混乱に陥れた梅澤氏の行動は、裏切り以外の何ものでもありませんでした。私の母も宮村幸延氏も、亡くなるまで梅澤氏の行動に苦しめられ続けたのです」と非難する。

 宮城氏が言う、梅澤氏の「狡猾な手段」というのは、当時の宮里盛秀助役の弟、宮村幸延氏が書いた「詫(わ)び状」に関してである。彼女は、この件について宮村夫妻に取材し、『仕組まれた「詫び状」―宮村氏の名誉回復のために―』(『歴史と実践』第26号 平成十七年七月号)という一文にまとめている。

 その記事で、宮村幸延氏は「(詫び状について)何も覚えていない。自分がこんなことを書く理由もないし、書けるわけもない」と弁明。宮城氏は「梅澤氏が言うように、たとえ宮村氏本人が書いたとしても、この筆跡からは尋常な状態だったとはいえまい。つまり、強いていえば泥酔して書かせられた可能性が高いということである。これが梅澤氏の策略だったのだろう」と厳しい口調で批判。「梅澤氏のとった行動は決して許されるものではない」と難詰する。だが宮城氏は、その直後に「確かに彼は『集団自決』の命令はしなかっただろう」と続けるのである。

 彼女は、この点を『母が遺したもの』の二百六十四ページから二百六十五ページにかけてもっと強い筆致で明記している。昭和五十五年十二月中旬、宮城母娘が座間味島で梅澤氏を案内する場面だ。

 <母としては梅澤氏が住民の「集団自決」を最も気にしていると思い、村の三役や住民が大勢亡くなった農業組合の壕の跡を先に行くつもりだった。しかし、梅澤氏は、部下の誰が、どこで、どんなふうに戦死したのかという質問に終始し、部下が死んだ場所に行くよう急(せ)かせた>

 そして、部下が敵に斬り込んで戦死した場所で、梅澤氏は膝(ひざ)を突いて死んだ部下の名を呼び、詫びる言葉を口にし、号泣した。その帰り道、村の三役と住民の「集団自決」の碑に差し掛かった時のことだ。

 <母が「ここでたくさんの住民が自決しました」と案内すると、梅澤氏は「あ、そうですか。この菊の花を手向けますか」と軽く言い、おもむろに車を降りていった。

 私はそのとき、住民に「玉砕」を命令したのは梅澤氏ではないことを確信した。もし、自分の命令で大勢の住民が死んだとなれば、たとえ“人を殺す”ことを職業とする軍人であれ、気持ちがおだやかであるはずはない。また、敵上陸直前の艦砲射撃のなか、指揮官である戦隊長が非戦闘員(住民)の生死を案ずるほど、ゆとりがあったとも思えない。母が話す住民の話題にはあまり興味を示さず、部下の話になると、たとえささいなことでも必ず反応する梅澤氏を見て、私は住民と梅澤氏の隔たりの大きさを改めて感じた

 記者(鴨野)は、ものを書く人間の大きな“武器”であり“財産”は、直感であると信じる。その人の社会的評価や過去に書いたもの以上に、その人に会っての印象、言葉や態度から自分自身はどう評価するか。目の前に起きている事件は歴史的な出来事か、それとも単なる一過性の事件か――これらの判断基準は、経験ではぐくんだ直感がものをいう。

 宮城晴美氏は、「戦後の梅澤氏の行動が許せなかった」という理由で書いた『母の遺したもの』の第四章の中で、「住民に『玉砕』を命令したのは梅澤氏ではないことを確信した」と書いたのである。梅澤裕という固有名詞を挙げて、彼は卑劣で許せないと人格攻撃をした章の中で、しかし彼は住民に「死ね」とは命じてはいない、と断言した。この記述は、重い。

 法廷で彼女は、『母が遺したもの』の文章に軽率な記述があったなどとして、書き換え中であると明かした。彼女が「確信した」という、この記述まで「間違い」であり、訂正するのだろうか。それはすなわち長年の取材で培ってきたジャーナリストとしての己の直感まで否定することになる。それでは一体、彼女は何を信じて、これから文章を書くというのか。

(編集委員・鴨野 守) 世界日報 平成19年10月27日

                  ◇

「贔屓(ひいき)目」という言葉が世にあるように、

いくら公平に物事を判断しようとしても、身内や知人、友人の言動を証言すると、つい贔屓目になる。

これは人間である以上避けられないものである。

刑事事件で身内のアリバイは重要視されないというのも納得できる。 

逆に憎悪を持つ人間が、その相手に有利な証言をするとどうなるか。

「贔屓目」の逆の意味で、その証言は普通の証言より真実味を帯びてくる。

>戦後の梅澤氏の行動が許せなかったからです。当時の守備隊長として、大勢の住民を死に追いやったという自らの責任を反故(ほご)にし、謝罪どころか身の“潔白”を証明するため狡猾(こうかつ)な手段で住民を混乱に陥れた梅澤氏の行動は、裏切り以外の何ものでもありませんでした。私の母も宮村幸延氏も、亡くなるまで梅澤氏の行動に苦しめられ続けたのです」と非難する。

ここに表れているのは宮城晴美氏の梅澤隊長に対する異常なまでの憎悪の念である。

その晴美氏が梅澤氏に関して自著で次のように書いている。

 ≪住民に『玉砕』を命令したのは梅澤氏ではないことを確信した≫

 

晴美氏の心に潜む真実の吐露とも言うべきこの文章を、鴨野記者は次のように表現している。

梅澤裕という固有名詞を挙げて、彼は卑劣で許せないと人格攻撃をした章の中で、しかし彼は住民に「死ね」とは命じてはいない、と断言した。この記述は、重い。

梅澤氏に対して憎悪を露(あらわ)にした晴美氏が書く「梅澤氏は命令していない」という言葉。

ここに真実がある。

 

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