狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

民主主義とは?沖縄紙のための民主主義講座!

2011-08-29 07:03:20 | 八重山教科書採択問題

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毎朝寝起きに沖縄タイムスの一面トップを飾る狂った大見出しを見るのが楽しみである。

で、今朝のおめざは・・・。

★一面トップ

教育委員長で再協議を

竹富教育長 県の指導要望

★社会面左トップ

「改革」の内実

匿名の議論 責任不在

推薦版退け「直感が一番」

再審議を要請 2教委に平和ネット

一面トップは、狂った見出しでなんとか埋め、辛うじて発狂新聞の面目を保ったが、さすがに息切れしたのか社会面トップは、「肝炎全面救済求める」に譲り、特集記事「狙われる国境の島」の見出しで左トップを埋めている。

沖縄タイムスの狂乱の情熱にもそろそろ秋風が吹き始めた気配である。

竹富町の慶田盛教育長が行った行為が、ルール無視で駄々こねる子供にも劣る恥ずべき行為であることは良識ある県民なら容易に理解できること。

この独裁者の開き直りともいえる一言隻句を一々取り上げ一面トップに掲載するヤクザ新聞。

これが沖縄タイムスである。

おいおい、タイムスさん、敵は本能寺ですよ。

県に指導を要請する相手は、ルール無視の竹富教育長ではないのかね。

独裁者が教育行政の責任者として君臨することは竹富町の子供たちにとってまことに不幸なことだが、それにも増して沖縄県民にとっての最大の不幸は、教科書採択のルールも理解せず、あまつさえ民主主義の何たるかを理解できない地元紙が沖縄の論壇を独占し、エラそーに教科書採択に御託を並べていることである。

ネットのすさまじい普及により、読者の情報収集力が格段に進歩している。

にも関わらず、旧態依然と情報はメディアが独占していると錯覚した沖縄タイムスは、本日もデタラメ記事満載の紙面で全国に恥を晒している。

だが、読者は教科書選定の仕組みを先刻承知しており、読者を無知だと勘違いした沖縄タイムスは連日デタラメ記事を垂れ流し、恥の上塗りの連続記録を更新中。 まさに裸の王様である。

次の一文は教科書採択の仕組みと民主主義の基本を噛み砕いて解説しているので、これを読めば沖縄タイムスでも今後はデタラメ社説で恥をかくこともないはずだが・・・。

イデオロギーで凝り固まった記者の読解力では、よく理解できないだろう。

読解力のある沖縄タイムスの読者のために引用する。

産経・【安藤慶太が斬る】沖縄教科書採択の深い虚構 「教職員の意見排除は非民主的」は間違いだ

 以前、北海道教職員組合(北教組)をこのコーナーで集中的に取り上げ、北海道の教育界を歪(ゆが)めてきた労使協定「四六協定」に焦点を当てたことがある。学校運営の細部に至るまで労使の話し合いで決められ、組合教師のやりたい放題が許されているという大変な問題である。

 無論、こういう協定が許されないものであることはいうまでもない。民主主義を歪めるものだからだ。

「民主的学校運営」の過誤

 学校運営というものは、その場の話し合いで進めればいいというものでは決してない。一般論で教職員と校長が共通理解を構築する大切さは無論あるが、聞き分けなく組合の論理や利害、思想、イデオロギーを持ち込む輩(やから)との間に共通理解など図れないだろう。

 学校で行われる教育活動というのは国民の税金、国民の代表者である国会で作られた法律などに基づき進められるものである。

 そこには教育がいかにあるべきかという国民の多くの願いや負託が込められている。そのために教職員に重い義務が課されることもある。

 それが教師にとって不本意だからといって現場に降りてきた段階で、「職場の話し合いこそが民主主義では大切だ」と掲げて勝手に変えられてしまってはどうなるか。これでは民主主義など逆に成り立たなくなるだろう。そういうことを何度も何度も繰り返し述べてきた。

メディアの悪意

 ところが、そういうことを多くのメディアは正しく分かっていないように思える。「現場の話し合いがいかに大切か」「とげとげしい職場ではいい仕事など出来ぬ」「校長と教職員が意思疎通を図ってこそいい教育ができる」などともっともらしい論理を展開しては、あたかも校長が教職員に耳を傾けるのが民主的でいい職場だと印象づけていくのが常である。

なるほどと国民を思わせておいて、あとは教職員のやりたい放題、組合天国が許されているというわけである。自宅研修はOKだし、意に反する人事異動だって許されないことになる。そういう悪弊に多くのメディアは知らん顔だ。

 全国学力テストでも、北海道の児童生徒の学力は、ざっとおしなべていえばダントツで低い。「点数学力を向上させるのが教育なのか」などとケチをつけてみたり、学力テストに協力はしないとか、全員調査ではなく、抽出調査に変えようとしたりと、いろいろな組合側に立つ論理が発信されているが、いずれも彼らの底意は透けている。

 要は彼らは口では子供たちのために、といいながら、児童生徒の肝心の学力などはそっちのけなのである。

民主的という言葉にご用心

 メディアの責任も重いが読者もこの手の甘い論理に惑わされぬよう眉に唾してかかったほうがいいと訴えたい。

 特に彼らが「民主的な学校運営を」という甘い言葉を持ち出したときは、要注意なのだ。それは決して民主的ではなくむしろ非民主的だったりするからである。

 卒業式で国旗掲揚に反対し、国歌斉唱に反対する。許されぬことだ。「民主主義だから教師と校長がよく話し合え」というが、これは本来、話し合ってはいけないテーマなのである。話し合う筋合いではない。法的に言えばこれは立派な管理運営事項であって、労使協議に付してはならないのである。

 ところが、現実はそうはならない。延々深夜の職員会議は糾弾、団交の場となる。校長が頭を下げて理解と協力を求める。

それでも糾弾はやまず職員会議は終わらない。追いつめられた校長はやがて身も心もボロボロになっていく。それが分かっているから、初めから国旗を掲揚したと教育委員会に報告はするが実際には校長室に飾っているだけとか、突き上げが怖くて見えないように掲揚するとか、インチキでごまかす校長だって出てくる。インチキが明るみに出れば、責められるのは校長のみだが、裏で必ずといっていいほど暗躍しているのが組合の分会長教師だったり、跳ね返り教師や、活動家教師だったりする。

 国旗掲揚にせよ国歌斉唱にせよ、そうしたテーマを話し合いのテーブルに乗せるべきではない。話し合いこそ、実は反民主主義的光景なのである。そういう虚構をメディアが放置したり、教師に加担したりする。嘆かわしく罪深いと思う。

教科書採択における虚構

 今、教科書採択が山場を迎えつつある。実はここにも同様の虚構が横たわっている。

 「教師の意見を聞かないのは公正な採択とはいえない」「沖縄の県民感情を踏まえた教科書採択を」などがその代表的な意見である。

 尖閣諸島を抱える沖縄県石垣市など3市町からなる教科用図書八重山採択地区協議会での採択を取材してきた。採択協議会は終了して、公民教科書に育鵬社版が選ばれたのだが、採択は教職員組合や彼らと関係する平和教育のグループ、市民運動と称するプロ市民、左翼活動家に徹底的にかき回され続けている。地元紙も加わって、そうした勢力を後押ししたのだが、彼らが唱えた論理というのは煎じ詰めればこうなる。

 「選ばれた教科書を使うのは教師である」。

 「教師に聞かないでどうする?」

 「教師の意見を排除するとは何事か?」

 「非民主的ではないか!」。

 「公正な採択ではないぞ…」

絞り込み、順位付け、学校票…いずれもアウト

 採択は本来、教育委員が教科書の内容に目を通して子供たちにふさわしい教科書を選ぶという民主主義に基づく手続きである。

教科書採択はレーマンコントロールを掲げる教育委員会制度の中核をなすものだ。

 レーマンというのは簡単にいえば素人である。教育の専門家ではない方々である。そうした人が地域の代表者として選ばれ、教育施策の中核となる教科書選びを任されている。無論、レーマンにも不心得者がいるだろうし、ただの名誉職、お飾りに過ぎない人もいるにはいる。しかし、教育の専門家の論理だけで学校教育を運営するのではなく、地域の教育を大所高所から見つめる見識あるレーマンに教育施策の意思決定を委ねている。これがわが国のルールである。そしてレーマンの選任をまた、地域の選挙で選ばれた首長に任せているというわけである。

 従って教育委員には高い見識が求められる。地域の子供たちにどういう教科書がふさわしいか。真剣に考えなくてはならない。教師がいいと言った教科書を唯々諾々と「それで行きましょう」では困るのである。

 ところが実態は教職員に希望を募り、彼らの意見に縛られる場と化している。選定のための資料づくりや調査研究を行う選定審議会という組織が置かれ、ここで各教科書の分析、調査、研究がなされる。事務的に調査研究するのであればいいのだが、ここに多くの教育のプロである教師達が集う。そして7社ある教科書を調べて3社だけ選んで残る4社をふるい落としたりする。

 教育委員が選ぶと制度的に定めていても、選定審議会が事実上の一次選考機関になって、猛威を奮う。ここで残らなければ、採択の議論の対象にすらならない。これは絞り込みと呼ばれるもので教育委員に与えられた権限を制約するダメ採択の典型である。

さらにいえば、この絞り込みのために地域の教員達が投票まで行ったりする。学校意見とか学校票と呼ばれるものである。東大阪や八重山採択協議会で続いていたやり方もこれに近く、順位付けと呼ばれるのも同様だ。いずれも悪しき採択例である。いずれも教師の意見が幅を利かせ、教育委員はこれを追認するだけのお飾りとなっているからである

「教師の意見を排除するな」という可笑しさ

 繰り返しになるが教職員が教科書の特徴などを調べるのはアウトではない。しかし、その一線を越えて教科書決定に口出しするのはアウトなのだ。教育委員に与えられた権限を縛り、採択を蹂躙(じゅうりん)する非民主的な行為だからである。

 従って「教職員の意見を排除するのは民主主義に反する」という論理は断じて間違っている。厳密にいえば教職員の意見を制度的に聞く場を設けているのだから、教職員の意見は全く排除されていない。事実関係としても間違っている批判である。意見を踏まえて決めるのはあくまで教育委員であるというだけの話だ。

 「協議会に教育の専門家が少ない」といって委員の追加を求めたり、採決直前となった協議会に日程の延期を求めたりする県教委の物言いが、いかにトンチキであるか。

 くどいけれども採択は教育の専門家が決めるものでは決してない。採択権の行使する場となっていた協議会の席を延期してください、ついては協議会のメンバーに学校関係者を追加してくださいと求める行為は市町村教委に与えられた採択権を奪うような行為である。そんな資格は県教委にないはずである。

 もっと言っておくと、協議会は採択を法的に正しい方向にするべく、順位付けを廃止しようとしたのである。もともと順位付けなどを文部科学省が不適切であるとして通知を流して禁じた。県教委も過去、同じ内容の通知を流したことだってある。それを踏まえて協議会が順位付けをなくそうとしたら、「民主的な運営が成されていない」と県教委が梯子(はしご)を外したのである。

 法律上、県教委が指導助言できる対象は市町村教委であって、協議会にはないことも大きな問題点だと指摘しておく。県教委が地元紙の“採択妨害キャンペーン”に唱和する形でやっていることはデタラメということである。

 八重山の教科書採択はまだまだ波乱があるかもしれない。ウオッチを続けながら次回も取り上げる。(安藤慶太・社会部編集委員)

           ☆

普通の読解力があれば、現在沖縄タイムスが展開している常軌を逸した「玉津潰し」キャンペーンが大間違いであることに気付くはずだし、批判すべき相手はルール無視の竹富町教育長であることに気がつくはずだが・・・。

読解力以前に思考判断がイデオロギーで狂ってしまったタイムス記者に間違いを認めさせることは、豚に説教するようなもの・・・と言ったら豚に失礼にあたるか。

 

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猛反対者の素顔 (町工場の親方)
2011-08-29 08:21:34

管直人は総理を辞めましたが、管と北朝鮮の底なしの黒い闇、日本革命を企む、北朝鮮工作員たちの極左政党との想像もつかぬ、常軌を逸した、巨額な金のやり取りは一向に国民の前に明らかにされていません。

っ先に追求すべき日本のマスコミは、島田伸介とやら芸能人のヤクザとの付き合いを大々的に連日書き立てています。
先日の8千人とか1万5千人とか言われる、のフジテレビへの抗議のデモ行進報道といい、ここまで腐リきったわが国のマスメディア(除・産経)、にはもはや言葉もありません。

私も不明にして、管直人と北朝鮮との関係がこれほどまでに、深いというか、酷いとは知りませんでした。

北朝鮮好きというと、私は、朝日新聞、(=築地カルト・チョーニチ)、槙枝元文・元日教組委員長、美濃部亮吉・元東京都知事、佐久川政一・元沖縄大学長、を思い浮かべます。

槙枝基文は1971年から1983まで12年間の長きにわったて、日教組委員長を務めた、(その前、9年間日教組・書記長をやっています)、人間ですが、北朝鮮賛美者、金日成崇拝者として有名で、槙枝は金日成を、

「世界で最も尊敬する人物」、
と公言していました。
槙枝と佐久川は、北朝鮮民主主義人民共和国、(北朝鮮)、及び朝鮮労働党の公式政治思想である、「チュチェ思想」、の信奉者で佐久川は、「チュチェ思想研究会全国連絡会会長」の肩書きで運動しました。

美濃部、佐久川の北朝鮮、金日成、賛美について。

美濃部亮吉 (東京都知事) の金日成首相会見記 「世界」 1972年2月号

美濃部・・一昨日からいろめいろなところを参観しています。工業農業展覧館、キム・イルソン総合大学を参観しましたし、昨夜は、歌と舞踊を見物しました。
私は、お世辞で言うのではなく、キム・イルソン首相の指導されておられる社会主義建設にまったく頭が下がるばかりで、感心しています。

金・・有難うございます。

美濃部・・私と一緒に来た小森君とも話したのですが、資本主義と社会主義の競争では、平壌の現状を見るだけで、その結論は明らかです。我々は資本主義の負けが明らかであると話し合いました。
これから残っている数日間に、できるだけ沢山見て回り、非常に困難な状況にある東京都の建設に我々が利用できるものは、できるだけ利用したいという考えを持っております。

※、美濃部の都知事選の際の、「朝日」の肩入れは大変なものでした。美濃部当選の時、社会部の部長だかは社内で 「万歳!」 と叫んだそうです。美濃部は3期12年やりましたが、北朝鮮に範を取っただけあって、その間、巨大な借金をして、東京の財政を惨憺たる破産状態にしてしまいました。

「諸君!」、平成9年5月号ーーー恵隆之介

・・・さらに興味深いマターがある。2月22日に放映されたテレビ朝日「ザ・スクープ」で、北朝鮮上層部と親交が深いことで知られる主体思想国際研究所理事長・井上周八氏が、北朝鮮の収容所の存在について質問された。井上氏は言下に存在を否定したあと、次のように発言したのである。
「沖縄大学の学長だった佐久川政一氏、彼はチュチェ思想に非常に熱心です。彼が朝鮮に行って(収容所が存在しないことを)見せてくれた。・・・「諸君!」、平成9年5月号ーーー恵隆之介
 北朝鮮の苛酷な収容所の存在は、数々の亡命者などの証言によって明らかになっている。その存在を頭から否定し、世界から孤立した北朝鮮の思想を賛美する佐久川氏が、現代沖縄のリーダーの一人となっている事実を、どう考えればいよいのだろうか。ちなみに井上周八氏は、先ごろの黄書記亡命について尋ねられ、「あれは韓国による拉致事件。…」と発言して失笑を買っている(「産経新聞」2月15日付夕刊)

日本嫌い、北朝鮮好きの、築地カルト、の拉致に関する、悪質な紙面操作についてはいずれ機会を見て書き込みます。

以下、ステファヌ・クルトア、
ジァン=ルイ・パネ、
ジャン=ルイ・マルゴラン、
共著

「共産主義黒書」ーー犯罪・テロル・抑圧ーー<コミンテルン・アジア篇>・・・恵雅堂出版、2006年

1.北朝鮮における犯罪、テロル、秘密ーーーピエール・リグロ

〔北朝鮮の党・国家の犠牲になった共産主義者〕、より。
フルシチョフ報告が何よりもまず共産主義者にた対する、スターリンの犯罪の告発だったことは記憶に新しい。北朝鮮においても、労働党内部における粛清の犠牲者名簿は長いものになるだろう。手始めに、北朝鮮の最初の政府の22人の閣僚のうち17人が暗殺されるか、処刑されるか、または粛清されたと計算している。(「粛清」、というと何か、「綺麗にする」、というような語感があるが、実態は、主として銃殺による死刑)

板門店の休戦協定が調印されるやいなや、北朝鮮内部でかなりの数の高級幹部が粛清されたことが判明した。1953年8月3日の「大裁判」、は、アメリカ人のためりスパイ活動と政権を転覆させようとする企画のかどで裁かれた、「国内派の」、共産党員を一掃するための機会となった。ハンガリー人の作家でジャーナリストのメライ・ティボールはこの裁判を傍聴した。彼は被告のソル・ジュンシクと期誘致の仲たったからである。ソルは1951年7~8月の開城での交渉、(休戦交渉は1951年7月10日、ムケソンで開始され、その後板門店に場所を移した)、における北朝鮮代表団の通訳補佐であり、詩人てあるとともにシェークスピアの朝鮮語への翻訳者でもった。

〔被告14号〕
囚人たちの上着の背中にはそれぞれ大きな番号がつけてあった。最も重要な被告は1で、あと重要度にしたがって14まで番号はつけられていた。被告14号はソル・ジュンシクだった。
私にはほとんど彼が見分けられなかった。かっての情熱的で美しかったその顔は暗く、疲労と諦めをだわわせていた。その暗鬱でやや切れ長の目から輝きがすっかり消えていた。彼の動作はロボットのようだった。何年も試練と拷問をくぐりぬけたあとで、外観がましになるような、、公判出廷までの数週間、非常によい食事を与えられたとのことである。裁判が公開で行われるのであれば、当局は傍聴者に、とくに西洋のジャーナリストに、囚人は健康で、よい食事を与えられ、肉体的にも精神的にも元気であるとの印象をあ縫えようとするのだ。しかし、朝鮮には、西洋からの通信員はおらず、いたのはただソビエト・ジャーナリズムと他の共産党新聞の代表だけだった。裁判の目的ははっきりしていた。それは、かっては多少とも重要な人物だったが、今は被告となっているこれらの人々の罪を立証し、彼らを辱めることだった。
それを別にすると、裁判自体は、ハンガリーやチェコスロヴァキアやブルガリアのもろもろの政治裁判に非常に良く似ていた。私はシルのその夜エーうな様子を見てすっかり動揺し、しかも通訳があまりに簡略だったので、起訴の正確なないようをほとんど思い出させないほどだつた。(私はただ、ソルが私を見てくれないようにとだけ期待しており、実際法廷は満員だったのでかれには私が見えなかったと思う)

私の記憶するかぎりでは、問題にされていたのは、国民の最愛の指導者、金日成の暗殺計画をともなう、朝鮮の人民民主主義にたいする陰謀であった。被告達は古い封建的秩序の復活を望んでおり、また、北朝鮮を李承晩の手に渡したがっていて・・・そして何よりもアメリカ帝国主義と彼らが報酬を支払っている先のためにスパイをしていた、というのだった。

被告の中には、高位の役人が少なからずいたーーーとりわけ、共産党中央委員会の書記の一人、リスンヨブ、内務部の白亨福、文化・宣伝副の趙一明であるる。
ソルはこのグループの中ではむしろ、゛ざこ゛だった。彼らの多くは朝鮮南部の出身だった。
ずつと以前から国内で闘ってきた共産主義者で、外務大臣の朴憲永自身も、1955年12月15日に死刑の判決を受け、その3日後、「アメリカの秘密工作員」、として処刑された。他の人々のケースがこれにつづいた。たとえば1956年、いわゆる、「延安」、グループの代表であり、中国の八路軍の元将軍であり、北朝鮮砲兵隊の司令官、ついで、南と国連軍にたいする戦争のあいだは中朝連合軍総司令部の参謀長をつとめた武亭の粛清である。

次の粛清が襲ったのは1958年3月で、許可而のように、ソ連とつながりのある幹部たちと、金科奉のように、再びいわゆる延安派の、つまり、中国とつながりのある幹部達であった。フルシチョフの改革を歓迎した幹部達も同時期に粛清された。
1960年1967年(党書記局の書記、キムガンヒヨブが収容所に送られた)、1969年(最も有名な犠牲者は、対南秘密工作担当の許鳳学だが、〔正式に首相を辞任したのは1998年〕、を筆頭とする、改革指向の党幹部と軍将校に対し、年の初めに粛清が行われた可能性がある。外国亡命者の証言によれば、住民に押し付けられる新たな物質的困難とからんで緊張状態が生まれるたびに、権力が少しでも責任を問われることのないよう、共産党幹部たちがスケープゴートに選ばれ、投獄されるか、収容所に送られるか、処刑されるのだという。

以上、スターリンによって作られた傀儡とも言われている、金日成の、親分・スターリンと酷似する、共産党独裁権力者の血塗られた、同志の粛清についてご紹介ました。

オーム真理教は、「アーレフ」、と名前をを変え、今なお、一定数の信者がいて活動しています。
カルトに嵌り、変脳した、一部の人間の信仰を覆すのは困難と考えます。

次回から、槙枝基文、元日教組委員長、佐久川政一・元沖縄大学長が、何より尊崇する、理想国、金日成・北朝鮮の、刑務所と収容所の実態、処刑、住民の抑圧、厳しい国内の階級制度、国民の飢餓等について、ご紹介いたします。。



町工場の親方殿へ (安仁屋正昭)
2011-08-29 11:20:23
親方殿

沖縄では、2000年5月3日から7日まで、当時3選に敗れた大田昌秀前知事・吉元政矩元副知事等が高教組、自治労の組員等120人余りを引き連れて、沖縄平和友好訪問団として北朝鮮を訪問しています。

この時参加した面々を調べたいのですが、何処をどのように調べればよいか、お知らせ頂ければ幸いです。
竹富の良心が問われる (安仁屋正昭)
2011-08-29 12:13:45
先日、竹富の教育委員会に強く抗議を入れましたが、見もしなかったようです。

本日、竹富町の教育委員会が教科書の採択をどのようにするのか結果が楽しみです。

仮に育鵬社の公民教科書を不採択にすれば、竹富町教育委員会は、その名に恥じる輩の巣窟であることを全県下に晒すこととなる。
本日の産経の記事はまさに正論 (危険)
2011-08-29 13:06:58
狼魔人さま

今回の産経の記事はまさに正論、拡散させていただきます。

もはや、新聞は退潮のメディアである。即時性に欠け、また幾重もの人によるチェックが入るインターネットのメディアにはかなうわけがない。現在は新聞であるが、そのうち既存のテレビにインターネットの波が押し寄せるのは確実である。

ネット時代では、新聞、テレビといえどもメディアの一つになってくる。沖縄のメディアは、発狂すればするほどに馬脚を露わにしてくれる。子供たちにとっては、実にわかりやすい「本当の」反面教師であることよ。

今は、いかに既存のメディアが「報道しないか」、「放送しても中身がうそ八百であるか」、「ごまかすか」を逐一インターネット側から発信していかなければならない時期であると思う。

あきらめるわけにはいかない。
徹底して、特定人に圧力をかけ続けるのならば、ネットから徹底して反撃すべきである。

ところで、いつも町工場の親方さんの見識には感心しております。次回のコメントを楽しみにしております。
玉津教育長への想い (太平山)
2011-08-29 18:25:02

今回の騒動で玉津教育長は沖縄の権力の魁である沖縄タイムス、琉球新報を始め沖縄メディアの総攻撃を受けた。事実誤認、歪曲、捏造、印象操作、アントニーの詐術と、ありとあらゆる手段でそれは為された。紙面はまるで戦争が起きたかのような、大事件が起きたかのような大文字の見出しが踊り、記事は玉津教育長への非難の声で埋め尽くされ、あたかも凶悪犯罪者を糾弾するが如きの報道である。

異常という他はない。通常の人間なら、あのように報道されるとノイローゼになり身心を病んでしまうのが普通ではないか。玉津教育長だってごく普通の人間である、何より家族がいる、自分のことはさておき家族のことを思えば、そのストレスたるや想像を絶するものがあっただろう。察するに余りある。

しかし大権力者の沖縄タイムスや琉球新報は正義をかざし、加害者のくせに被害者を装い一個人をなぶり痛めつけリンチをしつこくくり返す。容赦はしない。卑怯、卑劣と言った言葉がそれを表現できないくらいである。

メディアだけではない、沖縄の各政党も殆ど玉津教育長を非難するばかりで(自民党でさえ擁護はしなかった)、擁護する団体は皆無に近かった。実に玉津教育長は沖縄全体を敵に回したと言っても良い。

私は日頃沖縄の同調圧力を批判はするが、巨大権力者がその牙を個人に向けたとき、どのようにいたぶられるのかを今回の騒動で目の当たりにし、同調圧力の認識が非常に甘かったことを痛感した。

しかし、玉津教育長はその状況にもひるまず、自らの信念を貫き通した。みごとと言うほかはない。あの温和な顔のどこにそのパワーが秘められているのか、ただただ敬服するばかりである。

青山繁晴氏が云う、どんな組織にも良心的な人はいると。氏の言葉は沖縄には当てはまらないのではと思っていたが、その言葉通りに八重山日報が現れ、産経新聞社が援護した。

また、狼魔人さんがその巨魁に敢然と戦いを挑み、そのブログを通じて、沖縄タイムス、琉球新報の非道、狂乱ぶりを遍く全国に発信した。

沖縄県民は騙せても、全国の良識ある人は騙せない。今回の件で両社の信用は完全に失墜した。県にとっても大きなダメージである。両社はそのことをよくよく肝に銘ずるがいい。

おそらく玉津教育長のような人は二度と現れないのではと思うが、氏の薫陶を受けた子どもたちのみならず、心ある多くの子供たちが、その志を受けついでくれるよう願ってやまない。

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