狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

中国の映画監督が「歴史を鏡に」?お前の国には言われたくない! 

2007-08-14 08:00:51 | 歴史

世迷言  東海新報 ☆★☆★2007年08月12日付

 中国の首脳部は「してやったり」とほくそえんでいることだろう。一度切り損ねた外交カードが、これからも使えそうなことがはっきりしたからだ。「全閣僚靖国参拝せず」という主見出しに「終戦記念日・内外反発避ける狙い」という脇見出しは、主権国家が主権を放棄したに等しいていたらくを物語っている▼「靖国カード」が“発効”していたのは、小泉前首相以前の歴代内閣まで。その呪縛を経ちきったのは、むろん小泉さんで、とどめの一発は終戦記念日の八月十五日をわざわざ選んで参拝したことだった。それまで首相の靖国参拝に対する賛成、反対はほぼ拮抗(きっこう)していたものが、直後の世論調査では賛成が急上昇した。これは中韓の内政干渉に対する嫌悪感と、困難を恐れずに立ち向かった小泉さんの勇気に贈られた賛辞だった(略)

                     ◇

 中国の江沢民主席は、98年の訪日で「歴史を鏡に」を繰り返し、傲慢不遜な態度で心ある日本人の反発をかった。

中国にとっての「外交カード」は「歴史カード」。

「歴史カード」と言えば「靖国問題」。 その象徴的言葉が「歴史を鏡に」である。

小泉首相によって無力化された「外交カード」がまたぞろ復活したようだ。

評判の悪かった江沢民の「歴史を鏡に」は撤回したのかと思っていたら、どっこい中国は日本へ対する「歴史カード」を簡単に手放すはずは無かった。

最近出版された江沢民の「文選」三巻には依然として日本へ「歴史を鏡に」と歴史カードの有効性を強調している。

<・・・江主席の多弁と関連したユーモアも多い。そのうちの1つ。江主席は外賓のうち2つの国の客は必ず自分が会わなくてはならないと我を通した。米国と日本だ。米国代表団は江主席本人が英語がうまいから、日本人は歴史を知らないから自分が教える必要があるというものだった。日本に対する中国の立場は今も「歴史を鏡にして未来に向かおう(以史為鑑面向未来)」だ。

  江主席の言葉と文を盛り込んだ『江沢民文選』が数日前出版された。文選は中国の偉大な指導者に与えられる栄誉だ。党の中央文献編集委が編集し、人民出版社が出版する文選なので毛沢東、小平ら数少ない人物にのみ与えられた。>(中央日報)http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=78833

 

筆者は「歴史を鏡に」という言葉を聞くと反射的に江沢民の天皇陛下の前での無礼な人民服姿を連想し今でも腹が立つのを押さえ切れない。(江沢民の宮中晩餐会

今頃江沢民が「歴史を鏡に」なんて言おうものなら日本人の反発を食ってしまうだろう。

ところが沖縄だけは例外なのか。

昨日の琉球新報は江沢民に代わって中国の映画監督の作品を通じて、「歴史を鏡に」と言う中国のメッセージをコラムを使って伝達し、中国人監督の言葉を使って、ありがたい歴史の講釈をしている。

このコラムは、琉球新報が中国の政治プロパガンダ紙であることを証明している。

金口木舌2007年8月13日掲載  
 「以史為鑑」(歴史を鑑(かがみ)とする)。上映中のドキュメンタリー「ガイサンシーとその姉妹たち」の中国人監督、班忠義(バンチュンイ)さんの言葉が耳に残る
▼作品は中国山西省に侵攻した日本軍に拉致監禁され、性暴力を受けた女性たちを描く。被害者が絞り出す証言は筆舌に尽くしがたい
▼この日本軍部隊はその後、沖縄守備軍の一翼を担い、暴行や略奪などの問題を起こした。彼らを沖縄に運んだ「対馬丸」は、九州へ疎開する多数の学童を乗せたまま撃沈されている
▼山西省の侵攻部隊には県人も含まれるが、戦場体験はなかなか語られない。ある兵士は「上官の命令は天皇の命令。命令に黙々と従う『蟻の兵隊』だった」と証言する。彼らの一部は、日本軍首脳と中国軍閥が結んだ「密約」により、敗戦後も中国に残留して内戦に参加させられた
▼日本政府は「慰安婦」問題の直接関与をあいまいにし、沖縄戦の実相を薄め、軍命の犠牲になった「蟻の兵隊」の存在を認めない
▼歴史の鏡には国にとって「不都合な真実」も映っているが「日本が鏡から目を背けても、世界は同じ鏡を見ている」(班監督)。目を凝らして鏡に映る事実を謙虚に受け止められるかどうか、私たち世代の課題だ。 (琉球新報 8/13 10:04)

                      ◇

新報紙が中国人映画監督の口を借りてまで、歴史の講釈を垂れないでも日本人は先刻「歴史を鏡に」して聖徳太子の教えを護り中国とは一定の間を保って付き合ってきた。

なればこそ、学ぶべきものは学び、科挙、宦官、纏足、官僚賄賂による地方統治そしてアヘン吸引といった腐敗堕落の元は見事に日本の歴史から削除しているではないか。

兼好法師も既に鎌倉時代には「唐に学ぶものは薬以外に無し」と断言しているし、明治期の先哲福沢諭吉も「脱亜論」で中国をとの付き合いに警鐘を鳴らしているではないか。(ゾマホン、諭吉の「脱亜論」

その後は福沢諭吉の教えを無視し「五族共和と言った甘言に惑わされて中国に深入りして失敗したことこそ「歴史を鏡に」学ぶべきではないか。

「歴史を鏡に」⇒ 「中国には深く関わるべきではない」。(福沢諭吉)

中国自身が「歴史を鏡に」映してみたら綿々と続く腐敗堕落の姿が映し出されるだろう。

そして日本のように歴史に学んで腐敗堕落を取り除いたら、

鏡には何も映らぬ己が姿に驚くだろう。

 

参考:兼好法師の『徒然草』

【百二十段】
唐の物は、薬の外はみななくとも事欠くまじ。書どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん。もろこし船のたやすからぬ道に、無用の物どものみ取り積みて、所せく渡しもて来る、いと愚かなり。
「遠き物を宝とせず」とも、また、「得難き貨を貴まず」とも、文にも侍るとかや 。

 


 

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