狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

作家・曽野綾子 それでも「命令」の実証なし

2007-10-23 18:01:47 | 教科書

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曽野綾子氏の『集団自決の真相』を指して、小説家が得意の想像力で書いた歴史的に何の価値もない代物と罵る左翼論者がいる。

だが、少なくとも戦記ノンフィクションとされる『鉄の暴風』に比べるなら、

『集団自決の相』が格段に優れたノンフィクションであることは、

普通の読解力のある人が読めば自明のことである。

小説を書くのが本業の曽野綾子氏は本職の新聞記者が驚くような実証的取材の積み重ねで書いたのがノンフィクションが『集団自決の真相』だ。

同書の解説を書いた産経新聞論説委員の石川瑞穂氏は曽野氏の取材手法について次のように述べている。

≪曽野氏がとった手法は、時間と労力を要する取材だ。 今も昔もジャーナリストの常道とされる≫

曽野氏は綿密な取材で、『鉄の暴風』が断定する「集団自決は軍の命令だった」という命題に真っ向から立ちふさがった。

だが実証的取材にも拘らず「軍の命令ではなかった」と断定はしていない。

結論は渡嘉敷島の場合「赤松大尉の命令で集団自決した」という証拠は何一つ発見されなかったということである。

一方、新聞記者が書いた『鉄の暴風』の取材手法はどうだったか。

本人が現地に取材することもなく、当時現地にもいなかった二人の「関係者」の伝聞に基づいて作家も驚く空想力を駆使して書きまくった。

驚くことにその「関係者」の1人は「その時」南方に従軍していたというのである。

このように伝聞と想像力で書いた結果、本職の作家も驚く面白い戦記読み物に仕上げられたのが『鉄の暴風』である。

戦記と称しながら軍の命令を出したとされる赤松隊長の取材さえ行っていないというから驚きである。

赤松大尉は本人の知らぬ間に「残虐非道の赤松」と後に罵声を浴びせられることになる。

曽野氏は自身の取材について次のように語っている。

≪当時私はまだ30代で若く体力があったことと、作家になって15年以上が経過していたので、いくらか自分で調査の費用を出せるという経済的余裕があったことが、この調査を可能にしました。」≫
 
 
私はただ足で歩いて一つ一つ疑念を調べ上げていっただけです。本土では赤松隊員に個別に会いました。≫
 
≪グループで会うと口裏を合わせるでしょうが、個別なら逆に当時の赤松氏を非難する発言が出やすいだろうと思ってそのようにしました。≫
 
≪渡嘉敷島にも何度も足を運び、島民の人たちに多数会いました。大江氏は全く実地の調査をしていないことは、その時知りました。≫
 
実地調査もせず伝聞で書かれた「鉄の暴風」。
 
それを鵜呑みにした大江健三郎氏は「残忍な日本兵」と言う予断で赤松大尉を断罪し「沖縄ノート」を著した。

≪『沖縄県人の命を平然と犠牲にした鬼のような人物』は第一資料から発生した風評を固定し、憎悪を増幅させ、自分は平和主義者だが、世間にはこのような罪人がいる、という形で、断罪したのです。≫

≪当時、沖縄側の資料には裏付けがない、と書くだけで、私もまた沖縄にある二つの地方紙から激しいバッシングに会いました。≫

 

この半年の間、沖縄で起きた「集団自決」の「教科書記述」に関する異常ともいえる狂騒劇。

その間ひたすら沈黙を守っていた曽野綾子さんがやっと口を開いた。

「集団自決の真相」の著者自ら真相を語った。

                      ◇

【正論】集団自決と検定 作家・曽野綾子 それでも「命令」の実証なし
2007.10.23 03:42
 
 ■戦争責任と曖昧な現実に耐えること

 ≪大江氏の『沖縄ノート』≫

 1945年、アメリカ軍の激しい艦砲射撃を浴びた沖縄県慶良間列島の幾つかの島で、敵の上陸を予感した島民たちが集団自決するという悲劇が起きた。渡嘉敷島では、300人を超える島民たちが、アメリカの捕虜になるよりは、という思いで、中には息子が親に手をかけるという形で自決した。そうした事件は、当時島にいた海上挺進第3戦隊隊長・赤松嘉次大尉(当時)から、住民に対して自決命令が出された結果だということに、長い間なっていたのである。

 1970年、終戦から25年経った時、赤松隊の生き残りや遺族が、島の人たちの招きで慰霊のために島を訪れようとして、赤松元隊長だけは抗議団によって追い返されたのだが、その時、私は初めてこの事件に無責任な興味を持った。赤松元隊長は、人には死を要求して、自分の身の安全を計った、という記述もあった。作家の大江健三郎氏は、その年の9月に出版した『沖縄ノート』の中で、赤松元隊長の行為を「罪の巨塊」と書いていることもますます私の関心を引きつけた。

 作家になるくらいだから、私は女々しい性格で、人を怨みもし憎みもした。しかし「罪の巨塊」だと思えた人物には会ったことがなかった。人を罪と断定できるのはすべて隠れたことを知っている神だけが可能な認識だからである。それでも私は、それほど悪い人がいるなら、この世で会っておきたいと思ったのである。たとえは悪いが戦前のサーカスには「さぁ、珍しい人魚だよ。生きている人魚だよ!」という呼び込み屋がいた。半分嘘(うそ)と知りつつも子供は好奇心にかられて見たかったのである。それと同じ気持ちだった。

 ≪ないことを証明する困難さ≫

 これも慎みのない言い方だが、私はその赤松元隊長なる人と一切の知己関係になかった。ましてや親戚(しんせき)でも肉親でもなく、恋人でもない。その人物が善人であっても悪人であっても、どちらでもよかったのである。

 私はそれから、一人で取材を始めた。連載は文藝春秋から発行されていた『諸君!』が引き受けてくれたが、私はノン・フィクションを手掛ける場合の私なりの原則に従ってやった。それは次のようなものである。

 (1)愚直なまでに現場に当たって関係者から直接談話を聴き、その通りに書くこと。その場合、矛盾した供述があっても、話の辻褄(つじつま)を合わせない。

 (2)取材者を怯(おび)えさせないため、また発言と思考の自由を確保するため、できるだけ一人ずつ会う機会をつくること。

 (3)報告書の真実を確保するため、取材の費用はすべて自費。

 今日はその結果だけを述べる。

 私は、当時実際に、赤松元隊長と接触のあった村長、駐在巡査、島民、沖縄県人の副官、赤松隊員たちから、赤松元隊長が出したと世間が言う自決命令なるものを、書き付けの形であれ、口頭であれ、見た、読んだ、聞いた、伝えた、という人に一人も会わなかったのである。

 そもそも人生では、「こうであった」という証明を出すことは比較的簡単である。しかしそのことがなかったと証明することは非常にむずかしい。しかしこの場合は、隊長から自決命令を聞いたと言った人は一人もいなかった稀(まれ)な例である。

 ≪もし手榴弾を渡されたら≫

 この私の調査は『集団自決の真相』(WAC社刊)として現在も出されているが(初版の題名は『或る神話の背景』)、出版後の或る時、私は連載中も散々苛(いじ)められた沖縄に行った。私は沖縄のどのマスコミにも会うつもりはなかったが、たまたま私を探して来た地元の記者は、「赤松が自決命令を出したという神話は、これで否定されたことになりましたが」と言った。私は「そんなことはないでしょう。今にも新しい資料が出てくるかもしれませんよ。しかし今日まで赤松が自決命令を出したという証拠がなかったということなんです。私たちは現世で、曖昧(あいまい)さに冷静に耐えなきゃならないんです」と答えた。この答えは今も全く変わっていない。

 戦争中の日本の空気を私はよく覚えている。私は13歳で軍需工場の女子工員として働いた。軍国主義的空気に責任があるのは、軍部や文部省だけではない。当時のマスコミは大本営のお先棒を担いだ張本人であった。幼い私も、本土決戦になれば、国土防衛を担う国民の一人として、2発の手榴弾(しゅりゅうだん)を配られれば、1発をまず敵に向かって投げ、残りの1発で自決するというシナリオを納得していた。

 政治家も教科書会社も、戦争責任を感じるなら、現実を冷静に受け止める最低の義務がある。(その あやこ)

                     ◇

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沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実―日本軍の住民自決命令はなかった! (ワックBUNKO)
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6 コメント

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未だに一人も (検証人)
2007-10-23 20:18:19
「赤松元隊長が出したと世間が言う自決命令なるものを、書き付けの形であれ、口頭であれ、見た、読んだ、聞いた、伝えた、という人に一人も会わなかったのである。」

116,000人?を動員して、どうして断言出来る証人は一人もいなかったのでしょうか。
うまい! (ヒロシ)
2007-10-23 20:48:26
検証人さん、上手い突っ込みです。
無いものは無い。
どんなに人数を集めても絵に描いた餅。
11万人の「無かったはずだ」「そういう空気だった」という人たちよりも金城さんや照屋さんたちの言葉の方が沖縄の将来のためになります。
感情、で断言する事の危険。 (Mika Wilson)
2007-10-23 21:55:55
また、ネットの濫用の危険、
を学生に教えねばならないようですね。

科学と
芸術・文学との区別が
無茶苦茶になってしまった、と思います。

前項コメント欄にて、
・・・噂では聞き知っておりましたが、
「ウイキぺディア、からの引用は
大学の論文では認められない。
何故なら
文責・記名・出典記載の無い記事・項目が
ほとんどだからである。
つまり、信憑性無しである。」
が、社会常識・社会通念だという事を
”知らない若年層”が
現実に存在すると、
目の当たりに致しました。

若年層とは、限らないのかも知れません。

ネットは便利で有能なツールですが、
出典も執筆者も明記されていない
”単なる任意書込み”を
易々と、しかも「権威」として
持ち出す日本人は、幼稚だと思います。

アメリカはネット上でも
実名を名乗る者が多いですが、
匿名、仮想がお約束の日本のネット常識ならではの、アメリカとは逆の意味での
「知的無防備さ」に、情けないです。

私が貴兄をはじめ、
今や左翼ブログを上回る
知性派・硬派の方々のエントリーを
貴重な情報とし収集しているのは、
出典・引用元・情報源が
きちんと明記されているからです。

・・・”私的”には、
~思う、感じる、に違いない、らしい、
という「伝聞・推測・印象・感情」
が「断定」へ・・・
~に、間違いない!事実だ!!
では、反・知性に過ぎるというか・・・

警察の捜査、検察の立件、起訴は、
司法による裁判は、
成立しなくなってしまう、のでは無いでしょうか。

日本が治法国家ではなくなって行く道を、
左翼は日教組と共に
先導しているんじゃないでしょうか。

貴兄に賛同する方々は
沖縄にも、実は大勢いらっしゃるはず。
「話にならない」相手とは、所詮、
対話が成立しない、と
ずっと黙らざるを得なかったんでしょう。
赤松隊長、梅沢隊長のように・・・

・・・ブログという”場”は、
そんな沖縄の「怖い空気」を
突破し始めているんじゃあ、ないかと思うのです。

やがて、バーチャルからリアルへ、
「語る」から「実践」へ、
と進化すると思います。

ウィキぺディアを信じる、 (Mika Wilson)
2007-10-23 22:00:25
って、若い方でしょうか?
大学では、論文・レポートに引用認められていない
って、ご存知ないんでしょうか?

また、唖然としました。
だぶりました。 (Mika Wilson)
2007-10-23 22:15:00
最近、保守系ブログの管理人諸兄が
書いておられますが
ブログに一回でアクセスできない、
書込みが一回でできない、
・・・など奇妙な事があります。

今回も、一回目で表示消えてしまい
やむなく短文で再送信。

だぶりました。
御免なさい。

ウィキペディアの人 (文太)
2007-10-24 03:14:31
あれ「俺様スタンダード」で罵倒しに来てるだけですね。あそこまで話にならない論理を唯我独尊で来られたら、チンパンジーと議論するようなもんでしょう。

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