狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

強制された?吉川証言 証言のロンダリング

2008-09-30 09:55:38 | ★集団自決

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吉川さん「参加者に勇気をもらった」

県民大会から1年

真実再び  背押され走り続けた

これに吉川氏が会場の海浜公園の芝生に座っている写真を添えたのが、昨日の沖縄タイムス社会面トップの見出しである。

そして次のような導入文が続く。

≪「日本軍の命令、誘導、強制がなければ『集団自決』は起こらなかった」。 渡嘉敷島で「集団自決(強制集団死)」を体験した吉川嘉勝さん(69)は、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」で証言者として訴えたことで、生活が大きく変わった。 「参加者から勇気をもらった」。約11万人の熱気に包まれた宜野湾市・宜野湾海浜公園を1年ぶりに訪れた。(平良吉弥)≫

 

渡嘉、座間味両島の集団自決では「軍の命令或いは強制」といった客観的証拠、証言は皆無であり、これまで証言といわれるものは全てが「伝聞」「推量」の域を出るものはない。

渡嘉敷島の証言者の中でも見出しを飾っている吉川氏のこれまでの証言内容の軌跡を追うと、上記の皆無の意味が分かってくる。

先ず見出しと記事の中に象徴的な文言が複数含まれているのでそれを列記するとこうなる。

①参加者に勇気をもらった

②背中押されて走り続けた

③「日本軍の命令、誘導、強制がなければ『集団自決』は起こらなかった」。 

吉川氏は大会当日、証言者として③のように発言したが、これは同氏のこれまでの発言とは主旨が異なる発言であり、

まさにマスコミの煽る空気に呑まれて「赤信号皆で渡れば怖くない」の心境になったのではないかと想像できる。

そして一旦群集の前で発言すると、これが「ロンダリング」されて真実の顔で一人歩きを始めるのである。

つまりこれまで「軍命はなかった」と発言していた吉川氏は「11万人」の①参加者に勇気をもらって

沖縄タイムスに②背中を押されて、

③「日本軍の命令、誘導、強制がなければ『集団自決』は起こらなかった」という虚偽の証言をするに至ったのである。 

では、これまで吉川氏はどのように発言していたか。

それまで(「11万人」集会まで)集団自決の語り部で知られる吉川氏は、

マスコミに引きづられるようなことはなく、比較的冷静な発言をしていた。 

同じ渡嘉敷島の体験者の宮平幸秀さんも「平和学習活動をしているが、吉川先生(元校長)の話は信頼できる」といっていたくらいである。

島の平和教育の語り部として吉川氏は次のように話すのが精一杯であった。

自決命令は、無かったかもしれないが、軍隊がいたから集団自決は起こった。軍国主義教育があったからあのような悲劇は起こった。」(県議調査団の聞き取り)

自決命令の存在は否定しながらも、「軍の存在」や「教育」が悲劇の原因になった、としている。

ところが「11万人」大会で発言し沖縄タイムスの記事になると次のように発言が微妙にロンダリングされてしまう。

日本軍の命令、誘導、強制がなければ『集団自決』は起こらなかった」。 

何処が違うのか。

平和学習で語り続けていた「軍の存在」が⇒「軍の命令、誘導、強制」と見事にロンダリングされているではないか!

沖縄タイムスの読者はあの謹厳な元校長の吉川氏が「11万人」集会であのように発言し、タイムスに記事となるのだからその発言を「真実」と勘違いしても仕方ないだろう。

だが、吉川氏は沖縄タイムスによって「ウソ」を行かされているのだ。

以後吉川氏は「毒を喰らわば皿まで」の心境で、

沖縄タイムスの言いのままの発言を続けるであろう。

これまで沖縄タイムスでこの手の記事では謝花直美女史の独壇場だったが、最近では謝花女史は「琉大事件」専属で、代わって昨日の記事は平良吉弥記者の署名入り記事。

沖縄タイムスに「証言ロンダリング」の新しいスター記者の誕生なのか。

それとも吉川氏と謝花女史とが師弟関係にあることを当日記に指摘され、今回だけ平良記者にピンチヒッターになってもらったのか・・・まさかね。

続・悲劇を呼ぶ濃密な人間関係

 

「11万人」集会前後の沖縄の異常な雰囲気は過去エントリーでも述べたが、当事者の渡嘉敷村、座間味村でなくても、

例えば与那原町のように、町の予算で無料バスを仕立てて全員参加を企画した自治体もあったほどだが、吉川氏の渡嘉敷村ではバスどころか参加者もほとんどいなかった。

与那原町はバスで町ぐるみ参加?
町長さんは稀代のワル? 県民大会に不参加者は村八分?

当日、吉川氏は親戚でもある源哲彦氏と同じ車で会場に向かったが場所を間違えて行き過ぎてしまったとのこと。

後の調査によると当日大会に渡嘉敷村より公式に参加したのは村長も含めて計8人で、一般参加者は10名前後、多くても15名だという。

島の住民たちが比較的冷静だったのに対して、

本島に移住している一部郷友会員(役員、幹部は25年忌に来島した赤松隊長を阻止した、当時の青年会員メンバー)は、

村が団体を組んで結団式から大会まで村旗の下に集結、参加しなかったことを憤っていたという。 こ

こではノイジィマイノリティの意見はサイレントマジョリティによって無視されたことになる。

当日は村にも多くの問い合わせがあったらしいし、問い合わせた知人の話によると、村で軍命説を支持しているわけではないので、大会動員に関して村が主導することはできないと、村としての意志決定はしていないと、説明があったとのこと。

結局、「11万人」集会は島の人々は吉川氏のような一部を除いて、島以外の勢力のの強制動員だったことが分かる。


 

吉川氏の過去の発言に関して、過去エントリーを引用してこれを検証してみる。

                    ◇

【再掲】

■平和学習の語り部が証言者■
  
沖縄タイムス;「集団自決」の現場視察 県議会文厚委【写真】

証言者・吉川嘉勝氏(68)は調査団に対し、

自決命令は、無かったかもしれないが、軍隊がいたから集団自決は起こった。軍国主義教育があったからあのような悲劇は起こった。」

と語った。

吉川氏は最近(4月19日)まで渡嘉敷村の教育委員長を勤めていた教員上がりの村の偉い人でもある。http://www.vill.tokashiki.okinawa.jp/vill_inf/so_6/so_6_01.htm

このように沖教組関連の「平和教育」でどっぷりツカッタ文教委員議員団の調査は、形だけのアリバイ作りのためだけの噴飯モノあった。

ちなみにこの吉川氏、島に戻った今は、地元の子どもや修学旅行生を相手に平和学習の案内役をしていると言う。

そう、吉川さんは証言者である一方、「平和学習」の語り部でもあったのです。

いくら語り部でも、日本軍の残虐さは語って語っても「自決命令は、無かったかもしれないが、軍隊がいたから集団自決は起こった。軍国主義教育があったからあのような悲劇は起こった。」と語るのが精一杯だったのでしょう。

参考:「平和学習」
埼玉の中3生、修学旅行で「集団自決」地に 「平和」努力を決意 カメラ  (7/5 16:05)

 

この吉川氏が証言するのは今回が始めてではない。

今年の慰霊の日の朝日新聞の記事で証言している。

だが、「軍曹が命じた」と巧妙に作文された朝日記事でも

吉川氏は一言も「軍の命令」とは証言していない。

 

http://www.asahi.com/national/update/0623/SEB
200706230011html

62年前に見た集団自決の現場 「軍曹が命じた」
2007年06月23日15時30分

 沖縄戦の戦没者ら約24万人の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」。糸満市摩文仁(まぶに)に立ち並ぶ碑の前で23日朝、元中学校教諭の吉川嘉勝さん(68)は妻の英子さん(68)と一緒に静かに手を合わせた。礎には米軍の艦砲射撃で亡くなった父の名がある。

 62年前、吉川さんは「集団自決」の現場にいた。

 那覇市の西約30キロにある渡嘉敷島。周囲25キロの島に米軍が上陸したのは45年3月27日のことだ。住民らは土砂降りの雨の中、島北部の通称「北山」を目指した。吉川さんと家族もその中にいた。当時6歳だった。

 「集団自決」が起きたのは翌28日。たどり着いた山中で家族や親類ごとに円陣を組んで座った。村長の短い訓示の後、「天皇陛下万歳」の叫びとともに、あちこちで手投げ弾が爆発した。

 吉川さんの家族ら約10人が輪になった中でも、義兄らが手投げ弾を石に打ち付けた。だが、爆発しない。父は「火を燃やして、投げ入れろ」と指示した。

 母が叫んだ。「手投げ弾を捨てろ」。生きられるだけ生きるべきだと必死に訴えていた、と吉川さんは振り返る。家族はその場を逃れた。

 母が教えてくれた「命の重さ」を伝えるため、吉川さんは教師になった。校長を最後に教職を退き、島に戻った今は、地元の子どもや修学旅行生を相手に平和学習の案内役を務める。「自分たちの歴史を知り、戦争のない社会をつくってほしい」と語り続ける。

 その島で、沖縄国際大名誉教授の安仁屋政昭さん(72)は88年、かつて村の兵事主任だった故富山真順さんから、ある証言を聞いている。

 富山さんは45年3月20日、戦隊からの命令で17歳未満の少年と役場職員を役場の庭に集めた。兵器係の軍曹が住民二十数人に手投げ弾を2個ずつ配り、「敵に遭遇したら1発は敵に投げ、捕虜になる恐れのある時は残りの1発で自決せよ」と訓示した、という。

 沖縄ではいま、「集団自決」を巡る教科書検定で「日本軍による強制」が削除されたことに強い反発が起きている。安仁屋さんは言う。「富山さんの話は自決命令の存在を示す重要な証言だ」
 
朝日新聞は、既に「集団自決」の「軍命令論争」で敗北していることを承知している。

子分ともいえる沖縄タイムスが暴走するの止められず、当たり障りの無い記事でしか援護できない、・・・というより、既に敵前逃亡を決め込んでいる。(朝日の敵前逃亡 沖縄の「集団自決」 

                     ◇

これまでも学術調査団が何度も現地調査を行っており、「軍命令はなかった」という多くの証言者がいたが、これらは地元マスコミに載ることはなかった。(例えば宮平さん→★文末に引用)

■【動画と“新聞証言”の違い】

いずれにせよ、マスコミは自分等に不都合な事実は報じない。(これは金城さんも言っている)

琉球新報、沖縄タイムスが「集団自決」の生き残りで当時14歳の金城さんの証言をどのように歪曲して報じたか、つぎの【動画】で確かめて欲しい。

【動画・金城武徳さんの証言】http://www.youtube.com/v/P16oG_3X89o

 

連日紙面を飾るのは「多くの悲惨な証言がある」と言う極めて曖昧な記事のがオドロオドロしく報じられる。

確かに沖縄戦で悲惨な体験をした人は数多くいるだろう。

だが、「数多くの悲惨な証言」を必死で「軍命令で集団自決した」の結論にもっていこうと紙面づくりに追われているのが地元二紙だ。

最近では「命令の有無ではなく、強制性が問題だ」なんて言い変えだしているようが・・・。

そのうち「強制性の有無ではなく、軍隊がいたことが問題だ」なんて言い出すと思う。

まともな研究者、そして良識ある証言者達は皆「その事実」に気がついている。

アリバイ作りの県議団調査  結論は決まっていた!

 

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