狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

恥を知らない大江健三郎氏

2011-04-25 05:46:41 | 大江健三郎のいかがわしさ

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 愛媛新聞社説

沖縄ノート訴訟 「表現の自由」の重さを再確

2011年04月24日(日)

 作家大江健三郎さんの「沖縄ノート」などの記述をめぐり、旧日本軍関係者が出版差し止めなどを求めた訴訟で、最高裁は上告を退ける決定をした。「集団自決」に軍が関与したことを認め、名誉毀損(きそん)を否定した大江さん側勝訴の一、二審判決が確定した。
 極めて妥当な決定である。
 名誉棄損は判例上、表現に公共性と公益性が認められ、真実の証明か、真実と信じるに相当な理由(真実相当性)があれば責任は問われない。最高裁が、表現の自由の重さを再確認した意義は大きい。
 太平洋戦争末期の沖縄戦の際、座間味や渡嘉敷島などで多数の住民が手りゅう弾などを使って集団で自決した。軍による命令が通説とされてきたが、島の元守備隊長らが2005年に「誤った記述で非道な人物と認識される」として大阪地裁に提訴した。
 裁判では、軍や元隊長らによる住民への命令の有無などが争われた。
 二審判決などは、集団自決に軍の関与があったことは認めたが、元隊長らが直接住民に命令したかどうかは断定できないというものだった。
 その上で、沖縄ノートの発刊当時は、隊長命令説が学会の通説といえる状況であり、真実相当性があったと認定。また、記述は高度な公共の利害にかかわり、公益を図る目的だったとした。
 一、二審は史実論争に一石を投じた。が、最高裁は「原告側の上告理由は事実誤認などで、民事訴訟で上告が許される場合に該当しない」と判断を避けた。
 史実の認定が、法廷に持ち込まれたことには違和感がある。今後とも学会などで論議を深めていくことが必要だ
 この訴訟は教科書検定にも大きな影響を及ぼした。
 文部科学省は07年、軍による自決強制の記述の削除・修正を求める教科書検定意見を公表した。係争中が理由の一つだった。
 突如、歴史が塗り替えられる。沖縄県民の無念さ、怒りは理解できる。
 その後、軍の関与を示す記述への訂正申請を認めたものの検定意見はそのままだ。文科省はこの際、最高裁決定を真摯(しんし)に受け止め、検定意見を撤回すべきである。
 歴史教育は時々の為政者や政治情勢に左右されるようなことがあってはならない。この事も確認しておきたい。
 二審判決は、批判と再批判の繰り返しの過程を保障することが、民主主義社会の存続基盤である、と述べている。そして仮に後の資料から誤りとみなされる主張も言論の場で無価値とはいえず、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障する、とも。
 表現の自由が民主主義の基盤であることを痛感させられる訴訟でもあった。

                             ☆

愛媛新聞の社説は、集団自決訴訟の最高裁判断に関して軸足は左派ながら、比較的冷静な分析ができているので保存資料として引用した。

少なくともこの問題に一番熟知しているはずの沖縄2紙の色眼鏡越しの社説よりはるかに裁判の本質をつかんでいる。

裁判の核心が「軍命の有無」であることはいうまでもないが、社説が指摘するように、史実の認定を争うのは裁判にはなじまない。 したがって原告側は名誉毀損で提訴し、その名誉を毀損している出版物の出版差し止めを請求し、同時に名誉回復を図るというのがこの裁判の本質である。

言い換えれば被告側の「言論(出版)の自由」に対して、出版(言論)に「よって踏みにじられたに原告側の「人権保護」の対決ということもできる。

結局『沖縄ノート』の内容に間違いがあっても、表現の自由を守るためには「寛容さ」をもって我慢せよ、というのが最高裁の判断ということになる。

人権保護には喧しいはずの日本の司法が両隊長の人権を踏みにじってでも、ノーベル賞作家の表現の自由を守れと判断したのだ。

大阪高裁が、尊敬するノーベル賞作家の「表現の自由」と 侮蔑すべき元軍人の「人権保護」を秤にかけたらどうなるか。

大阪交際が、判決を下した経緯はこのエントリーに詳しい。

ノーベル賞作家への配慮が裁判官を萎縮させた!秦郁彦氏

 

大江健三郎氏が40年前に『沖縄ノート』を書くにあたって真実と信じ込んだ『鉄の暴風』は、その後の検証により伝聞と風評のみのデタラメな本だということが分かっている。 当然それを引き写した『沖縄ノート』に間違いがあることは最高裁も認めるところである。

だが、最高裁が次のように「無価値でない」と決め付けることで、大江氏が増長して「高校生にも読ませたい」みたいな思い上がった発言をすることに危惧を覚える

>仮に後の資料から誤りとみなされる主張も言論の場で無価値とはいえず、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障する

大江氏の意味不明な文体で書かれ、しかも間違いの入り交じった『沖縄ノート』が、『鉄の暴風』と並んで沖縄戦記のバイブルとなることを危惧するのである。

沖縄紙に識者として頻繁に登場する小牧薫氏は、被告側支援団体の事務局長でありながら『沖縄ノート』の内容に問題があることを認めているくらいだ。

小牧氏がやしきたかじんの「そこまでいって委員会」に高嶋伸欣琉球大学名誉教授と二人で出演したときの様子を、過去エントリーから次に抜粋引用する。

被告支援事務局長が「沖縄ノート」を批判!■
 
圧巻は大江健三郎氏の『沖縄ノート』を掲げて、大江応援団にこれを批判させたこと。
 
 
 勝谷さん
根本的なことを小牧さんに、大江裁判のことを聞きたいけども、さっきね、現場を調べて事実はどうだったかっていうことが大事だとおっしゃいましたよね。(大江は現場調べてないのに『沖縄ノート』で)何で人のことを『ペテン』『屠殺者』『戦争犯罪人』って書ける?僕はこれだけで十分名誉棄損だと。皆さん読んで下さい。これね、戦後最悪の本です」(宮崎さんとあと何人か同意)

 小牧さんの反論。
 「私たち沖縄戦裁判支援連絡会は、大江さんや岩波書店を支援しているのではありません。あの裁判が不当な沖縄戦の事実の歪曲をしてるから。沖縄戦の真実を明らかにして広めたいと活動してる。だから勝谷さんが大江さんの『沖縄ノート』をどう思われるかは、それは勝手なことで」

 辛坊さんが「じゃあ小牧さんは『沖縄ノート』についてはどうお考えですか?」とGJツッコミ。
 すると小牧さん、「内容については一定の批判があります」。(
ぼやきくっくりさん)
 
勝谷さんの迫力に押されて小牧氏は驚くべきことを発言してしまった。
 
なんと!大江・岩波沖縄戦裁判支援連絡会事務局長である小牧 薫氏が、「大江健三郎氏や岩波書店を支援しているわけではない。 『沖縄ノート』には一定の批判がある」と白状してしまったのだ。
 
応援団長が、応援すべき相手を必ずしも支援していないし、題になった「沖縄ノート」に対して批判があるというのだ! 
 
 
             ☆
 
大江健三郎は、最高裁が内容の誤りを認め、応援団長の小牧氏が内容に疑問を呈している『沖縄ノート』を、高校生にも読ませたいと嘯いている。
 
この男の辞書には、恥の一文字が欠落しているのであろう。
 
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6 コメント

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Unknown (Unknown)
2011-04-25 09:00:06
出版物の内容に誤りがあることが判明したならば速やかに訂正することこそが、言論者たるものの責任であり、それによってこそ言論の自由も意味を持ちうる。

大江氏のやっていることは言論の自由の意味を自己擁護のためだけに用いており、言論の自由を貶める行為に他ならない。

大江氏は、沖縄ノートの内容で誤っていることが判明した部分については改正する勇気を持つことのみによって、「言論の自由」を国民にとって意味のある権利として存続させることができる。

大江氏はこれ以上の恥の上塗りをしてはならない、また社会もそれを許してはならないと思う。
妄想人が書いた本だちゅう~の (安仁屋正昭)
2011-04-25 09:22:23
こんな回りくどい表現をする作家の本を今どきの若者が読むわけないでしょう。
また、文学者を気取って、事実を調べもしない姿勢は、将来ある若者にはけして真似てほしくはありません。

集団自決は、『鉄の暴風』から、人類館事件は大田某の『醜い日本人』から盗用したもの。

デマゴーグの新聞社と嘘つき学者が書いたものを何も調べずに盗用し、「高校生に読ませたい」だと。

こんな輩には、特亜の何れかの国に移り住んでもらいたい。
最高裁なんて、所詮こんなもの (素浪人)
2011-04-25 13:59:19
小生、そもそも日本の司法制度には懐疑的だ。

裁判官の恣意的な判断が判決となる。法律学ぶ知り合いがいるが、現憲法の成立時の不備も認めようとしない。何のために法曹を目指すのか?こんな連中が人間の人生を裁き、狂わせる。

結局、自分のプライドと生活の為だけなのだろう。日本の法曹、特に裁判官は地を這う様な低レベルだ。この最高裁判事も、理屈で判断してるとは到底思えない。大江の同類である。
おっしゃるとおり (ブリンデン)
2011-04-25 17:30:24
狼魔人さま、こんにちは。

東日本大震災をきっかけに日本人に帰化したドナルド・キーンさんの方が、よほど日本文化を深く理解していると思います。
こんなことを言っては、ドナルド・キーンさんに失礼かもしれませんね。
法曹界を支配する、空気。 (町工場の親方)
2011-04-25 18:21:55
チャンネル・桜、掲示板、
『沖縄集団自決冤罪訴訟を応援しよう』、スレより。
北辰様の言葉

>私たちの国が些かなりとまともになる為には、きっと気の遠くなるような時間が必要なのだろう。
それでも、私たちは諦めてはならない。
歩みを止めてはならない。

「百人斬り訴訟」、支援者として戦ったものとして。

雑誌、「WILL」、2010年6月号

〔ある編集者のオデッセイ〕ーーー「日本が仕立てた南京虐殺のの、『実行犯』・・・堤尭

世界に喧伝された、「百人斬り競争」、事件。日本の、「汚名」、を雪がんと
両少尉の遺族は提訴した。およそ裁判の名に値しない裁判が始まった。
元、「文芸春秋」、編集長が縦横に綴る、「痛快!編集無頼の記」

の冒頭は次の文で始まります。

『南京記念館」、を訪れ、前稿の末尾にこう書いた。
ーーー一枚の写真の前に長いこと立ち尽くした。二人の日本軍将校が写っている。野田毅・少尉と向井敏明少尉だ。二人はいわゆる、「百人斬り競争」、事件で、ここ雨花台で銃殺された。
見ているうちに、ムラムラと日本の司法、最高裁への怒りが湧いてきた。

以下、この裁判の酷さ、裁判所側がいかに、原告側を敗訴させるため、証拠を潰したかについて書かれています。

05年、一審判決は、「原告らの世紀雄を却下する」、(主文)、と告げた。前掲の両書で裁判の経過を辿れば、こんなデタラメ裁判もあるのかと憤りを禁じえない。
これはもはや裁判の名に値しない。
原告は十五人の証人を申請した。いずれも南京虐殺の虚妄、ひいては両少尉の無実を証言できる。中に南京戦に参加した証人が数人いて、およそ当時の状況が、「中国人と見れば老若男女を問わず虐殺し、それが六週間も続いた」、などという荒唐無稽とはまったく違う状況だった事実を証言する手筈だった。

たとえば稲垣清氏は南京陥落後の四日目から、一ヶ月以上も南京に滞在した。その間、そのようなこと、(虐殺)、は一度も見たことも聞いたこともなかったという。だとすれば30万人を4日で殺せるのか。

彼等証人たちは、いずれも九十歳前後で、後がない。せめて彼等の証言を残らず公判記録にとどめ、のちの世の史家に供したかった。

ところが東京地裁は前出の佐藤カメラマン一人だけの証言を聞き、あとの14人は却下した。

通常、これだけの証人をカットするのは、「聞かなくてもわかっている」、とする場合だ。稲田弁護人は裁判官の心理をそう忖度して安堵した。ところがあとで思い至る。佐藤氏は、「南京虐殺は100%あり得ない」、と証言した。なにしろ九十歳の身を車椅子に乗せ、「中共とケンカするんだ」、という気構えで臨んだ証言だから迫力がある。
「私の撮った写真があの記念館に飾られているのは恥ずかしい。遺族に対して申し訳ない」、とまで証言した。

これを聞いて裁判官は後の証人を怖れて却下したとしか考えられない。
原告側は本多勝一ら二名の証人尋問を申請したが、いずれも却下された。これまたおかしな訴訟指揮だ。
浅海ノホラ話を一段と増幅させ、遺族等に辛酸を舐めさせた当の本人に尋問できない。もっとも本多が証言台に立ったとしても、ぬらりくらりの詭弁に終始するだろう。・・・・

一審の判決理由を要するに、
ーーー両少尉の職責、日本刀の性能からして、「百人斬り」、を記事の内容どおりに実行したかどうかについては疑問の余地がある。しかしながら重要な部分において、一見して明白に虚偽とはいえない。これについては原告側で立証しなければならない。よって請求を棄却する。・・・
立証行為を散々に妨げておきながら、そのくせ立証を求める。そもそも、「なかった」、ことの証明は、「悪魔の証明」、と呼ばれて難しい。まして七十年まえのことだ。

それでも原告側は残り少ない存命の証人らを集めるなどして懸命の努力をした。それを無にしておいて、判決は、「疑問の余地がある」、としながら、両少尉を、「南京虐殺の実行犯」、として認定した。
稲田弁護人は書いている。

・・・今にして思えば、真ん中に座った裁判長は挙措動作に落ち着きがなかったと思います。左手の若い裁判官は、何度も私たちの方へ同情的な視線を送ってくれたように感じます。右手の年嵩の裁判官は中立的な態度で無表情でした。

裁判長だけが、視線が定まっておらず、被告席や私どもや傍聴席をチラチラ見ておられました。手を組んだり外したりで、一番体の動きがあったように覚えております。・・・・
判決を聞いて、マサさんは嗚咽を抑え切れなかった。
ーーー法廷全体が一瞬思い沈黙に包まれました。が、すぐに、「よしッ」、という賛同の声が傍聴席のあちこちから起こりました。新聞社側の支持者だと思います。私どもの側は寂として声もない状態でした。

掛け声は例の親衛隊からでもあったろう。遺族が背負う、「汚名」、が続く。いや遺族だけではない。日本の、「汚名」、が続く。なのに遺族に一掬の情けも示さず、自国を黒塗りにして歓喜する手合いがこの日本にはいる。・・・・

百人斬り訴訟際裁判を経験して、私は今回の最高裁判決に何の期待もしていませんでした。堤尭氏の上記の文章に語られているように、日本の司法は、民法、刑法、商法に関する裁判でしたら、法に基づいた、納得のいく判決が出されます。しかしイデオロギーに絡んだ、裁判になると、異常な判決が下されます。

稲田朋美・弁護士が、「考えられないような、異常な訴訟指揮から見ても、最初から、我々に勝たす意思はなかった、としか考えられない」、と語っていたのも尤もとおもいました。
どんな筋の通らぬ、ムリな理屈をつけても、「朝日」、「岩波」、大江健三郎らを絶対に有罪にはしない、という強固な空気を感じました。
しかし、嘘や不条理は永久に続くものでないと、確信しています。

>教科書検定に詳しい高嶋伸欣琉大名誉教授は「中学生が読めば、戦争だから犠牲は仕方ない、と受け取られかねない。だが沖縄戦では日本国民が自国民を組織的に虐殺した。そんな国は他にはない」と話し、加害と被害の所在と実態を明確にする必要性を強調した。

こんなのが、時の審判にたえられるものでありません。
Unknown (涼太)
2011-04-25 22:56:29
狼魔人様

大江氏は過って北朝鮮は地上の楽園と読んでいました。
今では、右左問わず普通の常識があればそんな馬鹿なと思うはずです。
同様に沖縄ノートも悪書の見本ととして歴史に残ると思います。
そんな本を支持する沖縄の左翼団体にも、そんな馬鹿なと思いますね。

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