狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

続・「偽装履修 みんなで 受ければ怖くない」

2006-11-02 08:17:26 | 教科書

◆「「偽装履修」 みんなで受ければ 怖くない!」の続きです。

「50コマを目どにレポート提出や自習で決着」

子を持つ親の身になって、・・・いや、自分の受験時代を思い出しても受験生の負担を少なくしてやりたいという気持ちはよく分かるが・・・・・・。

 

11月2日付・編集手帳

 孔子は旅の途次、名前を「盗泉」という泉のほとりを通過した。のどが渇いていたが、泉の名前を憎み、水を飲まなかった。「渇すれども盗泉の水を飲まず」の故事である◆寸鉄人を刺す警句で知られた明治生まれのジャーナリスト、長谷川如是閑(にょぜかん)は語った。「いにしへの君子は渇しても盗泉の水を飲まず。今の君子は盗泉の名を改めて飲む」◆全国の500を超す高校で学習指導要領に定める必修科目を教えていなかった問題、いわゆる「必修逃れ」とは学校による水ならぬ時間の盗み、いわば「盗時」にほかならない。盗んだ時間を受験科目の指導に充てていたことになる◆学校の意思に基づいた「盗時」、必修逃れをあたかも何かの手違いであるかのように「履修漏れ」と名前を飾って呼んでみたところで、時間を盗んだことに変わりはない受験生は皆、寸刻を惜しんでいる。きちんと必修科目を教えてきた学校があり、学んできた生徒がいる。補習を厳格に課さない政府の救済策は、公平性に配慮しながら混乱を回避する苦肉の着地点だとしても、やはり後味はよくない◆問題の高校が少数であったならば救済策は講じられず、生徒は規定通りの補習を受けただろう。いけない盗みも大勢ですれば救済の道がひらける。受験浸りの学校は甚だ教育的でない教訓を生徒に残した。 (2006年11月2日1時54分 読売新聞)

 

赤信号 みんなで渡れば 怖くない ー ビートたけし

万引きも学校ぐるみでやれば許されるってか。

 

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