狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

ニューヨー・タイムズが今度は「沖縄・集団自決」記事

2007-04-03 09:21:03 | ★集団自決

今日の琉球新報によると、日本軍が「集団自決」を強制したとする教科書記述が国の検定で修正されたことについてニューヨーク・タイムズ(電子版)が、琉球新報の社説を紹介したと言う。

これを受けて同紙の今朝の朝刊社会面トップ一面を9段を使って関連記事を報じている。

見出しだけを拾ってみよう。

「軍命」同然の手榴弾渡し

沖縄戦“変ぼう”に憂い

「一方的な歴史観」

平和団体 文部省指示に抗議

 

更に囲み記事で、

教科書検定『自決強制』削除の波紋 (上)

とあるので特集を続けるのだろう。

 

「集団自決」が教科書に載るきっかけとなったのは、もう一つの地元紙・沖縄タイムスが発行した「鉄の暴風」であり、その初版は朝日新聞が発刊している。

その意味で「集団自決」関連の記事は琉球新報に比べて圧倒的にタイムスの方が多い。

タイムスは「岩波訴訟」でも被告側に立つある意味当事者でもある。

更に沖縄タイムスビル内には朝日新聞の那覇支局があり、その朝日の本社ビル内にはニューヨーク・タイムズ東京支局がある。

その関連で沖縄タイムスとニューヨーク・タイムズは朝日を通じて提携関係があるとも考えられる。

とすると、NYTが紹介するのなら沖縄タイムス社説と思うのだが・・・。

タイムス社説は当事者でもあり、係争中なのでかえって関連社説の舌鋒が鈍っていた。

秦郁彦・元千葉大教授の言う「関係者は皆、真相を知っていた」にタイムスも該当するのだろうか。

で、肝心の「琉球新報社説」は・・・。

                   *

教科書検定・沖縄戦の実相歪めないか/政府の思惑先取りの傾向に

 文部科学省は、2008年度から使用される高校教科書の検定結果を発表した。
 日本史教科書で沖縄戦の集団自決(集団死)について、日本軍の命令や強要があったとの記述には、近年の状況を踏まえると必ずしも明らかと言い切れず、「実態を誤解する恐れがある」との検定意見を付けた。意見を受けた5社は、「自決した住民もいた」「なかには集団自決に追い込まれた人々もいた」など、日本軍の関与に直接言及しない記述に修正した。
 集団自決をめぐる「軍の関与」については、昨年までは何の意見も付いていなかった。今回、初めて検定意見が付けられた。

◆多数の県民が自決
 政府の意向に沿った検定意見と受け止めていいだろう。日本軍の直接の命令があったかどうかは、確かに意見が分かれるところだ。ただ、検定意見には大きな疑問が残る。
 沖縄戦では多数の住民が自ら命を絶ったり、肉親を手にかけた事例があったのは事実だ。そこに
日本軍の命令があったかどうかの以前に、沖縄で戦争があり、日本軍が駐屯していたことが多くの命を絶った根幹の理由だ。
 今回の検定で焦点になっている軍命については、当時の指揮官が証拠がないとして裁判で訴えている。
 一方で、日本兵から自決を指導されたと証言している住民は多い。日本軍から手りゅう弾を渡されたという住民の証言もある。
 直接
軍が命令を下さなくても、当時は日本軍に強制された状況下に置かれていたと考えるのが妥当だと指摘する研究者もいる。
 文科省もこうした考えを「通説」としてきたのだが
、今回、軍の関与を否定する意見を付けた。
 検定意見では、「誤解の恐れ」の根拠に、軍命令の存在に疑問を呈している書籍や現在係争中の裁判での陳述を挙げた。ただ、係争中の裁判での陳述を根拠の一つにするのはどうだろうか。陳述はまだ争われている最中なのだから。
 肉親の集団自決を体験した金城重明さんは検定意見について「打ち消せない事実を隠ぺいするものだ。歴史を改ざんしている」と批判している。
 沖縄戦の実相を歪(ゆが)める検定になっていないか懸念する。検定に何らかの意図があってはならないだろう。歴史の受け止め方は人それぞれだろうが、国が歴史についての考え方を押し付けていいのだろうか。
 また気になるのは、従軍慰安婦について「日本軍の関与」に触れた教科書が申請段階からなかったことだ。
 安倍晋三首相は、慰安所の設置・管理や慰安婦の移送には日本軍が直接あるいは間接に関与したことを認めて謝罪した河野談話を踏襲しながらも、日本軍の「狭義の強制性」を否定している。教科書会社が議論になるのを恐れたのなら、逃げ腰と批判されよう。

教科書は学ぶ入り口
 過去の検定では、「県民が一丸となって抗戦した」とか「女学生が尊い命をささげた」と記述した教科書が合格した。
 美化したり、実相と懸け離れた記述からは、歴史の教訓が学べない。実相に近づき、伝える努力を怠ってはならない。
 私たちは歴史から多くのことを学ぶ。学ぶ入り口の一つが教科書だ。その教科書が政府の意向を受け過ぎていたら問題だろう。
 安倍首相は内閣の最重要課題に掲げる教育三法改正案を国会に提出した。今国会での成立を目指している。
 三法の一つ「学校教育法改正案」には、「我が国と郷土の現状と歴史について正しい理解に導き、伝統と文化を尊重」との目標が設けられている。
 でも、「正しい理解」を誰が決めるのだろうか。学校では、多様な見方があるのを学ぶことを教えるのが大事だ。
 歴史の見方を国が押し付けてはならないのは指摘するまでもない。
 中立性を保つことが教育の基本だ。押し付けていたら、政府の意向に沿った画一的な教育しかできないことになる。
 特に歴史教科書では、押し付けはやめるべきだ。
 多数の住民を巻き込んだ沖縄戦については、きちんと検証し、教科書に記述して、伝えていくことが重要だ。過ちを繰り返してはならないからだ。(琉球新報 3/31 9:36)

                   ◇

≪日本軍の命令があったかどうかの以前に、沖縄で戦争があり、日本軍が駐屯していたことが多くの命を絶った根幹の理由だ。≫

「慰安婦問題」と同じ構図だ。

理論で追い詰められると、

「強制があったかどうか以前に、慰安婦がいたことが云々」と問題を摩り替えるいつものパターン。

誰も「集団自決」があったことを否定するものはいない。

「日本軍の命令があったかどうか」が一番の問題。


直接軍が命令を下さなくても、当時は日本軍に強制された状況下に置かれていたと考えるのが妥当だと指摘する研究者もいる。≫

ここでいう研究者の指摘とは、以前に書いた安仁屋沖縄国大名誉教授の「合囲地境」の沖縄戦適用のことだろう。

「合囲地境」の沖縄戦適用とは,簡単に言えば沖縄戦では「直接の軍命令が無くとも命令と同じ」と言う理屈。

同教授は沖縄タイムス(2005年7月2日)の「集団自決」特集記事、http://www.okinawatimes.co.jp/sengo60/tokushu/jiketu
20050702.html
で記者の質問に答えた次のよう言い切っている。 

 「地域住民への命令や指示は、たとえ市町村職員が伝えたとしてもすべて『軍命』」。

ずい分乱暴な「広義の軍命令」を言い出したものだ。

安仁屋教授の理屈の根拠『合囲地境』を、煩雑を厭わず繰り返そう。

戦時中の沖縄を「戒厳令」状態と仮定しようとしたが、2・26事件以来日本で戒厳令が引かれた例はない。

そこで安仁屋教授は日本の戒厳令においては、「臨戦地境 」と「合囲地境 」の2種類の戒厳地域区分が存在するということに着目した。

特に後者の「合囲地境 」 とは「敵に包囲されている、または攻撃を受けている地域で、一切の地方行政・司法事務が当該地域軍司令官の管掌となる」とあるのでこれを沖縄戦に適用しようと考えた。

だが、実際には日本では法制度上は存在してもこれが適用された例はない。

勿論「沖縄戦」にも「合囲地境」はしかれていない。

安仁屋教授個人が勝手に「合囲地境とみなした」に過ぎない。

この伝でいくと、沖縄だけではなく、1945年の日本列島全域、またソ連参戦後の樺太や千島列島は外形的には敵国に包囲され攻撃されているという合囲地境の条件を満たしており、樺太や千島で自決した住民も、いや日本国中で自決した人全てが日本軍の命令で死んだ事になる。

因みに当時日本領土であっ樺太や千島でソ連軍の攻撃の前に住民が集団自決した事を現地守備隊長の軍命令で自決した」と教科書には書かれていない。


日本軍から手りゅう弾を渡されたという住民の証言もある

国民が一丸となって決死の戦争をしている時、目前に攻撃してくる敵兵を人道的な優しい人間と考えるものはいない。

「鬼畜」と考えても誰が咎めよう。

島の守備隊の「兵隊さん達」が島の住民に次のように助言することは当時の状況から言ったらごくごく当たり前のことであろう。

「敵兵は残虐で男は惨殺され女は陵辱される。 だからけして捕虜にはならないように」。

現在のようにアメリカに関する情報も豊富では無く、入ってくる情報としては新聞、ラジオ、噂話くらいのものだろう。

米軍上陸直前に一時帰郷していた満州関東軍の従軍看護婦Cさんは読谷村のチビチリガマの集団自決で自決用の毒薬を住民に独断で配った。(読谷村史)

当時彼女のように満州の戦地より帰郷していた県人や配属兵の間から「通洲事件」等の中国軍による民間住民の虐殺の例が県民の間に伝わっていたとしてもおかしくはない。

◆通洲事件http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

それらの話も含めて敵は「鬼畜米英」と思い込まされており、そんな恐ろしいアメリカ人に生きて辱めを受けるよりは、「いっそ自決した方がいい」と考えても当時の日本人の価値観としては、十分考えられることだろう。

圧倒的物量を誇る敵は島を戦艦で取り囲み、今まさに上陸を敢行しようとしている。

住民が恐怖でパニックになりかかっているとき、

「もし万が一の場合は手榴弾を使用しなさいなさい」

と言って手榴弾を手渡されたら、

それは爆弾と言うよりむしろ、

残虐な敵兵から自分を守る「お護り」だ、と考えても何ら不思議ではない。

これを軍が戦争しているのだから、「軍の関与」であり、広い意味で言えば「軍命により自決した」というの文学・創作の世界のみ許されるだろう。

教科書に「歴史的事実」として記述さされるべきものではない。

 

チビチリガマの集団自決では住民が看護婦から奪い合うように自決用の毒薬を受け取ったと記録されている。

「手りゅう弾を手渡した」と言うことだけで「軍が自決を命じた」と断定できるかどうか。

判断が分かれる事なら教科書から「軍命で自決した」は削除されるべきだろう。

また社説及び関連記事では当時の政府職員だった照屋さんの最重要証言については一切触れていないのも不自然だ。 

◆照屋証言:「軍命令は創作」初証言 渡嘉敷島集団自決

それどころか昨年8月に照屋さんが証言したニュースさえ当時の地元二紙はこれを完全スルーで一切報じなかった。

◆参考:沖縄に住む事は「情報異空間」に住む事


 

 

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