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taesanの周りに起こること・感じること

めんどくさい事とめんどくさい人「2」・・・葛藤

2016-10-19 15:12:34 | 心理学
珍しく再び 発動

内部会話・・・

もうそんな事何回繰り返してるんだ

酒の飲みすぎ

心配で体調を崩す

嫌なことを避けるために病気になる

イラっとして反応的

私にもまだまだ残っていることもある

全てがすっきりきれいさっぱりというわけでもない

ただ、以前よりは自分の感情に気づきが増している

気づきが増している分 人にも敏感

けれど自分の感情と向き合わず

刺激に反応的になっている人はその反応を周りにぶちまける

又は、聴いてもらえそうなところへ投げる

投げているつもりもないだろう



求めよ、さらば与えられん  という言葉もある

求めない人にとやかく言っても

最終的に

まあ独り言やし、何とかしてくれって言ってるわけじゃない

などとおっしゃる

そして

べつに、たいしたことない、頼んでない、・・・そりゃそうだ

自分と対峙する気のない人と話す気力がなくなってきている

話すというより聴く気力がない

面倒だという思考・・・やだなという感情



そのことと

繰り返しなんだかなと思っている人が自分の思考回路やその時の感情を受け入れて感じる事から

物事が違う方向へ展開すると知らないからだろうと思ってしまう

けれど

知りたいという欲求も  求めればという事になる

求めていない人と一体どうやって関わったらいいのか・・・

ただのお節介になっるのは望むところではない

自分に何の知識もなく何も知らなければただただ「へーたいへんやなあ」で終わるのだろうか?

「まあくさらんと」というのであろうか

同じことをくりかえすと

「もうええかげんにしたら、めんどくさいひとやな。しらんわ」というのだろうか?

それとも

あーしsてみたら、こーしてみたら

といいつつ

あの人人のいう事きかへんし・・もうしらんわ

とどっちにしても切り捨てごめんなのか



私に何ができるという事もない

が、話すことで本人が自分の答えに気が付くという事を体験してほしいなあという思いはある

それが葛藤を産むのか?

気づきは宝物

それは本人自身が気が付くよりほかにない

きっと気づくときがあるはず

待つ  

することはそれだけか・・・



















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