ケイトの部屋

音楽人・秋元多惠子(ミステリアスケイト)の小部屋です。

(追記) 12/11 夜

2011-12-20 12:01:25 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
おっと、12/11(日)の夜の、忘れちゃいけない、美味しいチョリパン+素晴らしい演奏会パーティーの記事が、掲示されずにすっ飛んでおりました。

これは、1週間前の12/4(日)に、ほんとうは「来られるかも・・」ということだった6人のバンドネオン奏者のみなさんが、その日は来られずにいて、後日にそのメンバーのパトリシオさんとお会いした時に「今度の日曜ならどうかな」と言って下さったことから急遽決まったパーティーでした。
パトリシオさんは、サンテルモコロニアルの女将イネスの弟さんで、先日のビセンテナリオでのライブをイネスと二人で見に来て下さって、その時に決まった話です。
そのバンドの名前は「スエーニョ・デ・バンドネオン」(バンドネオンの夢)。
平均年齢は・・おいくつくらいかなあ、たぶんみなさん確実に50歳以上の方々で、パーティー当日はなんと7人で来られました。

夜8時、まずはサンテルモコロニアルの奥の庭で、美味しいワインとエンパナーダが振る舞われ、続々集まって来られたお客人たちは大満足。おりしも、小雨が降ってきたため、途中で屋内へと移動しました。

さて、ファンダンゴスもサロンスペースにはライブのセッティング済み。
椅子も、バンドネオンニスタのみなさんが座られる分を用意して。

そして、ファンダンゴスの演奏、スエーニョ・デ・バンドネオンの演奏、そして合奏も、という順でやりましょう、ということになる。

ファンダンゴスが演奏し始めると、その横の椅子にずらり座りバンドネオンを構えてわれわれの演奏を見ていたスエーニョ・デ・バンドネオンのみなさん、「もう待ってられません」とばかり、ちらり、ちらりと、私たちの演奏にオカズを入れて来られます。にやにやしながら。
それが私たちにとっても、演奏しながら、うはぁぁ、うーれしい!とニヤニヤ返し。
    こういう瞬間が、この上ない幸せなのです。

そのあと、バトンタッチでスエーニョ・デ・バンドネオンの演奏が始まる。

    凄いですよ、日本ではきっと、こんな光景、こんなサウンド、めったに、というか、ほぼ全く、お目にかかれないと思います。
だって、バンドネオンそのものが、なかなか無いでしょう。
その、稀な楽器を演奏する人自体、少ないでしょう。
それが、7人も集結しちゃうんですよ。
どんな音になると思います?
想像以上、としか言いようがないんですよ。
もちろん、ベースライン、刻み、オブリガート、メロディ、といった風に、パートは分かれていますよ、ですけど、バンドネオン、なんです。
なんて贅沢なアンサンブルでしょう。
彼らが次々に、本場のタンゴを弾いていく。
演奏中に最前列に座るマリオさんが、指揮者のように、「次の場面はpp(ピアニッシモ)だ」とか、「このあとのコーナーは、大いに(f フォルテ)でいくぞっ」という合図を、目と体を使って出していく。・・このダイナミックな強弱の関係が、このバンドの醍醐味の大きなひとつなんだな。見ていて、非常にわくわくします。
この「指揮」は、そのあとに続く私たちファンダンゴスとのセッションタイムでも大いに発揮されまして、ご一緒させていただいているあいだ、たーのしいたのしい。
その様子を見ているみなさんも、どんどん楽しくなっていってます。

中でも、「夜明け」の演奏中、それまではわざと素知らぬ顔を決め込んでいた谷本さん、「鳥のさえずり」の場面をじっと待って、ここぞとばかりヴァイオリンを構えて立ち上がり「ピーチクピーチク」・・・。
これにはスエーニョ・デ・バンドネオンのみなさんも大喜び。
小鳥さんのさえずる小節がだいたい終わって、お客のみなさんから大きな拍手をいただいた、にもかかわらず、演奏はおそらくいつものサイズよりも明らかに長くされた。
完全に、マリオさんの策略。
演奏しながらメンバーに目配せをして「もうひとまわし、しようや!」と。
そう、彼らは、もう一度谷本さんに「鳥」をさせようとしているのだ。
うわあ、もう1回、なんやぁぁ。
ゲラゲラ笑いながら、谷本さんがそれに応じる。
もーう、たまりません。

そんなこんなで大拍手の中、さあ、この辺で今夜の演奏を終わりましょう、と、みなさんお辞儀をして楽器をケースに仕舞い・・・私もデジピのコンセントを抜いてケースに仕舞い・・と、ゆっくりした時間になっていくものの、まだ弾き足りない、といった風情のバンドネオニスタが数名、ちらほらと遊び弾きをしていて、またそれが本格的な演奏になり、マリオさんが「チャールダッシュ」を弾き始めたところ、いわつなおこ、するするとアコーディオンケースから楽器を取り出し、座りなおして合奏し始める。
最後に向かってテンポがどんどん上がることになっている、早弾きが見せどころのこの曲、
二人ともほほ笑みながら、楽器からは炎が上がる、そんなバトルを見ました。

えっ? ということは、ここから、いわゆる「お楽しみ会」、始まんのかいな。

「よーし、ボンボンショコラ、行け」 BYケンジさん。

ジーラジーラ、またまた歌っちゃいました。
今回は、1番を日本語でかましました。その後、2番はスパニッシュで。
2番を歌い始めたとたん、アルゼンチン人のみなさんの「うわあ」という声、忘れられません。
アタシの発音が良かったかマズかったかは、自分ではわかりません。でも、なんか一応、表現したい感じは伝わったのかな、と思います。みなさん目を丸くしながら私の口元をじっと見ながら楽しんでくださいました。
ブエノスに来て、ジーラジーラ、人前で歌ったのはもうこれで4回目。
アタシの心臓、剛毛が生えてんのかもしれませんね。

そりあとも、ケンジさんが「ロマンセ・デ・パリオ」を熱唱したり、それに合わせてダンスも絡み・・・。

「芸」、ですね。

こういう楽しみ方ができることは、ほんと、芸人やっててよかった、と思える瞬間です。
   ・・・ええ、「ミュージシャン」なんですけど、ね、芸人さんでもありますよ。


後日、12/13の夕方、私たちがいよいよブエノスを発つという時間には、パトリシオさんとマルセロさんがわざわざ、お別れを言いにサンテルモ・コロニアルへおいで下さいました。
「スエーニョ・デ・バンドネオン」のCDと、バンドデザインのTシャツのお土産を持って。
彼らの愛情、可愛がって下さろうとするその心。
言葉はお互い自由ではないけど、しっかり心に届いてきました。
ありがとう。
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12/12 最後の夜

2011-12-18 02:45:06 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
朝から、帰りの荷造りに励む。
前回のブエノス滞在よりも、少しは手際がよくなって、
衣装、普段着、お土産、こちらで買った調味料、洗面用具のたぐい、
・・・蚊取り線香はおかげで完売・・の受け皿も入れ、
空港のセキュリティーでひっかかりそうな電子機器や金属のものなどを
ジップロックに詰め・・・。
こうしてみると、ここでの生活、たった2週間だけど、名残惜しい。

夜中のミロンガの前に、夕食はブエノ亭へ。


さて、24:00、今回ツアー最後のミロンガでの演奏へ。
今回のツアーでは、もともとはここのライブは予定に入っていなかった。
カテドラルという名の、廃墟を改造したお店。
ここがミロンガの会場。


ブエノス到着の直後に、ケンジさんリリアナさんが谷本さんを連れてここへ来られ、
谷本さんの「ここでライブしてみたい!」という一言から、その場で今夜のライブが急遽決まった、というか、ちょいとねじ込んでいただいた、ということでした。感謝。

想像通りの、若者が好むような古ぼけた建物の中、ひんやりとして薄暗いホールに、
人影もちらほら。

ここにもアップライトピアノがあったが、残念ながら鍵がかかっていて使えそうにない。
やっぱりここは、持参のデジピで。

今日の衣装は、白。これがこの暗い雰囲気の中、映える。

明日が卒業最終試験、というその前夜にもかかわらず駆け付けてくれたダンスカップル「シンティアとブルーノ」の姿が。
「タエコ、サン」
この二人の極上の笑顔は、うれしくてたまらないなあ。

ケンジ&リリアナ、シンティア&ブルーノのダンスの曲と曲順を決めた。
トリオの演奏が4曲のあと、

台風・・ケンジ&リリアナ
ドンファン・・シンティア&ブルーノ
オブリビオン・・ケンジ&リリアナ
パジャドーラ・・シンティア&ブルーノ

そしてまたトリオの演奏3曲。

最後の曲は、フェリシア。
いつもはケンリリのダンスとともに演奏するこの曲、今はトリオだけで。
これには意味があった。
今回のツアーで学ばせていただいた「ミロンガでの演奏」を、ここでもやってみましょう、という、トリオの暗黙の了解。

本番は進む。

台風のイントロは、私の腕の奮いどころ。いつもよりも長く激しく。
「最後の夜だから」。
ケンリリの超楽しいダンスは大サクレツ。
だけど、あとから聴いたら、このイントロのところですでにリリさんの靴のストラップが切れたらしく、まるまる1曲、あの激しいダンスを故障した靴のまんま踊ったのだそうだ。
でも、ちっともそれを感じなかった。凄いなあ。
「プロですから」byリリアナさん。

ドンファンでは、シンティア&ブルーノの、久々にみる可憐なステップ。
いいなあ、やっぱりこの二人は。
可愛い、だけど、可愛いだけではなくとても確かなものがある。
ドンファンって、私たちの演奏で以前に踊ったことはなかったはずだけど、たぶん今日のためにCDを聴いて聴いて、イメージしてくれていたのだとわかる。
パジャドーラにしても、そうだ。
・・・一番大事な、忙しい時に、ほんと、ありがとうね。

オブリビオンでのケンリリの、空中浮遊のステップのシーンには、場内から「うおぉ」という声や拍手が。なんと美しく優雅な動き!
浮遊するリリアナさんの白い二つの足の動き見ながら、「この動きを、音にできたら」という思いでピアノを弾いた。
あとでリリさんが「ピアノ、よかった」と行って下さったので、「こういうつもりで弾いていた」と告げた。
もう、どちらの表現が先だったのか後だったのかわからない、ま、どっちも、でしょう、というより、どちらでもない、ひとつのものごと、だったかもしれない、そんな気がして、リリさんの目をみていた。リリさんも喜んで下さった。

そうしてこうして、ツアー最後の演奏が、終わった。
「ウルティマ・ノーチェ」(最後の、夜)
座っていたチノさんにそう話しかけた。今回ツアー中に、ちょびっとだけ増えたスペイン後の語彙。チノさんも、「ソーネェ!」と、ハグして下さいました。


ミホさん、チノさん、毎日毎日、こんな私たちのお世話を、いやな顔ひとつせず、やってくださって、心から感謝します。
来年は3月から7月のあいだ、日本に来られるとか。
その時には、ちょっぴりでもお返しがしたいと思いますよ。

その後、サンテルモ・コロニアルに戻り、谷本さんのお部屋に集合して、酒盛り。
すでに明けの4時をまわっているから、「明日飛行機に乗って帰るよ」の、それぞれ日本の家族に電話を。
私も、ずっとケイトミュージックの留守を守ってくれているF氏へ、スカイプでテレビ電話。
おたがいアイフォンなので、スカイプでらくらくおはなしができます。
5年前の通信手段からは格段進歩。便利な世の中になりましたなあ。

今回、私と相方はパソコンを持参しなかったので日記のアップもなかなか進みませんでしたが、次回はパソコンも必ず。

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12/11 フェリア・デ・マタデロへ

2011-12-18 02:10:54 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
いわつなおこさんの、「お肉好き」は、やはりそうとうにパワフルです。
今回のツアー当初から「トサツ場に行きたい!」と希望されていまして、
あんまりそう言うもんだから、
「別にそこに行ってトサツが見られるわけじゃないのよ」とか
「ウシがそんなに見たいの?」とか
「まあ、新鮮な牛肉がしこたま食えるでしょうから、ね。」とか、
あげくのはて
「ウシを殺したいの?」などと揶揄されたりしましたが、
このフェリア・デ・マタデロは、もちろんトサツ場は区域の中には存在するのでしょうが、
目的はそこではなく、日曜日に立つ、民芸品の屋台や、地域の人たちがタンゴやチャカレラのダンスを披露したり演奏したりするイベント舞台があったりする、いわば観光地の「日曜まつり」みたいなのが開かれるところ。
ああ、よかった。

以前もバスで行ったことがあるからなんとか降車のバス亭がわかると思うからというリリさんのナビによりブエノスの町なかからバスで約1時間足らず。


ここでのフェスタではきっとお土産になるような民芸品が比較的安く買えるはずだから、と、
先日のフロリダで買い控えてたものをここでゲットしようと、私も屋台の端から端まで見て回って、あの人に、この人に、、と、次々に買いました。やっぱ、お手頃の値段で気の利いたものが買えまして、よかったです。


お昼は、これ。


横たわる犬。


さて、ここでの時間を過ごした後、またバスでサンテルモに戻り、先週に予約していた看板を受け取りに、ドレゴ広場へ。
この方が製作者。私が手にしているのは、帰国後にケイトミュージックの玄関ドアに掲げる予定です。

こちらも人が多い。
しばらく一人でぶらぶらしていると、暇をもてあましたおばさまから英語で話しかけられました。
「何処から来たの?ハポネス(日本)?・・あたしね、若いころ船に乗ってたのよ、日本には行かなかったけど、シンガポールには行ったものよ、それにしても今日はあたしここに朝9時からずっといるんだけど、待っても待ってもタンゴのデモンストレーションが始まらないのよ、どうしてかしらね、あなた、時間あるんだったら、少しおはなししません?」みたいなことをおっしゃっていて、しばらくお話ししましたが、時間もないし、早々に失礼いたしました。
「ケイトさん、よご老人から、なにがしか、よく話しかけられたりするよねー」と、メンバーから。なんか、そういうオーラでもあるのでしょうかねー。あたしにはわかりません。

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12/10 カンパナで

2011-12-18 01:33:53 | ここ最近のアタクシ。
ホセさんのバンで、15:30ブエノスの街中から郊外へ約2時間。
今日はカンパナという市での野外ライブに出かける。
昨日の「戒厳令もどきの警戒態勢」は、本日大統領の就任式がブエノスの中心部で開催されるためだった。
だから、今日の道路の混雑状況を考えて、少々迂回しての2時間、なのだそうだ。

パンパが続く。

会場になるのは、カンパナの市庁舎の前の広場。

ミホさんは「(演奏するスペースが)ちっちゃくてびっくりするかもよ」と言われたが、
たとえどんな場所でも、どんとこい、ですよ。
演奏させていただけることこそが喜びなのですから。

で、現場に行ってみて、ほんとに驚いた。
・・・いや、演奏スペースは十分あり、驚いたのはそのことにではない。
なにやら、今日は市長さんの就任式のセレモニーがその市庁舎で19:00から行われるとかで、
われわれはその就任式が終了した後の、「広場に市長が登場します」のタイミングに合わせての
演奏、いわゆるお祝いライブなのだということに、その時気付いたのでした。
ええー、そうなの?

リハをする。


就任式終了を待つ。

市庁舎の中からは、ときおり大勢の拍手や合唱が聞こえてくる。
かくも大勢の、近隣のふつうの市民が、セレモニーに集まるなんて、お国柄ですかね。
そうしているうち、野外に組まれた我々のステージの周りにも、セレモニーには参加しなかった人々がそぞろ、取り囲み始めた。


市長の登場を待つこと、約2時間。
たぶん、セレモニー自体が終わってもその場で支持者の人たちと硬い握手をしたり、
あの顔この顔と会えば一言二言挨拶をし、ハグし、それからだんだん市庁舎玄関にお出ましになるのだろうから、時間かかってるんでしょうね。
刻々と暮れなずむ、田舎町の夏の夕暮れ。


ようやく市長登場。
市長は体格のいい女性。

タイミング合わせて「パジャドーラ」の演奏でお出迎え。
その後、「心の底から」を演奏し始めると、周りから推されて市長みずからダンスを。
大歓声と拍手が起こる。
そして、ケンジリリアナもでこぼこの地面の広場で踊る。
市長さんから記念のお皿を授与していただきました。


そして、帰りは迂回することもなく1時間あまりで戻ってきました。
車内では終始、ホセさんとチノさんの仲良しハイテンションなトークが続きました。

ホセさんと。
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12/9 歩いて歩いて…

2011-12-17 23:53:58 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
そろそろほんとにお土産を買わないと、と、今日は再びフロリダ通りへ。
例によって暑い。
ケンジさんリリアナさんとファンダンゴスと相方の6人で、今回はバスで。
連休中のこと、両側に立ち並ぶショップの間の通りには、延々と、地面に布を敷いただけの、フリマのような出店が、安値の色とりどりアクセサリーから綿素材の手作り風ブラウス、たわいのないおもちゃ、アンデス風の民族雑貨、芸人のケーナの演奏、などなど、並びに並ぶ。
こういう露天で値切りながら買い物するのも楽しいだろうが、何せ、端から端までいちいちそれをやる時間のゆとりなどなく、店構えのある店に入ってはお土産になりそうなTシャツ、革製品、などを見て回る。とにかく、人、人、人。途中でこの一行は自由行動で帰りもそれぞれ別々に、と解散した。

夜の予定は宿を19:00出発だから、遅くとも17:30くらいにはショッピングやめて帰れるようにしようねと相方と二人で買い物をし、地下鉄駅へ向かう途中立ち寄った洋服屋さんに、これぞ、ファンダンゴスの衣装!という感じの真紅のロングドレスがディスプレイされていて、すぐに試着したら、わあーお、いいぢゃない!ちょっと胸元のカットが私の貧相な胸にはつらいが、自分で針仕事すれば良いし、何よりも全体のシルエットが超お気に入り!
またこれが安く、日本円で9000円ほど。日本国内ではまずこんなロングのデザインが無いし、あったとしてもウン万円しそうです。
迷わずゲット。
このドレスの画像は、アップしません(微笑) 
来年のタンゴの節句ツアーでお披露目をお楽しみに。

それで、さあいよいよ地下鉄駅LAVALLEへと歩き、改札のところにたどり着いたら、こちらに向かって何やらガードマン風の人や駅員さんらしき人が「No line(ノー・ラインズ)」と云う。
「アクシデント?」
「si(そうだ)」
うわちゃ、結構歩いてきたのに、ダメか、じゃあタクシー捕まえよう、でも一方通行だからあちらの大通りまで出て捕まえよう、…お土産物で少し重たくなった鞄をかかえて、また、歩く歩く。
どうにかタクシーに乗り込み、サンテルモコロニアルへ帰り着いたらすでに18:30。
一眠りしたかったのに、シャワーも浴びたかったのに、あ、お化粧もしなきゃ、でバタバタとしているうちにお迎えが。
ベトさん運転の車でベトさんのお友達パトリシアさんのいるパリージャのお店で、肉料理を食べに行くのだ。
夕闇せまる郊外のバガジートという地区にある小さなレストラン、「ロハス」。

食べたことのないモルシージヤ(血を固めたもの)や、ソースのチミチョリやサルサクリオージヨ、などを初体験。肉料理も、どれもが柔らかくて焼き加減が絶妙で、美味しさこの上ないですわ。
満腹で苦しいくらいの幸せな夕食。


その後一度宿に戻り、さらに24:00集合にて、ラ・ビルータというミロンガへ、セステート・ミロンゲーロの演奏を見に。

このミロンガはものすごい数のお客で賑わう。
26:00から演奏開始と聞いて、座る席も無く、一行は適当にステージの近くの段差のあたりに座り込み、待つ。
演奏開始はさらに遅れて、結局26:30を回る。
私たちは結局ステージの最前列で座って見ることに成功していた。

ようやく登場した7人組、ガン、と音を出す。勢いが凄い。ピアノ、ヴァイオリンが二人、バンドネオンが二人、ベース、それに歌手が一人。
紅一点のヴァイオリニスト、ほかもみな若手のイキのいいプレーヤー達。
ベーシストはもちろんタンゴの基本をぐいぐいやるが、相当に縦横無尽に音を操る。
ヴァイオリン二人もそれぞれの動きで身体を使って音を出す。
フロントのバンドネオン二人は、終始ニコニコしながら和音を刻みフレーズを歌う。
ピアノは…やはり「あの」ピアノの音だ、つまり、ズワンでガシンでチラリンの、あのタンゴサウンド。ああ、指がしっかりとよく動くなあ。
っくぅう!
そして、このバンドの雰囲気を決定しているのが歌手。


いい声。ピアニシモからフォルテシモまでを、わずか数秒のフレーズの中で魔法のように歌いわける。うまいなあ。

ふと振り返ると、はるか向こうまでのフロアに、ワッサワッサと踊るカップルの波。
聴かせる演奏のみならず、キッチリ「踊らせる」演奏をしている彼ら、その名の通り、ミロンゲーロなんだな。
尊敬しました。
かくありたい。

凄いライブを見たね、と、ホクホクしながらラ・ビルータから出て2台のタクシーに分乗。私はケンジさんと二人で乗る。
さて、長い一日、よく歩きよく食べよく見、相当充実してあとは宿に帰りぐっすり眠ろう。
そうタクシーの中で思っていると、街の通りを走れども走れども、あの道はここから封鎖、その道路もこれ以上は封鎖、じゃあこちらでどうだ、と迂回するもまたまた通せんぼ。なんなのよ、これ。
タクシーの運転手さんも、もうお手上げ、とばかりに私とケンジさんを国会議事堂のあたりで降ろす。
ここから歩いて帰るしかないね。それにしても一体、何が起きているんだろう、テレビでしか見たことのないまるで戒厳令の夜。歩いて帰る道も、大通りの封鎖作業をする人達の姿をみかけた。
夜中、というより、もう明け方。
さすがに寒くなってきた。
ケンジさんがフリースのベストを貸してくれた。早歩きでとにかく宿へ、歩く歩く。
その間、ファンダンゴスが今後またブエノスに来るには、など、あれこれお話をした。

やっと見覚えの、あるカルロスカルボの街並みが見えてきたときの安心感、尋常ではありません。
ケンジさん、ありがとうございました。
夜明けに帰る人々を、小鳥のさえずりが迎える、あの名曲「夜明け」を、はからずも実体験してしまいました。
宿の表玄関では、あまりのかえの遅い私たちを心配してリリさんが待っていてくれた。
リリさん、ありがとう。
なんでも、三人が乗ったもう一台のほうのタクシーは、封鎖を避けつつ、非常にスムーズに宿に着いていたのだとか。
こんなおまけの顛末まで付いて、ドロドロに疲れた私、メイクも落とさず歯磨きもせずベッドへ沈み込みました。








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12/8 ライブざんまい

2011-12-17 23:37:15 | ここ最近のアタクシ。
ビセンテナリオには、18:00過ぎに到着。


ここは、カルチャーの発信どころとでもいうか、建物の中にいくつかの小さなホールがあって、私たちの今夜の会場はそのうちの一つ、せいぜい60〜70人が着席できるようなこぢんまりした部屋だが、ちゃんとステージがあり、小さな控え室もある。
着いて早速サウンドチェック。ケンジリリアナが踊るスペースもあたりをつけていく。
いざ開場、という時間になるが、客席にはちらほらとしかお客の姿が見えない。
…誰かロビーにでも出て客寄せのチンドンでもやらなきゃいけないかも…とか言ってる間に、もう本番の時刻に。
しかし、演奏開始から少し経つとだんだんとお客が集まってきて、いい具合に埋まってきた。ただし、客席が結構暗いのでステージ上からはどれほど席が埋まったのかあまりわからなかった。
演奏プログラムは進み、ケンジリリアナのダンスも狭いスペースを見事に使ってお客を楽しませる。ブエノスに来てずいぶん板についてきた谷本さんの「私たちはトリオ・ロス・ファンダンゴス、日本からやってきました!」のご挨拶。細かいところはみほさんに同時通訳していただきながら、ライブは進む。
サンテルモコロニアルの女将イネスが、弟さんのパトリシオと一緒に見に来てくれた。
それに、12/13に最終の卒業試験を控えているというのに、シンティアとブルーノがわざわざ会いに来てくれた。彼らは、2010年のタンゴの節句ツアーにゲスト出演してくれた、愛すべきダンスカップル。


嬉しく懐かしい再会。

CDは無いのか?と問うお客も。
すみません、残念ながらもう、ブエノスに持ってきた分は全部終わりました…。
そんなこんなで、結果満員御礼のライブ会場をあとに、次の会場へ。


今日は地元のミロンガのオーガナイザーミゲール氏の誕生日ミロンガパーティだそうで、ケンジリリアナとファンダンゴスがその中でちらっと演奏させていただくという。

会場は、とでも古めかしい、格調高い立派な建物。

リリさんの話によると、内装はイギリス調だとか。

ここのグランドピアノ。


サロンカニングのアップライトピアノもそうだが、このピアノも高音域はチラリン、としたキュートでキッチュな音色、中音域はブロック奏に向いたがっしりした音色、低音域は、決してゴリゴリとはしないがズワンとした響きを持っている。タンゴピアニスト達が弾きならしていくと、どのピアノもこんな味わいになっていくのかもしれない、と、この時思った。

ここでも、ミロンガ向きの演奏を意識して進める。
ケンジリリアナとは、フェリシアを。

ライブ終わり、控え室で、「あ、ハッピーバースデーを弾けばよかったのに!」と。
芸心をうかつにも発揮しなかったことを後悔しました。
すみません、我々としたことが!

移動の際はデジタルピアノをいつも助手席に立てかけるようにして乗せる。
この時もそうやってタクシーに乗り込んだら、運転手さんがすかさず「君たちはミュージシャンか?」と聞いてきた。
ケンジさんが「そうです、日本人から来てます」と答えるやいなや、「昨日、ラジオ聴いたよ、出てただろ?なかなかよかった、いやあ、あーれはホント、よかったよ。」(しっかり訳せてはないと思いますが、だいたいこんなニュアンスだと思います)
「あなた、ピアノ?『40年代のミロンガ』(昨日2×4でかけていただいた曲)なんて、弾くの難しいんじゃないかと思うのに、凄いねえ。」
ええ??
我々はビックリ。
日本国内にいても、過去にも何回もラジオに出たことがあっても、こんな体験は初めてです。
うわあ、聴いてて下さったんですね、ありがとう!
まさかブエノスでこういう嬉しいハプニングがあるなんて。
タクシー下車して、別便で先に着いてたみほさんにすぐに報告。
「よかったね、それで少しタクシー代安くなったの?」と冗談混じりに言う。
さすがみほさん。しっかりしてますな。こうでなきゃ、この暴れ馬のようなファンダンゴスのツアーの制作なんてできません。
「いや、逆に、嬉しかったんで、チップを余計めに渡しちゃったよ」とケンジさんが細い目をさらに細くして笑う。
ブエノスでは、ラジオ文化が結構まだまだ根強いようで、番組聴いてタンゴの情報を得ている人も多いようですね。

さて、早々に楽器を片付けてここを後にして、お次はイデアルへ。


今回ブエノスに着いて12/1の第一発目のミロンガ演奏だったはずのこの会場。あれが野暮な理由で流れた分が、今日この時にようやく実現したのです。


5年前にブエノスに来て初めてミロンガで演奏したのがここ。右も左も言葉も習慣もなにかもわからないそんな中、ただただがむしゃらに、しかし持てる力を合わせて夢中で演奏した、あの思い出深いミロンガ。
またここへ帰って来られた。
曲も、1曲目はあの時と同じガジョシエゴ。
でも、確実にあの時とは違う。
それは2曲目でさらに確信に変わった。
1曲目が終わったあと踊り始めるミロンゲーロたちの雰囲気が、とでも柔らかく自然で、しかもフロアに繰り出すカップルの数の多いこと。

ある意味、見えてた。
でも、やはり「?」と「!」との、こういう確信の積み重ねが、私たちをまっすぐに、さらなる次のステップへと連れていってくれる。決して予定調和ではない。新しい始まりを柔軟な心で、わくわくしながら迎える。うれしくありがたいことだ。

それにしても、ステージ上、後ろからの風通しの良いことと言ったら!
座って演奏している私の、前髪も衣装の袖も裾も、ひっきりなしに吹かれっぱなし。
ああ、楽譜を頼りにしないばんでいてよかったぁ!こんな時きっと、譜面などあっと言う間にさらわれていきますですよ。


さて、本日の怒涛の3連チャンライブもめでたく終了し、乾杯。


その後、フロアも人がまばらになり始めたところに、ジミーさんがダンスを誘って下さる。
ええ〜ー、あたし、この数年、一度も踊ってないので、ダメですぅ、と1、2回のらりくらりとお断りをしたのですが、さすがにもう断りきれなくなって、フロアへ。

ダンスシューズも今回ブエノスには持参しなかったんですよ。だから、ヨレヨレの町歩きサンダルで。
ステップを思いだそうとしていると、ジミーさんは「胸の位置を感じているだけにしてそれに任せるようにしなさい」とのアドバイスを。
リードが良いので、あまりブザマにならずに踊れたのかもしれません。

ありがとうジミーさん。




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あとさきになりましたが・・

2011-12-17 23:31:13 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
おととい12/15の夜、無事帰国してまいりました。
応援してくださっているみなさま、ありがとうございました。

12/8以降の模様は、まだまだアップしていきますので。
ぼちぼち、お待ちくださいね〜。
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12/7 ラジオざんまい

2011-12-08 15:22:41 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
午前中、相方と二人でお土産を買いにフロリダ通りへと。
地下鉄、自力で初挑戦。
インデペンデンシア駅からCラインで、LAVALLE駅まで。

日差しが刺すように暑い。
フロリダ通りは人でごった返していた。
なんでも、明日からは4連休に入るとかで、その前日のせいなのかな。
通りのあちこちにはクリスマスの飾りが。
うろうろするけど、結局買わず、レストランでビュフェデチョリソを二人で分けて食べる。
時間がなくなり、またトンボ帰り。

15:30が今日の出発時刻。
デジピも持参で、まずはみほさんとトリオの4人でラジオパレルモへ。
一週間前に約束してくれてた出演番組だ。
17:00頃から。
プグリエーセの誕生日にちなんだ特集だということで、私たちのCDからも選曲してかけていただきながら、みほさんの流暢なスペイン語でDJのおじさんとトーク。
私たちのCDからは、こんな曲を。
マーラフンタ
ボエド
酒宴
ガジョシエゴ
トランペーラ

1曲目のマーラ・フンタの冒頭の「ワハハハ」の部分で、もうすでにおじさんオオウケ。
プグリエーセも笑わすことが大好きだったんだよ、と、告げてくれた。
なおこさんのアコーディオンの音色も「まるでバンドネオンじゃないか!」とも賞賛してくれた。
オンエア中にも、曲を聴いてリスナーからどんどんメッセージが届く。
ムイ・ビエン!
ムイ・リンド!
それに、日本人のポルテーニョだね、とか。
ポルテーニョとは、ブエノスアイレスっ子、みたいな呼び方。
日本で言うなら、アルゼンチン人がべらんめえ調でやった落語にたいして「アルゼンチンの江戸っ子だねえ!」と言ったようなことかな。
いずれにせよ、嬉しい反応がいっぱい返ってきてホクホク。

私たちの曲の合間にも生き字引きの知識が、絶妙のマで語られ、次々と名曲がかかる。
日本から来た私たちへのプレゼントとして、日本を愛したプグリエーセの、トーキョー・ルミノソをかけてくれたり。
そして、この日は日本からもう一組、冴木杏奈さんが同じブースに入り、通訳の方とともにトークと、彼女のCDから1曲「雨」(日本の童謡を日本語で歌い、バックの演奏は完全なるタンゴというアレンジ)がかかる。

こちらには18日まで滞在され、ほとんどレコーディングなのだそうだ。
タンゴをつうじて、日本での有名人に、ブエノスアイレスでお会いしたわけです。

さて、二つ目のラジオ出演はラジオリブレ、そちらへ向かう。
スタジオに楽器を預けて、まだ時間があるから近くのレストランで腹ごしらえ。
アンチョビとモツァレラのピザ、旨い。思わず、白ワイン!
そこへケンジリリアナも合流。
スタジオに戻ると、今日のもう一組のバンドが来ていた。
若い5人組のアンサンブル。
ギター、クラリネット、フルート、コルネットバイオリン?、それに、歌。
この番組は、とにかくDJのエンリケとエルナンのたたみかけるトークの応酬が面白い。
さて、オンエア時間になり、その5人組のスタジオ内での生演奏が始まる。
素朴で温かくのほほんとした味わいの、古き良きタンゴのスタイル。いいなあ。可愛い!

私たちのレパートリーでもあるエル・トリートやドンファンなども、彼らにかかればこんな味わいになるんだなあ、楽しいぞ。
そして私たちの出番に。
パジャドーラ、ガジョシエゴなど、どんどん披露。
エンリケとエルナンのおしゃべりにみほさんリリさんが答え、それに先ほどのバンドの歌手も加わり興味津々、次々と私たちに質問をしてくる。
「どこからどうやってそのアレンジを持って来たんだい?」
「ブエノスの人に弾き方を教えてやれよな」
なんて。
めっそうもない。第一、教えきれましぇん。自分たちのしたいようにやってきただけのことだからさ。

そんなこんなで、ヤンヤヤンヤの賑やかで大盛り上がりの一時間あまりが終わり、さらなるラジオ局へと。
ここは、2×4という、インターネットラジオもやっている放送局。以前にリリさんからこのサイトを教えてもらって以来、時々日本でも聞いていたあの放送に、私たちが出られるなんて、光栄ですね。
24:30が予定だったのに、出番までたいてい待たされ、結局
25:00過ぎになった。メンバーはみな、もうクタクタで、待つ間廊下でみんなグッスリ眠ってしまってました。
でも、出番が来たら、シャキッ!
さあ、今日のシメをやるぞー…と言っても、しゃべるのはみほさん頼みなのですけどね(^_^;)
ガジョシエゴ、40年代のミロンガ、ボエドの3曲をCDからかけながら、バンドの生い立ちやら好きなタンゴアーティストやらを質問される。
滞在中の今後のライブ予定もインフォメーションしてくれた。
ありがたい。

番組出演終了して、やっと帰路に。谷本さんとケンジさんが、お疲れのところ頑張って私の重たいデジピを運んてくれた。すみません、本当、ありがとう。
今日も、長い長い一日が、こうして終わりました。
「明日はぎゅっと現場3連チャンなんだから、みんな昼間はうろうろせずに体力温存しとくように」と、ケンジさんの小声の訓告が真夜中のサンテルモコロニアルに響く。
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12/6 サンテルモコロニアルのホームパーティーの日

2011-12-08 15:21:09 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
最近流行りの断捨離を私も少し実行しようと、今回の滞在には着古したTシャツをたくさん持ってきて、着ては捨てる、帰りの荷物を軽く、との作戦。
とは言え、洗濯も少しはしなくちゃ。ゴシゴシ。
食欲もあるから、結構モリモリ食べる。
日記もアップしたり。
こんな風にのんびり過ごすのはいいなあ、と、あらためて思う。
日本での日頃の生活パターンを少し見直さなければね、なんて、思うけど…きっと帰ったらいつもの怒涛の忙しい毎日なんだろうな。

そんなこんなで夕方まで過ごし、さあ、8時からはパーティーだ。
サンテルモコロニアルの、一番おもてにあるサロンに、人々がそぞろ集まり始める。
宿に滞在中の客たち。
リリさんたちのお友達のベトさんとその愛娘二人。
ほかにも数十人。
宿の女主人のイネスが、美味しいエンパナーダを手作りして振舞ってくれた。
ワインやら、ヨーキチさんのチャーハンやら、サラダやら。
おととい出会った美人ギタリストのミルタさんもお友達と現れる。
さあ、楽しい音楽会の始まりだ。
ファンダンゴスが演奏。
ケンジリリアナも踊る。
ミルタさんもお友達とともに現れる。

彼女がソロで演奏
彼女の音の、歌声の、なんと美しいこと。
場の空気を切なく美しく紡ぎ出していく。弱い音の繊細で綺麗なこと。全員が魅了され、ため息をもらす。
素敵すぎる!
さらに谷本さんが一緒になってデュオ。


それにNaokoさんが加わり、

最後には私も加わって、四人で、あんな曲こんな曲を。

お互いの知らない曲をやったりするので、グタグタになる場面もあったけど、それはそれで楽しい。
みなさんも、歌う歌う。踊る踊る。
楽しさをみんなで分かち合う。
カタコトのスペイン語も、ちょっとわかる英語も総動員して。
グラッシアス!
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12/5 サロンカニングの演奏の日

2011-12-08 15:17:53 | シリーズ「ブエノスアイレス観察手帖」
どんなに遅く寝ても、朝は、やはり早めに目が覚める。年齢のなせるワザなのか?(悲)

今日は午前中からみんなで連れだってショッピング。
谷本さんがヴァイオリンの弓の毛が減り始めてるから、張り替えをしてくれる楽器屋があれば、ということで、楽器屋街に。しかし仕上がり予定のが谷本さんの希望する日とタイミングが合わず、断念。
その足で、大きいCDショップへ。

私はタンゴのコーナーとフォルクローレのコーナーで、計5枚購入。タンゴのは、さっそく昨日得た課題の参考になるようなものも入手。
なおこさんは、とにかくジャケットにアコーディオンがデザインされたものをあれこれ。「そういう探し方であれもこれもと手にとってたら、よく見るとフォルクローレのCDはほとんどどれもアコーディオン入りなんだから、そのやり方じゃダメだ、て、気づいた」んたそうな。ははは、大人買いするハメの一歩手前での気づきでよかったねー。

そこからほど近いレストランでランチをとり、一行は宿に戻る。

このころには、眠気がピークに達していて、ベッドに倒れこむ。ほら、言わんこっちゃない、早くから目が覚めた反動ですよ。
それから延々7時間の上、眠る。時々まぶたは開くのだけど、まだ眠い。寝ても寝ても眠い。
そうこうしているうち、サロンカニングに出発する時刻の23時半まであと30分。
まだだるい身体にムチ打って、衣装に着替え、ステージメイクをする。

サロンカニングに到着。


5年前にもここで演奏させてもらった、思い出の場所。
その時にPAをやってくれたゴンサロもいた。懐かしい!

サウンドチェックには、別のPAスタッフが臨んでくれた。
とても手際よく、こちらの要望に応えてくれる。
今回も、デジタルピアノを持参して来たのだが、会場にあるピアノを使ってみないかと促され、私も興味があるので音を出させてください、とお願いする。
(でも、保険の為に持参のデジピもセッティングし、線をつないでおいてもらった)
見るからに古い古い年代もののアップライトピアノ。
鍵盤もうす黄色くなっているし、調律だって、そこそこだが、何と言っても、低音が抱き込むような深くて太い音を出してくれる。日本でファンダンゴスがやってきたライブでは決して出したことのない、「ゴリゴリとはしない」もの。だけど、それが非常に気持ちいい。深く豊かだ。
一方、高音はキラキラと空中に流星群のように(キザな言い方だけど)放たれていく。
このピアノで、やってみたい!
聞くところによれば、他のバンドのピアニスタ達も結構普通に使っているよ、とのこと。
さあ、このピアノで、ファンダンゴスのサウンドはどのような「タンゴ」になるのか、想像しただけで武者震いがする。
さて、オーガナイザーのオマール氏のアナウンスでショーの時間が始まる。
女性がハンガリー出身のダンスカップルが踊る。
彼らの踊った綺麗なメロディーの曲の名前がしりたくて、ショーが終わったあと彼らに教えてもらいにみほさんに頼んで一緒に行ってもらう。快く教えてくれた。
Duerme Mi amor
これもそのうち弾けるようになりたいなあ。

さて、私たちファンダンゴスの出番。

さっそく、昨日から教わったことを演奏に取り入れながら、じっくり、でも、我々らしさは充分に伝わるように…。
演奏しながら三人の気持ちの中では、ずっとそんなテーマを思い描いていた。
たくさんの拍手を頂いた。
会場の一番向こう側から、スゴイネー、やら、タニモトぉー!などの日本語も。
誰だ?
ロドリゴ!

若干はたちでティエンポの講師になって来日してた彼も、もう25歳。相変わらずのお茶目。
そして、もう一人、プルポ!

2006タンゴの節句ツアーのゲストだった彼。
アナリアとルイジも来てくれてる。
もう、ここが福岡でもブエノスでもない感じになってきた!
プログラム半ばで、ケンジリリアナとは颱風とオブリビオンを。
プログラム前半からずっと
「ミロンガでは、こういう落ち着き目のテンポ感で…」と胸に置きながら演奏してきてた我々、颱風の瞬間は、さすがに気合いの入り方が尋常ではなくなって、この時とばかりガンガン攻めてしまいまして、あとでケンジさん曰く、リリさん、踊りの途中で息上がりそうだったよ、と。
ごめーん、まだまだ青いファンダンゴスっす。

それにしても、あのピアノは忘れられません。
タンギスタによる、タンゴのための、素晴らしい鳴り方に仕上げられたピアノ。
代々の名タンゴピアニスタ達の指によって自然改良されてきた、そんな鍵盤に触ることが出来て、彼らの力をお借りしながら弾かせていただいた、そんな貴重な一夜でした
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