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中学時代の野球③

2017-09-02 09:16:07 | 野球
 野球が下手で「球拾い」と「あいさつ」くらいしかできなかった私は、周りから「真面目」だと思われていた。自分には他の面もあるのに、そこを見せることができず、真面目な処しかみてもらえないことがもどかしかった(自分の素を少しは見せられるようになるまで1年以上かかった)。
 リトルリーグを引退して入って来た仲間たちは、付近のチームで主力だった選手が多く、上手かった。周りの皆が上手いというのはツライことでもある。自分ができないことを思い知るからだ。その時から中3で引退するまで、自分は「下手なんだ」という思いをずっと持ち続けることになる。
 野球チームに参加するということは、野球の「上手い下手」で評価されることになる。人間性・性格のようなものは二の次である。少年野球から高校野球に至るまで、たとえその目的を身心の健全な発育・成長とうたっていたとしても、それは建前で、実際には関係機関(連盟・組織)も、チームも、個人も、野球の技術の向上・勝利を何よりも目指しているのである。そうでなければ(平等であるならば)下手な人間の居場所がなくなったり、辞めて行くこともないのである。
 上述したのは、全体の傾向(雰囲気)であり、もちろん個人的には、練習中にも人間らしい喜びなどはあったのである。
 
 話は変わるが、先輩たちが関東大会の決勝で対戦したのが、荒木大輔(元ヤクルト投手)擁する調布シニアだった。頼もしい先輩たちが全く手も足も出せず、完敗だった。彼は翌年、早実に入り甲子園で準優勝投手になるのだから、当時から相当の実力があった。これが中学生かと思うほどの体格、スピードボール、切れのある変化球…別格である。加えて顔もよくて、正にスーパースター。12歳まで生きてきて、初めて見たスゴイ人だった。
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