読書日記

いろいろな本のレビュー

ナチズムは夢か 南利明 勁草書房

2017-07-18 10:00:26 | Weblog
 本書は900ページを超す大著で値段も定価12000円、税込価格12960円と高価だ。こういう本を出版した勁草書房には敬意を表したい。白水社も全体主義批判の本の発行に意欲的だが、利益を度外視しても有益と思われる本を発行しようとする出版社が存在するということは誠に喜ばしいかぎりである。
 著者の南利明氏は静岡大学名誉教授で法哲学・法思想史の研究家で歴史家とは別の視点でナチズムの分析を行なっており、非常にユニークだ。それはジェノサイドに至り着く悪魔の支配を生み出したナチスの統治体制の淵源をルネサンスから二ーチェまでヨーロッパ近代の歴史に求めていることである。本書では第一部が「夢のはじまりーヨーロッパ近代の本質」と銘打たれ、ルネッサンス絵画の遠近法から、自画像の誕生についての解説がなされる。自画像は「自分自身の客観化」の契機を必要とするものとして、明確な「個人主義の発生」をまってはじめて可能になるものであり、ルネッサンスの文化変容の原因に対して本質は、人間が「個人」となり、「前にー対してー立つ」という世界への構えが出来したことにあった。ルネサンスとは、この新たな構えによる世界の捉え直し、再解釈の運動だったという。この一部は380ページに渡っており、「科学的遠近法の誕生」「近代という時代」「自然科学の誕生」「近代の形而上学」「主体性の形而上学と近代国家」という順序で非常に細かくしかも蘊蓄に富んだ解説が展開される。これがナチズムとどう関わるのか最初は判らなかったが、第二部「夢の展開ーナチス・ドイツの憲法体制」で一部との関連が明らかにされる。
 それは近代国家は個人を育て、教育して国家に有意な人材を確保して繁栄するシステムとして機能するのだが、ナチズムもその例外ではないということなのだ。その近代国家の存在基盤の憲法を恣意的に捻じ曲げ、民族主義(ドイツ人至上主義)と他国に対する暴力支配を可能にするべく、民主主義的手続きによってできたのがナチス・ドイツであった。中でも私が驚いたのは、ナチは人種主義を徹底するために住民一人一人の「遺伝・生物学的カード」を作成しデーターベース化しようと目論んでいたことだった。これを著者は透視権力=管理政治学と名づけている。それは権力の目的と機能が、権力の諸効果を社会の最も細かな粒子にまで確実にゆきわたらせ、生の展開のすべての局面に対して、その掌握を確立しようとしたのだ。これは第一部の「遠近法」の話と繋がるものである。そしてこのカード集計用のパンチカード機器をアメリカのIBM本社のCEOトーマス・J・ワトソンが海外子会社を通じてナチス・ドイツに供給したことも書かれている。ナチズムを支えたのもまた近代民主主義国家であった。その意味で、ナチズムは歴史上唯一無二の出来事ではなく、近代に固有のこれからも繰り返されるであろうごくありふれた一つの出来事ではなかったかという著者の問いかけは胸に響く。権力の暴走と不法支配再来阻止の決意は共有しなければならない。
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