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「根性」の語源ってなんざんしょ?

2017-06-20 09:21:41 | Weblog
この子は根性がある、「根性」入れろやという風に使われることが多い「根性」という言葉は実は仏教用語でした。
元々仏教上の言葉であった「根性」の意味は現代で用いられている意味とは異なりますが、「根性」という言葉を通じて自身の人生を豊かにするだけでなく、他者を感化していきたいと思いました。
たとえ他者から見れば小さい存在であっても、雑草のように「根性」を持って粘り強くその根っこからいろいろな栄養を吸収して成長してたくましく生きる姿勢を持ちたいと感じました。。。


一般的な辞書によると「根性」とは、
①強い意志。
②根本的な性質。心の持ち方。
とあります。
「根性」という言葉は、その前後につく言葉によって、ずいぶん意味が変わりますよね。言い方、口調によっても意味が変わってきます。「いい根性をしている」といえば、「なかなか見所がある」というほめ言葉でもあり、「嫌なヤツ」というけなし言葉にもなります。「根性が腐ってる、ひねくれている」といえば、「性格が悪い」ということでしょう。「根性を入れて取り組め」といえば、「強い意思で、気合を入れて取り組め」ということでしょう。
確かに、いい意味での「根性」は「泥臭い」、「汗臭い」、「必死の努力」というイメージがあって、現代っ子にはダサイかもしれませんね。

さて、本来の意味の「根性」とはどういう意味なのでしょうか。おなじみの仏教語辞典をみてみましょう。
「根性」とは
①機根に同じ。宗教的素質・能力・性質。精神的素質。
②素質をもつ者。
③根は素質。性は本性。
④気力の本を根、善悪の習慣を性、という。
とあります。

①の「機根」とは、簡単に言えば「宗教的理解力」のことです。つまり、仏教の教えが理解できるかどうか、という能力ですね。これは、もともとは「機に応じる根」という意味です。
「機」とは、「きっかけ」のことですね。「根」とは、③④にもあるように「素質」のことを意味しています。(「根」については、後ほど詳しく述べます。)
つまり、「機根」とは、ある宗教的「きっかけ」にすぐに対応できる、理解できる素質のことを言い、そういう素質がある者を「根性があるもの、機根があるもの」といったわけです。
「機根」は、人それぞれによって異なります。当然ですよね。同じ修行をしたお坊さんでも、教えの理解力や能力は異なります。優秀なお坊さんもいれば、理解力が劣るお坊さんもいます。それはみな「機根」が異なるからです。一般の方でも「機根」は異なります。同じ話をしても理解力のあるなしの差は、あって当然でしょう。

(中略)

②も①と同じような意味ですね。その中でも特に理解力のある者のことを意味しています。
③と④は、「根性」を「根」と「性」に分けて説明をしています。それは、そもそも「根性」とは「根」と「性」のくっついた言葉だからです。それぞれについて説明いたしましょう。

「根」とは、「根っこ」になぞらえた言葉です。植物の「根」が、植物を成長発展せしめる能力を持っていることから、人の能力や素質のことを「根」にあてたのです。また、そこから人間の基本的機関である「眼・耳・鼻・舌・身・意」に「根」をつけ「六根」と称しました。「六根清浄」という言葉、聞いたことがあるのではないでしょうか。
つまり、「根」とは、人間のもともと備わっている「素質、能力、機関」のことを意味したのです。

「性」とは、「せい」と読むのではなく「しょう」と読みます。意味は
①本体、本質、自性、原因、不変なる本性、特性、固有の性質、外的影響・関係を受けない不変の本質。
②先天的な本質。生まれつき。成長していく過程で得たものではなく、もともとあるもの。
③仏となり得る要素。仏性。
などなど・・・・、とあります。
つまりは、人間が生まれつき持っている性質のことですね。もって生まれた本質、のことを意味しているのです。それは、成長するにつれて身についたものではないのです。生まれたときから身についている性質のことなのです。なので、それは変えることはできません。不変のものです。

よく、「あいつは生まれつき暴力的なのだ」とか「子供のころからおとなしい子で・・・」とか「小さいときからかわいらしい」とか、いいますよね。人間って、子供のころから変わらない部分ってありますよね。もともと暗いとか、明るいとか、やさしいとか、乱暴だとか。そういう生まれつきの要素のことを「性」といったのです。
本来は、精神的な言葉を表す意味だった「性」ですが、「生まれつき備わって不変」ということから、「男女の別」を表す「性」・・・「男性、女性」・・・・という言葉が生まれました。

(中略)

「性」とは、このように「生まれつき持っている不変の性質」のことなのです。その中でも、特に重要なのは、③の意味、「仏性(ぶっしょう)」なのです。
「仏性」とは、「如来蔵(にょらいぞう)」ともいい、「仏陀(如来)になれる素質」のことをいいます。簡単に言えば、「覚りを得られる素質」のことですね。
「山川草木悉有仏性」(さんせんそうもくしつうぶっしょう)・・・という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。意味は、「山や川や草や木にも仏性がある」ということ、すなわち、「どんなものでも覚りを得る能力があるのだ」、「誰にでも、何にでも仏性がある」ということです。
そこから、「犬に仏性があるのか?」という禅問答も生まれるのですが、それは別の機会にお話しましょう。

で、この「根」と「性」があわさって、「根性」となり、その意味は「生まれ持った能力、素質」となるのです。もう少しわかりやすく言えば、「根性」とは、「人がもともと持っている能力や素質そのもの」のことなのです。しかも、その「素質」とは、主に「仏性」・・・仏陀になれる素質・・・・のことを意味しているのです。
ですから、本来の意味での「根性」とは、
「生命あるものが、もともと持っている覚りを得られるかどうか、というその能力や素質」
のことを意味していたわけです。
つまり、「根性がある」といえば、本来は「覚りを得られる能力や素質がある」という意味になりますし、「根性がない」となれば、「覚りを得られる能力、素質が無い」となるのです。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~houon/sekkyou-bn03.htmより一部引用、転載しました。

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