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ニュースを通じて日本及び世界の様々な問題に取り組んでいきたいと思います。

みんなで知ろう! 小沢一郎の正体!!

2017-05-12 08:14:31 | Weblog
かつて小沢一郎は一見保守派のように見えましたが後々の言動を見ると自身のため、国や国民を犠牲にすることを厭わない「売国奴」であると感じました
石原慎太郎が都知事時代の記事をお読みください

小沢一郎は現在、安倍晋三を批判しているようですが
小沢一郎が失われた20年でアメリカの売国奴となり小売業を日本人から完全に奪い
在日系の勝利へと、民主党へと導いたことが良くわかる記事です。ご覧下さい。⇒⇒

[小沢が「日本の親父」!?]

先週の週末、台風一過で久し振 りに多摩川の土手を散歩し、町に 出ると、見慣れないポスターが目 に付いた。民主党党首・小沢一郎 の顔が、表情の違うものが3枚並 んでおり、その真ん中のポスター に「我らの親父」と書いてあっ た。 参院選を契機に与野党逆転させ 自分の政権を作り、小沢内閣がで きて自分が総理になるつもりなの だろう。そういう意味で、「我ら の親父」というキャッチをつくっ たんだろうが、私は彼が「日本の 親父」になるのなんてまっぴらゴ メンです。 若い人は知らないだろうし、年 配の方も忘れてしまっただろうけ れど、小沢一郎が自民党でさんざ ん好き勝手をして、大金もつく り、平成5年に自民党を出て新し い政党を作った。それで政界は大 混乱になった。その党は新生党と いう名前だった。 昭和49年、私は『文藝春秋』 に角さんの金権政治を批判して 「君、国売り給うことなかれ」と いう論文を書いた。それが引き金 になって、立花隆さんと、もう一 人は亡くなった児玉隆也さんの田 中角栄の批判の記事が載りまし た。 立花さんは「田中角栄の金脈と 人脈」を書き、児玉さんは「淋し き越山会の女王」というタイトル で、田中派を牛耳っていた佐藤昭 という金庫番の女性のことを書い た。すると、それがきっかけで彼 女を参考人として国会に呼ぼう じゃないかということになった。 角さんは「これはいかん」と思っ てパッと辞めちゃった。 角さんが辞めたのはロッキード 事件ではない。ロッキード事件は 辞めた後のことです。 私は角さんはアメリカの陰謀の 犠牲になったんだと思う。角さん は何もかもアメリカに牛耳らせて はならない、せめてこれからのエ ネルギー、原子力のウラニウムの 供給だけは自前のルートを作ろう と、首相外交でやろうと思った。 それがアメリカの勘に触った。 エネルギー問題でアメリカの虎 の尾を踏んだ田中角栄を完全に葬 ろうとして、アメリカがメチャク チャな裁判をけしかけてきたので す。

過去にけじめもつけずに

しかし、金権で倒れた後も、 ロッキード事件が起こるまで角さ んの作った田中派、「経世会」 は、自民党すなわち日本の政治を 牛耳ってきた。そのもとで一番、 勝手気ままなことをした金丸信と いう人の庇護の下で、30代で幹 事長をつとめ、自民党を壟断して きたのが小沢一郎です。その小沢 一郎がさっさと仲間を固めて出て 行って、新生党を作った。その時 に、田中角栄の金権政治と戦った 立花隆さんは朝日新聞にこう書き ました。

《羽田新党とは何か。あなた方 は、要するに経世会の分裂した片 割れではないか。経世会とは何 か。要するに旧田中派ではない か。田中派とは何か。5億円収賄 犯・田中角栄をかついで、日本の 政治を10年余りにわたって目茶 苦茶にしてきた徒党ではないか。 党外の刑事被告人を領袖とあお ぎ、天才政治家とあがめ、田中が 右といえば右、左といえば左に動 いて、日本の総理大臣の首を次々 にすげかえ、数の力であらゆる道 理を踏みにじってきた、政治腐敗 の元凶のような集団ではないか。 あなた方はその中核だったではな いか。 田中が病気に倒れると、看板を 経世会とかけかえただけで、田中 派時代と全く同じように、金の力 と数の力で政治を支配し、権力の うま味を思う存分吸い取ってきた のが、あなた方ではなかったか。 あなた方のつくったそうした政 治構造が、リクルート事件を生 み、佐川事件を生み、金丸事件を 生んだのではなかったか。いまや 政治腐敗の代名詞となった竹下・ 金丸は、あなた方の大親分ではな かったか。ついこの間まで大親分 の集めた黒いカネを喜んでもらっ ていたのは誰なのか。 政治改革という錦の御旗を振り 回していれば、そういう恥ずべき 過去をみんな忘れてくれるとでも 思っているのだろうか。 いま必要なのは、政治改革より あなた方の人間性改革だろう。そ の第一歩は、日本の政治を破壊し 腐敗させてきたのは自分たちであ ると正直に認め、懺悔し、反省す ることである。自分たちの過去に けじめもつけずに、何が新生だ。 ちゃんちゃらおかしい》

(1993年6 月24日)

かなり激しい文章だが、しかし この通りだと思う。

アメリカの経済奴隷に

日本とアメリカの関係の中で、 日本をアメリカの経済奴隷にした のは誰か。金丸・小沢じゃないで すか。 大都市はともかく、地方都市の 商店街はほとんど潰れてしまっ た。そして代わりに郊外に大店舗 が出来た。私は自分の選挙区での 体験から、こんなものを作ったら 商店街は駄目になるとわかってい たし、多くの者が反対した。アメ リカの圧力のままに、大店舗法な るものを改悪し、商店街を潰した のは金丸、小沢です。 それから、やっちゃいけない日 本とアメリカの対の経済構造協議 というのをやった。 世界が狭くなってきて、経済先 進国同士で問題が起こると世界全 体に影響を及ぼすからと、みんな で合議しようということで経済先 進国が集まってWTOとかOEC Dを作った。 しかし、アメリカは日本の経済 に押されて具合が悪くなってきた ので日本をとっちめてやろうと、 安保条約で恩に着せて、自分達が 軍備を使って日本を守ってやって いるんだから言うことを聞けと いって、バイラテラル(2国間) の経済構造協議をやることになっ た。 私達は大反対しました。案の 定、アメリカは270項目の要望 を突きつけてきた。中にはとんち んかんなものが随分あった。 私はそれに反対して、140項 目の反対案を作った。私が主宰し ている黎明の会という政策研究会 のメンバーには、今は自民党を離 れてしまった亀井静香くんや平沼 赳夫くんがいました。 そして私達がそれを発表しよう と恩ったら、自民党の最高議決会 の総務会が4回潰された。小沢幹 事長が命じたんです。会期末だっ たので、そのまま国会は閉幕。仕 方ないから私達は翻訳して、外人 記者クラブでも発表した。アメリ カは嫌がるだろうけれど、私はや りました。しかし結局、アメリカ の無法な要求はいくつか通りまし た。

金丸のひと声で40億ドル

それをいいことにアメリカが何 をやってきたか。毎年、日本はア メリカから年次改革要望書という ものを突きつけられている。ああ しろ、こうしろといろいろなこと を言ってくる。 例えばアメリカの弁護士は水準 が低く役に立たないのが多いの に、日本でも弁護士を増やせ、そ してアメリカの弁護士も日本で弁 護できるようにしろと言ってきて いる。あるいは、金融市場をもっ と開放しろとも。 金丸・小沢が牛耳っていた頃の 自民党の歴代の大蔵大臣はたいし た危惧も持たずに「ビッグバン」 「ビッグバン」とはしゃいで金融 の自由化をしました。 今どうなっているか。ヘッジ ファンドがどんどん出てきて、日 本の会社を買い占めて売ってい る。ハゲタカファンドが日本で好 きなことをして儲けている。こん なことを許したのは誰かといえ ば、小沢一郎じゃないですか。 そして1991年(平成3年) に湾岸戦争が起きた。プレディと いうアメリカの財務長官が日本に 圧力をかけに飛んできた。アメリ カにはカネがないから、日本はカ ネを出せと言いに来た。 当時は傀儡政権の海部政権、こ れは金丸と小沢が作った内閣で す。金丸は海部の言うことなんか 全く聞かずに、自分で人事をし、 内閣を作った。海部は総理にして もらっただけで、人事は何もでき なかった。 その海部内閣の主要閣僚、外務 大臣・中山太郎、大蔵大臣・橋本 龍太郎、通商産業大臣・武藤嘉 文、内閣官房長官・坂本三十次の 4人で紀尾井町の「福田屋」とい う料理屋で接待したら、ブレディ がいきなり40億ドル出せと言っ た。 4人はぶったまげて「そんなカ ネは急には出せない」と断った。 ブレディは繰り返し3回言った 後、「駄目なら俺は帰るぞ。駄目 なんだな」と念を押した。 「よしわかった。これで日米関 係は悪くなる。あんた方の責任 だ。もう1回名前を教えろ。中 山、橋本、武藤、坂本だな」。 そうしたら慌てて一人が立ち上 がって「ちょっと待ってくださ い!」。恐らく宣房長官の坂本で しょう。そう言ってある人に電話 をかけた。 当然、相手は幹事長の小沢で す。その後には金丸がいたろう。 小沢が相談して、金丸が「それ じゃあ出してやれ」となって、4 0億出すことになった。

刻印のない金の延べ棒が

ブレディは日本に4~5時間し かいなかったのに40億ドルせし めて帰ってきて、ワシントンで記 者会見をした。 私は日本の政治家で一人だけ外 人記者クラブのメンバーなんで す。年中アメリカ人の記者と喧嘩 する。喧嘩すると仲良くなるの で、こちらに嫌な情報も教えてく れる。その一人からブレディの情 報を聞いた。けれども嘘か本当か わからない。NHKの日高義樹く んが当時ワシントンの支局にいた ので、帰国した時に裏をとって聞 きました。その通りだと。 記者会見で、記者が「あまり機 嫌がよくないけど、日本はやっぱ りカネを出しませんでしたか」と 聞いた。ブレディは「出したよ」 と答える。 記者が「不機嫌なのを見ると、 額が少ないんですね? いくらな んですか?」と聞かれて、ブレ ディが「40億ドル」と言った ら、みんなぶったまげた。 日本に数時間しかいなくてそれ だけのカネが取れたのなら大成功 じゃないですか、と言われたブレ ディがニヤッと笑って「俺は2日 かかると思ったんだが、アイツら ちょっと脅かしたら4時間でカネ を出した。だったら最初からもっ とふっかければよかった」。こん なことまで言われていたんだ。 その後、さらにアメリカは90 億ドルを要求してきた。さすがに これは内閣の一存では決まりませ んから、9月に臨時国会を開い て、結局、合わせて130億ドル を出してアメリカの戦争を助け た。 ところが出した直後に戦争は 終ってしまった。カネをどう使っ たか報告がない。日本にキック バックしたという噂があります。 日本のメディアはやる能力も覇気 もないから調べられない。アメリ カ人の2人の記者が書きました。 そのカネが誰にいったのか。想像 に難くないけれど。 そして、それからすぐ小沢一郎 は党を割って出て行った。 その後、1992年(平成4 年)に金丸事件が起き、金丸さん は略式起訴された。警察が金丸さ んの事務所に踏み込んでみると、 刻印のない金の延べ棒が出てき た。金塊というのは、それを作っ た国の刻印が必ずあるんです。刻 印のない金塊は北朝鮮です。北と どういう取り引きがあってのこと か。途中で当人が亡くなってしま い真相は闇に葬られてしまった。 小沢・金丸は何をやったんです か。アメリカに約束した8年間に 430兆のカネを無駄遣いして日 本の経済力を弱めた。 430兆のカネを使って何を やったか。沖縄の経済需要の全く ない島に5万トンのコンテナ船が 着くような港ができている。市長 が自慢して見に来てくれと言われ たけれど、 船が来るのかと聞けばニヤニヤ笑 うだけ。 北海道で熊や鹿しか出てこない ようなところに道路を作った。そ の先に街なんかありゃしない。そ ういう馬鹿なことをやった。みん な国民の税金です。そのため国債 も発行した。それで日本の財政は ガタガタになってしまった。 いまだに670兆という厖大な 国債がある。あっという間にイタ リアの倍の国債依存率になってし まった。この体たらくを作ったの は誰なんですか。(中略) 小沢一郎のような人物が日本の 親父になったらとんでもないこと になります。


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