デボーションノート
聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。




マタイ 13:53 イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去り、
13:54 故郷にお帰りになった。会堂で教えておられると、人々は驚いて言った。「この人は、このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。
13:55 この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。
13:56 姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。この人はこんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう。」
13:57 このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」と言い、
13:58 人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった。

イエス様が真の神であり、同時に、真の人であったということの証である。
イエス様は、自分の生まれ育った地方では、敬われることは無く、奇跡もあまり行われなかったという。
このことは「奇跡は信仰がなければできない」というのではなく「信じる人がいないところで奇跡を行っても、誰も信じようとしない」というだけのことであろう。
だから、イエス様は生まれ故郷では奇跡を起こせなったのではなく、イエス様の故郷では信じる人が少なかったというだけのことである。
イエス様が奇跡をおこなわれる目的は、「ご自分が真の神である」ということを信じる人が起こされるため、であり、やたら奇跡をおこなわれるというわけでもないようである。
むしろ、奇跡など行われなくても、イエス様が救い主であるということを信じるならば、その方が幸いである。


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