デボーションノート
聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。




マタイ 12:46 イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。
12:47 そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。
12:48 しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」
12:49 そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。
12:50 だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」

研修会の途中、自由時間を利用して、実家の両親を訪ねる事にしたところ、知り合いの先生が一緒についていっても良いかと尋ねられ、二人で出かけることになった。
他人の両親を訪ねる息子に同行していくなんて、物好きな先生だなあと思ったけれど、二人で出かけ、両親と四人で短い時間であったが、他愛もない話をしただけだったが、どちらも喜んでくれたようである。
他愛もない話をしただけだったが、そんな交わりこそが本当は「他を愛する」大切なことなのかもしれない。
おじゃべりをしてくれたわずかな時間の交わり、そこに、本当の家族がいるということを覚えたいものである。

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