魚河岸女将の地球探索(勝手に専務)

地の隅々まで 旅しながら ・・・

 終の棲家を探し・・・

   生きるって・・・

ミヤンマー大周遊の旅 (其の 6)

2010-02-28 20:55:55 | Weblog
   1月 13日 (水)

1859年マンダリン旧王宮が建造された。
  ホテルの前からどれ位の広さがあるのだろう~~?

 後で判ったのだが8k㎡ マンダリンの三分の一の大きさだって。
  現在は軍が使用している。

 近辺にはシンガポール・ミヤンマー全体のホテルが並び
   市役所・病院・学校が並ぶ中心地。

 ミヤンマー国営の朝市場が開かれ 賑わっています。


 マンダリン駅前の道路は 15~~20m位あるだろうか~~
   車線は引かれていないけど。


 『外国人がミヤンマーの土地を買えるの~?』 質問に
 『料金が5倍位高くなるので ミヤンマー人の名義を借りるが
   人の心は月日と共に変わるので 争いの元ともなり・・・・』
 『では 何故? 中国人が? 』
 『お金の力で2つのパスポートを手に入れ 名変していくのです』


   
    中国の国境まで車で6時間位だと・・・


工業団地への出資は、タイ・韓国・中国の順で 日本は12番目。


タイ・中国のバイクが@600弗 上物@1000弗
 公務員の月給@40~~50弗ですが軍隊同様  
   家族の食品は3割位の値で手に入るカードが発行されているので
       生活は充分出来るそうです。


 一般人はもう少し少ないにも拘わらず バイクを買うのは、
   便利だという事で貯金しても手に入れたいと思うようです。



上級の人の結婚式の祝儀は 「鍵」 車や家の・・・・
  
 商いに有利な方向へ持っていけるようにと、小さくっても
  高価なものを贈る・・・賄賂が通常に行われている世界なんですね。
                      

 

かっては王都として栄えたアマラプラにある18世紀建造の
 チーク材の橋「ウーペイン橋」長さ1,2m





 よく出来ていて、修復はレンガとコンクリートするようですが

  タウンダウン湖で生活する人は
  
    水が多い時は 漁師





  
    水が少ない時は 農業




    
    家も移動できるよう組み立て式にする ジプシー生活。





緑が多く ひまわりの花が咲いていました。








【マハーガンダヨン僧院】
  
 ミヤンマー最大の僧院で1200人が
  220もある厳しい戒律を守りながら仏教の勉強をしています。

 am10時15分鐘が鳴ると托鉢が始まり、



   
炊き上がったご飯を自分のオヒツに山盛りいただき
   全員そろってお祈りの後、スープ・野菜・豆腐?の4点を
     4人一組でいただきます。






見習いの子は白い衣で、バナナ・パフインが付いていました。







此処は、孤児や親と死別した子供達を 助ける場所でもあるそうです。




【マハムパコダ】
  ミヤンマーで一番先に造られた大仏があります。1000年前?

トルコ・イスタンブールのバザールみたいな店が縦横に並ぶ一番奥に、  
 金箔に包まれた仏像が、中は銅ですが今も男性達が金を貼り続けてます
  
   ちなみに 金を貼り付けられるのは男性のみです。
 
    ルビー・ダイヤモンド・サファィヤが埋め込まれています。



ランチはタイ料理  味は良かった。



【旧王宮】
  
  堀の深さは3m
 
 宮殿の中に線路が引かれていましたが 駅の代わりに使用したためで
  今もそのまま残っています。


 この時代王の勢力が強く、近国は恐れ、自国の美女を送り込み
 
  勢力を落とすための工夫をしたので48人の女が住む為の屋敷を
  
    宮殿内に設けたようで~~~

 
       何処の英雄も同じ―――

       こうなると釈迦の力も台無し――――

                    
私はもう見る気もしないのでホテルに帰り スパを楽しみリラックス。

     夕食もパス。


: :


中古車は日本のですが

  名前はそのまま残して使用してるので、偶然に私の知っている
   「神奈川中央交通」のバスが走ってたので~~~

 
   もしかしたら・・・貴方の会社のもあるかも・・・・








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ミヤンマー大周遊の 旅 ( 其の 5)

2010-02-24 01:29:48 | Weblog
    1月12日 (火)

am7時トラックだけへーホー空港へ先に行き
 8000体以上の仏像が納められている{ビンダヤ洞窟}へ向かう。


  1時間半くらいで「アンバーン」と云う町。

 みかん・アボガドがイッパイ獲れてる時期ですが、
 石炭が発掘された為 農業をやめて携わる人が多くなっていますって


見た目 

 北海道の富良野のようなパッチワークと、ケンとメリーの木の風景が
  青く澄んだ空の下に広がり 見劣りしませんよ。



ビンダヤの人口 100000人・標高1180mの地。


   (ビンダヤ洞窟入り口近くで~~)


 洞窟の前に大きな岩があり、
此の中にこんなに沢山の仏像が安置されてる事は判っていませんでした。

 入り口からはエレベーターで上まで上がり
   長さ150mの中は、鍾乳洞です。

 
 有名なのが、【汗を掻く仏像】


  (汗? で濡れてて真っ黒です)



  汗を触ると病が治ったり、願いが叶う~~~らしいが
   天井からのしずくが その源・・・・


   ( 最上階からの展望 )



ランチは此の町でミヤンマーカレーの味を――
 
 ジャガイモ・人参=ラッキョウの小さな人参・インゲンなどを入れ
  
  牛肉・鶏肉をベースに別々に大皿で出されるので、
   
     各自 好みでかけて頂く。

        マア 普通の味だね~~



此処から又2時間かけてへーホー空港へ向かうのだが
 道が悪く揺れがひどいので~~寝るっきゃナイ。


 『あの揺れの中で よく眠れますね~~』 と言われたけど

   何故? 眠れないのか?――― と聞きたい私。


     今朝、体調を崩した人がひとり、
      ご夫婦なので自前で 空港まで行くようです。


マンダレー空港 pm4時40分着。
 
  
  人口200万人、ミヤンマーで2番目に大きな都市。
    最後の王朝・コンパウン朝も僅か25年間の統冶。



空港は建設されて10年になるが、
   政治的な問題があって、まだ 直行便がない。
   タイ国が造り、滑走路もアジアで一番長いそうです。


  此処が使えたら 随分時間的に 効率よく周れるのに~~と。


[マンダリン]
 
 前は、マンダレーといい「中」と云う字を書いてたように
  
  「中心」と云う意味だが
 
 今は、中国人がお金を持ち 家や土地を買い占めた為
   
  マンダリンの人達は中心ではなく、外に出されて
   
      中心は中国人のものとなっているそうです。


地理的にも
 
 中国からニラワジ河が ミヤンマーに入っているので、
  中国から資材を持ち込み、ガラス・タイヤ・衣類など・・・
 
     ミヤンマー・メイドインにして出荷しているそうで

 
  日本の100円ショップの7割は此処で作られ、中国を経由してる。


    日本軍も此の河を活用していたと云うのだから~~


バイクと自転車の町。

 スーパーマーケットで買い物するのに信号が無く
  センターラインも地帯もないので立ち止まっていたら・・・

 車の渦に巻き込まれる~~事故にあっても保険がない国なので
  ましてや警官も賄賂でどうにでもなるって言うのだから・・・

   
   《 みんなで渡れば 怖くない 》なんて ウ・ソ!!


    
     愚図が多く まだ渡れずに向こう側に~~~


夕食は鍋料理
 
 野菜のほかに 肉・魚・海老・いか・貝=あわび など・・

   最後に卵でとじてお雑炊に=日本と同じ

   
     美味しくって~~やっと 満腹です。 



     * * *


今日から28日まで そのまんま東知事の「宮崎県の島」へ行ってきます。

  1年半前一度訪れた「島野浦島」「大島」ですが
   
   「島野浦島」では

   食事の時 一緒に飲んで
    『もう一度来たら 本物だよ~~』と猟師さんたちから言われ

  今回の旅はその時の人達が、
     自分の船で 私を別の島に案内してくれるんです。

   電話したら

     『 専 さんだね~~!! 』って

         覚えててくれたのが 嬉しかった~~!!!

   「大島」の中村さんは

  イセエビ漁師― 何時も生きたまま贈ってくれるのですが
    今回が初対面? ・・・ってあんまり顔を覚えていないんです。

   彼もハッキリ私を覚えていないようで
    
     『写真をおくってくれないか?』 送りましたが・・・・

  
   雑誌「るるぶ」にも載ってた著名な方だとは知りませんでした。


 
     
    そん訳でTV「田舎へ泊まろう」を地で行く 専さんです。
   
    
      400島達成にどれ位近ずけるか~~~
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ミヤンマー大周遊 の 旅 (其の 4)

2010-02-23 04:03:17 | Weblog
1月11日 (月)

ミヤンマーで2番目に大きな湖、インレー湖に連泊なので
 朝食摂らずに散歩に出たら 自転車のおじさんに出会ったので
  後ろに乗せてもらい 村の中を相乗り~~~




幼かった頃、疎開してた静岡での貧しかった頃・・・・
 母が朝食の仕度を外でしてた事など・・が 思い出せられる・・・





ご飯を炊いているのか・・・ちいさな煙が立ち上っている・・

   そんな優しい家並みが広がっています。



(早朝の町・・・)


am7時5人乗りのボート エンジン付きでインレー湖へ。



 よい商いになるのだろう~~百台以上のボートが並んでる。
 若いママ達も「カモメの餌」「折り畳みの帽子」を売りに来る~~


川面に靄がたちこめ、






   カモメが飛び交う。




下りの舟には出荷するのだろう~~
   野菜を沢山積んで、売り子の女子も乗っている。



  (生活が・・・・)


1時間以上走って水上土産店へ立ち寄り、
  また30分以上走って【水上パコダ=パウンドゥパコダ】へ。
    700年以上の建造物。



    (御参りに来る人達)


インレー湖は160k㎡の広さで、鍋のような形態だが
 一本の川として流れ勢いがあるので、其処にダムを造ったそうです。
   
今の時期は水位が低く3m位ですが
    多い時には10mにもなり、
 
浮島に何本も棒が立っているのは、湖底まで刺してあるそうで
  雪国で 道に赤い印を付けた棒が立っているのと同様です。

 
浮島なのに自分達の食用とするトマト・ネギ・青菜・・・などは
   此処で作っていたのには驚く―――

 「藻」を湖底から取り出して それを肥料にしたり
   土と混ぜて地面を作り、土地を広げて家を建てたりしています。


先程までの水はドロドロだったのに、此の辺りまで来ると澄んで
 グリーン色になっているのは、水草が多いせいかも・・・



【水上パコダ=ファウンド・パコダ】
  白檀の5本の木で「釈迦」と「御坊さん」の像を作ってその上を
  金箔を貼っていく為、団子のように丸くなってしまった仏像??

  御祭り(10月初旬)には5体乗せて湖を周るが、実際は4体―――


 その訳は、
  12世紀 5体を乗せて周ったが、ある場所へ来ると途中で落下し
  いくら探しても見つからず,あきらめて戻ると~~~
  水に濡れ、ゴミが付着したままの仏像が先に戻ってきてた~~

  次の年も・・・その次の年も・・・・

  同じ事が起こるので
   『きっと此の仏像は表へ出る事が嫌いなんだろう~~』 と。



朝は寒かったが,陽が高くなって 少しずつ暖かさを増してきた。



【ガーぺチャイン僧院】



  
 700年前チーク材の上に金箔を塗ったもので もうハゲテルけど
  「猫がジャンピングする寺」として有名になった―――


 10年前ドイツの旅行者が

御坊さんが飼っていた猫がジャンピングするのを見て、
記事にしたところ、人が立ち寄ったものの
  そのときは ジャンピングをしなかった―――と苦情が出て

再び ドイツの旅行者はミヤンマーを訪れ政府に
   『餌を提供するので~~』 と 申し出て、猫を訓練させ
 
その結果が現在に至っているそうです。


ジャンピングの報酬に 餌を貰えるのが楽しみな3匹の猫たち。





ランチの後 此の街から見える山を越えてタウンジーの町へ向かいますが
   ねむい~~~zzzzzz~~~


タウンジーの人口300000人以上、パオ族。
  
  ミヤンマー桜が満開です。
  真っ赤なポインセチアも咲いています。
  竹細工の家並みが続きます~~


【カッグ遺跡=豚が手伝う】



  
1000年前土の中に埋もれて 丘の中に有ったのを
  豚が土を食べていた所から農夫が見つけたそうで、
   何故?誰が?こんなに沢山のパコダを創ったのか?
   中に何が入っているのか?
 
などなど、まだ、タタリが恐ろしく開いて見ていないらしい~~~





ガイドの長さんの話―――

  此処の仏像は左手が膝の上、右手が下に――― は
 大地を指して約束しているので破ってはならない~~との意味だと。

 

人はひとりで産まれ、ひとりでこの世を去るが
 此の地で大切な家族を作った責任を思い、両親や子供に接してるが
 収入が増えても 物質・快楽主義にならないように

 
“今有るもので 足れりとせん” を 貫いているのだと。


また、ガタガタ道を戻る途中 竹細工の一般の家を見学



 両親は畑に出てて留守でしたが、12歳の女の子と8歳の男の子が
 御留守番、
  みーちゃんの小さくなった洋服や靴を御土産に渡すと
 『とても 嬉しい~~』 と 長さんに伝えてくれました。





pm6時25分ホテル着、
  もう真っ暗・・・
 ライトも暗く、街頭も無いので慣れないと川に落ちそう~~~

  今夜の夕食はパス、明日出発が早いので休む。
     

     :        :

 日本の中古車を名前を消さずそのまま使ってるバスが
  私の知ってる「神奈川中央交通」だったので、思わず・・・


   もしかしたら、貴方の知ってる会社のもあるかも。


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ミヤンマーの旅 ( 其の 3 )

2010-02-22 05:08:39 | Weblog
 1月10日 (日)

  (夜明けです~~~)


昨日と同じ道をヤンゴンまで戻り、午後便でへーホーへ、向かう行程。

ホテルからは下りなので(籠)に乗らず走りながら下りて行きます。
 20分で集合場所へ一番乗り

 うさぎ跳びで下りて行く私の姿を見て
 
 『凄いですね~~いつも何かで鍛えているのですか~~?』
 
 『タンクトップが着れるって~~凄いですね~~!』

   参加者の女性たちが口々に話しかけてくる。



此処から40分かけて下るバスが 予約してあるのに来ない。
  
  一台来ると地元の人達が ワァッーと押しかけ山盛り?






 乗られてしまうので 添乗員と長さんがサッと近ずき、やっと乗れ
   またジェットコースターのような道を下ります。



[モン族]の地は
 ゴムの木・ドリアン・カシューナッツがよく収穫でき
    今のミヤンマーの字の元を作ったり
       仏教を伝えたのも彼らだったが
    迫害にあい今は、人口の2%しか居ないそうです。


天気は快晴 4時間かかるので昼寝をすることに。


 チャイティーヨのゴールデンロックを年に3回お参りすると
  ご利益が有る―――というので 混むようです。


ランチは空港前のレストラン、中華だったが甘過ぎ~~
  ビールも2本しか冷えていない~~
 私は勿論優先的に頂く~~ではなく~~奪う~~~だったけど。

 生ビールジョッキ350ccが@1000、大瓶が@1500なら
    当然だよね。



pm3時46分
 
  へーホー空港着、





 



元々は日本人が造った物で、名前の由来も解かっていないそうです。



シャン州=意味は、空に出てくる星のような・・
 シャン高原は標高1000m
 高原の避暑地として有名なインレー湖へ向かいますが、
 ミヤンマーの7~8割の米・野菜・を産出し、温泉も湧いてますが
  日本のように管理してないので、入浴は~~~???

 
 32の種族が住んでいますが[シャン族][パオー族=オレンジ色の
  タオルを頭に巻いて黒の洋服を着てる・・蛇の化身の先祖?]


  (パオー族の民族衣装を着て、ガイドとして案内をして下さる)
 
 
  シャン料理は野菜が多く、油を使わず料理を作るので口に合うし
  納豆・・・乾燥してある・・・ふりかけらしきものも・・・
   

      (シャン料理の一部です)

   米も30種あり、日本のお米のようなのもあるようで
  
  オムスビ??らしき物も・・・






     お茶漬けにして食べました。




日本は戦後 ミヤンマーの発展の為
 道路・学校・病院を造ってくれた――と 好感を抱いているそうです。


水力発電なので湖水が少なくなると停電する??らしいので

韓国ドラマの影響を若い子達が受けている~~~とも



{シュエンビュー僧院}






  ラワン材で建てられて700年、純金の釈迦がイッパイ、絵画も。












 小さなお坊さん・小2~3年だろうか? 




    見習いの勉強中だったが
  
 教本の表紙に可愛い子チャンが張ってあったって
  
   『やっぱり若い子だよな~~ァ』と 見た男性が語っていた。


夕食後は自己紹介。
   私は魚河岸女将として~~~「島旅」のひとりとして~~~

    

――――  待ち時間中の会話から ―――--

 人の考え方って

年代とか人種ではなく、その人個人が経験して多く学んだ事が
  物事の対処の仕方や 判断などの感情として現れるものなのだと。

横須賀に住む70代のおばあちゃん

『借りてる肉体は貸主に返すものであって、
  他の人に貸与するものでもなく 実験に用いるものでもない』

そんな私の会話を

『こんな新しい考えをしてると思ってた人でも
  神の存在を信じているだ~~ァ でも、いざとなったら
    ○○さ~~ん助けて~~って すがるんでしょう~~』
『 いいえ 』
『そんな事言ってもその場になったら違う事を言うじゃないの~~』

  半分お茶ら化したように話す老女


    こんな年齢になって今もそんな考えを持ちながら
       人生最後の旅をしているなんて~~~

現地ガイドの長さんは 
 私が朝食も摂らず薬も飲まない・・・と言ってたのを聞いて

『神様みたいな人ですね――
  自分もそれに近い考えをしてるから、もっと話してみたい』 と。



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ミヤンマーの旅 ( 其の 2)

2010-02-21 10:53:56 | Weblog


「ビルマの竪琴」に出てきた寝釈迦仏があるパゴーは、
   パンサオリーと言い、おしどりと云う意味で
 {雄の上に雌のおしどりが乗っている}のを 釈迦が見て
   『此の地は男性より女性が強くなる』と 予言したようです。


   此れから行く全ての寺は 裸足です。

  
  車中で下着まで脱ぐ。だって~~パンストなんだもん~~


am11時

  「シュエターリャウンパゴダ」は全長5m。







 
小節の中で・・・
 水島上等兵が ♪埴生の宿♪を 仏像の中で弾いてた~~~

   (涙が滲んでくる・・・場面でした・・・)

 実際は土の中に埋もれてたのを英国が掘り出し、屋根もつけてくれて
  現在に至っているそうです。




この旅のハイライト!! とも言える
 
 落ちそうで落ちない巨岩の上に建ち、ミヤンマー仏教の巡礼地
   「チャイティ―ヨパコダ」は 参拝者が途絶えず~~
  
  ミヤンマー人はトラックのまま山頂まで行けますが


 
   (トラックにも乗らないで歩くミヤンマーの人達)
  

  外国人はトラックでは40分の所から徒歩か籠に乗り約1時間、

 
 (籠)は4人一組で担ぎ、@8000チャット=@880円
  
 途中で
  『喉が渇くと休憩し、茶店でジュースを要求したりするので
    気をつけててください』 と 助言がありました。


其の地迄行く道路は,
 
  第2次世界大戦中、日本軍が通っていた様で
    混血の人が今も多く存在しているそうです。



農業が盛んで 土地は政府が安く貸し、
 収穫と販売も安いけど 政府が行ってくれるようです。



雨は少ないですがダムがあるので、一年間栽培できるようです。



ランチはミヤンマー風中華。
 海老・カシューナッツ・鶏肉和え・鯉の唐揚げ・青菜炒め・炒飯・・
  品数が多く、味は少し薄いけれど美味しい~~
 生ジュースは そのものを絞っているので濃くって う・ま・い!
 瓶ビール大@3000、グラスが@600だったらグラスだよね~


  今夜の宿はチャイティヨパコダに一番近い「マウンテントップ」
      素晴らしい眺め!!


いつもなら歩いて登る私ですが、経験しても・・・・と
 ホコリも凄いので(籠)に乗りました。





   チーフに@1000チップを渡しておいたのに
     仲間に分けなかったようで

    下車の際『ジュースとかチップ』と要求してきたけど
     私は渡してあるので

   途中何度も休憩していたし・・・ガンとして渡さなかった。




ホテルチェックインしたが、部屋が近い・遠い・・
  大・小があったり・・・と云うので各自 鍵を選択。
    私が一番近かったので、随分便利しました。



    (ホテルからの眺めです)


 とりあえず部屋に入って再びパゴダを見に出掛けるが
   昼間は暑かったが、日が暮れると冷えてきた。


pm5時半
 
 ゴールデン・ロックに夕陽が照らされ、黄金色に輝く・・・




 
  2500年前 釈迦が此の地を訪れた時 弟子の一人が
 『貴方の髪の毛をください―――』と願い 頂いたのを
 パゴラを建てる時、岩の上を掘って髪の毛を埋められた―――

   それ故、風で揺れても落ちる事は無い。

     とにかく凄い人出。

 土曜で明日 日曜休日と云うので、山頂にゴザを敷いて泊まり
  明日またバスで帰るそうです、 が、 WCは何処で~~?


pm5時40分

 真っ赤な夕陽が周りを染めながら沈んでいき、其の残りの輝きが
 パコダに反射し、純金が眩く光り輝きます。

  
  夜 ライトアップする為のオイルが床に準備されてて
     気をつけて歩かないと踏みそうです。


紀元前2500年の出来事・・・・
 
 王の兄弟・・・・の兄が言いました―――
 
 『純金は貧しい人達も貯めて手に入れた物を、各自が~~
   男性のみですが~~貼り付けに来るでしょう~~』 と。


 

 今も暗くなるのに群がって純金を貼る男性達が~~ 後を絶たない



 夕食前に日本から煮て持ってきた{ぎんだら2切れ}を
   つまみにビールを飲み 早く休む。
 
  ホテルではたいした物も出ず、部屋で食べて来てよかった。





 
       



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ミヤンマー周遊の旅 ( 其の 1)

2010-02-20 07:48:41 | Weblog








 平成22年1月8日(日)~~18日(月)
  ミヤンマー大周遊 11日間の旅



  多摩プラザam6時半のバスで 成田に向かう。
  空気が澄んでて いつも風ちゃんとの散歩の時間でけど・・・
      一人だととても寒く感じる。

 昨夜、全ての片付けを済ませ床に就いたのはpm11時半
 寝が足りないせいなのか、頭痛もあり背中がぞくぞくする。
    ぐっすり 眠りたい~~


タイ航空にてバンコクへ。  時差マイナス2時間
 ツアーは21名(女12・男9)70世代と30代の女子が2名

  機内ではよく眠った~~~ぁ


 (機内から見えた ヤンゴンの街・・・美しいでしょう~~)

ミヤンマー最大も街ヤンゴンは バンコクとの時差マイナス30分
 ミヤンマーのお金はチャット 30ドルで27000チャット。

 
 ガイドの長さんは[椎名誠の魅惑のミヤンマー]に出てくる方です。



現在のミヤンマーは、
 
 政治不安もあって政権の非難にピリピリしてるので、
  口に出さないように―――
 子供の頭もなでないように―――
 写真の撮影は許可なしでは撮らないように―――   などなど

  選挙前なので特に気を付けてくれるよう、指示がありました。


ミヤンマーはビルマだとズーッと思ってたけど、
 
    ビルマと呼ぶのは日本だけのようです。

 「ビルマの竪琴」安井昌二主演を見てから知ってた国ですが
   これを書いた小説家は
  一度もビルマに来たことが無いのに書いた―と云うのだから。

    すっごいよね~~~



    1月9日(月)


  人口680万人・面積日本の倍、 
    80%が仏教だが、世襲制ではないそうです。


車は、トヨタ・日産の中古車が一番安く、修理しやすい、燃費がいい
 ~~~が、ハンドルが右なのが~~~~?


洋服は,4m位ある巻きスカート、男子はパンツをはかないそうです。


朝、自転車通勤の人が多く、お弁当持参です。


お弁当に入れるご飯は、先ず、托鉢に見えるお坊さんに上げてから
 朝食を食べた残りを入れている~~そうです。

 そんな訳で皆さん朝4時頃に起きないと間に合わないようです。


女性も男性も顔に白いクリーム状のものを塗ってるのは
 木=タナカーを摺ってクリーム状にした物で、汗やニキビの
  効果があるようで、みやげ物店でも売ってますし、
    日本人も買っていました。


120年間英国の植民地だったので英語が通用語、次がミヤンマー語
  その次が韓国語、
 
 若い子達は韓国ドラマの影響を強く受けていて、憧れ~~~
  「行きたい~~!!」と思っているそうです。


135の少数民族がおり民族語があるので、
  ミヤンマー語が通じない事もあるとも 言ってました。


お坊さんの生活は 
 仏教の勉強に集中する為 食事は作らず、一日一食。
 朝の托鉢に行く所は 自分で決めて行くそうです。
 傘はささない――靴は履かない――夜は7時に休み 朝3時に起床
   ミヤンマーでは尊敬されています。


兵隊は沢山の恩恵があるので 13歳からなれ
一家族で一名入隊しておくと家も安く借りられ,生活物資も三分の一で
 購入できるチケットが発行されます。 空・陸・海があります。

  
ヤンゴン郊外は木が多く 野生動物――猿・鹿・蝶・鳥が 多い。
 しかし、以前は焚き木に使うため木が無くなり、あわてた政府は
「緑を大切に~~」と今は、木を植えてるそうです。


沿道には ユーカリの木=あのタイガーバームの原料= や
 菩提樹が植えられ、最近は松ノ木も植えるようになりました。


麻薬は世界一といわれる栽培量なのは、英国が持ち込んで来た為です。


中心を流れるエヤワデイー河の沿線に町が開かれ、米・バナナ
 カシューナッツ・チーク材などの輸出量は80%と大きいものです。

工場関係からの煙が健康を害すると言うので=CO2=
  郊外に造られていますが、その辺りにはサハリが広がってます。


次の通過する街タウチャー、人口100000人

 賑やかな朝市が開かれ、米・豆・野菜・果物・水牛・・など
 農業が盛んですが、ヒンズーきょうなので牛を大切にし
  牛乳関係は一切口にしないそうです。

 みかん・スイカ・ザボン・など二毛作で、家族で弁当持参で
  働き、日中は暑いので小屋で休憩し、夕方まで働き

   「痩せてるのは健康だから~~」と 言っています。

バイクや自転車・自転車の脇に付けたサイトカー・リヤカーなども
 多く使われてます。

高速道路は、中国が造ってくれたのですが
 「戦争が始まったら ジェット機発着陸に使うのでは~~?」
   と、心配してる~~との噂も流れたようです。



     *      *      *
 
 見所も多く、何回かに分けないと説明が出来ないので~~~

 
 やっとミヤンマーになりました。待たせて御免なさいね。
  
   来週24日から 「宮崎県の島」へ行くので
 
      途中またお休みになるけど~~~
  
 














  


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沼島への 旅 (後編)

2010-02-19 13:18:13 | Weblog
  1月23日(土)

am8時10分出発し、土庄港から【沼島】へ9時の船で向かう。

 北西の風で少し冷たいが、
     青空と海の碧さが 波頭の白さを引き立たせている。

  10分で到着。

 島内のボランティアの女性2人と ホテルから1名参加
   計13名で 時計回りに歩き始めます。

 
 
面積2,73k㎡・周囲10,3km・人口500人

 紀伊水道に浮かぶ島で、日本の歴史の痕跡が漂う島。


  明治時代に作られた八十八ヶ所も、
   今は訪れる人も少ないのだろう~~献花も枯れて~~~





 「沼島灯台」に10時到着。

「山の大神神社」







  黄色の鳥居が沢山並んでるが、
  捧げた人の記名もあるけど、壊れてて~~~
  どんなご利益があるというのだろうか~~~?

「上立神岩」 海の中にある 高さ30mの直立した岩

「沼島小・中学校」は100年以上の歴史があり、
  大正時代には海岸の砂場場で運動会を開催したという
    記録が残っていると話してくれた。

  今日は土曜日で休校だけど テニスの部活の生徒たちが
   運動場を整備していました。

 また、傍にある池は、沼島港の海水が土地が低いため逆流するので
   海水で出来ているのだと 先生が話してくれました。
  
  昔はこの池に
   「だんじりの御神輿」を一年間沈めておいたのは
      海水に漬けることで箍が緩まないのだとも
         語ってくれました。


   エツ? 今ですか? 蔵に入っているそうです。


皆を待つこと40分・・・・


チットモ来ないので歩き出すと、ダックスフンドを連れた母子に出会い
 少しだけワンコと遊んで・・・また歩き出す・・・と

 
  エツ? 私より先に行ってるの~~~?
  
  学校に寄らなかったみたい~~~

合流してこの島の絶景ポイント!!
 「ヨロイ岩」「上立神岩」「下立神岩」「灯台」「青岩」が一望できる。

     美しい~~海が ひろがる―――


  皆の歩くペースがゆっくりなので、
    私はとても疲れてしまうので どんどん一人で先へ。


ランチは自由なので
 「木村旅館」で1時から予約してあると聞いたが 

   私は12時に入って先に食べ始めるが
    次から次へお客様が入って来られ 繁盛している。


  島内には1軒しかないのかな~~?

  店はあったけど営業してなかったから?


値段はしっかり取っているよ~~刺身定食@1200円
 
  地物の鰆のあぶり・黒鯛・イカ・生のマナかつお・・・
 生のマナかつおは珍しく、脂がのっててとても美味しかった。

  おなかもイッパイ~~


 これからpm2時40分の船で土庄港に戻り、
  大阪伊丹空港へと向かいます。

 1ッ泊2日でしたが、島旅仲間の大橋さん・中島さんも居て
   楽しい旅が出来ました。


     (長崎の島までで 384島 達成)
     

* * *



今朝の散歩 はサクサクと霜柱の立つ丘を風チャンと走ってきました。

 「霜柱」なんて~~

   母と麦畑で 麦ふみした頃の静岡の家を・・・・


 都会の屋根が真っ白~~~綺麗でしたよ~~~







  
 



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沼島への 旅 (前編)

2010-02-18 05:21:25 | Weblog
   平成22年1月22日(金)~23日(土)
      国生み神話の島【沼島】へ


羽田から大阪伊丹空港へ飛び、9人を乗せてマイクロバスは
 世界一を誇る「明石海峡大橋」を渡って淡路島に入ります。


 

 明石海峡

 「花博覧会」会場の跡地を公園として整備されて、
   ここから 瀬戸内海の風景が広がりますが
       今は一日にバスが2~3台しか来ない・・・・
  
   べッカムが来た頃はとても賑わったのに~~~と
     ドライバーさんがつぶやいていました。


  この辺も傾斜地が多いので 棚田風景が広がり
     稲が実った頃はきっと、美しいでしょうね~~~


am11時15分、

「いざなぎ神宮=国生み伝説」
  本当は、難しい字で書くのですが、パソコンで出てこないので




淡路島には3度も訪れているのに、初めて立ち寄ったのですが





 
 この場所が、北緯29度23分
    東の 北緯29度23分は 伊勢神宮
    西の 北緯29度23分は 対島・一宮海神神社

 夏至の日の出 29度30分は 諏訪大社
    日の入 29度30分は 出雲大社

 冬至の日の出 28度30分は 那智大社
    日の入 28度30分は 高千穂神宮

 そうなんです。
  日本の中心であり、日本国発祥の地だったんですッ・・・て


 神宮内にある、樹齢900年の大楠木は2本だったのが一本に――
    夫婦円満の印になっています。

   もっと早く来たかった~~~ぁ


そこから幾らも離れていない場所に「黒岩水仙郷」があり
 
 (論鶴羽山=ゆずるはやま=608m)の
   45℃の傾斜地に500万本の
   一重・八重の水仙が散っては咲き・・・を繰り返し
    一ヶ月間 楽しませてくれるそうです。





『 エツ!!これを登るの~~? 』
 




  と云う言葉が出る位の傾斜があり、
   伊豆の「爪木崎」のような緩やかな道ではありません。


  展望台からは明日訪れる【沼島=ぬしま】も一望
     想像していたより大きい島です。


 ここからホテルまでは30分 「南淡路ロイヤル・ホテル」

大鳴門橋や うず潮まで見渡せる高台に建つ近代的なホテルで
「南淡温泉=なんたんおんせん」が湧いてるし、とても過ごしやすい。


 夕食は、明石の生タコが出て美味しかったけど
     品数が少なく、物足りなかった。


   





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河津の桜祭り と つりばし荘へ

2010-02-17 20:19:46 | Weblog
16日・17日と一泊で(河津の桜祭り)を楽しみながら
 女4人旅で「つりばし荘」へ行ってきました。

 此処は私の息子が一番先に行って、気に入ってから
     何度も訪れた宿ですが 

今回は トシチャンが

『ゆこゆこ=お宿の紹介雑誌 で予約しよう~~』と云うので
  直接、宿に予約したのではなく「ゆこゆこ」からでした。
 
  踊り子号の手配も全て「ゆこゆこ」に依頼したのです。

     
河津の桜は満開でしたが、少し寒く それでも人出は多いです


 昨年は夫とふたり、暖かい日差しの中を 屋台でつまみながら
   歩いたのですが、


 今年は賑やかな3人・・・ひとりはオトナシイノデ・・・
   屋台の店の人達を 笑いの渦に巻き込みながら、
  
   ビール片手にお土産をいっぱい買って・・・


「つりばし荘」
  
  此処は「抹茶風呂」が有名で、

 先代が自分で掘って造った「洞窟風呂」は、サウナのようです。


夕食は
「あわびの鉄板焼き」との約束、


これが期待はずれで、  
 
 冷凍あわびと生イカ・大きくきってある野菜―――

   そう~~たったこれだけ。

 
 魚を知ってる私達、
 
   『エツ? これだけ~~? 冷凍じゃん』

 
 お部屋も4人に7,5畳一部屋。

  

イッパイだって言ってたけど空き部屋があるじゃないの

 

おかみさんが 私を覚えていてくれて
『献さん=私の下の息子・・はお元気ですか? 』と声を掛けてくれた

 
  そうであれば、いま少しの配慮があっても~~~

『直接予約して欲しかったわ~~』 とも・・・



「ゆこゆこ」との契約で 何%の手数料が取られるのか知らないが
 
  もう二度と「ゆこゆこ」は使わないし、

    『つりばし荘』にも なんだかがっかりした。



  まあそれでも、4人旅は賑やかに楽しく、笑いのうちに
      家路に着きました。

    

    また、行こうね って 約束を交わして。











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種子島~~~長崎県の島を 巡る旅 (最終回)

2010-02-16 04:40:19 | Weblog
   2月8日(月)

  どんよりとした雲が湾を覆っているものの、
    太陽も顔を覗かせているので 雨の心配はないです

 島内バスが9時20分に出るので@100円 で 乗車。


【沖の島】に先に周るコースで、折り返し地点が「沖ノ島教会」
 
  大浦天主堂と同じ系列で、
 ひときわ高い位置に 白く美しく、荘厳な雰囲気を漂わせています。

  生活の拠点の団地や、 スーパーマーケットも あります。



【伊王島】
 
 沖の島を含めて面積2,18k㎡・周囲12,2km・人口950人

 沖ノ島とは小さな3つの橋でつながり、
   炭鉱閉山後はリゾートの島として 再生してきました。


「伊王島灯台」は
  島の北端にあり、真っ白く可愛らしい姿で130年も経ってるのに
   今もドーム型天井は使用されているそうです。




「サイクル@300円」
  中年のカップルで走ってましたが、バスの通過時に 
    女性が溝の方へ倒れて・・・

   灯台でお会いしましたから
    『大丈夫ですか~~?』と 声を掛けました。


45分でバスは折り返してくるけど、
  それを待たずにいつものように 走って下ります。


 道の両側には、つわ蕗やクローバーの花、梅、水仙が咲いて
  目を楽しませてくれます。





 空も澄んでトンビが飛び ピーヒョロロと啼いています。



am11時の船で長崎へ向かい、
11時32分のバスに間に合えば【神の島】に渡りたい


ターミナルにある珈琲店
 
 出港を待つ人で賑わうが、女性一人で対応、
  全てが手作り・・・サイフォン使用・・・なのに

 イライラした顔も、忙しいから~~と粗雑な態度もせず
  静かにソフトな笑顔さえ浮かべる対応に思わず・・・

 『ず~~と見てたけど・・・
   貴女のような方が入れる珈琲だから 美味しいんですね』

 『よかったね~~誉められて~~~』
  と、地元の方が言ってました。


太陽の日差しが強く、真っ青な空が広がり まるで初夏のよう。



下船後走ったけど・・・バス停も無く
 
 交番で聞いたけど・・・のんびり話し出し・・・イライラ・・・
 
 『どうもありがとう~~』と 車道を駆け出すと・・
 
 『チョット ちょっとォ~~』と 静止する声が・・・
 
 『時間が無いから~~~』と 聞き捨てにして走るが・・・

 バス停は判らず、
  バスのドライバーさんに訪ねると
 『長崎駅前に行った方がイイよ』 また、駆け出すがリュックが重い。



やっと11時45分「神の島1丁目」行きのバスにぎりぎり乗れた~~
 ~~もう~~汗がボトボト~~~洋服ぬぎた~~い

 
  道路沿線は「三菱造船」「長崎三菱信用組合」「三菱道路」・・・


 三菱造船・・・・


大鉢トンネルを抜け、小瀬戸町を過ぎるとやっと【神の島】に
 

バスのドライバーさんが親切で
『神の島教会下まで観光で来られたのでしょうから乗せて行きましょう
  あれが マリア像です』と 観光案内までしてくださった。

   どうも ありがとう。


  南端に4,5mのマリア像

  右高台には、教会

(写真では 左に小さく白く見えるのが教会)





 気持ちよく静かで、まさに神の島、そのように感じれる島。



   急がない旅は気持ちにも余裕があって いいよね~~

    リュックは重いけど・・  心は軽い・・・♪


今は工業団地として生まれ変わってる【皇后島=こうごじま】
 此処もよく整備されていて 美しい。

 長崎はバスの便が多く 旅人には嬉しい限りです。

  野母半島にも沢山の島があるけど 次の機会に回して
   帰途の便を早いのに切り替えて 羽田に向かいます。



     *      *      *

今日は女性4人・30年位の付き合い・・・で
 伊豆・河津の「つりばし荘」へ一泊で行きます。


  珍道中なんですよ~~~いっつも~~~

  河津桜を見よう~~と、伊豆は私は庭の一部なんだけど~~

 行って まいりま~~~す。






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