魚河岸女将の地球探索(勝手に専務)

地の隅々まで 旅しながら ・・・

 終の棲家を探し・・・

   生きるって・・・

三島由紀夫「潮騒」の島=神島と伊勢の島歩き

2007-07-15 18:16:45 | Weblog
  

  島旅グループ、今回の参加者14名と伊勢湾にある神島、
 面積0,76㎞、周囲3,9㎞、人口520位、標高121mの灯明山を中心に
  島全体が山になっており___坂手島から見たら△形の島が
    海から突き出していた__約2時間で一周する事が出来る。
 
   三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台として登場。
 上空から見た島の形が、和手鏡に似ている事から、伊勢神宮の神の宮を
  守る里だった・・・といわれる所から、此の名が付いたそうだ。

 新横浜am7時53分発で名古屋、其処からバスで、鳥羽湾へ。
   大型バスに14人なので、ゆったり休んで行ける。
  途中昼食をはさんでpm2時発の市営船で、菅島を経由し神島着。

 港のすぐ前の4階建ての(山海荘)は、清潔で、気持ちがいい。
  とりあえず部屋で荷を解いて、加藤先生の元で島を一周に出掛ける。
  雲行きがあや秦と、昨日降った雨の為、木道が滑りやすいので
   灯台まで行ったら引き返した方が・・・・と助言されたが
    私は、いつもの様に1人先に歩き出す。=3時20分
 
作家って すごい~~~と 思う。何にも無い、自分が歩いても・・
  それを、ベストセラーの本にしちゃうんだから~~~

 港のすぐ前の郵便局で捺印、手帳のシリア・ヨルダン・ギリシャの
  切手を見せると局員3人、とっても喜んでくれる。
     始めて見たって~~~          

其処から30歩も歩くと 昭和10年に建てられた時計台が・・・ 
 島出入りの 富山の薬売りが 寄付したのが始まりで、
  此の時計だけが島の時を刻んでいたようで、今は、セイコーの
   色柄模様に代わってしまった__と地元のおじいちゃんが
     話してくれました。

此処からは登りの石の階段が続き、八代神社です。
 元旦の朝行われるゲーター祭りも、此の場所で行われます。

神島灯台の道は、まだまだ登り坂が続いてます。
 明治43年建設の白亜の灯台からは、伊良湖水道が一望でき、
   行き交う船を見てるだけでも楽しいです。

灯台の脇の道も 急な階段がズーっと続いてるし、雨の後で木や草が
 しずくを落とし、洋服や靴にもかかり、木道も苔で滑りやすいので
  加藤先生の言われたように戻ろうか?と 一瞬迷ったけど~~
    ヤッパリ、歩こう!!と 決定。
とりあえず、杖になるものを探しながら・・・見つけたョ、
 畑の所に立てかけてあった中の一本をはずし、これを頼りに
  駆け足・早足で、急な下りの木道、木も繁って薄暗く、
   聞こえるのは、鳥のさえずりと、船の汽笛だけ・・・・

間もなく「潮騒」のクライマックスの場所 監的硝を左に見て、
  また急な下り坂を走り下り、石灰岩が風化して出来た
カルスト地形があらわれ、右手には大きくて立派な神島小・中学校
  祝が浜・八畳岩・古里の浜~~途中道なのか?畑なのか?
 行き止まり?そんな所もあったけど、迷わず4時20分、   
 雨にも降られず戻ったが、汗と雫でびっしょり、すぐお風呂に入る。

名所には 立て看板が立てられてるが、其の横には もう一枚
 「潮騒」の一部を引用して説明を膨らませている。 
   ちなみに、此処で使用してる女優は
  {青山京子・山口百恵}ではなく、 吉永小百合でした。

加藤先生のグループは1時間遅れで雨に降られ、濡れて戻ってきました。

夕食は大きな鯛の行き造り・ホラ貝・生タコの刺し身、美味しかった。

      7月11日(水)
 
am8時、チャーター船で[しろんご祭り]の会場、菅島へ。
[しろんご祭り]=海女が雌雄のあわびの発獲りを競い、収穫した物を
  白髭神社に捧げる__と、言うもので 港は 大漁旗がなびいて
 太鼓や民謡が流れ、島全体がウキウキしていて、
  まだ何にも見てないのに、心がときめく・・・・

しんご浜迄、海岸べりの登り坂を歩く事20分、砂浜には、幾つもの
 テントが張られ、其の中の一つで海女達が焚き火を囲んで団欒中・・
   ウエットスーツの上に付けてる人も居たが、
 
 ふくよかな体に、真っ白な衣と髪を巻く布、黒い枠のマスクを付けて
  神聖な空気が流れてるような・・・思わず、シャッターを切る。
  『凄いよね~~女性として憧れを感じる』と、私が声をかけると、
  『私は貴方の其のスタイルに憧れを感じる』と、返してきた。
  『ありがとう。 布団に潜るなら負けないけど、
     海に潜るのは負ける~~』

・・・そんな会話を交換して、海女の輪に笑いがおこる・・

 海女35名、am9時半、実行委員のホラ貝の合図で一斉に 海に。
    船の上から、 砂浜近くで潜る人・・・・・
  地元の漁船12隻、家族を乗せて大漁旗をなびかせ、旋回する。

 浜全体が 祭りムード一色に盛り上がり、屋台の営業も開始、
    御酒・アオサの味噌汁もサービス~~~

10時、『只今、雌雄のあわびを獲りました~~ア』
 マイクで放送されると、喚声が上がり
  これから起ころうとする処へ 走り出す人・人・人・・・
 地元は勿論、NHKのカメラマンも 浜の上にある白髭神社に
   奉納される所を、カメラに捕らえようと~~~

「御子』として選ばれた二十歳の少女は、ツガイを海女の服装で
    静かに階段を上がって行く。
 実際に獲った海女はまだ、陸に上がってきてないが、一年間、
    クイーンとして君臨するそうです。
  其の方は50歳、名前は聞き漏らしてしまった~~~

  屋台では、
サザエのつぼ焼き・あわびの刺し身一皿@500円、生イカ丸焼き・・
    ビールがすすむ~~。 

11時、漁船も引き上げ始めたので、私たちもそろそろ・・歩き出す。

昼食は島のはずれの、田村別館でいただき、pm2時チャーター船で
  答志島へ渡り、島内散策に。 
大阪夏の陣に味方し敗れた水軍の将の胴塚・首塚が今も祭られてる。
 途中、「やま助」の看板が目に入る~~~もしかして?~~~
  宿の女将と話してる内に、ヤッパリ私の知ってる「やま助」の
   社長の実家だった、すぐ、電話で確認。

  夕食は、
大スズキの活造り・伊勢海老の造りの大舟盛は、皆の度肝を抜く
食後カラオケで盛り上がってる内に席を抜け、温泉に入り床に就く。
     
    7月12日(木)
am5時、太陽が出てたのに、今、また、大雨が~~~
  朝食を終えたら晴れてきた。 
  
  突然、
『此処に魚河岸の人が泊まって~~』 島のおかあさんが 玄関に~
『あつ! 「やま助」のお母さんでしょ?!』『はい 』
  わざわざ会いに来てくださって~~~~
皆何処の親でも、わが子の成功を望みながら、失敗しないように と
 心から望んでる事が、話してて感じられた。
  手を握り締め合いながら、目頭に涙が~~~

 私の母もそうだった~~と重ねてる自分が其処に居た。
  会えて よかった~~!!!

  答志魚市場へも足を運んだら、
 鯵・鯖・蛸・本さわら・鯛などが揚がってたが、働く人達が
    金髪の若い人達だったのにはチョッと驚く。
   漁師の、息子さん達だそうだ。 いいね~~~ェ

昼食は桃取地区の「松家」さんで、裂きアナゴをテーブルで炭焼きし
 タレを付けて丼にする、ところてんも付いてたけど、
  突き方も知らないなんて???アナゴの焼き方も???
 四人一組なので、私のテーブルでは、すべて 私が焼いた。
   普段食べない私も 自分流に焼けるので、
      食べましたよ、 美味しかった!!!

食後、此のコースに無かった鳥羽の東0,6㎞にある、面積0,51㎞、
 周囲3,8㎞、南傾斜の僅かな平地に集落のある 坂手島へ上陸。
  答志島から20分で到着だが、一周するのは地理的にも無理なので
 港に沿って郵便局・若宮神社・アヤメ池へと歩き出す。
  『来週来てくれればよかったのに~~』
 地元のおじいちゃんが、天王祭の飾り付けをしながら言う。
  集落は狭い道と石の階段で成り立ってるので、年寄りの足では
   大変だと思う。

  帰途は10日着いた佐田浜からバスで、名古屋駅へ。
 雨が多かったけど 傘を差さず歩けた事、涼しかった事、
  参加した人が明るく、気持ちの良い人達だった事で
   楽しい、島旅となりました。

     *          *         *

   やっと終わって 明日中之島へ発てます。
 台風の高波で、畑の作物に海水がかかり 駄目になったので、
  野菜を買って持って行かなければ ならないのです。
 買出し部隊みたいに 風呂敷で しょって行こうかな~~
  そんな訳で、8月20日頃までブログは お休みです。
                        








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《大人の休日》3日間乗り放題のチケットで 下北半島ひとり旅

2007-07-14 23:39:06 | Weblog
  
    平成19年7月3日(火)~5日(木)
 此のチケットを知った日から、以前大間まで行ったけど、
  恐山に行ってなかったので、此処に行こう__と、決めていた。
   東京am6時56分発、八戸10時03分着、 
   乗り換えam10時15分発、野辺地10時44分着で。
    大湊線との乗り継ぎに 2時間以上あるので、
      太平洋側を路線バスで 巡ることにした。

 少し霧雨があったが、間もなくあがったし、バスの左手は陸奥湾・・
  遠く下北半島がぼやけて見え、六ヶ所村辺りまで来ると
   太平洋が 防風林の合間から 見え隠れするようになった。
  緑が多く、泊中央バス停で下車し、海岸まで歩いてみると
   磯の香り、カモメ、漁場の跡など裏淋しい感じがただよう・・・

 再びバスに乗り、むつターミナルで 恐山行きのバスに乗り換えて
  硫黄の匂いが強くなって来た事で、近ずいた事がわかる。
   と、突然、湖が・・・ 宇曾利湖だ。
 バスは社務所の前を通過するけど、白いタスキの架かった白い橋
  それが三途の川、私は帰りに1人走って渡った。

 日本三大霊場=高野山・比叡山・恐山
  玉川温泉の様に、地面が黄色く熱くなってる。
  所どころに 石を積んでは 思いを寄せる人達の名や、
   思い出の品が置かれ、子供の頃回した風車が・・・・・
     人を、手招きするようにまわってる・・・・
 
  内には、四つの温泉があるが、30分しか時間がないので、
   早足で 一巡するにとどまる。

  再び、むつバスターミナルへ戻り、今夜の宿薬研温泉へ行く為
 大畑バス行きに乗り換えるが、同じバスで来た夫婦は地図・時刻表を
  もらう為下車したが、次のバスは50分も来ないし・・・
   『時間が無駄になるから・・』と、タクシーで行かれた。
                         
 不便な土地を旅する時は、事前に調べておかないとね。
  私も、薬研へのルートがどうしても無く、恐山からタクシーをと
    考えておいたけど、料金が~~~~

 大畑バスまでのルートも、当日窓口で聞いておいたので
   『どの位でしょう?』
   『今夜お泊りなら @1800円で』  よかった~~あ~~
  13㎞あるので、@3500円の予定だったので。

宿、古畑旅館は 豊臣秀吉に仕えてた武士の十八代目。
   総ヒバ造りの風呂が ウリ!!!  

 pm5時に着いたので、いい香りのする湯船につかり ウトウト~~
    今朝2時だったので、眠くて~~
  明朝、かっぱの湯迄 歩こう~~。

   7月4日(水)

am5時15分、奥薬研かっぱの湯迄、2,3㎞、早歩き・駆け足を混ぜて
 15分、夫婦の湯はam8時半~、混浴のかっぱの湯は、24時間
  無料では入れるので、キャンプしてる男性3人も入ってきた。
    湯は熱めです。  

 名前の由来=慈覚大師が 恐山を開いた時怪我をし、それを
       かっぱが此の湯へと運び治したという。

  大畑川沿いに続く渓流には、ヒバや落葉樹が生い茂り
 4kmに渡る遊歩道やつり橋があり、火照った体を森林浴で揉み解し
   再び、名も無い名湯(?)2つもあるので入浴するが、
  早い時間なので 誰も入ってこない~~

  宿には 6時45分戻る。
 歩いたり走ったりするので、お腹も空いて体が開放され気持ちがイイ!

9時15分発で出発・大畑バス停で乗り換え、9時50分発で佐井村へ。
 走り出したら5分ぐらいで直ぐ、太平洋が見えてきた___
  真っ青に 晴れ上がった空の下に 輝く海・・・・・
   キラキラ光って とっても美しい!!!

 バスはくねくねと山道にも入り、木々の間から見える水平線・・・
  晴れてると海の色が違って見えるし、木や草も雨上がりで澄んで見え
 海峡の宿・下風呂温泉を通過~~乗客は地元の人たちだけで 
  観光客は 自家用車や 観光バスで来る方が多いそうです。

   景色は伊豆下田に向う東伊豆路線のようだが、
 遠くには大間岬が見えているし、海岸には昆布やハバ海苔が広げられ
    本州最北端大間岬が近いのだろう~~~~
  《大間のまぐろ》の 看板が目立つようになってきた。

 バスは大間病院の中へも~~治療を終えた老人3人が乗ってきて
   少し賑やかになった。風力発電の風車2基を背にしたら、
    大間の灯台が見えてきた。
 岬は [本州最北端の碑]の前で記念写真を撮る人でいっぱいです。

 東日本フェリー乗り場バス停で下車する人が多く、残ったのは4人、
 《奥戸=オコッペ=アイヌ語》を過ぎ、やっと佐井村へ入った。
  大型バスなのに民家の密集する細い道を、右へ左へと
まるで一般の家の庭を走るかのように巡れるのは、路線バスの良さだね。

 佐井バス停で下車したら郵便局があったので、立ち寄り、
  文化村アルカスで休憩。高速船(ほくと)はpm12時35分発
 仏ヶ浦~平館海峡~鯛島海中公園を経て 脇野沢に2時着予定。

天気予報がはずれ、目が痛くなるほど 真夏の太陽が輝き、
 青空の広がる素晴らしい天気!!!昨日は寒かったけど・・・
   ここまで順調に来ました。

  船が40分程走って名所仏ヶ浦が~~~
 三陸海岸同様、白い尖った岩が並び、船上からは高く見えないが
    50m~100mもあるそうだ。
  少し進むと焼山崎、此処の岩肌は焼けたように見えるので
    此の名前が付けられたのだろうか?

 右手にはもう津軽半島が目に止まるようになってきた~~~
    其の奥には、竜飛岬が かすんで見える~~~
  昔、此処で 青函連絡船が沈んだんだよね。

  陸奥湾に入ると波頭が高くなり、右へ左へと傾く。
 右手に鯛島・白い灯台が立ってるけど、鯛のように見えるよ。
    もう間もなく脇野沢に着く。
 ヤマセの風=東の風が吹くと陸奥湾が荒れる
   地元の方が、そう話してくれた。

  Pm3時41分発JRバスを待つ時間の長~~ィ事、
 風も強く、太陽も翳ってきて寒く感じる~~観光協会は休業中~
  行く所もな~~し、フェリーの待合室で時間をつぶす・・・

   あ~~~やっと 来た~~~~ぁ

  陸奥湾を右に見ながら進むが、波も高く白波も増えてきた、
 バスのドライバーさんは、一言も口を利かず、客も入れ替わっても
  4人より増える事も無く、少しウトウトしてる内に終点田名部駅だ。

  私の案内書98年のなので、下北交通の電車があった頃のもので
 今は廃線となりバスしか出てない事も知らず、時刻表を探しても
  無いわけだ~~古いのは捨てて新しい物にしないとね。  

 今夜の宿、橋本旅館は素泊まり@3000円、 食事は〈楠こう〉で
  あわびの陶板焼き・生イカの塩辛・・・美味しかった~~あ!!
                              
     7月5日(木)

 昨夜から予報通り雨が降り続いてるが、予定変更せずam7時40分発の
バスで、太平洋と津軽海峡を分けるように突き出した岬・尻屋岬へ向う。
  先端には、本州最先端の碑と明治9年以来
   海の難所の 安全を守ってきた白亜の灯台と
 放牧されてる太く短い足・ずんぐりした体格の寒立馬(かんたてめ)
  を見ることが出来、太平洋の波がぶつかり合う様も
    灯台の右手側で 確認できると 聞いていた。

今朝は気温が16度しかなく寒いので、ストッキング3枚履いて
 背中にタオルを入れて、風呂敷をマフラーにして、其の上宿のママに
  お願いして、ママのセーターを借りて 出かける。
 だって二日前まで50度のギリシャに居たので、
   其の延長気分が抜けていなかったのかも・・・・・・
 それでも雨が止み、傘が無くっても歩けただけ良かった~~~

むつバスターミナルから 尻屋崎へ向う道の両側は、アジサイ・バラ
 あやめ・マーガレット・ハナミズキ・かぼちゃの花・・・
  名前も知らない数々の花が 飾られている~~~~
     寒い国の春は、夏と一緒に訪れるのね。

乗客は私1人。何だか申し訳ないようで~~
 《斗南藩史跡跡》も沿線にあり、野牛川を過ぎると左に陸奥湾が、
   道は一本・・・真っ直ぐに延びている___
  日鉄鉱、三菱マテリアルの会社の作業所が続き、
   寒立馬五頭が、草を食べていた・・鬣は金色のが居て
 背中までバサッと架かると、女の子の髪の毛のように量が多く、
 想像してたより体がまん丸で、何かほほえましいと感じる馬です。

やっとたどり着いた尻屋崎。
 灯台の周りはすご~~い風。 傘は指さず 駆け足で・・・・ 
   来て 良かった!!!
 片道@1270円、帰りの料金も 前払いしちゃいます。  
  風が強いので8基の風車が設置してありました。

宿へ立ち寄り借りたセーターを返し、預けてあったバックを受け取り
 ママが『飲んで行きなさいよ』 って リポビタンDを下さった。
   どうも、ありがとう。
タクシーで下北駅へ出たが、本州最北端の駅「大湊」は隣なので
  一駅行って再び下北駅を通過し、野辺地へと向いますが
    一車両なので 直ぐ立ち席が出ています。
私は、野辺地駅まで、ぐっすり寝込んでしまいました。、
下北半島の付け根にある此の町は、三分の2を森林で占めるという_
  駅構内から 防雪原林と記された杉林が
     線路に沿ってズーッと続いています。
    
     #           #
初めて使った切符 @12000円の内、指定席6回まで 利用でき、
  これから八戸から東京へ戻りますが、別に@45000円でやろうと
 決めてやってみた、上限が有ることで無駄使いしないもんだな~と
  思った__合計43952円、 明細;
   バス・タクシー・船の交通費= 17480円
   宿泊費 二泊       = 16000円
   食事・ビール・他     = 10472円

こんなに充分楽しんで二泊三日過ごせたら、ツアーは 高いね。
 これに味を〆て 又 計画してみよう。

 仙台を通過した頃から、青空とむっくりした白い雲が・・
  稲田の緑と調和し、夏の近い事を 感じる。

     *     *     *

 カメラの接続機を中之島に送ってしまったので 写真はナシ。
   長くって御免なさい。

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ギリシャの旅 (最終編)

2007-07-13 22:44:11 | Weblog
 
     6月27日(水)
 
大地のへそ と言われてた紀元前2000年頃のデルフィ
 支配力の面でも、中心をなしていた・・・が 今はそんなイメージ
   少しも残っていない。
 

その理由は、神託(神からのお告げ)があった為世界各国から
 それを聞く為に捧げ物を持参したので 其の保存の為の蔵も沢山
  ありました。
 此の都市は、発掘以前のデルフィの町の下に在ったので
  考古学者側フランスとギリシャの二カ国で金を出し合い
すべてのデルフィの町を現在の所に移して発掘していったのです。
  御子と呼ばれる人に 将来を告げてもらうには、参拝し、
 紙に質問を書いて、前日に渡し、翌日、本人の目の前で
よく判らない言葉で御子の話す言葉を通訳する人が居るのですが
  どう解釈してもいいようにと、二つの答えを出していたそうです。
   又、
 沢山の寄付をすると待たずに出来るが、少ないと一・二ヶ月も
   待たされた事も事実で、何時の世もこうした事は
      まゆつば物ですね~~~
                       
 こんな謎かけ聞いた事があるでしょう??
   ;朝4本、昼2本、夜3本の、足を持つ動物は??

  御子の此の問に、近くに居た1人の少年は、答えました。
   『それは、人間だよ』 と。

 答えられてしまった悔しさで、身を投げてしまいました って。

  其の後、40分走って 
 オシオス・ルカス修道院へ、今も使用されてるギリシャ正教会系の
  3回まで離婚が認められてる??  聖書に反する教え・・・
   
    (創世記 2章24節)
   人は 父母を離れて妻に会い 二人一体となるべし

    と、あるのに誰が、
  いつ、何処でこのように変えてしまったのだろうか?
   違ってる事に気付く人は、居ないのだろうか??

   午後、170㎞かけてアテネへ。
 ギリシャ138000平方㎞、日本の三分の一、人口1200万人、
  アテネ人口450万人、観光客年間10000人、
 
  小学校2年~3年で英語塾へ、
  小学校4年から 必修となり
 中学からは フランス&イタリア語は選択で 50点以下は落第。

    語学の大切さを知ってるんだね。

 ホテルは☆☆☆☆☆ 大きなジャクジー画部屋にあるし・・・
  夕食はアテネ街を一望出来る高台のレストランで
    ギリシャ流懐石料理(?)
 種も多く、パンに付けるものだけでも8種、
 ハンバーグ・マトン・豚・チキン等も大皿に大盛りで・・
  デザートも アイスクリームだけで5種も・・・
 2時間かけて頂く、 私は、食べないけど・・・・
 
    6月28日(木)

今日はアテネ市内観光と 午後フリータイム、私は1人一日クルーズへ

 送迎バスがホテルまで来て、パレオファリオ港をam8時30分出港
  ボロス島迄3時間40分、船内ではバンドもダンスもあったり
   カード遊びする人たちも居てあきない。

 島では、40分上陸なので時計台まで歩く。
 
 今日乗船の日本人は18名、
  船内案内の洋子さんは、鷲尾さんと知り合いだったので、
    親切に教えてくれるので助かる。

 次のイドラ島まで 3時間半の間にランチ・タイム
  同席した日本人の20代の女性・・・プー だというので、
 『今遊んでるツケは必ず、回ってくるから 働ける時 働きなさい』
   と 思わずいつもの調子で話してしまう。

 上陸時間 1時間半、
  16歳の時見た《イルカに乗った少年》 
ソフィア・ローレンの映画は世界を知るキッカケになり、
 今でも、あの名場面と曲もハッキリ覚えてる・・・・
  其の時撮影した場所です・・・・えっ??ほんとう???!!
 
  胸がキュンとなって《 イルカに乗った少年》の像の所まで走る__

   青銅で出来ており、あの時の少年なのだろう・・・
  
 緑色した海の中に 太陽の光に波の影がゆらめき、幻のような
  イルカに乗った少年の姿とソフィア・ローレンが~~
                        
    :        :        :

 pmエギナ島は オプションの人が優先で上陸し、神殿と教会へ。
  
 pm6時10分出港、今朝の港着7時20分、
  
  今日は全員で日本食へ、どんな物が食べられるのかな?
 送迎バスの方に途中で下車させてもらい、シンタクマ広場で下車し
  「風林火山」へ。もう皆は発注が終わってたが、ちらしを注文
 焼きそば・冷やし中華・おしんこ・冷奴・チャーハン・日本酒など
  皆自分の気に入った物を食べてるので 無口になってしまった。

 ギリシャの街のシンボル、アクロポリスの丘のイルミネーションが
  一段と輝いている。 明日は 帰国。

     6月29日(金)
 
 猛暑の為、ギリシャで5箇所山火事が起きてて、ベランダなど
    灰がイッパイだと ガイドさんは言う。
  空港へ向う山々が・・・

 あの8日間の青い空は何処へ行ったんでしょうね~~ と言う位
  今日はグレーに変わり、煙の為にかすんで見えます。

 アテネ発ミラノ行きの便が欠航となり、5時間遅れのローマ経由で、
  7月3日~下北半島ひとり旅に間に合えばいいので~~~

   成田6月30日pm3時45分着。
 
   私が
 窓側の席なので、乗り越えて席を立つので隣席の夫婦が、
 『南イタリア8日間の旅での一番のカルチャーショックだった__
    何だかカマイタチに合ったみたいな~~~~』
   とは、ご主人の言葉で
     自分の前を横切った事も知らなかった__ と。
 
 皆気持ちの良い方達で、とても楽しい旅ができました。
  また、家で待っていた夫、機が遅れたことを知らず何度も
  バス停まで行ってくれたそうで 御免なさい。
    どうも、ありがとう。

    *         *         *

 次回は、下北半島の旅です。



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ギリシャの旅 (最終編)

2007-07-13 22:23:18 | Weblog
     
     6月27日(水)
 
 大地のへそ と言われてた紀元前2000年頃のデルフィ
  支配力の面でも、中心をなしていた・・・が 今はそんなイメージ
   少しも残っていない。
 

その理由は、神託(神からのお告げ)があった為世界各国から
 それを聞く為に捧げ物を持参したので 其の保存の為の蔵も沢山
  ありました。
 此の都市は、発掘以前のデルフィの町の下に在ったので
  考古学者側フランスとギリシャの二カ国で金を出し合い
 すべてのデルフィの町を現在の所に移して発掘していったのです。
   御子と呼ばれる人に 将来を告げてもらうには、参拝し
  紙に質問を書いて、前日に渡し、翌日、本人の目の前で
 よく判らない言葉で御子の話す言葉を通訳する人が居るのですが
  どう解釈してもいいようにと、二つの答えを出していたそうです。
   又、
 沢山の寄付をすると待たずに出来るが、少ないと一・二ヶ月も
   待たされた事も事実で、何時の世もこうした事は
     まゆつば物ですね~~~  

 こんな謎かけ聞いた事があるでしょう??
   ;朝4本、昼2本、夜3本の、足を持つ動物は??

  御子の此の問に、近くに居た1人の少年は、答えました。
   『それは、人間だよ』 と。

 答えられてしまった悔しさで、身を投げてしまいました って。

  其の後、40分走って
 オシオス・ルカス修道院へ、今も使用されてるギリシャ正教会系の
  3回まで離婚が認められてる??  聖書に反する教え・・・
   
    (創世記 2章24節)
   人は 父母を離れて妻に会い 二人一体となるべし
 
    と、あるのに誰が、
  いつ、何処でこのように変えてしまったのだろうか?
  違ってる事に気付く人は、居ないのだろうか??

 午後、170㎞かけてアテネへ。
  ギリシャ138000平方㎞、日本の三分の一、人口1200万人、
  アテネ人口450万人、観光客年間10000人、
   小学校2年~3年で英語塾へ、
   小学校4年から 必修となり
 中学からは フランス&イタリア語は選択で 50点以下は落第。

   語学の大切さを知ってるんだね。

 ホテルは☆☆☆☆☆ 大きなジャクジー画部屋にあるし・・・
  夕食はアテネ街を一望出来る高台のレストランで
    ギリシャ流懐石料理(?)
 種も多く、パンに付けるものだけでも8種、  
  ハンバーグ・マトン・豚・チキン等も大皿に大盛りで・・
    デザートも アイスクリームだけで5種も・・・
 2時間かけて頂く、 私は、食べないけど・・・・
                         
   
     6月28日(木)
今日はアテネ市内観光と 午後フリータイム、私は1人一日クルーズへ

 送迎バスがホテルまで来て、パレオファリオ港をam8時30分出港
  ボロス島迄3時間40分、船内ではバンドもダンスもあったり
   カード遊びする人たちも居てあきない。

 島では、40分上陸なので時計台まで歩く。
 
   今日乗船の日本人は18名、
 船内案内の洋子さんは、鷲尾さんと知り合いだったので、
    親切に教えてくれるので助かる。

 次のイドラ島まで 3時間半の間にランチ・タイム
  同席した日本人の20代の女性・・・プー だというので、
 『今遊んでるツケは必ず、回ってくるから 働ける時 働きなさい』
   と 思わずいつもの調子で話してしまう。

 上陸時間 1時間半、
  16歳の時見た《イルカに乗った少年》 
 ソフィア・ローレンの映画は世界を知るキッカケになり、
   今でも、あの名場面と曲もハッキリ覚えてる・・・・
  其の時撮影した場所です・・・・えっ??ほんとう???!!

  胸がキュンとなって《 イルカに乗った少年》の像の所まで走る__

   青銅で出来ており、あの時の少年なのだろう・・・
  
 緑色した海の中に 太陽の光に波の影がゆらめき、幻のような
  イルカに乗った少年の姿とソフィア・ローレンが~~
 
    :        :        :

 pmエギナ島は オプションの人が優先で上陸し、神殿と教会へ。
  
 pm6時10分出港、今朝の港着7時20分、
  今日は全員で日本食へ、どんな物が食べられるのかな?
  送迎バスの方に途中で下車させてもらい、シンタクマ広場で下車し
  「風林火山」へ。もう皆は発注が終わってたが、ちらしを注文
  焼きそば・冷やし中華・おしんこ・冷奴・チャーハン・日本酒など
   皆自分の気に入った物を食べてるので 無口になってしまった。

 ギリシャの街のシンボル、アクロポリスの丘のイルミネーションが
  一段と輝いている。 明日は 帰国。

     6月29日(金)
 猛暑の為、ギリシャで5箇所山火事が起きてて、ベランダなど
    灰がイッパイだと ガイドさんは言う。
  空港へ向う山々が・・・

 あの8日間の青い空は何処へ行ったんでしょうね~~ と言う位
   今日はグレーに変わり、煙の為にかすんで見えます。

 アテネ発ミラノ行きの便が欠航となり、5時間遅れのローマ経由で、
  7月3日~下北半島ひとり旅に間に合えばいいので~~~

   成田6月30日pm3時45分着。
 
   私が
  窓側の席なので、乗り越えて席を立つので隣席の夫婦が、
『南イタリア8日間の旅での一番のカルチャーショックだった__
  何だかカマイタチに合ったみたいな~~~~』
   とは、ご主人の言葉で
  自分の前を横切った事も知らなかった__ と。
 
 皆気持ちの良い方達で、とても楽しい旅ができました。
  また、家で待っていた夫、機が遅れたことを知らず何度も
  バス停まで行ってくれたそうで 御免なさい。
    どうも、ありがとう。

    *         *         *

 次回は、下北半島の旅です。
                 

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ギリシャの旅 (其の 4)

2007-07-10 02:48:10 | Weblog
      
   6月25日(月)
エーゲ海のサンライズを・・誰も居ない・・私ひとり、・素敵・・ !

 海は南へ流れ、引き潮がとても強く、足元は、握りこぶし位の石、
  真っ白いのが多い・・・水は、それほど冷たくない。

 プールサイドで三毛猫が 水を飲み干そうとする・・・・?
  暑くて何度も何度も、舌を・・・・波紋が広がる・・・・・

 そんな事してる内にam8時きっかりに来た~~~~ァ
    驚いたな~~あ、
   免許証の確認など長いので
 時間が少ない事、急ぐ事を話し、私が自分で書類に記入、
  『バイク OK?』
  『一人? 二人?』
 女ひとり・・・心配なのか?・・『OK !、OK !OK !』
   面倒くさがりの私、

 バイクの説明・ホテルから道路へ出すのも手伝う~~と 言う
  『オ~~NO ! NO ! NO ! OK !!!』

  振り切るように走り出して 
 えっつ! 右のミラーが付いてないよ~~もう、いいや~~~
                
今、これが~~~それが~~~何か~~~と、 書けない。
 
 ビーチは湘南海岸だね 山はくねくね砂利道 アーモンドの実、
  ぶどう、イチジク、まだ青いけど沢山の実をつけている~~~
   教会は、鍵がかかってる~~~

 何処へ行こうとか、何かを見たいとか、じゃなくって
   エーゲ海の風に 自分の体をさらすだけで、 
  心の中までさらしてる、 マッサラな私が、其処にいる。


  


 2時間、 気温50度の中、素肌を出して走る~~~~

  Pm12時35分 
 アテネ行きは、今走ってきたばかりの空港から1時間チョッと

サントリーニ島:
 なんて素敵でリッチで、現実を忘れさせる島なんだろう~~~

   5日程、滞在できる刻をつくろう~~~

 寝てる間にアテネ到着、
  メディオラ修道院の在るカランバカ迄、370㎞、
 休憩をはさんで5時間強、一回目の休憩までは 比較的平坦・・
 高速道路だったりしたが、次は峠越え、岩肌もゴロゴロした岩や
    オリーブの木が 続きます。
      外気は 50度を越えているという。

  ドライバーさんが  
 『28年間の職歴で 一番暑~い』と、水を飲み、頭を冷やしながら、
   クーラーは、余り効き目が無いようで・・・

 pm5時50分、人口50000人のラミアの町で最後の休憩・・・
  あと2時間走らないと~~~外気変わらず~~~

 pm8時20分ホテル着、夕食はパス、ゆっくり部屋で・・・

    6月26日(火)

  熟睡できたので気持ちが良い夜明け、
 ホテルの裏側は巨大岩と その頂には家が見えてる~~~
  メディオラの修道院も こんな感じかも~~~

 アディオス・ステファノ修道院は 
   歴史上一番古い1330年造りの女性の修道院。
 {女性は 女性らしく_} 肩・膝をスカートで覆うようにとの条件

 メディオラ=意=空中に吊り下げられた
 2000m級のところに 岩山が侵食され出来たと考えられており、
  24の修道院があり、今は、31名が在籍している。

   ホテルから見えたあの家が 教会だったのだ~~~

 534mの所にある修道院、
  昔は 修道士も物資も吊網で巻き上げていたそうで
     其の頃の物を 現状に 残してありました。

 ルサール修道院から、下りの道・・・春なら花が満開だとか・・・

  pm1時35分、215㎞、約5時間かけてデルフィーへ。
 今日はnewの大型バスに8人__一番後ろの席で眠るよ~~外気44度。

 
  ギリシャは、家族主義、
 男はダンディー、女はもてはやされるほどの美人であり、
   プーリヤ=持参金を沢山持ってゆける事、
 大人物といわれる人は、多くの友を持ち、
   BAR等へも大勢連れ立って往き、すべてその人が支払いをする。
 拝金主義
  こうした人が家族の中から出たらもう大変!!!

 pm5時30分、デルフィーの町は小さいので
  郵便局へ行ったら、7時30分~14時迄、明日朝行く事に。

日本の小さな島も、海外の都会から離れた町も、何も無いのが魅力?!
 日本の島は日本人として、昔過ごした時=刻を思い起こす
  懐かしい一刻となるけど、沢山の金を使って訪れるだけの価値が
   果たしてあるだろうか・・・?と いつも私は思う。

   *          *          *

 来週トカラ列島に行くので、其の前に、下北半島の旅、潮騒の島も
 載せて スッキリ空っぽにして一ヶ月真っ黒になって来よう って
   考えています。
  今から、潮騒の島=神島へ出発します。
    行ってまいりま~~す。










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ギリシャの旅 (其の 3)

2007-07-09 07:33:54 | Weblog
      

     6月24日(日)
 エーゲ海には、雨の日も曇りの日も無いの? と、思ってしまう位
    海も空も、青、一面です。

  am7時、クレタ島へ上陸。 面積8336平方㎞、

  イラクリオンは、ギリシャで一番裕福な都市で、
 ヨーロッパ最古の、ミノア文明が花開いたところでもあり、
   クノッソス宮殿が、各地へ向う起点で、
  港の直ぐ前に広がる砦は、トルコの侵略を防ぐための修復は、
   約3700年継続され続けて、今があるわけです。

 此処から西南約15kmのところにあり、
  此れを見ずしてギリシャは語れない!と、言う、重要スポット!!

 西暦前1700年まで、ミノス王の元で栄えてきた街が、
7~8m土に埋っていたものを、イギリスの考古学者アーサー・エバンスが
 30~35年かけて発掘したが、もしこの発掘が無けれ 《神話》だと
    語り継がれてた迷宮・・・
  ミノス王は、二度と出る事の出来ない宮殿の中にミノタロスという
  怪獣を閉じ込めておいた・・・・という・・・・

 22000平方m、四層に重なり、王家の住居・墓所・官吏神官の住居・
 一般人の住居もあり、ギリシャの高度な文明、それは、水の確保
  大(生活用水)・中(飲料水)・小(浄化トイレ)・・

 其の中で生きてきた人々の足跡を感じられる、今までに見たことの無い
    想像以上の遺跡である

   Am11時再び乗船。
 Pm2時には清算し、 pm4時まで フリータイム。

  下船後、
古代ミステリーが秘められたエーゲ海の三日月、サントリーニ島へ。

  エーゲ海=名の由来は、
 ミノタウロスという怪獣は上半身・人間、下半身・牛 
   怪獣になった理由もあるのですが 長くなるのでカットして、
 此れを、滅ぼす為何人もの若者が、送り込まれるのですが、
  其の一人に王女が一目惚れし、再び地上に宮殿から出れるよう
   紐を、要所要所にくくりつけ、手引きを
  『成功したら、自分も一緒に連れ出してほしい・・・』と
    約束をしていたが、若者も王女も外へ出られたが、
 若者は他国の王子であり、彼女を連れて帰れず、一人船へ戻るが
  王との約束
 『成功したら、黒旗を白旗に交換する』 
     事を、忘れそのままにしてきたため
 船上から見ていた王は、息子が此の作戦に失敗したと判断し
    海に身を投げます。
  王の名前は、エギオン
   ギリシャ語・エイジアン=エーゲ海となったそうです。

pm5時、船室の窓から見えた島・・雪が残ってるのか?と思ったら
  岩礁の上に建つ、真っ白い家だった__!!

 海からの地層は、砂岩、鉄鉱石が幾層にも重なる荒々しいもので
  面積・75平方km、人口15000人、教会50・・
[自然が生み出した景観の素晴らしさは、世界に類を見ない・・]
 という、美しい島、踏島し巡って其の言葉は、真実である 
   言わざるを得ない・・・・素敵です!! 
                      
崖の上300mの町、ファラ
 サントリーニ島といえば定番の絵の教会迄、石畳の階段や坂道を
   歩く事往復40分、気温は46度、
 たどり着いたのは、私と添乗員ともうひとりのご主人の三名のみ。

 絵葉書は空から、クレーンか飛行機から撮ったものだろう・・・・
  実際では あのように見ることは 出来ないのだから。

 又、一番最初に戻ったら、
     『大貫さん 探していたわよ』
  冗談言わないでよ~~~私が言う言葉であって
     『遅い人に合わせていられないよ~~~』

 再びバスで揺れる事40分、
pm8時20分のサンセットを、世界一美しい町イアで見ようと、
 下車後もレストランやBAR、みやげ物店の並ぶ細い路地1m幅の
  石畳や階段を右へ左へ 歩く事15分・・・・
 島の北西端には、もう大勢の人が カメラを構えて待っていました。

   暮れてゆくエーゲ海・シルエットの教会・・・・
 今日一日 生きられた事への感謝が、こみ上げてきます。

 夕食は、ロッジ風の☆☆☆☆☆ホテル、
  30畳位の大理石の床の上にベッド、段差があってリビング、
  ベランダからはエーゲ海が見え、とってもリッチです。

 今夜中にバイクを借りたかったけど・・・・
  早朝6時も 危険なのでダメだって・・・??
am8時~~だと、出発までの時間で、どれぐらい巡れるだろう~~~
 
 サントリーニ島のワイン、ビサントは口当りが良く飲みやすいらしい。

      *         *         *

 今からパスポートを貰いに 出かけます。
  其の4 明日入れれるかな~~~~
                   
  
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ギリシャの旅 (其の2)

2007-07-08 19:04:38 | Weblog
      
     

平成19年6月23日(土)
  
 日の出am6時2分と、共に朝食、真っ赤な空に陽が昇り始め、
  今日も一日生きる喜びが溢れてきます。

 食事はビュフェでもレストランでも好きな所で食べる事ができます。
                         
   Am7時トルコ・エフエソスのクシャダス港に寄港、
  遺跡めぐりの人は、バスで出発、私は此の辺りの散策に。
 バザールや砦、ビジョン島へ足を延ばし、海には(うに)がイッパイ
  トルコでは、(タッシュ)・・・誰も獲る人がいないのかな~~~

   船に戻る途中、靴磨きの台とシュシャンボーイが・・・・
 履いていた蛇革のブーツの底が割れてるので、日本で頼んだら、
  『直せない・・』って 断られていたので、
  『修理 OK?』
  『OK』
  『15€』
  『OK!』  助かった!!!

 一枚一枚靴底をはがし、ヤスリデ削り乾かし、ニカワやハンダ付け、
  太陽に当てて・・・最後は磨いて約1時間、
 
 此の待ってる間中、トルコの男性自分のofficeから 抜け出して来て
  私の傍に付きっ切りで手を握りホホを寄せ、体に手を回しキスをする、
   口説く事・・・『自分の店へ来て飲まないか?』 
 
 との、誘いは断って船に戻るが、『笑顔がいい!!』 って 離さない。
   ありがとう!!  

  午後、エーゲ海のエルサレムと呼ばれる パトモスへ 上陸。
 
 使徒ヨハネが黙示録を書かされた 小さな荒れた島の面積38平方㎞
今は、修道院となってる岩のくぐり戸を入ると階段、中庭を下りると洞窟が
 西暦98年ヨハネが神から啓示を受けて黙示録を・・・
   其の時眠りから覚め、立ち上がろうとして手を突いた岩と
  神からの啓示で岩が3つに裂けた所も そのまま残っていた。

 バスは 島の一番高い所まで登ってゆくと、聖ヨハネ修道院が・・
     堅固な城壁に囲まれているが、
  下車後、急階段をどの位登ってきたのだろうか~~~?
     やっと、たどり着いた~~~~ァ
        小さいがドームの厳かな建造物。
 此処に来たのは私ともうひとりのご主人だけなので
  英語ガイドしか居ないので、J・T・Bのグループに混ざって
   日本語のガイドで聞く。 要領がいいって??  当然! フン!
 迷路のように入りくんでるので同じ所を何度もグルグル巡ってしまう。

ギリシャ3300の島があり、クレタ島が一番大きく、此の島は5番目。
 眺望が エーゲ海と停泊中の客船と、島々が・・絵葉書そのものです。

 pm7時、再び乗船。
本日のディナーはドレス着用、できればマリンブルーと白と希望ですが
 私には似合いませんので、セクシースタイルで___

 食後、スタッフの特技、マンドリン・ギター・ピアノ・踊りを
  披露し、全員おどりの輪に・・・・

      *         *         *

 下北の旅、ひとりって いいね~~~
  津軽平野に~~雪ふ~~る頃はよ~~~

 夏でも 何かそんな唄を ハミングしている自分が居るんです。
早く載せたいんですが、ギリシャが終わってないので・・・・

 明日は、パスポートを貰いに行ってきます。
明後日から、トカラ列島中之島に 出発します。

 ギリシャの旅 (其の3)待っててください。


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ギリシャの旅 (其の1)

2007-07-02 18:15:04 | Weblog

     平成19年6月21日(木)~30日(土)

  19日夜戻り 翌日は洗濯、アイロンがけ、庭のぶどうの袋掛け
 サツキの剪定・・・やる事がいっぱいだけど、今日という日があるので
  苦にならない。

 夫には寝る前に『明日から出かける』『何処へ行くのか?』『ギリシャ』
  『何日間?』『今月イッパイ』『そうか~~また大変だなあ~~』
 と、言ったけどそれっきり~~ 慣れてきたのだろう~~~。

  成田発pm1時、ミラノ経由△7時間時差、
 空港カウンターで以前一緒だった、何処だったか忘れたけど・・・
  チュニジアだったという添乗員の鷲尾さんだった。
 『今回はクルーズがあるのでファッション・ダンス・ミュージック等
  大貫さんには楽しんでもらえるのでは~~~』と。

 期待してた通りになるといいなあ~~??? 何が???

12時間のフライト、幸いにも3席使用、ファーストクラス並
 足を投げ出し横になれて眠れたので、ミラノ到着も エッ?て感じ。

   再び、アテネへ2時間半+1時間時差

 ホテルへ向うバスの中から、右手の小高い丘の上にライトアップされた
  アクアポリスの丘・宮殿も暗闇に輝いていた。

   日付けが変わってam2時でした。


    6月22日(金)

オリンピックの為に造られた8っ車線道路は、開催4日前に完成したとか
 遠く小高い丘に囲まれた市街に、朝日が顔を出したら、白い建造物が
   ピンク色に輝きだした。

  ピレウス港から3日間のクルーズに出発です。

 十代の頃の映画《 日曜はだめよ》の主演女優の生地で、
   ギリシャ発展に、寄与してきたそうです。    

 ♪ なんでも いつでも どこでもひとつずつ
      たまの喧嘩も ほっぺに傷跡ひとつずつ  ♪

 乗船するのはエイジアンⅡ、400人乗船中、日本人25人、
乗船案内をタラップに上がる時配られたが、私だけ英語版??
  日本人だと思われなかったの?
   『ドイツ人?』って 聞かれた事があったけど・・・・

  室内は思っていたより広くて、よかった。

 ランチは、デッキで太陽と風と波を受けて・・・・

 夕方、ミコノス島へ上陸。
   予定より早かったので、慌てて仕度する。

 白壁と ブルーの窓枠の エーゲ海の島が、もう目の前に。
  ボートでの送迎。

 海岸に沿って5基ある風車の傍まで、白い壁と階段、ブルーの窓枠
 1m幅の路地・・・・此れは、風を遮る為と海賊を迷わせる為に
   造られたらしいが、小さなおしゃれな店やカフェで賑わってる。
  が、ちょっと裏道に入ると一般の住宅や、子供達・・・
    編み物をするオバアチャンに、出会う。

1時間20分の散策~~丁度夕陽が沈むところ・・・pm8時20分

 夕食は船内レストランで。
  チョイスでき、手もかけてあるが 食べきれない~~

デッキから眺める ミコノス島の家の灯りが、星屑のように光って
 深紺の空の星とが一体化し、エーゲ海に散りばめられている。

pm11時、ダンスタイムに行ったけど、踊ってる人が居ない・・・
  それでも相手は見つけたけれど・・・・

     *         *         *

 昨日、紀行文を 夜中までかかって 書き終えました。
  今日は、パスポートの申請に行って 何かと忙しかった。

 又明日から《大人の休日3日間乗り放題》の切符で
  下北半島を一周します。どんな出来事が起こるか????
 ギリシャの旅 その2は また後日に 
 
  写真しばらくやってなかったので 解らなくなっちゃった。

 もう少し落ち着いて見直してみないと・・・ 
 
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ギリシャの旅 (其の1)

2007-07-02 18:15:03 | Weblog

     平成19年6月21日(木)~30日(土)

  19日夜戻り 翌日は洗濯、アイロンがけ、庭のぶどうの袋掛け
 サツキの剪定・・・やる事がいっぱいだけど、今日という日があるので
  苦にならない。

 夫には寝る前に『明日から出かける』『何処へ行くのか?』『ギリシャ』
  『何日間?』『今月イッパイ』『そうか~~また大変だなあ~~』
 と、言ったけどそれっきり~~ 慣れてきたのだろう~~~。

  成田発pm1時、ミラノ経由△7時間時差、
 空港カウンターで以前一緒だった、何処だったか忘れたけど・・・
  チュニジアだったという添乗員の鷲尾さんだった。
 『今回はクルーズがあるのでファッション・ダンス・ミュージック等
  大貫さんには楽しんでもらえるのでは~~~』と。

 期待してた通りになるといいなあ~~??? 何が???

12時間のフライト、幸いにも3席使用、ファーストクラス並
 足を投げ出し横になれて眠れたので、ミラノ到着も エッ?て感じ。

   再び、アテネへ2時間半+1時間時差

 ホテルへ向うバスの中から、右手の小高い丘の上にライトアップされた
  アクアポリスの丘・宮殿も暗闇に輝いていた。

   日付けが変わってam2時でした。


    6月22日(金)

オリンピックの為に造られた8っ車線道路は、開催4日前に完成したとか
 遠く小高い丘に囲まれた市街に、朝日が顔を出したら、白い建造物が
   ピンク色に輝きだした。

  ピレウス港から3日間のクルーズに出発です。

 十代の頃の映画《 日曜はだめよ》の主演女優の生地で、
   ギリシャ発展に、寄与してきたそうです。    

 ♪ なんでも いつでも どこでもひとつずつ
      たまの喧嘩も ほっぺに傷跡ひとつずつ  ♪

 乗船するのはエイジアンⅡ、400人乗船中、日本人25人、
乗船案内をタラップに上がる時配られたが、私だけ英語版??
  日本人だと思われなかったの?
   『ドイツ人?』って 聞かれた事があったけど・・・・

  室内は思っていたより広くて、よかった。

 ランチは、デッキで太陽と風と波を受けて・・・・

 夕方、ミコノス島へ上陸。
   予定より早かったので、慌てて仕度する。

 白壁と ブルーの窓枠の エーゲ海の島が、もう目の前に。
  ボートでの送迎。

 海岸に沿って5基ある風車の傍まで、白い壁と階段、ブルーの窓枠
 1m幅の路地・・・・此れは、風を遮る為と海賊を迷わせる為に
   造られたらしいが、小さなおしゃれな店やカフェで賑わってる。
  が、ちょっと裏道に入ると一般の住宅や、子供達・・・
    編み物をするオバアチャンに、出会う。

1時間20分の散策~~丁度夕陽が沈むところ・・・pm8時20分

 夕食は船内レストランで。
  チョイスでき、手もかけてあるが 食べきれない~~

デッキから眺める ミコノス島の家の灯りが、星屑のように光って
 深紺の空の星とが一体化し、エーゲ海に散りばめられている。

pm11時、ダンスタイムに行ったけど、踊ってる人が居ない・・・
  それでも相手は見つけたけれど・・・・

     *         *         *

 昨日、紀行文を 夜中までかかって 書き終えました。
  今日は、パスポートの申請に行って 何かと忙しかった。

 又明日から《大人の休日3日間乗り放題》の切符で
  下北半島を一周します。どんな出来事が起こるか????
 ギリシャの旅 その2は また後日に 
 
  写真しばらくやってなかったので 解らなくなっちゃった。

 もう少し落ち着いて見直してみないと・・・ 
 
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