山河旅人のあれやこれや

短歌俳句と写真

今日の川柳

2010-01-29 15:59:17 | 詩歌と写真

川柳   カーナビに連れられてゆく観光地

今は、車での旅行も大分便利に成りました、地図を待たなくても、カーナビがあると知らない土地にでも行けますので、行ってみようという機会が多くなります。私のカーナビは、古い物ですから、新道が出来ても、古い道で遠回りをするように指示されますし、一方通行の道でも平気で逆走を指示します。又、目的地をぴたりと指す場合と、大分手前で目的地周辺ですと降ろされてしまう場合が有りますが、これには困ります、人通りが少なかったり、居てもその人がその付近を知らない場合が多いからです。まあ余り機械に頼りすぎるのも良くないようです。

この句は、今朝の山梨新報の文藝欄に掲載されましたが、都合により、昨年の11月からつい先日まで、投稿を休んで居りましたので、今は掲載されるはずが無いのですが、どうしたわけか選者が古い物から探してくれたようで、昨年の7月5日に投稿したものです。

今日の写真は、旅行先の写真です。上から2枚は,箱根の大湧谷を渡るロープウエイからの写真と、3枚目は御殿場の新緑の谷、 4枚目は野辺山のゴルフ場の小道です。

Oowakudani2

Oowakudani1

Gotenbanotani

Nobeyama1

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今日の写真

2010-01-19 13:45:00 | 写真

前にも書きましたが、昨年11月中旬から、都合により新聞各社への、詩歌投稿を一時休んでおりす、従って選らばれることも無くなりまして、新聞への掲載が途絶えてしまい、このブログに書くものが無くなってしまいました。前回より大分、間が空いてしまいましたので、今日は先日、正月に生けられて、大分日にちの経ってしまった菊の花を、部屋の中で撮った写真2枚を載せます。

Kiku1

Kiku2

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1月8日の川柳

2010-01-10 09:26:40 | 詩歌

1月8日付の山梨新報柳壇に掲載された川柳です。

川柳  子の名前他人に読めぬ当て字増え

希祢、咲幸、幹菜、俊杜、冴記、侑真、碧良、・・・・・ 皆さんこれらの名前が、一目見て読めますか、これは昨日山梨日日新聞の、お誕生欄に出ていた、赤ちゃんの名前です。生まれてきたその子の将来の幸せを願い、両親が心を込めて付けた名前だと思いますが、余りにも難しい名前が多すぎます。私には昔、中学校の校長先生を退職して、再就職してきた、同僚がおりました、その方は、子供の名前は、①誰にでも読める名前、②読んだら、なるべく男か女の区別がつくような名前,③女の子の場合は、将来結婚したとき、上にどんな姓がきても可笑しく無いような名前などと、いろいろ教えて頂きました。自分の子供は二人とも女の子ですが、字画などと言うものは信じない方ですから、名前はひらがなで付けました。今では多少変わっているとは思いますが、やはり子供の名前はだれでも読みやすい方が良いですね。

この川柳は、昨年の7月5日に投稿したものです、昨年の11月より、都合によって、短歌、俳句、川柳の投稿を一時中止しておりますので、選者が古いものから探して載せたものと思われます。

今日の川柳に,似合う写真が有りませんので、写真はお休みします。

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短歌雑誌「みぎわ」1月号掲載歌

2010-01-01 19:26:18 | 詩歌と写真

2010年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

さて、元旦から早速、短歌雑誌「みぎわ」1月号に掲載されました,8首と選落ちの2首です。

まずは、掲載歌 8首から

短歌  ① 『円池(つぶらいけ)』は我の歌集よパソコンにただ一冊をプリントされて

     ② 投稿の選者でありし筒井氏に歌集なるもの始めて頂く

     ③ 座りいて直ぐ手のとどく右側の『短歌教室』ほのぼの温し

     ④ うたびとの斉藤斉藤さんの歌読むに優しく解くにつまづく

     ⑤ 図らずも『つぶ゛らめの歌』賜りぬ今日またひらく三千余首を

     ⑥ ネットにてみぎわ手繰れば誰彼の歌集のページいくつかのある

     ⑦ 『山梨の歌人(うたびと)たち』の高根氏は北新小の師と妻のいう

     ⑧ おそらくは万をこすだろ歌の数篩をもたぬHDD(ディスク)にたまる

次に、選に落ちた2首です。

     ⑨ 遠き日に読みし歌集の今にしてひびき愛(かな)しい虹の断片

     ⑩ 『七里岩』『曲浦(きょくほ)の轍』『無明(むみょう)の森』名だけ先走る我の歌集よ

     ( )内のひらがなは「みぎわ」誌の漢字に振られたルビです、ここでは漢字にルビが振れませんので並記としました。

①  私の故郷は、山梨県韮崎市円野町下円井という所ですが、この集落の山の中に、円池(つぶらいけ) という、幻の池が有ります。普段はただの窪地ですが、年に一度か二度の大雨の時にしか池が現れません、古く奈良時代の円姫(つぶらひめ) というお姫様の伝説が伝えられ、周囲に小さな祠も祀って有ります。確か、韮崎市の史跡に指定されていると思いますが、この池は古くは、円井(つぶらい=円いいずみ) と云われていまして、円野町の、下円井(しもつぶらい) 及び上円井(かみつぶらい) の地名の源になったと云われいます。この円池を歌集名にした一冊は、1999年から2005年の7年の間に山梨日日新聞、朝日新聞山梨版、山梨新報の三紙に投稿し入選掲載された、446首を収録してありますが、本としては、パソコンでただ一冊だけプリントされております。ちなみに、同様の経緯で俳句の『一位の実』という、203句を、収録した句集も一冊のみプリントして有ります。(一位の実) は、針葉樹の、アララギの実のことです。

②は、上記山梨日日新聞に1999年1月より、短歌の投稿を始めましたが、当時の選者が、筒井義明氏でした。後に氏の講座に一時期通いましたが、その時に、農作業を詠った、『土の花』という歌集を頂きました。今では多くの会員から、沢山の歌集を頂きますが、歌集というものを頂いたのは、これが初めての事でした。

③は、『短歌教室』は、短歌雑誌『みぎわ』を創設し20数年指導して来られた、上野久雄先生の著作で、1と2があり、短歌の入門書のようなものです。

④は、今中央の歌壇で、相伴の高い歌人に、斉藤斉藤さんが居ります、まず名前がユニークです。なんでこのような名前なのか、エピソードなどを知りたいものです。またこの人の短歌は、字面上は、一見読みやすいのですが、内容が非常に難解です。私の読解力が貧しいためだとは思いますが。

⑤は、写真関係の友人から、分厚い『つぶらめの歌第二集』という遺歌集を頂きました。この遺歌集の歌人は、はからずも、上①に書きました、山梨新報歌壇への投稿の際の、当初の選者、楠百合子さんでした。後任の方に変わられるまでの、約4年ほど選をうけました。(つぶらめ)とはカタツムリの事だそうですが、普通歌集は,一冊が300首から500首ぐらいですが。この本は、約3000首納められいるそうですから厚いのも無理はありません。 漢字の読みは、 図らず(はからず=思い無くも の 意)、  賜り(たまわり)

⑥は、よく暇なときに、インターネットで遊びます、そんな折りに、短歌雑誌「みぎわ」とグーグルに打ち込みますと,始めの数10ページほどに「みぎわ」関係が出てきます。私のこのブログも出てきますが、会員の皆さんの歌集の名なども、出てきます。見たくは無いようなページも中には有ります。  漢字の読みは、 手繰れば(たぐれば=手元に引き寄せる)、 誰彼(だれかれ=あの人この人 の 意)

⑦は、この歌の『山梨の歌人たち』の著者は、みぎわ誌の会員で、みぎわ集-鉦の巻-選者の中沢玉恵さんです。この本は山梨県内歌壇の礎を築き、明治以降の山梨県の短歌界をリードした歌人、12名の生涯と作品について書かれた物であります。この中に、高根良徹という歌人のことが約22ページにわたり書かれています。この高根さんはかって甲府私立北新小学校の初代校長として勤められたと書かれており、私の妻が同校に通学していた頃との事です。

⑧は、先にも書きましたが、1999年の1月から2009年暮れまで、1時期をのぞいて、毎週最低で,15首の歌作りをし、1ヶ月に約80首から90首は作りますので、多分1万以上が作られていると思います。一部の人には粗製乱造などと云われていますが、それらは皆パソコンの中に貯められています。またそれらの多くは取捨選択がされていないので貯まる一方です。HDD(ハードディスク)が破壊されると全部消えてしまいますので、年に一回CD等にバックアップはしています。  漢字の読みは、 篩(ふるい=粉などの細かい物と粗いものを揺り動かしてふねい分けるもの) です。

⑨は、斎藤茂吉の歌集『白い山』の中に「最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の断片」という一首があります。これを読んでからこの5句の虹の断片という言葉が、忘れられない言葉となりました。今回この言葉を使って、歌を詠んで見ましたが、本歌の咀嚼が足りず歌と成らなかったようです。 漢字の読みは、愛と言う字には色々な読み方が有りますが、この歌の場合は、愛しい(かなしい) と読み、意味は愛しい(いとしい) とか愛している、と言うような意味です。 断片(だんぺん=かけら) です。

⑩は、パソコンの中に1万を越す、歌が貯まっています。改めての推敲も、取捨選択もおこなえず、ただ貯まり行くばかりですが、将来歌集名にしたいものの候補は、沢山上がっていますが、始めの『七里岩』(しちりいわ) は、高校生の時に、家から甲府まで通うのに、当時の国鉄の穴山駅まで、片道分の道を朝に登り、夕に下りした山道です。正式な名前は七里ヶ岩といい、昔八ヶ岳が噴火したおりの溶岩がながれその先が韮崎まで達した溶岩台地です。次の、『曲浦の轍』ですが、 曲浦とは曲がりくねった入り江のことです。轍は車の通った跡の事ですから、私の人生を振り返ると、まるで、曲がりくねった海岸を行く車のようなものとだったと考えて付けました。最後の『無明の森』 ですが、この無明と言うのは、仏教用語で、煩悩を振り切れない人間の闇とでも言いましょうか、煩悩を捨てきれない森というような意味です。

今日の写真は、近所で見かけた、正月飾りです。

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Syougatukazari3

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