人生悠遊

写真付きで旅の記録、古都鎌倉の案内などを、周りの人の迷惑にならないように紹介していきます。

きょうの旅 ーー 白隠禅師250年遠諱(おんき)に参加 ーー

2017-05-03 13:06:16 | 日記

4月28日(金)から30日(日)までの3日間、京都の妙心寺で行われた「白隠禅師250年遠諱」の報恩攝心にいきました。妙心寺とのご縁は平成23年1月から4年半の間、妙心寺近くに住んだことからはじまります。妙心寺の境内を通り通勤していましたので、毎月行われていた霊雲院の坐禅会に顔をだし、約3年間30回以上は参加したと思います。

鎌倉に戻ってから、去年はじめて「大衆禅堂大攝心」に参加しました。正直、その中身については、他の参加者についていくだけで、何をしたかも殆ど覚えていません。その点、今回は少しだけ進歩したと思います。ゆったりと坐禅をし、求めて警策(きょうさく)でたたかれること数度、お釈迦様に捧げる「般若心経」と白隠禅師に捧げる「白隠禅師坐禅和讃」にも慣れました。「衆生本来仏なり」からはじまるこの和讃はもっと深く内容を知りたいと思いました。

そして何よりも「参禅」という行為を体感できたことは、これから禅を学ぶうえで大きなプラスとなったと思います。あの夏目漱石も答が見つからず苦悶したという公案。静寂のなか老師と対面する極度の緊張感のため、初心者の私は老師が何を言っているのかすら分かりませんでした。「『りょうしょううっておんじょうあり、せきしゅになんのおんじょうかある』それがあなたに出す課題です。考えてみなさい。」と老師にいきなり言われたら皆さんどうしますか?今回は大衆禅堂だから親切に教えていただけましたが、無教養の私では質問の意味すら分からず、そこで退場でしょうね。

何はともあれ、貴重な時間を過ごせた3日間でした。禅を知りたいと思っても、どうアプローチしたらよいのか分からずにいましたが、白隠禅師の「白隠禅師坐禅和讃」を読むことでキッカケが掴めるかもしれません。やっと総門の前に着いたようです。次は「隻手の音声」の意味を突き詰める必要があります。果たしてできるか、どうか・・・。

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