hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

雨で迫力のある鳴滝 2016.09.23

2016年09月24日 09時16分08秒 | 滝・渓谷・山


  所在地   鳴滝     岡山県加賀郡吉備中央町竹部

 鳴滝は岡山県の吉備中央町にあります。鳴滝は旭川の支流の加茂川にかかる滝で、上流には鳴滝ダムがあります。滝の周辺は鳴滝森林公園として整備されており、キャンプ場もあります。車は無料の駐車場に止めていきます。

 公園入口にある案内図があり、ここより車は入れません。まず鳴滝に向かって右側の遊歩道を進んでいきます。その遊歩道は「木漏れ日の道」と名付けられています。

 「渓流広場」の標識のあり、昨日の雨で岩肌が滑りやすくなっていますので、気をつけて渓流へ降りていきます。

 時期的に人影もなく自然が十分残されており、渓流の雰囲気も良いですが、雨が降った後で少し水が濁っているようです。

 鳴滝の高さは8mですが幅が12mあります。昨日の雨で水量豊かで規模以上の迫力があるようです。

 水量も豊かですので渓流も迫力があります。

 鳴滝の上流にある磊々橋(らいらいきょう)です。この橋で向こうに渡り折り返します。上流へも遊歩道は続いており、ダムまで行けそうでが、今回は行きません。

 磊々橋から渓流の下流の様子を見ながら、降りて行くと落ち込んでいるところが鳴滝で遊歩道を下ると再び鳴滝の横に出ます。

 鳴滝から下流には木で造られた遊歩道を歩きます。途中にはオートキャンプ場。バンガローやテントサイトだけでなく、野鳥観察小屋などの施設もあり「響の小道」と名付けられています。
 次回をお楽しみに では またね


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彼岸花群生の川東公園 2016.09.23

2016年09月23日 20時50分25秒 | 季節のたより


  所在地    川東公園     岡山県真庭市古見 川東公園

 どこか彼岸花の名所はないかとインターネットで調べていると岡山県真庭市に群生地があると知り、さっそく行って来ました。旭川川沿いにある川東公園です。

 この川東公園は岡山県内でも有数の彼岸花群生地として知られているようです。

 多くの人が来られ臨時駐車場も設置されています。

 赤い絨毯を敷き詰めたような彼岸花の群生地です。

 今年の夏は猛暑だったので少し心配でしたが、秋分の日になると見事な赤い彼岸花が一面に咲くんですね。

 彼岸花が絨毯のように引き詰められたような中に、樹齢は解らないがかなりの年代の木があります。

 旭川の河畔にも沢山の彼岸花が咲き、綺麗な景色です。

 彼岸花の花に紫色の花が色を添えています。

 昨日の雨で、彼岸花も勢いを増して綺麗です。

 川東公園に咲く彼岸花は、どのくらい咲いているのかな~凄い花の数です。

 真庭市古見の川東公園は旭川河畔にあり、赤い絨毯を敷き詰めたような見事な彼岸花の群生で、旭川の土手にも彼岸花が咲き彼岸花一色で、、素晴らしい風景ですね~

 これだけ大規模で群生している彼岸花を見たのは初めてですね~。自生しているものでこれだけ密集しているのは珍しいそうです。

 こんだけ彼岸花が咲くと凄いです。今日は大変目の保養になりました。
 次回をお楽しみに では またね
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伊川谷にある男滝と磨崖仏 2016.09.17

2016年09月22日 08時52分42秒 | 滝・渓谷・山


  所在地   男滝と磨崖仏     神戸市西区伊川谷前開

 神戸市西区の伊川にある滝を見に県道16号を明石から北上して、大山寺トンネルの手前100メートルの右側に「磨崖不動王」の案内板があり見学できませんと表示がありますが行ってみます。

 そこを右折し200メートルほどで車止めがありますが、柵の左側をすり抜けて進みます。

 彼岸花がチラホラと咲いています。

 大山寺の男滝は、落差6m。上段は2段の段瀑、下段は緩やかな傾斜瀑という連瀑で、この滝は有名な「大山寺」の裏を流れる大山寺川に懸かっており、滝脇には磨崖仏の不動明王がある信仰の滝です。

 対岸の旧道から見る花崗岩の岸壁は伊川に迫る。その高さ6m、幅4mほどの岩面がやや平坦になった部分に、上下236cm、左右135cmの舟形の彫りくぼみが作られ、その中に像高175cmの厚肉彫りの不動明王立像が立つています。

 憤怒相の不動明王像は迦楼羅炎光背を背負い、両目は見開き、牙は向かって左側が上、右が下を向く。
右手に宝剣、左手に羂索を持つ。頭上に花冠、左側に垂れる弁髪、胸前には条帛を複雑に組み合わせ、臂釧、腕釧などの腕飾りをつける。全体的に丁寧な彫りで、眉根は渦を巻き、両目には眼点を入れ、剣や索を握る親指や手のひらの表現も素晴らしいです。鎌倉時代後期 弘安年間(1278~1288)の作で、神戸市指定史跡に指定されています。

 滝のすぐ上流にも小さな滝がありますが、名前がわかりません、

 滝、自体はなかなか綺麗なのですが、住宅地の近くにあるので水質はそれほど綺麗ではありませんし、ゴミも少しあるようで残念ですね~。

 大山寺は神戸市でも歴史ある寺で、本堂は国宝に指定されています。また、境内横を流れる大山寺川の渓谷には昔は数多くの滝があったらしく、その中で磨崖仏の近くにある「男滝」は現在でも当時の名残を留めている滝で勇壮な流れの滝です。

 ここは通行止めになっていますが、通行止めの理由は滝脇の道路が崩落しかけているためでしようか、落石もあるようですので、十分注意したいものです。
 次回もお楽しみに では またね

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備中松山城雲海展望下見 2016.09.16

2016年09月21日 10時12分17秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   備中松山城展望台     岡山県高梁市奥万田町

 高梁市から国道484を通り岡山道の賀陽ICに行く途中、樽井付近で備中松山城展望台方面の標識があります。車を走らせ途中から左側に車を駐車しないよう立て札があり、しばらくで右側に数台車を止められる場所があり、その先は観光バスの回転場所になっています。車を止めて備中松山城雲海の撮影場所へ

 登山道を登り徒歩1分で展望台に着きます。展望台周辺では野生猿(国指定天然記念物)と遭遇する可能性がありますので気をつけること、私は猿に遭遇しませんでしたが、地元自治体により、展望台眼前の杉の木伐採し眺望が良くなっているで、展望台に登らずともその下からもよく見えるようです。

 眼下には、高梁の市街地が見えますが、この付近は展望台も含め、街灯が全くなく展望台までは徒歩1分といえ、夜明け前だと懐中電灯が必要でしょう。

 雲海撮影は、11月上旬〜12月上旬が濃い朝霧が期待できる良い時期で、雲海が出る条件は「朝方と日中の気温の差が大きいこと」がひとつの判断基準となり、現地で朝3時〜4時頃に霧が発生していれば、雲海が出ていると考えて良いでしょう。

 兵庫県の竹田城の雲海を立雲峡から撮りましたが、備中松山城の雲海撮るための下見に来ましたが、いい写真が撮れるかな~
 次回をお楽しみに では またね
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吹屋ふるさと村 2016.09.16

2016年09月20日 08時18分19秒 | 公園・名所・名勝


  所在地    吹屋ふるさと村    岡山県高梁市成羽町吹屋838

 吹屋バイパスを走り下町駐車場に車を止めて、吹屋ふるさと村を散歩です。前回2010年の夏に来ましたが、雰囲気が少し変わっているようですが錯覚かな~

 何だか道の舗装が変わっているようで、前はアスファルト舗装でグレーぽっくて、まだ 落ち着きがあったようですが、道が白ぽくて明るくちょっと違和感があるようですね。

 標高550mの山合いに、塗込造りベンガラ格子の堂々とした町家が建ち並んでいるこの町は、江戸時代から明治にかけて、中国筋第一の銅山町に加えて江戸末期からベンガラという特産品の生産が重なり、商業地として大いに栄えた面影を色濃く残しています。

 吹屋ふるさと村を歩いていると ベンガラ色の静かな家並みが続き、石州瓦の赤い屋根の重なりとまわりの豊な緑とが調和して美しく、吹屋の街並みは、国の重要伝統的建造物保存地区として選定され、その価値が認められています。

 吹屋ふるさと村の特異な点は、個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく、旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の棟梁たちを招いて、町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたという当時としては驚くべき先進的な思想にあります。

 赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された、見事な町並みが整然と続く吹屋の町並み、この町並みこそ、江戸末期から明治にかけ、吹屋の長者達が後世に残した最大の文化遺産です。

 郷土館は、ベンガラ窯元片山浅次郎家の総支配人片山嘉吉(当時吹屋戸長)が分家され、明治7年ごろより企画し本家の材木倉より良材を運び、石州の宮大工、島田網吉の手により明治12年3月完成されたものです。

 少し寄り道をして吹屋小学校行きましたが、今は工事中です。以前来たときは、開校していましたが、残念ながら、国内最古の木造校舎の吹屋小学校も2011年度で廃校が決まったようです 「この写真は以前来たとき 2010.07.30の写真です。」

 備中吹屋は江戸時代初期から銅山の町として栄え、特に江戸時代後期からはベンガラの生産で大きな富を蓄積し、吉備高原の山中の吹屋往来は、ここ沿道には、ベンガラ窯元の商家が連なる独特の町並みを形成しましたようですね。

 長閑な村は、最盛期には銅山で働く従業員数が1200人にのぼり、山間に忽然と存在する吹屋集落のベンガラ格子と石州瓦による赤褐色の重厚な商家の町並みが昔日の繁栄を象徴しているようです。
 次回をお楽しみに では またね
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笹畝坑道 2016.09.16

2016年09月19日 08時53分58秒 | 公園・名所・名勝


  所在地    笹畝坑道     岡山県高梁市成羽町中野1987

 広兼邸から吹屋ふるさと村へ行く途中、吹屋にある銅山笹畝坑道を見かけたので立ち寄りました。江戸時代から大正時代まで操業した銅山を復元し、坑内を見学できるようにしたものです。

 吹屋銅山の坑道の一部を公開されているので、冒険心をそそられ神秘的な坑内は、年中15度前後とヒャ~と天然のエアコンが効いているようです。

 昭和54年11月から一般に公開している。坑道の復元延長は320mで中央部は蜂の巣のように採掘されており,また鉱石搬出用軌道も残されております。突然 人形たちが現れ びっくり

 こちらにも リアルな人形が、一人で歩いているとびっくりするね~

 入り口にはヘルメットがありましたが、天井が低いので背の高い人は安全のためヘルメットをかぶって、見学開始した方が安全かな~

 吉岡(吹屋)銅山は、大同2年(807年)に発見されたと伝えられ、古書に備中の産物に関する記載があり、吹屋の銅山としての記録は、戦国時代尼子氏と毛利氏の争奪戦以来、江戸時代初期一時、成羽藩の支配下にありましたが、大部分の間は、天領幕府直轄地で代官の支配下で稼いでいました。明治以降三菱金属(株)の経営となり、周りの小山を吸収合併し、自家発電所を設け、削岩機を使い精錬等の作業を機械化し、日本ではじめて洋式溶鉱炉を造り、日本三大鉱山の一つとなりました。

 一般に公開されているのが笹畝坑道ですが、これ以外の坑道は閉山時に三菱が全部埋めて帰ったそうで、出口に通じる階段を上っていくと、入口の上の山腹に出てきます。

 出口を出て階段を100mほど行くと、出口の上に元祖(?)の露頭があります。斜坑が口をあけています。半分崩れているようですが~

 吹屋地区の鉱山としては笹畝鉱山のほかに、吉岡鉱山、本山鉱山、大竜鉱山、相山鉱山、人次鉱山、雉子谷鉱山、坂本鉱山などがあり、合計8つの鉱山があったようですが、そのほかにも小泉鉱山というのが岡山県川上郡成羽町大字小泉にあり、昭和中期頃まで操業していたようです。涼しかったですが、この先の見学場所へ
 次回をお楽しみに では またね
   
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広兼邸 2016.09.16

2016年09月18日 08時17分26秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地   広兼邸     岡山県高梁市成羽町中野2710

 ここは、車でしかアクセスできない場所で、道中ぎりぎりの細い山道を走ると「広兼邸」があります。広い駐車場から高低差20mくらい坂道を登らなければなりませんが、建物自体は昔の豪邸で八つ墓村のロケ地にもなったそうですが、確かに納得いく感じがします。

 享和、文化の頃(1800年ごろ)小泉銅山とローハ(硫酸鉄)の製造を営み、巨大な富を築いた大野呂の庄屋・広兼氏の邸宅。江戸末期に建てられた、楼門づくりで城郭にも劣らない堂々たる石垣は、今もそのままに当時の富豪ぶりをたたえています

 広兼邸は大野呂の庄屋で、同家2代目元治が享和・文化のころ小泉銅山とローハ製造(ベンガラ)を営み巨大な富を築き、二階建ての母屋、土蔵3棟、桜門、長屋、石垣は文化7年(1810年)の建築で庭園には水琴窟がもうけられており、規模、構造とも雄大な城郭を思わせる構えで今もそのままに当時の富豪を偲ばせています。

 ここ桜門は2層で不寝番部屋となっており、ここから24時間体制で見張りが行われていました。

 江戸時代後期に築かれた屋敷で裏山の崖を切り崩しそれを石垣にして平坦な地を造りそこに今の屋敷を建てています。客間→玄関→店の間→控え間に離れ座敷と土蔵、もはや個人宅ではないですね。

 広い台所にはカマドが沢山あり、漬物専用の置き場や精米場などもあり広い領域ですね。

 この長屋は、手前から番頭や下の者の部屋があり、奥の方に廐や種こんにゃく保存室、仔牛小屋に農作業場が続いています。

 大きな駐車場を見下ろし、石垣の上に、城郭を思わせるような楼門造りの邸宅が目に入ります。二度にわたって映画のロケ地になった、当時の富豪の邸宅ですね。

 広兼邸付近には、これから見頃を向かえる彼岸花が咲き始めています。最高です。
 次回をお楽しみに では またね
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羽山渓谷 2016.09.16

2016年09月17日 11時14分27秒 | 滝・渓谷・山


  所在地   羽山渓谷    岡山県高梁市成羽町羽山

 高梁市の中心から県道300沿いに成羽川の支流島木川の約2kmに渡って続く石灰岩でできた渓谷で、滝あり・鐘乳洞あり・羽山デッケンと呼ばれる奇岩・巨岩ありと変化に富んだ自然が楽しめる深い渓谷のようです。

 車が1台しか通れない渓谷沿いの山道を走り、トンネルも岩壁むき出しで照明なし通り抜けたところで車を止めてひと休憩です。

 車を止めた前には、穴小屋(棲龍洞)の鍾乳洞は県道脇から潜っていくことが出来ますが、真っ暗でランプ必須なようで中は迷宮状だそうです。入ってみたいが一人ではね~。

 奇岩や巨岩と変化に富んだ自然を岩肌の新緑にさえ息を飲むほどの絶景です。

 道路自体が露骨に岩壁をえぐり取ったようなところ走り押しつぶされそうな岩の威圧感を感じ断崖絶壁がいたるところに、

 しばらく走るとトンネルの手前に滝がありちょっと一息です。

 このトンネルは車が入ると検知され知らせるようになっています。ここも照明がないトンネルを抜けると広い場所にトイレがあるようですが、今は故障です・

 ここでまたひと休憩です。散歩していると咲き始めている彼岸花を見かけました。

 この先、露骨に岩壁をえぐり取ったような道を通り抜け、「吹屋ふるさと村・
広兼邸」へ行きます。
 次回をお楽しみに では またね
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湯原辻堂 2016.09.16

2016年09月16日 20時18分01秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地    湯原辻堂     岡山県加賀郡吉備中央町西

 岡山道の賀陽ICを降りて国道484を高梁市方面へ走る途中で田園風景が、たまたま車で通りかかり偶然見つけた茅葺の建物があり車を止めました。

 辻堂は昔より その地の人々が信仰の場として 主に道の辻などに建てました。交通が不便な時代 旅人は休息や宿泊に利用していたそうです、近年は道路の改良等により姿を消したお堂もあり、昔の形式で湯原の辻堂は茅葺屋根、太目の材料等を使用した形式をとどめています。

 このお堂の中の棟札には 「本尊釈迦妙福寺堂 寛政7年 棟梁 難波久米八造」の文字があるそうです(寛政7年 1795)小さなお堂ですが 歴史あるお堂なんでしょうね 貴重なので大切に保存してもらいたいものです。

 お堂の裏側には、「堅空地神」の碑があります。
 次回をお楽しみに では またね
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観音霊場本山寺 2016.09.02

2016年09月10日 08時00分47秒 | 神社・寺院


  所在地    本山寺     岡山県久米郡美咲町定宗403

 本山寺は、岡山県北東部に位置する美作地方最古の寺院といわれる霊場で、駐車場に車を止めて、本山寺に到着すると、すぐ見えるのは仁王門で(江戸時代1686年)(県指定文化財)です。殿様が馬に乗って登られるので広い階段になっているそうで、馬階段ともいうそうです。

 仁王門を抜けた左手に建つのが、寺侍長屋で天保12年(1841年)に焼失したが、弘化2年(1845年)に再建されました。何だか石垣の上に建ち城郭のようです。これは霊廟を警護する、番士の住まいとして建てた長屋だそうです。

 寺侍長屋・客殿の門と石垣がつづきます。

 霊廟は、1652年の建立で県文化指定、本殿と拝殿を中殿でつないだ 権現造りだそうです。美しい緑に囲まれ、建物も素晴らしく、非常に景色のよい場所です。建造時は藩主の森氏の霊廟でしたが、藩主交代後は松平氏の霊廟となり3代将軍(後には4代将軍も)を祀っています。霊廟の横に、客殿があります。

 本堂は奈良時代に修験道の始祖=役小角(えんのおづぬ)によって創建されたと伝えられる古刹で、山上仏教の最盛期には山内に120坊も擁していたという。現在でも境内には、国・県指定重文の建造物や石造物などが多数あります。南北朝時代の観応元年(1350)の建築とみられる寺内最古の建造物で、県内では長福寺三重塔に次ぐ古い木造建築物です。

 本堂と三重塔の間には天明2年(1782年)に、再建の鐘楼があります。

 境内の奥には三重塔があり、三重塔としてはかなり巨大なほうでしょう。意匠は純和様で承応元年(1652年)、2代藩主森長継の再建。高さ26.8m。檜皮葺。岡山県下最大の三重塔といわれ国重文に指定されています。

 山岳仏教の道場、庶民信仰の霊地として崇敬されていました。岩間山本山寺(美作西国33所観音霊場 第1番)は、現在の境内地は4200坪、十余棟の堂塔伽藍は、昔に変らぬ面影を伝えています。

 車を止めている駐車場の上にも駐車場があり東屋で休憩です。ここの駐車場には、推定樹齢360年 目通り周囲3.1m 樹高14m カゴノキがあり、樹皮が丸い薄片となって点々と脱落し、その痕が白くて鹿子模様となるところから「鹿子の木」といわれ、空洞には推定樹齢50年ほどの桜が自生し、カゴノキノキの枝のように見えています。
 次回をお楽しみに では またね
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神聖な琴弾の滝 2016.09.02

2016年09月09日 08時12分14秒 | 滝・渓谷・山


  所在地   琴弾の滝      岡山県美作市滝宮89

 岡山県美作市にある県道46号線の旧英田町と旧作東町の町境にトンネルがある、その脇に天石門別神社の参道入口があり案内板にそって進むと駐車場に

 参道を進むと、一段高く社殿が鎮座してその後方に本殿があり、左右に境内社があります。別名「滝の宮」がこのあたりの地名の由来にもなり、御祭神の鎮座は2000年も前に遡るという歴史ある天石門別(あめのいわとわけ)神社です。

 本殿横の道から、下へ降りる階段を下ると、御正殿旧跡と磐座遺跡があります。この丸い塚の中には、吉備津彦命を祀った畳一畳ほどの岩(古代に於ける祭場の跡として代表的で2,000年以上経っている)があるそうです。当時神主さんが二人おられ、二人とも吉備津彦命が岩の上に降りてこられた夢を見て、隠さなくてはと岩を囲ったのが今の磐座遺跡だそうです。

 滝の宮とも称される天石門別神社の神域にある琴弾の滝は、落差13mの2段瀑で、上の方の大きい滝を雄滝、下の方を雌滝といいます。

 琴弾の滝は、古くから知られている名瀑です。夏は天然の涼場となり、秋は紅葉の美しいことで知られています。静寂に包まれた一帯は、滝や自然のマイナスイイオンとともに清清しい雰囲気が漂うパワースポットとしても人気の名所です。

 滝壷下流は“琴弾の瀬”と呼ばれ,そこから滝名が付けられたそうです。辺りは神聖な雰囲気で、名前通り美しい響きの音を奏でているようで水量も多く、水は冷たく澄んでいます。

 ここは天然の避暑スポットですね、心に響く滝の音と小鳥のさえずり、川のせせらぎなど全てに癒されます。ほっとしたところでここを去ります。
 次回をお楽しみに では まtね
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三重塔がある長福寺 2016.09.02

2016年09月08日 07時10分55秒 | 神社・寺院


  所在地    長福寺     岡山県美作市真神414

 美作市真神の県道414を走っていると、長閑な田園風景の中、遠くから長福寺の三重塔の優美な姿が見えて来ます。車を止めて拝観です、寺は山裾にあり山門は一間一戸の鐘楼門で、門前には放生池があり、右側には弁天堂が浮かんでいます。

 山門を入ると正面には庫裏兼本堂。全盛期の鎌倉時代には60坊、江戸時代初期にも40坊を数えたという巨刹だったというから、現在の有り様はちょっと寂しいかぎりですね。

 境内には他に、宝蔵庫と、ちょっと判らないが堂は中に厨子が地蔵堂か観音堂といったような建造物なのかな~。

 寺院からすぐの場所に立派な三重塔があります。長福寺の見どころは、なんといっても重要文化財に指定されている三重塔でしょう。高さ約22m、1285年の寺院復興の際に建てられた建物で、岡山県内に現存する木造建造物として最も古いものになります。鎌倉時代のもので近世の塔には見られない優美な曲線です。

 少し上がったところの三重塔の裏には鎮守社があり、これは新しい建築のようですが、塔と一体になり山上から見下ろす景色はいいものです。

 明徳年間(1350年頃)に真言宗の寺院になった長福寺は奈良時代(757年)、唐の高僧鑑真和尚が開基したと伝えられ、当初は真木山(まきさん)の山頂にありました。しかし度重なる火災により、昭和3年に寺院が、昭和26年に三重塔が現在の場所に移りました。
 次回をお楽しみに では またね


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地蔵の滝(渕尾の滝) 2016.09.02

2016年09月07日 07時59分53秒 | 滝・渓谷・山


  所在地    渕尾の滝     岡山県美作市上山渕尾

 山岳地帯を走る県道414号線(福本和気線)上山あたりの道路沿いの県道脇に「滝の説明」があるのが車から見えたので車を止めました。岡山県美作市渕尾にある「渕尾の滝」(別名:地蔵の滝)です。

 この滝は、落差21.8mもある滝で、県道脇の階段を少し上がったところにあり、地域の信仰の滝になっています。水量が少ないようですが、周囲の雰囲気から神秘的な感じがする滝です。

 この滝は地名から通称、「渕尾の滝」とも呼ばれていて、昔からお滝様として祀られ、滝のそばに祠があり、直下型の滝で、滝下は夏でも冷気が吹き抜けて涼しいです。

 滝は黒い岩肌を流れ落ちる水の音に足下は年中、落ち葉で敷きつ
められ、滝を含めた景観は抜群です。

 滝壺を見ている今回は少し水量が少ないですが、水量が多い時の豪快な滝が目に浮かびます。

 水に濡れた黒い岩肌を流れ落ちる滝はいいものですね。
 次回をお楽しみに では またね
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渓谷がつづく黄谷の滝 2016.09.02

2016年09月06日 07時05分31秒 | 滝・渓谷・山


  所在地    黄谷の滝     岡山県和気郡和気町保曽岸野

 和気神社から県道46を走り岸野に入ると「岸野黄滝」の標識があり日笠川沿いに走ると山道に悪路がつづき堰堤の向こうに駐車場らしきものがありましたが、車を止めて歩きました。立て札ではここより黄谷の滝は500m先です。

 渓谷沿いに歩きます。

 途中には鉄製の橋が架かり歩きやすい山道に思えましたが。

 川沿いに渓谷を見ながら進んでいきます。

 美しい渓谷の途中には、小滝や甌穴などなかなか雰囲気の良い渓流が楽しめます。

 渓流に見とれていると見落とすような、小さな標識に「上の道へ」と指示がありました。

 道なき道を進むと細い道らしき道が左へ、片側は谷へ50cmほどの道が続きます。

 途中には黄谷の滝と滝壺の道しるべがあり黄谷の滝へ降りていきます。滝は、落差は10m程度ですが、正面から見るとなかなか見栄えのする滝です。滝そのものの規模は小さいものの、人里はなれた山中の雰囲気があってなかなか良い滝です。

 黒々とした花崗岩に流れ落ちる、小ぶりながらも美しい姿の直瀑、別名「岸野黄滝」。急流と小滝が続く渓流を含め、滝を取り巻く環境は抜群ですね。

 黄谷の滝を見た後、上の標識の左に行くと深さ6mの深い滝壺(甌穴)がありますが、今来た道を気をつけながら戻ります。
 次回をお楽しみに では またね
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和気神社 2016.09.02

2016年09月05日 09時00分16秒 | 神社・寺院


  所在地   和気神社     岡山県和気郡和気町藤野1365

 車を駐車場に止めて前を流れる日笠川に架かる「かすみ橋」を渡り、一般に「俗界と聖界の境にある橋」とされます。

 境内に入るといたるところに猪の像が、猪は清麻呂公の随身、また足腰の守護として崇められ、和気神社では狛犬がわりに「狛いのしし」が拝殿前・鳥居前で守護しています。

 石段を上がると明治28年に造営されました。随身の姿の守護神像を左右に安置した神社の門です。

 左側には、「和気広虫姫像」が広虫姫は孤児83人を自分の養子として育て、立派に世に送り出した。右には清麻呂公の像が、私学校「弘文院」の基礎をつくり、子弟教育・人材育成に尽力された。以来、「こもりさま」と親しまれ、「子供の守り神」と崇敬されている。

 御祭神は、第11代垂仁天皇の皇子・鐸石別命で和気氏の始祖である、命の曾孫・弟彦王が、備前・美作に土着し、和気氏は代々この地を治めた。その後裔が、清麻呂公・広虫姫です。

 清麻呂公は「道鏡事件」により大隈国に流されその途中、お礼のために宇佐八幡宮に参詣しようと豊前国の海岸から陸路、御輿を進められました。すると、どこからともなく、約三百頭の猪が突然現われて、清麻呂公の御輿の前後を守りながら八幡宮までの約十里の道を無事にご案内した

 現存の建物は、明治18年より順次建替えられ、本殿、幣殿・釣殿・拝殿、随神門が一連の建造物となっています。門弟60余人を有し、関西一の大棟梁といわれた、宮大工田淵勝義の手により造営されました。

 ここは絵馬殿、昔より奉納された絵馬が掲げられています。

 境内の左の日笠川沿いには藤公園があり、7000㎡の敷地に、幅7m、総延長500m、藤棚面積3600㎡の藤棚を配し、北は北海道・函館、南は鹿児島・坊の津、また中国・韓国の著名な藤も集めている。約100種類の紫・ピンク・白の花が咲き乱れ、この地は和気町藤野といい、その名の通り藤が咲き乱れる原野であったと伝えられています。
  次回をお楽しみに では またね
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