hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

新緑が近づく八葉寺 2016.03.28

2016年03月29日 20時04分35秒 | 神社・寺院


  所在地    八葉寺      兵庫県姫路市香寺町相坂1068

 国道312号を北上、JR香呂駅へ出て、県道80号線を西へ走る。相坂の町に入り、旭国際姫路のゴルフ場を右手に見、若都王子神社付近を右折し、80号線から離れ、細い道に入り、更に、杉林を抜けると突当たりの高台に八葉寺はあります。

 車を止め、境内への参道は急で苔むして、雨降りだと滑って歩けない道ですが、気をつけて歩かなくてはいけません。右には八葉会館が 左には妙勝院があります。

 石段を上に進むと 池があり 橋を渡ると 弁天堂があります。池の 辺りは モミジの木もあり 日本庭園風で いい雰囲気です。 秋の紅葉が綺麗でしょうね。

 更に石段を上がると本堂があります。 八葉寺の創建は天平8年(736)、行基菩薩によって開かれたのが始まりと伝えられています。

 平安時代の10世紀末になると寂心(慶滋保胤:日本往生極楽記の作者)が七堂伽藍を建立するなど境内を整備して再興しています。特に寂心は書写山円教寺の性空上人と関係が深く播磨六山(円教寺、随願寺、八葉寺、神積寺、一乗寺、普光寺)に数えられるなど寺運が隆盛し、最盛期には5院13房を擁する大寺院となりました。

 2013年度下半期放送の朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』のクランクインはこの寺で行われているが、これは全国各地から紹介されたロケ地候補の中で「自然の中にある雰囲気や本堂のたたずまいなどが作品にぴったり」であるということから決まったとされております。

 ここは、播磨西国第三番霊場で、毎年1月7日に赤鬼と青鬼が息災延命、五穀豊穣の願いを込めて踊ります。その他に西日本でも有数の子安の木の群生地でもあります。
 次回をお楽しみに では またね

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西脇の地蔵一本桜 2013.03.28

2016年03月28日 21時56分55秒 | 季節のたより


  所在地   地蔵一本桜       兵庫県西脇市御瀬町

 西脇市役所の北・国道427号の「春日橋東詰」交差点のすぐそばにある郷瀬町・杉原川堤防に立つ「地蔵一本桜」は、昔から地域を見守ってきた孤高の老木ですのでちょっと見に行ってきました。

 この桜は、寒彼桜の一種ともいわれているようで、他の桜より少し早く花が咲くことから、西脇に春の到来を告げる使者として知られています。

 西脇の市内では、毎年他の桜より10日程早く咲く桜ということで、こちらの地蔵の一本桜を見に来ましたが、少し満開の見頃が過ぎたようです。

 桜の可愛い花が咲いているのを見ると少し早い春を感じますね。

 この一本桜の周りの杉原川の土手にも春が訪れてきています。寒い冬を乗り越えて春を呼び込こむように、ツクシが顔を出しタンポポの花も咲いて来る季節になってきました。
 次回をお楽しみに では またね

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栄根寺廃寺とナイチンゲール像 2016.03.22

2016年03月26日 22時04分04秒 | 公園・名所・名勝


所在地   栄根寺廃寺とナイチンゲール像   兵庫県川西市花屋敷1丁目6

 ここ栄根寺廃寺遺跡公園は、阪急川西能勢駅の西側の沿線に、栄根寺廃寺遺跡公園があります。かつて栄根寺境内には薬師堂がありました。 

 県の文化財の薬師如来像が安置されていましたが、薬師堂は阪神・淡路大震災で全壊しました。奈良時代に創建されたと考えられている栄根寺は、源満仲や頼光らが深く信仰し、霊験を得たという話が残っており、以来庶民の信仰を集めた寺院でした。

 公園内には、江戸時代の加賀の豪商、銭屋五兵衛の顕彰碑があります。銭屋五兵衛は、安永2年(1773)に加賀国宮越(石川県金沢市)の商家に生まれました。家業の質業を継いだ五兵衛は、質流れの古船で海運業に乗り出し、成功を治め富を築き藩の御用を受けるまでとなりました。しかし晩年、加賀の河北潟の干拓に乗り出したところ、死魚が出たりそれを食べた人が中毒死する事件が起き、疑いをかけられた五兵衛とその一族は検挙され、嘉永5年(1852)五兵衛はそのまま牢の仲で非業の死をとげました。生前の五兵衛と交流のあった西光寺(栄根寺の本寺)は彼の遺徳を忍び、明治35年(1902)東塚一吉の援助を受け、此の地に銭屋五兵衛の碑を建立しました。

 公園の奥には「フローレンス・ナイチンゲール像」と看護婦慰霊塔があります。

 世界に2つしかないといわれています。右手を胸のあたりまで上げて、灯を持った約175cmの等身大で、台座には、人々に慈悲と博愛の精神を教える「救苦観世音」の文字が刻まれています。毎年5月には生誕祭が行われ、「奉仕と博愛」の精神を誓いに、多くの看護学生がここを訪れます。
 次回をお楽しみに では またね

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坂田金時の墓がある満願寺 2016.03.22

2016年03月25日 20時37分20秒 | 歴史・遺跡・伝説


 所在地    満願寺      兵庫県川西市満願寺町7―1

 川西市の飛び地にある満願寺は、歩いていく場合には急な坂を登っていきます。満願寺は、源氏一門の祈願所とされる由緒ある真言宗の古刹です。

 この寺の「山門」は他の寺では見ることのできない珍しい形をしており明治14年(1881年)に再建されたものといわれています。門の左右に安置されている「木造金剛力士立像(仁王像)」は多田院にあったものを移したといわれており、鎌倉時代末期の作とされ、兵庫県有形文化財に指定されています。

 山門をくぐると、これからの季節は桜が綺麗に咲き、秋は紅葉が綺麗な参道のようで、途中100円の入山料を入れる箱が置いてあるので、入山料を支払い入っていきます。

 広場の右側(東側)に「観音堂」が建てられています。「観音堂」に安置されている「木造千手観世音菩薩立像」は新西国三十三ヶ所の本尊であり、平安時代中期~後期の作とされている。この仏像は秘仏になっており、年一回春の彼岸に開扉されているようです。

 観音堂前の広場の石段を更に上がると正面に見える建物が「金堂」であり、「金堂」には「木造十一面観音菩薩立像」、「木造聖観音菩薩立像」などが安置されているようである。この「木造十一面観音菩薩立像」は平安時代末期、「木造聖観音菩薩立像」は平安時代前期末の作とされており、共に兵庫県有形文化財に指定されている。

 境内には、「三廟」があり、源満仲の子、美女丸、美女丸の身代わりになった幸寿丸、幸寿丸の父親であり源満仲の家臣、藤原仲光の墓であると伝えられているという。この「三廟」(五輪塔群)は室町時代初期~末期に造立されたものと考えられており、川西市文化財に指定されている。

 源家の七塔といわれる供養等があります、源国房、光国、明国、仲政、国直、行国、国基(頼光-頼国系統)が祀られています。

 満願寺にある九重石塔は、源氏一族の法尼妙阿が亡き父の供養に1293年に造立したと刻銘があり、技法の優れた鎌倉時代の代表的な層塔とされている。 法尼妙阿の夫・足利家氏は、鎌倉時代中期の武将で斯波氏(家氏が陸奥の斯波郡を領したことに由来)の祖であることから斯波家氏とも云われます。

 境内東側の奥まった木立の中に「坂田金時の墓」があります。金太郎にはいくつも伝説が存在する人物で、 天暦10年(956年)5月に誕生したといわれ、成長した金太郎は足柄山で熊と相撲をとり、母に孝行する元気で優しい子供に育ち、天延4年3月21日(976年4月28日)、足柄峠にさしかかった源頼光と出会い、その力量を認められて家来となる。名前も坂田金時(きんとき)と改名 し、京にのぼって頼光四天王の一人となりました。現在北九州市へ向かう途中、作州路美作(みまさか)勝田壮(現 在の岡山県勝央町)にて重い熱病にかかり死去。享年55だったといわれます。
 次回をお楽しみに では またね

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神戸港にファンタム・オブ・ザ・シーズが初入港 2016.03.17

2016年03月17日 20時30分32秒 | 船舶・鉄道・その他の撮影地


  所在地   神戸港ポートターミナル    神戸市中央区新港町4―5

 クアンタム・オブ・ザ・シーズが神戸港に入るのかと思うと楽しみで、PM1:30に接岸でが、平日というのにポートターミナル内はこの人出です。

 PM1:00ごろになると、巨大な船体のクアンタム・オブ・ザ・シーズが見え始めました。

 クァンタム・オブ・ザ・シーズは、去年2014年に就航したばかりで、昨年、2015年8月28日に「クァンタム・オブ・ザ・シーズ」が神戸港に初入港予定でしたが、残念ながら台風の影響で中止になってしまいましたので、今回は、いい天気に恵まれ入港です。

 世界最大級の豪華客船「QUANTUM OF THE SEA(クァンタム・オブ・ザ・シーズ)」
全長:348m  全幅:41m  総トン数:167,800トン
巡航速度:22.0ノット     船客定員:4180人


 北公園は、平日というのにこの人手です、巨大な船舶を撮りに来ているんですね。

 ポートアイランドの北公園からポートターミナルのデッキに来て、クァンタム・オブ・ザ・シーズの船首へ 

 神戸港に入る客船では過去最大。神戸ポートターミナルには多くの市民らが訪れ、カメラを向けたり歓声を上げたりしたり、船首から船尾へ移動しますが、350mの長さは巨大ですね。

 これを見てください、船が大きなマンションのような建物のようです。

 中国上海からの乗船客が多いのか、船室のデッキ側には、洗濯物がアチラコチラに干されています。ちょっと異様な光景ですね。

 船上には、海上約90mからの絶景が楽しめる宝石型展望カプセル「ノース・スター」などビックな施設が満載のようで

 巨大な船体の船尾は、色んな特徴があるようですね。暖かくいい天気で良かったです。
 次回をお楽しみに では またね


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須磨網敷天満宮の梅 2016.03.08

2016年03月09日 19時30分38秒 | 季節のたより


  所在地    須磨網敷天満宮      神戸市須磨区天神町2丁目1―11

 綱敷天満宮は、学問の神様、天満大神菅原道真公を祀り、神戸では須磨の天神さまと親しまれています。その昔、菅原道真公が九州に渡るおり、須磨の浦に立ち寄り、須磨の漁師が造った大綱の円座で休憩された事にちなみ、菅原道真公が、お亡くなられてから76年後にこの地に創建されました。

 菅原道真公の母君に抱かれる像で、 父は菅原是善(これよし)、菅原道真公の母は伴(とも)氏(名は不詳)。菅原氏は、道真公の祖父清公(きよきみ)のとき土師(はじ)氏より氏を改め、祖父と父は文章博士(もんじょうはかせ)を務めた学者の家系でした。 母方の伴氏は、家系には大伴旅人、大伴家持ら高名な歌人です。

 綱敷天満宮は、梅の名所でも知られ、毎年、観梅期には梅花祭が行われます。境内には約120本の紅白の梅が咲き、生け花展、書道展などが行われ、学業祈願の参拝でにぎわいます。また、梅を愛でながら味わう梅粥の接待も行われます。

 早咲きの梅は、もう終わり掛けで、枝垂れ梅などが見頃を迎えつつあります。

 綱敷天満宮三重塔と本殿の周りには、紅白の梅が咲き鼻を近づけると穂のかな香りがしてきます。

 市内で割と早く梅の花が見られる場所なので、日差しを浴びたつぼみが次々と開き、参拝者の目を楽しませています。

 菅原道真公の出生年は丑年で、「大宰府への左遷時牛が道真公を泣いて見送った」「道真公は牛に乗り大宰府へ下った」「牛が刺客から道真公を守った」「道真公の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」など菅原道真公と牛にまつわる言伝えや縁起が数多くあります。これにより牛は天満宮では、牛は御祭神の使者とされ、縁起がいいとされてます。
 次回をお楽しみに では またね
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民話・樽屋町茶碗屋の娘 2016.03.03

2016年03月04日 21時26分17秒 | 歴史・遺跡・伝説


 所在地  密蔵院     兵庫県明石市船上町3-8

 民話「明石樽屋町茶碗屋の娘」を訪ねて明石の城下町へ、ここは剣豪・宮本武蔵が明石の町割り(都市計画)をしたことは、意外に知られていないが、明石公園には武蔵の庭園もあります。

 明石城の城下町、宮本武蔵が町割りしたという樽屋町に明石屋という茶碗屋があり、主人谷屋茂兵衛の娘には、お糸という小町娘がいました。お糸は器量一番と評判の美人で、その評判は時の城主松平若狭守直明の耳にも、直明から「お召」の使いが、その夜お城を抜け出して明石の浜(明石川とも)に身を投げたそうです。

 明石川の西側に密蔵院というお寺に樽屋町茶碗屋の娘の墓があると云われます。真言宗大覚寺派護国寺密蔵院は、平安時代の延喜4年(904)に観賢僧正により創建されたと伝えられています。寺記によりますと、室町時代の応永年間(1394-1428)に僧運公が中興し、この地方の中心として栄えました。

 境内には、昭和27年戦没者の慰霊のため、地上15mという(日本一)報徳大地蔵尊が建立され立派なものです。

 ここの住職に、茶碗屋の娘の墓を案内してもらい、お糸の死後、播州路では「一に高松、二に津山、三に明石になればよい」という時の権力者の横暴を風刺した俗謡が流行したといいます。密蔵院の墓地には、茶碗屋の墓碑がひっそりと佇んでいます。お参りしてここを離れます。

 帰りに、境内には「油をかけて開運や健康」をお祈りする珍しい「油かけ地蔵」があります。お地蔵さまの頭から静かに油を掛け、お話をするようにひとつのお願いをするので、一願地蔵とも呼ばれているそうです。私も、お地蔵さまに油を掛けさせてもらい、「おん、かかか、びさんまえい、そのか」唱えました。
 次回をおたのしみに では またね

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柿本神社の梅の開花 2016.03.03

2016年03月03日 20時22分03秒 | 季節のたより


  所在地     柿本神社        兵庫県明石市人丸町1―26

 山陽電車人丸前駅から北へ、柿本神社は天文科学館のすぐ裏手にあります、昔から学問の神様で人丸山 柿本神社の東の鳥居をくぐり長い階段を上がる先に本殿があります。

 長い階段を上がると、境内からは瀬戸内海と淡路島そして夢をかける明石海峡大橋が望め綺麗な梅の花が咲き、ほっと一息です。

 梅はそろそろ八分咲きで見頃を迎えつつあります。

 仁和3年に隣にある月照寺の僧・覚証が、人麻呂の霊が明石に留まっていることを感得し、月照寺の裏に祠を建てて祀ったのが始まりと言われています。その後、明石城築城に伴って月照寺とともに現在地に移されました。享保8年には正一位柿本大明神の神位神号がおくられました。

 境内からは明石海峡大橋とその先の淡路島など、風光明媚な瀬戸内海の景観が広がる中、天文科学館の建物も近くに見ることが出来ます。

 元禄時代に赤穂浪士の間瀬正明が主君(浅野長矩)の仇討を祈願して植えたという八房梅があり、1つの花に8個の実が成ることから名付けられ、もと社前にあった親木の後継樹として境内に移植されたものです。(月照寺境内にもあり)。境内には非常に有名なご神木である「神木筆柿」という柿の木があります。

 月照寺の前を通り抜け石階段を降りていくと柿本神社・西の鳥居と亀の水が側には、綺麗な枝垂れ梅が咲いていました。
 次回をお楽しみに では またね

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