hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

湯村温泉  2014.09.22

2014年09月30日 09時09分40秒 | 温泉


  所在地   湯村温泉   兵庫県美方郡新温泉町湯

 日本海の浜坂によった後、岸田川の支流、春来川のほとりに湧く日本屈指の高熱温泉である「湯村温泉」へ国道9号沿いにあり北駐車場に車を止めて、ちょっと散歩に

 天神橋の脇から春来川のほとりを見ながら散歩しながら行きます。

 温泉は、総源泉数60、総湧出量毎分2,300Lで、余った分は川へも流れるので、冬には川から湯煙が立つこともある。美人の湯として名高い。「メタケイ酸192.5ミリグラム」もあり、川沿いでは足湯を楽しむ観光客の姿が見られる。

 川沿いには、多くの有名人などの手形が並んでいます。

 嘉祥元年(848)と言われる、今からおよそ1150年前に慈覚大師によって発見されたと伝えられている古湯であり、元湯は「荒湯」と呼ばれ98度の高温泉が毎分470リットルも湧出しています。

 荒湯の泉質は、 ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸泉(低張性、弱アルカリ性高温泉)で源泉温度98℃(日本一)湧出量毎分470Lの温泉が湧き、生卵を入れると数分で温泉卵が出来、他にもサツマイモを蒸かしたり野菜をゆでることも 

 「荒湯」で温泉たまごを茹でる観光客の姿は、湯村温泉独特の風景をつくり出しています。深いボーリングを必要とせず数メートルの深度で湧出しており、需要量に比べて湧出量の豊富な温泉のため、旅館だけでなく各家庭にも配湯され、湯村の生活に欠かせないものです。

 平安時代(848年)開湯という歴史ある山陰の山峡にある閑静な湯治湯。「湯けむりの郷」と称し、また1981年のNHKドラマ「夢千代日記」のロケ地としてその風情が全国に知られるようになり、以来「夢千代の里」ともいわれています。

 薬師湯は、従来の荒湯のそばにありましたが、現在は、前の役場があった場所に出来、上には薬師堂風の望楼がのり、正面玄関の唐門がひときわ目を引く新薬師湯として生まれ変わりました。源泉かけ流しの天然温泉の温もりを十分に味わっていただける美人の湯です。日帰り温泉で浴槽は主浴槽と泡風呂を楽しむことができます。
 次回をお楽しみに では またね
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西光寺  2014.09.22

2014年09月29日 10時04分04秒 | 神社・寺院


  所在地   西光寺    兵庫県美方郡新温泉町浜坂1883

 西光寺は、浄土真宗に属する寺院で、本尊に阿弥陀如来像が安置されています。創立時期は不明ですが、近江国犬上郡夏河の里出身の小林和泉守親正が、天正年間に芦屋城にきて、その後落城により浜坂に住んだといわれています。山門の横には大イチョウがあります。

 山門には「如是我門」と言う名前が描かれている額が掲げられています。鐘楼も蔵も、比較的新しい時代に造られている物であるように感じられますね。

 初代仁右衛門正氏は「和泉屋」を名乗り、熱心な本願寺門徒で、道場「寿徳庵」を建立しました。その後、1656年(明暦2)、本願寺から寺号を受領し、寺号を「西光寺」と改めました。西光寺参道には、1789年(寛政元)~1801年(寛政13)頃に和泉屋小林助右衛門(親正の子孫)によって建てられた一対の石燈籠があり、町指定建造物に指定されています。井上家の旦那寺浜坂の西光寺には、本堂再建にあたって十両という大金を寄進していたりもします。

 西光寺の山門、右へ曲がると以命亭(旧日七釜屋)と西光寺の間にある散歩道は歴史を刻む石垣や「井戸・洗場跡」が残っています。ちょっと覗いて見ると水が綺麗で透きとおり10cmぼどの魚が2匹とカニが3匹いましたよ。

 西光寺には、赤レンガの塀があります。明治の末、国鉄山陰線桃観トンネル工事で犠牲となった朝鮮人工夫の弔いに西光寺が貢献、謝礼としてトンネル材料のレンガを使用して塀を作った。中ほどにはトンネル型の勝手門もあります。

 西光寺のそばには、浜坂温泉源泉搭が浜坂温泉は、昭和53年3月に町内道路の消雪用水源を求めて掘削ボーリング工事中に突然、地熱温泉水が湧出しました。
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以命亭  2014.09.22

2014年09月28日 09時18分47秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地   以命亭    兵庫県美方郡新温泉町浜坂1208

 「あじはら小径」のそばには、「先人記念館・以命亭」があります。森家二代目当主・興右衛門が長子に家督を譲り、屋敷の裏、東側に隠居所を建て、その隠居所を「以命亭」と命名しました。

 「以命亭」の「以命」とは、中国の古書『礼記』の「君子は易に居りて以て命を俟つ」から採ったものです。 「以命の語源はその意味するところが深く、森家を継ぐ当主たちは、それぞれが身に付けた学問分野で「以命」を解釈し、その真髄に迫る生活をしました。

 前庭(日本庭園)あります。縁側に座って眺める庭は、心が落ち着き時間を忘れます。

 旧森家住宅(浜坂先人記念館)には、乾蔵・北ノ蔵・酒蔵があります。

 新温泉町浜坂の浜坂先人記念館・以命亭(旧七釜家森家)は、構造調査と文献資料の検討の結果、1853(嘉永6)年から1919(大正8)年に順次建てられた建造物であることがわかりました。

 、以命亭の主屋は、間口が十間、奥行きが七間の木造二階建て平入りの建物で、連子格子窓、切り妻屋根を持ち、この地方の商家の面影を良く残していると指摘されています。

 すべての建造物が江戸末期もしくは明治初期から大正期にかけて建造されたことが判明。石垣についても1735(享保20)年以前から三期にわたって建造されていたことが分かりました。

 約300年の間、優れた人材を輩出した森家・七釜屋屋敷を改修し、森家が代々使用した品々が展示しています。

 江戸時代あたりから盛んになった廻船業・北前船の寄港地として賑わい、往時を偲ばせる家並みが僅かに残されていました。
 次回をお楽しみに  では またね
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あじはら小径  2014.09.22

2014年09月27日 08時23分38秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   あじはら小径    兵庫県美方郡新温泉町浜坂

 浜坂の町に入り加藤文太郎記念図書館の駐車場に車を止めて、その横からは「あじわら小径」が続いています。

 駐車場の脇から「あじわら小径」から続く道には歌碑があり

 加藤文太郎記念図書館との間にある小道。

 この左に以命亭、右には西光寺も「景観形成重要建造物」に指定されています。盆には、歩道に沿ってたくさんのろうそくが並べられ、「燈の和」が行われます。

 浜坂の中心部を流れる味原川の下流部約800mの区間は、あじはら小径が整備されている。味原川は、清流が流れていたことから、酒屋や針生産が栄え古くから生活を支えてきた

 味原川にはかつて清流が流れていたことから、浜坂は酒屋や縫い針生産などで栄え、但馬の中でも比較的早く都市化が進んできました。今も小径沿いには、旧家や古い石垣や屋敷ごとに石垣の積み方が異なり、野づら積み、亀甲積み、算木積み(切石積み)など様々な積み方があり、概ね下流から上流に向かって年代が新しくなっています

 旧家や古い石垣などが並び西光寺の石垣を眺めながら、小川に沿って散歩するのは気分がいいです。
 次回をお楽しみに  では またね
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餘部鉄橋「空の駅」 2014.09.22

2014年09月26日 09時55分04秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   餘部鉄橋     兵庫県美方郡香澄町香住区餘部

 余部鉄橋のすぐ西には、兵庫の秘境駅と言われるJR山陰線の餘部駅があります。ホームからは、日本夕陽百選に認定された日本海・香住海岸を見渡すことができる、風光明媚な高台にある駅です。

 旧余部鉄橋は、明治45年に建設された東洋随一の鋼トレッスル橋で、我が国有数の橋梁として、当地域だけでなく、多方面から多くの人々が訪れる観光名所として親しまれてきました。

 約100年間山陰本線の運行を支えてきた旧余部鉄橋の歴史を後世に継承するとともに、人々の交流を促す観光拠点とするため、鉄橋の一部を展望施設として残し、公園施設とあわせ、余部鉄橋「空の駅」として整備を進めてきました。

 餘部鉄橋「空の駅」展望施設の下には、道の駅「あまるべ」と隣接する箇所に公園施設があり、約10分、41メートルの高さにある「空の駅」餘部駅まで急な細い坂道が続く道を上りきったところに駅があります。

 旧軌道の上を歩いて展望施設へ(延長L=68m、幅W=3m、高さH=約40m)鉄橋下が見られる、のぞき窓があり日本海のパノラマが楽しめベンチが設置されています。

 以前は、兵庫の秘境駅と言われるJR山陰線の餘部駅ですが、今は、現在風で情緒が少ないです。旧餘部鉄橋があるときは、写真の右コンクリート壁あたりに展望台があり写真が撮れていたのにね。

 2010/6に旧餘部鉄橋を渡る「キハ-47」雄大でいい景色です。

 2010/6に旧餘部鉄橋を「はまかぜ-キハ-181」特急が41メートルの高さから鉄橋を走ります。

 余部鉄橋「空の駅」展望施設からは、村のはずれ約1,5km先まで見渡せ、国道をはさんで左右に田んぼが広がり、3方を山に囲まれた谷あいのお陰で、初夏には山々が新緑に、夏には稲穂の緑が鮮やかに、秋には収獲前の稲穂が黄金色に輝く四季が広がり素晴らしい景色です。
 次回をお楽しみに  では またね
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円照寺の四季の花  2014.09.21

2014年09月25日 08時13分31秒 | 季節のたより


  所在地   円照寺   兵庫県加古川市志方町広尾1029

 浄土真宗・本願寺派の月輪山・円照寺は 「花の寺」 として知られ 上月義宗住職が 参拝客に 四季を感じてもらおうと 20年ほど前に始めたようです。

 車は、公民館に止めて円照寺へ入ったところに彼岸花が咲いています。

 円照寺は、花の寺として知られ、3月から11月にかけてクリスマスローズ、ユキヤナギ、椿、ライラック、アジサイ、ノウゼンカズラ、酔芙蓉などさまざまな花が咲き乱れます。今の時期は、三色の紫陽花が見頃を迎えています。

 、酔芙蓉も咲いていました。この花は朝方に白い花を咲かせ、時間が経つにつれだんだんピンク色に染まり、夕方には真っ赤になり萎んでしまいます。

 境内に奥に入ると、豊臣秀吉の陣鐘が、境内の梵鐘は、豊臣秀吉が中国平定の戦いで、山口県の上野八幡宮の鐘を陣鐘として使い、帰京の際にこの地に置いていったものといわれています。

 ここのお寺は、浄土真宗本願寺派ですので、親鸞聖人の像かな~ 周りには、綺麗に酔芙蓉も咲いていました。

 このように沢山の花が境内一面に咲いていると円照寺に来ても美しい花に癒され、キキョウ などが 見ごろです。

 ここは、本堂で、円照寺は、花の寺として知られ、花は 多くの種類が植えてあり 春から秋にかけて綺麗な花を見ることができます。

 今の、円照寺の北側100mぐらいのところに円照寺別院があり、赤い彼岸花が沢山咲いています。

 彼岸花の上には、鈴なりの柿の実がなっています。

 別院は、ちょっと違った風景が見られます。

 円照寺は、今では花を目当てに県内外から参拝者が多く朝から大勢の人で賑わい、その誰もが穏やかな表情で帰路につくことでしょう。
次回をお楽しみに  では またね
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加古川志方の蕎麦の花  2014.09.21

2014年09月24日 08時29分30秒 | 季節のたより


  所在地  加古川志方の蕎麦の花      兵庫県加古川市志方町高畑

 加古川市を通る県道43を走っていると、蕎麦の花が畑一面に咲いています。

 今の時期は、白い蕎麦の花が、近くに寄ってみるとちょっと可愛いですね。

 蕎麦の花には、蜜を求めて「コガネムシ」がとまっています。

 「コガネムシ」以外にも喋々やハチなどの虫が飛んできています。

 この当たりは、白い蕎麦の花ですが、もうしばらくすると志方氷室では、赤い蕎麦の花が見られるかも?

 蕎麦の花の向こうには「コスモス」の畑が、志方のこの辺は、しばらくすると「コスモス」が畑一面に咲き素晴らしい光景です。無料です。
次回をお楽しみに  では またね
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平荘湖の彼岸花  2014.09.21

2014年09月23日 20時03分17秒 | 季節のたより


  所在地   平荘湖      兵庫県加古川市平荘町池知

 周囲には約5km周遊路があり、平荘湖にはひょうたん型の島が浮かび、周辺の自然が美しく、春は桜、夏はあじさい、秋は紅葉の名所でもあり、冬には約1万羽のカモが飛来してくる自然あふれる湖です。

 彼岸花は秋の彼岸の頃、突然地中から花茎を伸ばし、花を咲かせることから彼岸花(ヒガンバナ)と呼ばれるようになった花ですが、別名を赤い花を意味する曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれ、中国から渡来したものが帰化したものです。

 平荘湖には、100基を超える加古川下流域最大の古墳時代後期の古墳群があります。その大部分は、又部新田村とともに平荘湖に沈んでいますが渇水期になるとその一部を湖面に現します。平荘湖には、紫陽花で有名ですが、今の時期、彼岸花も綺麗です。

 蜜を求めて喋々が彼岸花の花に寄ってきました。

 喋々が彼岸花にカメラのシャッターチャンスは難しいものですね。

 平荘湖の周りには、遊歩道があり、散歩にウォーキングを楽しむ人が多く来られます。

 静かな平荘湖の湖面を見ていると時間も忘れます。
次回をお楽しみに  では またね
 
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北条鉄道沿いに咲く彼岸花  2014.09.21

2014年09月22日 20時11分44秒 | 船舶・鉄道・その他の撮影地


  所在地   播磨横田駅    兵庫県加西市西横田町下毛田

 北条鉄道沿線では、春は、菜の花、秋先には彼岸花が咲き綺麗な沿線です。

 お米の品種により稲の刈り入れが進み、その中で真っ赤な彼岸花が目立ちます。

 写真を撮っていると、北条町方面から来た「フラワ2000」形、気動車が「播磨横田」駅に入ってきました。

 乗客1人を乗せて「粟生」方面へ

 ローカル線の長閑な風景です。

 走り去る気動車に耳を済まして聞いていると線路から「カタコト カタコト」と音が、線路脇には彼岸花が綺麗に整列です。

 線路脇には、今日も無事を祈ってか、お地蔵さんが
次回をお楽しみに  では またね
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櫨谷の彼岸花  2014.09.21

2014年09月21日 20時50分58秒 | 季節のたより


  所在地  櫨谷の彼岸花      神戸市西区櫨谷町谷口

 櫨谷庄は、昔から東西南北を走る街道の要衝として栄え、それ故に様々な兵火に巻き込まれてきました。「鵯越の逆落とし」で有名な一ノ谷の合戦に向けて行軍していた源義経公は、1184(寿永3)年1月15日に櫨谷神社の境内で休息を取ったといわれています。3世紀半ばの弥生時代中期には既に稲作が行われていたと考えられており、そんな中、今の時期、彼岸花が咲き始めています。

 櫨谷町は、櫨谷川が町の中心を流れ、南北に細長く連なる町です。寺谷地区には、かつて天正年間に秀吉の兵糧攻めに苦しみ、三木城とともに落城した端谷城(衣笠城)の城跡が残されています。神戸市の台所で長閑な風景の中、綺麗な彼岸花が

 田のあぜ道、用水路付近に彼岸花が咲き目を慰めてくれます。

 全草有毒な多年生の球根性植物で、散形花序で6枚の花弁が放射状についていて、道端などに群生し、9月中旬(彼岸ごろ)に赤い花をつけます。

 短い期間ですが、季節の花として楽しみたいものです。

 どこの地方でも、赤いジュウタンを引きつめたように広がっています。
次回をお楽しみに  では またね
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好古園  2014.09.09

2014年09月12日 10時12分45秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   好古園   兵庫県姫路市本町68

 姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」は発掘調査で確認された武家屋敷跡などの遺構を活かして、平成4年に造営された池泉回遊式の日本庭園です。入園料は ¥300です。

 広さ約1万坪の池泉回遊式の本格的な日本庭園。江戸時代の地割を生かした9つの趣の異なった庭園群、築地堀、屋敷門などが満喫できます。

 活水軒の方に入り庭の方へ 活水軒(レストラン)に入ると、御屋敷の庭を眺めながら食事をすることができます。

 活水軒の横の左側から庭へ

 「渡り廊下」を渡ります。「唐傘割工法」による中央の曲線は庭園のシンボルです。この廊下を歩くとき、太鼓に似た音の余韻と左右の眺めが良いです。

 庭園からは、姫路城の櫓が、紅葉の時期になると綺麗な景色でしょうね。

 江戸の情緒を醸し出す、自然の美しさと日本の風情を堪能できるスポットです。

 「潮音斎」からは、中秋の名月を愛でるのに最良の方向に向けて建てられております。

 「御屋敷の庭」姫路藩主の下屋敷があったこの庭は、姫山原生林を借景とした池泉回遊式庭園で、本園最大の庭です。

 好古園の日本庭園では、春の梅、桜、初夏のホタル鑑賞会、秋の観月会、大茶会、紅葉会などの四季折々に多彩なイベントが行われ、期間限定で日本庭園のライトアップも行われています。

 この辺は、時代劇にも使われるということで、東映太秦映画村より時代感が感じられます。歴史的景観を創り出し、時代劇「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」などや大河ドラマのロケ地としても使われたようで、何だかタイムスリップしたようです。

 ここは「竹の庭」、15種類の竹類を植裁した庭園で中央に八角の和傘をイメージした四阿「聞竹亭」を配しています。

 「流れの平庭」は、水の流れもゆったりとした岸辺に四阿「流翆亭」が建つ、明るくて伸びやかな庭園です。
 次回をお楽しみに  では またね
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姫路城  2014.09.09

2014年09月11日 20時43分43秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   姫路城      兵庫県姫路市本町68

 姫路城前にある「イーグレひめじ」の展望台からも望める雄大な白壁の城、それが日本で最初に世界遺産に登録された姫路城で、大小4つの天守閣が連なり、姫山の麓の本丸を起点に左回りの大きならせんを描いて濠の線が3重になった複雑巧妙な構造が特徴。本格的に城郭が建設された400年前よりほとんど戦にまみえることがなく、今もなお当時の姿を見ることができます。

 江戸時代、大手門には内濠を渡るために木橋が架けられていました。現在の桜門橋は発掘調査で出土した橋台の遺構を活かしながら、江戸時代の木橋をイメージして築いたものです。幅7m、長さ22mあります。

 桜門橋をわたって、大手門(桜門)をくぐると三の丸広場と天守群がみえてきます。江戸時代あの地には奥から桐一門・桐ニ門・大手門(桜門)と三つの門によって守られていたものを図面も ないまま復元されましたが、位置としては桐二門の場所になります。

 姫路城は、緑が綺麗で「姫路」の名は、播磨国風土記に出てくる「日女道丘」からきています。 

 平成27年3月27日の大天守のグランドオープンにむけて平成26年9月中旬から姫路城三の丸広場周辺の園路の改修工事を行います。全貌が見えるのはもうすぐですね、見学用のエレベーターの基礎部分が残っています。

 漆喰と瓦が真綿らしいので、工事前より白いですが、これが白鷺城ですね。

 姫路は西日本の交通の要衝の地にあたり、1600年に城主となった大名池田輝政が翌年から1609年にかけてこの地にあった古城を廃して新たに城を建造しました。現在残る姫路城の構造物や建物はこの時のもので、周囲は内外二重の濠で囲まれています。

 石造の城壁と白色の土塀をめぐらせる日本の独特の城郭の様式は16世紀中頃に確立しました。姫路城はこの城郭建築の最盛期の遺産であり、17世紀初頭の日本の城郭を代表するものです。日本の城の中でも、木造の城郭建築群と城壁・土塀から構成される構造物が特に良く残っています。

 姫路城の後方には、姫山公園があり春の桜、秋の紅葉が綺麗です。
 次回をお楽しみに  では またね
 
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大山を仰ぐ御机  2014.09.08

2014年09月09日 20時22分43秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   大山を仰ぐ御机    鳥取県日野郡江府町御机

 米子道の蒜山ICを降りて大山方面へ国道482を走り「御机」方面へ途中には大山を望む撮影ポイントがちょっと大山に雲がかかっております。

 「御机」の撮影ポイントに到着です。大山からの恵みの綺麗な水が流れています。

 秋には、ちょっと早いですが、稲穂も垂れ下がり少しずつ秋の訪れが、茅葺き屋根の小屋を主役に、バックには大山の南壁、そして四季の田園風景との共演で里山ならではの撮影スポットです。

 伯耆大山は、鳥取県にある標高1,729mの火山。一般的には大山(だいせん)と呼ばれ、大山は、少し雲がかかっていますが、茅葺小屋と仰ぐように見える大山が、「御机」の撮影ポイントのようです。

 大山の南壁は険しい岩肌が見える、のどかな田園風景に包まれる御机地区にある、その集落の一角に建つ茅葺き屋根の小屋が地元カメラマンの目にとまり、今や町を代表する撮影スポットとして定着しています。

 のどかな田園風景に包まれる御机地区は、観光地ではないものの絶景を楽しむ場所として人気を集めています。

 茅葺小屋のそばには秋の訪れを感じさせるコスモスの花が
 次回をお楽しみに  では またね
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倉吉市・白壁土蔵群  2014.09.08

2014年09月08日 21時51分12秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地     白壁土蔵群     鳥取県倉吉市新町1丁目周辺

 倉吉市市役所の観光駐車場に車を止めて、坂を下り県道38を渡り白壁土蔵群へ

 ここは正真正銘の赤瓦がみごとな建物で、創業嘉永元年(1848年)。緑と水の町で生まれ育った山陰の地酒です。当初の酒銘「旭正宗」。明治40年山陰行啓に随行された、 東郷平八郎海軍大将のご来倉に因み、大正2年酒銘を「元帥(げんすい)」にしたようです。

 倉吉市内を流れる玉川沿いにある昔ながらの土蔵や商家の街並み。江戸、明治期に建てられ、「しっくい」の白い土壁、焼杉の黒い腰板、赤瓦などが往時の風情が醸し出されています。

 白い漆喰壁に黒の焼き杉板、屋根には赤い石州瓦、その古い蔵などを改装して作られた施設が「赤瓦」。その中の「赤瓦一号館」は大正時代に建てられた醤油の仕込み蔵を改装したもので、1・2階ともにこだわりのお店が並び地元ならではの品物の数々が楽しめます

 白い土壁に、ゆるやかな反りを持つ一枚石の石橋が玉川沿いに架かる 倉吉独特の景観が、のんびりと過ごしたくなる情景です。

 玉川沿いや、街の一画には、鯉が泳ぎ散歩していて見ていると疲れも癒されます。

 黒の焼き杉板等昔ながらの土蔵で元々は高田酒造の酒蔵のようで、現在は内部を改装して地元芸術作家の創作工房として活用されいるようです。

 市内を流れる玉川沿いに、石橋、赤瓦(石州瓦)、白い漆喰壁、 黒の焼き杉板等昔ながらの土蔵や商家の町並みが保存されています。 この町並は江戸、明治に建造されたもので、城下町として栄えていました。

 豊田家住宅は、江戸時代の中頃から呉服屋を営んでいました。 二階建ての母屋、中庭、二階建ての離れ、坪庭、土蔵、の順に配列され、 間口四間半、奥行き20間の敷地の京風、切り褄、桟瓦の建物で、倉吉の伝統的な町家形式を保持しており、打吹玉川保存地区に連なる町並み景観を形成しています。

 かつて、造り酒屋や醤油屋として使用されていた白壁の土蔵や建物が、物産館、喫茶店、ギャラリーなどさまざまなかたちで利用され、レトロな魅力を感じることができ、また、穏やかな時間がゆっくり流れていくのが感じられます。

 倉吉のまちの中を流れる玉川沿いに残る、白壁土蔵群に代表される街並み。白い漆喰壁に黒の焼き杉板、そして屋根には赤い石州瓦のこの倉吉独自の風景が見られます。
 次回をお楽しみに  では またね
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近江八幡・八幡堀  2014.09.03

2014年09月06日 21時26分20秒 | 公園・名所・名勝


  所在地  八幡堀         滋賀県近江八幡市宮内町周辺

 八幡堀は、安土・桃山時代に豊臣秀次の八幡山城居城のもと、城下町が栄える原因となった町の一大動脈です。近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に八幡堀は大きな役割を果たし、江戸時代後期には近江国において大津と並ぶ賑わいを見せたといいます。

 八幡堀(はちまんぼり)は、滋賀県近江八幡市にある水路。幅員約15メートル、全長6キロメートルに及び、季節により様々な表情を見せる堀です。

 ここは、明治橋、涼しげに堀に垂れかかる柳葉が風に揺られて季節の花々もまことに絵になる風景ですが、この時期には花はありませんが、秋が深まると紅葉も綺麗ことでしょう。

 肌に触れる風が少し涼しく感じる堀を散歩するのも良いかな~

 春から初夏にかけて堀沿いを歩くと春先には桜が初夏には花菖蒲などの花が咲き見ごたえがあるでしょうね。

 白雲橋の下まで来ました。橋の袂の石燈籠の先には、安土桃山時代以降、近江商人の守護神として信仰を集めた古社の「日牟禮八幡宮」があります。

 掘割に降りて散歩することも出来、ちょっとちがった目線で見ることが出来ます。

 近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に八幡掘は大きな役割を果たし堀に沿って、白壁の土蔵や旧家が立ち並び、華やかだった当時の様子を良く伝えています。

 八幡堀の長閑な風景の中、「八幡堀めぐり」の舟がやって来ました。

 橋から上手の蔵を見たアングルは実によい眺めで、八幡堀を「八幡堀めぐり」の舟が
 次回をお楽しみに  では またね
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