hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

神戸・布引の滝  2013.07.26

2013年07月26日 20時06分42秒 | 滝・渓谷・山


  所在地    布引の滝     神戸市中央区葺合町

 新神戸駅の山側、生田川中流にかかる滝で神戸ウォーターの源泉のひとつ。「日本の滝百選」にも選ばれています。新幹線新神戸駅から北へ続く六甲山・摩耶山への登山道を15分ほど登ったところに神戸布引の滝があります。

 布引の滝は、日光華厳の滝、紀州那智の滝とともに三大神滝と呼ばれ、古来から名勝として知られてきました。また、平安時代の昔から数多くの貴族や歌人たちがこの地を訪れ、多くの名歌が詠まれました。

 明治のはじめ頃、「花園社」という市民団体が、滝の周辺を布引遊園地とし、平安時代から江戸時代にかけて詠まれた布引の滝の名歌の碑三十六基を建てました。これらはその後散逸してしまいましたが、神戸市が順次復旧を進め、2007年にすべての歌碑を復旧しました。布引の滝からぬのびき花街道、旧西国街道やHAT神戸を結ぶ散策ルートを「歌碑のみち」と呼び、そのルート上に歌碑が設置されています。この「歌碑」は、藤原有家の「久かたの天津乙女の夏衣 雲井にさらす布引のたき」

 「雄滝」すぐ下流にある「夫婦滝」、3m程。二筋に別れた水流が名前の由来ようです。

 布引の滝は「雄滝」、「夫婦滝」、「鼓が滝」、「雌滝」の4つの滝の総称であり、摩耶山、再度山の水が日本最古のコンクリートダムの布引ダム・布引貯水池を経て落下しています。この水は生田川を流れ大阪湾へと注いでいます。なかでも雄滝は高さ43mの名瀑です。

 「雄滝」のそばには“行平涙石”があります。在原行平が「我が世をは今日か明日かと待つかひの涙の玉と何れまされる」と詠み、いつになれば自分が浮かばれる時代が来るのだろう嘆いて流した涙が、石の上に落ちて“涙”という字になったと伝えられてます。行平は在原業平の兄ですって。

 滝見台から「鼓滝」が現れますが、木が茂っていて殆ど見る事ができません。写真の木の右下に見えるのが「鼓滝」です。

 遊歩道が一箇所谷に向かって張りだし滝見台となっており、岩に滝名が刻まれております。

 この雌滝「めんたき」は、高さ19メートル。水がサラサラと落ちる様子がしなやかで上品な感じのする滝です。布引の地名はこの雌滝の滝水が布をたらしたように優雅に流れ落ちる様子から生まれたといいます。

 右にある円筒形の建物は、雌滝の滝壷から兵庫区の楠谷町にある『奥平野浄水場』へ水を送るための取水施設です。
 次回をお楽しみに  では またね
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ちくさ高原ゆり園  2013.07.24

2013年07月24日 19時36分18秒 | 季節のたより

  所在地   ちくさ高原ゆり園     兵庫県宍粟市千種町西河内1047―218

 「ちくさ高原ゆり園」が7月13日のオープンしましたので天気は不安定なようですが、思い切ってドライブです。「ちくさ高原ゆり園」は、兵庫県と、岡山県、鳥取県にまたがる氷ノ山後山那岐山の国定公園の区域に指定されているちくさ高原に位置し、敷地面積20万平米の広大な敷地の中にあります。

 途中からは、すかっとした青空が広がる中を期待こめて,
駐車場は、無料(1,500台)止められます。
【開園期間】2013年7月13日(土)~8月25日(日)まで開園予定
【営業時間】9:00~17:00 (リフト上り最終 16:30)
【入園料】大人/1,000円 こども/500円
      [団体割引 ※20名様以上] 大人/800円 こども/400円)
【リフト料金(上り専用)】大人/500円 こども/300円
               ※天候などの状況により運休する場合がございます。
               ※3歳以下無料(保護者同伴でご利用いただけます)

 オフシーズンの夏のにぎわい作りにと、ちくさ高原スキー場(宍粟市千種町西河内)が今月、「ゆり園」をオープンしました。上りのリフトからは眼下に広がるユリの花々を一望できます。標高1000メートル、広さ20ヘクタールのゲレンデに約50種類が植えられている。ユリは今が見頃で、咲き誇る赤や黄色などの花の数は150万を数えるという。下りはゲレンデ内を散策しながら楽しむこともできます。

 整備した。約20万平方メートルのゲレンデを利用し、白やピンク、オレンジなど色とりどりのユリを植えられ、斜面には遊歩道を設けられています。リフトに乗ると、ふもとまで広がる花のじゅうたんを一望でき素晴らしいでしょうね、これからリフトに乗り標高1060mまで行ってきます。所要時間 約8分です。.

 リフトで上り詰めると、そこには色とりどりのユリの花が、ここは標高1060mです。

 リフトから眺める景色もいいものですが、リフトから降りてゲレンデを歩きながら見るユリもいいですね。

 ゲレンデに整備された遊歩道を下山しながら約50種類のユリを鑑賞することができます。遊歩道の途中には「撮影スポット」や「休憩所」が設けられていますので、艶やかなユリを満喫して見ることができます。

 ゲレンデが色鮮やかなユリで埋め尽くされる中、白いユリが“夏の装い”をまとったようで、清潔感ある白い「ジュウタン」ようですね。

 ちくさ高原ゆり園の遊歩道を歩いてみると、ユリの開花状況は現在は見ごろに近づいているようです。

 広さ20ヘクタールのゲレンデに約50種類が植えられている。ユリは今が見頃で、咲き誇る赤や黄色などの花の数は150万を数えるという。下りはゲレンデ内を散策しながら楽しむこともできます。

 、標高1,060メートルの爽やかな高原で約150万輪のユリを鑑賞することができる施設です。園内では560メートルのペアリフトで空中散歩をお楽しみいただき、ゲレンデに整備された遊歩道を下山しながら約50種類のユリを鑑賞することができます。

 ゲレンデに沿ってユリの花が、五色のストラップを描くように植えられ素晴らしいですね。

 あちこちのスキー場で 夏場にゆりを咲かせるようになりましたが、他のユリ園に、ひけをとらない見事さでした。ゲレンデのコースに沿って咲いたユリは ゾーンによって色分けされて、 このように混在するところや 白、黄、ピンク、オレンジ、赤のエリアが楽しめます。市街地より気温も低く爽やかな気持ちで見るころが出来ました。
次回をお楽しみに  では またね 
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出石町・白糸の滝  2013.07.19

2013年07月22日 14時56分07秒 | 滝・渓谷・山


   所在地  白糸の滝    兵庫県豊岡市出石町袴狭

 皿そばで有名な出石の兵庫県出石町の北部にある白糸の滝は、円山川水系出石川に注ぐ袴狭川の上流にある落差30mの滝で、出石町市街地から少し外れた袴狭集落の突き当たりの獣防止扉を開けて、車で5分ほど進むと広場があります。駐車スペースは充分で、そよ風が吹き木蔭は涼しいところです。

 白糸の滝へは車を止めた広場より、約300mほど整備された道を歩くと途中には、一ノ滝、二ノ滝、三ノ滝という落差5mにも満たない小さな滝があります。

 少し歩くと一ノ滝です。

 これが二ノ滝です。

 そこから少し上っていくと三ノ滝です。

 さらに進むと東屋があり、その向こうに白糸の滝が見えてきました。

 最上流にある白糸の滝は上下2段に分かれる滝で、上部の滝の滝壺まで上ることができるようです。この滝は、白糸を流したように見えることから、その名が付けられ、ひょうご森林浴五十選に指定されているんですよ。

 「袴狭の松茸と白糸の滝にまつわる昔話があります。」
白糸の滝の名付け親で、滝を大事にしていた「たきじいさん」がいました。ある日、出石の殿様が「日本一のマツタケを見つけられなかったら、村の山を取り上げる」とのお触れをだし、村人とともに「たきじいさん」も松茸を探したが見つかりませんでした。「たきじいさん」が白糸の滝の前で休んでいると滝の方から「松茸山に登ってみんせえ」と声が聞こえ、不思議に思いながらも松茸山を登ると10cmほどの松茸が歩いてきました。

 「たきじいさん」が事情を話すと松茸は「明日までに倍になるから待っとくれ」と言いました。次の日、松茸は2倍の大きさになっており、さらに「日本一の松茸になるから9日ほど待っとくれ」と言いました。9日目、人間よりも大きな松茸が現れ、松茸は「たきじいさん」をかさの上に乗せお城へ向かいました。殿様は、「あっぱれ」と喜び、村の山は取り上げられずに済みました。殿様は松茸を食べようと包丁を振り下ろすと、松茸から白い粉が吹き出し松茸は小指ほどに小さくなりました。

 この白糸の滝は、落差30mですが、それ以上の迫力がある綺麗な滝ですです。

 毎日暑いですが、白糸の滝に来ると、今の時期、滝の流れに涼しさと時にはセミが鳴く爽やかなリズムカルな水音を聞いていると心も癒されます。
 次回をお楽しみに  では またね











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夏涼しい名草神社  2013.07.19

2013年07月21日 11時36分58秒 | 神社・寺院


  所在地   名草神社    兵庫県養父市八鹿町石原1755―6

 神々がやどると言われる妙見(みようけん)さんに参拝です。途中の但馬妙見日光院から更に山道を進み 名草神社は標高1142mの妙見山の八合目にあたる標高800mの場所に位置しています。参道前には、無料の駐車場に止め行きます。

 参道を上って行くと参道脇に大きな杉がゴツゴツとした根元を剥き出し、樹齢数百年を経た妙見杉。昔はこんな大木が全山に聳えていたのでしょうか?

 大きな石を巻き込んだ杉の大木も見られます。

 展示されている妙見の大スギと根株です。「妙見の大杉」は、かっては国の天然記念物で、幹周/11.1m、樹高/48m、樹齢1500年といわれた但馬を代表する巨樹でした。しかし1991年台風19号の風速40mの猛烈な風により根元から倒壊し、今は残骸を遺すのみです。

 坂を上がりきったところに、出雲大社から譲り受けた三重塔が見えてきました。国指定建造物・三重塔は、標高800m、日本一高いところにある三重塔です。この塔は出雲大社の境内に出雲国主・尼子経久が願主となって大永7年(1527)に建立したものです。妙見社が出雲大社本殿の柱に妙見杉を提供した縁によって、出雲大社から三重塔を譲り受けました。

 この三重塔は、寛文5年(1665)1月に解体が始められて、船で日本海を渡り、名草神社の境内には5月に上がりました。雪に備えた突貫工事によって9月に竣工しました。明治37年に国宝に指定されましたが、昭和25年の現在の文化財保護法によって国指定重要文化財となりました。また、昭和62年には解体修理工事が完成し、丹塗りの鮮やかな姿を見せています。屋根は薄い杉板を何枚も重ね合わせた柿葺の屋根です。高さは24.1mもあり、三層目の軒下には四隅に四匹の猿の彫刻が置かれています。「見ざる、聞かざる、言わざる」という三猿は有名ですが、あと一匹は「思わざる」だと言われています。

 三重塔を後に、境内方面へ進むと、杉の木が立ち並ぶ中に幅の広い石段が100段ほど続き、石段途中には大きな木製鳥居が建っています。階段を上り詰め、境内入口に辿り着くと、そこは広々とした緑の広いところが、

 階段を上った先には、割拝殿があり県指定文化財・割拝殿桁行五間、梁間二間、檜皮葺入母屋造です。棟札に元禄元年(1688)5月から同2年6月にかけて建立されたと伝えている。本殿と庭をへだてて相対し、がけの淵に立っている。柱は円柱で、組物は出組で軒支輪をつけています。中央間馬道の上部には大虹梁をかけ、中備えに蟇股を置いて、組物、木鼻などは古調で見るべきものがあり、保存も完好である。江戸時代中期の代表的な割拝殿として貴重な遺構です。

 名草神社の拝殿は、江戸時代元禄時代に造られた割拝殿。一見すると楼門のようにも見える立派な構えです。その中央が通路になった割拝殿という全国的にも希少な形式のものですね。 

 県指定文化財・本殿は、宝暦4年(1754)造営。正面九間、側面五間、向拝付入母屋造で、屋根は檜皮葺。正面に千鳥破風と軒に唐破風が付いています。平成24年4月に大雪の影響で、本殿と拝殿の屋根の一部が雪の重みで折れる被害が発生した。また、建築から250年以上が経過しているため、基礎が沈んで建物の土台が破損しているというようです。総事業費は、6億円で、26年6月に着工し、30年春に完成予定。国、県、養父市からの財政支援は受けるが、多額の地元負担も必要で、奉賛金を募集しています。

  由緒:社伝等によれば、敏達天皇14年(585)、紀伊国名草郡出身の養父郡司・高野直夫幡彦が当時流行した悪疫に苦しむ民を憐れんで、故郷の祖神を石原山(妙見山)に祀ったのを創祀としています。 式内小社に列し、神仏混淆時代には社名を「妙見社」と改め真言特有の加持祈祷を以て信仰を得て天下の名社となりました。室町時代の守護大名・山名宗全は社領を増やし、又、江戸時代の三代将軍・家光公は朱印領30石の寄進をしています。明治維新後社名を「名草神社」と復称し、大正11年縣社に昇格しました。
向拝の柱には口を押さえた獅子と耳を押さえた木鼻狛犬、その上の軒下には力童子などの彫刻が多い、江戸時代の神仏習合の神社建築です。

 本殿正面柱に取り付けられた龍これも木鼻というのでしょうか?

 本殿をぐるっと一周歩いてみました。

 名草神社の境内には大きな杉の木が沢山あり、これからも妙見の大杉の二代目、三代目が出来るんでしょうね

 名草神社は標高1142mの妙見山の八合目にあたる標高800mの場所に位置する神社の建築物が素晴らしく災害復旧工事が終われば、もう一度来たいです。高山植物が花をさかせる春、涼しい夏、霧の多い秋、3mをこえる冬の雪など、神域の中には清らかな四季があるようです。
 次回をお楽しみに  では またね
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但馬妙見日光院  2013.07.19

2013年07月20日 11時40分33秒 | 神社・寺院


  所在地   但馬妙見日光院    兵庫県養父市八鹿町石原450

 養父市八鹿町の市街地から、「妙見(みょうけん)杉」で有名な妙見山方面へ車を走らせ、小さな集落を抜け、くねくねと曲がる妙見蘇武林道を行く途中の左側に「妙見さん」の愛称で親しまれる日光院の山門が見えて来ました。

 この階段を上ると山門でその奥へと拝殿に通じています。

 本堂前には修行大師像が、四国八十八ヶ所のお砂踏みをして頂ける有難い修行大師様となっています。

 本堂の薬師堂です。妙見さんの本地佛です。宝の道の毘沙門天もこちらにお祀りされています。

 約千四百年前、日光慶重(けいちょう)という道士がこの地を訪れ、妙見信仰の拠点を創建したという。天正年間には羽柴秀吉の山陰攻めの影響を受け、一部を残して焼失。明治維新後の廃仏棄釈では、寺から本尊が追放される事態に。住職らが身を寄せた末寺が現在の日光院で、元の本殿は、妙見山頂に近い今の名草神社だったという。同神社の社殿には、今でも「七曜紋」が残されています。

 当院の鐘楼堂は約三百年前に建立されたと伝えられています。日光院の鐘楼堂は、但馬はもとより、他の地域でもなかなか見る事がない程大きく立派な鐘楼堂です。長年風雨にさらされ傷みも激しく、以前より修復が望まれていましたが、ここ数年の間に傾きもひどくなり、修繕工事を発注致し現在順調に修繕がすすんでおります。

 ここ但馬妙見日光院には、但馬守護の山名持豊(宗全)をはじめ、垣屋・八木・太田垣氏など但馬の有力武将たちの信仰が厚く、数多くの古文書が保管されています。

 向こうに見えるのが本堂で、妙見とは、「妙見大菩薩」の事です。妙見大菩薩とは真言密教の仏様であり北斗七星を象徴とした天空の中心をつかさどる仏様の「妙見さん」として古くから信仰されてきました。そして、我が国においては「妙見大菩薩の信仰を妙見信仰」といいます。本尊妙見大菩薩(秘仏)本殿、及び拝殿(妙見宮):やはり真北を向いております。

 これから秋になると境内には、樹齢600年の大銀杏をはじめ、秋の紅葉は実に見事だそうです。もう一度来たいですね。
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ひまわりの丘公園のひまわり  2013.07.19

2013年07月19日 20時24分13秒 | 季節のたより


  所在地   ひまわりの丘公園    兵庫県小野市浄谷町1545―321

 国道175号に隣接し、夏はヒマワリ、春はレンゲ、菜の花、秋にはコスモス等、季節の花々が咲き乱れ、当初は市の花・ヒマワリを始めとする季節の花畑だけの公園であったようですが、大規模に整備され、大型遊戯施設、西洋風庭園、飲食施設(そろばん亭)、商業施設(小野物産館オースト、サンパティオおの)などを併設したことで、集客は飛躍的に向上、新しい市民の憩いの場となっています。

 ひまわりが満開を迎えています!

 ひまわり畑には、臨時に各所にはベンチが置かれ休むことが出来ます。

 近所の方かな? 自転車でひまわりを見にこられていました。

 畑一面が、ひまわりで埋め尽くされ素晴らしい景色です。

 朝日を浴びて伸び伸びと育ち顔より大きなものも

 市民の憩いの場として休日には、多くの家族ずれでにぎわっていますが、今日は、平日の早朝ですので子供の人影がありません。
 次回をお楽しみに  では またね
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森林植物園の紫陽花  2013.07.12

2013年07月12日 20時33分07秒 | 季節のたより


  所在地  神戸市立森林植物園      神戸市北区山田町上谷上1―2

 神戸市立森林植物園は、市街地から至近の六甲山地の一角に、自然を最大限に活用し、生きた植物本来の姿を樹林としてご覧いただける、総面積142.6haの広大な植物園です。また「あじさい園」では、六甲山の幻の花といわれたシチダンカをはじめ、25種350品種、約5万株を収集して植栽し、国内有数のアジサイの名所としてお楽しみいただけます。

 ここ北苗畑にも沢山の紫陽花が咲いています。

 いろんな種類の紫陽花が栽培されています。

 「アナベル」という アメリカ原産の紫陽花かな~

 六甲山でもこの時期になると普通の「ホンアジサイ」は、見頃は終わりかけています。今は、「ガクアジサイ」が見頃に

 アジサイは、品種改良され名前が覚えられませんし見分けが難しいです。

 

 

 

 

 

 

 色々とアジサイを見ていると「長谷池」に来ました。池一面に、キュウリの花に似た鮮やかな黄色の花が池を彩っています。

 このカエルは、「アカガエル」かな?

 こちらは、新緑で美しい「芝生広場」です。

 

 

 

 六甲山系にはたくさんのアジサイが自生しおり、摩耶山もアジサイの名所として知られています。

 アジサイを見ながらの散策もいよいよ終わりに近づいてきました。あじさい坂のヒメアジサイも全体としては十分ご覧いただけますよ
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我が家でメダカの赤ちゃん誕生  2013.07.07

2013年07月07日 13時34分25秒 | 季節のたより

 梅雨もあけたかな? 昨日までの雨で湿度が非常に高いです。不快指数も高いのであせも諾々です。「ホテイアオイ」の水生植物は生き生きとしています。

 春が過ぎ水温も上がると「メダカ」沢山の卵を生み始めています。卵が生まれると親のメダカから離さないとふ化しても稚魚は、食べられますよ。

 卵は水温20℃ぐらいかな~、12日ほどで、メダカの稚魚が卵からふ化してきますよ、こんなに多くのメダカが誕生しました。5mmぼどです。

 稚魚も10mmぐらいになると、親と一緒でも大丈夫です。仲良く泳いでいます。

 雌メダカには、卵をぶら下げて泳いでいます。今年は何匹くらい誕生するかな?このうち何匹越冬するでしょう楽しみです。
次回をお楽しみに  では またね
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神戸・河内国魂神社-海蔵寺  2013.07.02

2013年07月03日 21時38分09秒 | 神社・寺院


  所在地   河内国魂神社    神戸市灘区国玉通3丁目6―5

 阪急電鉄「王子公園駅」から北へ1km、五毛天神バス停の北側に鎮座されています。河内国魂神社を現在の正式名称とし五毛天神を通称とする神社のようです。

 境内の片隅に五毛天満宮の石碑があります。五毛天神としての由緒は菅原道真が大宰府に流される際に、伯父であり天台宗第十三代座主でもあった法性房尊意僧正がこの地まで見送りにやってきて別れを惜しんだという伝承にちなみ村人がこの地に社殿を造営したと伝わっています。

 拝殿
河内国魂神社としての祭神は大貴己命と少彦名命です河内国魂という名前は、ここが大阪の河内地方の豪族であった凡河内氏(おうしこうちうじ)に連なる、凡河内忌寸石麻呂(おうしこうちいみきいわまろ)が摂津国造であったことに由来し、その石麻呂が自らの祖先神である天津彦根命や天御影命を祀ったのが最初であろうと、考えられているからなのですが現在はどちらの神も祀られていません

 河内国魂神社(かわちのくにたまじんじゃ)は、別名の五毛天神の方が親しまれている。菅原道真を祀っており、境内には梅の紋を押した牛の像がある。延喜元年(901)、道真が左遷によって大宰府に向かう途中に立ち寄ったとされています。

 厳島・箕岡神社合祀殿です。

 河内国魂神社の拝殿にお参りです。

 この奥が本殿です。当河内国魂神社の創始は古来伊勢神宮開社の頃(皇紀657年、西暦前三年・約二千年前)であると言伝えられていますが其の正確な年号は詳ではありません。然し旧摂津国莵原郡にあっては、西宮神社、保久良神社と当社の三社が、生田神社、長田神社等と同様、延喜式神祇部に載っており、千数十年前既に由緒ある名社として崇敬されていたことが想像出来ますが、その後の沿革は定かではありません。御祭神の大己貴命(大国主命)は少彦名命と相協力して国土経営に当られ、その功特に著しく、又慈愛の心篤く、福徳円満、縁結びの神として、尚酒造、医薬の祖神として七徳兼備と称えられ広く尊崇されています。

 社域に入って絵馬殿の横手にあるのがこの巨樹の幹ですがこれは五毛天神としての祭神である菅原道真の手植と伝わる松の古木で惜しくも枯れてしまったのですが六方に枝を張り巡らした五毛の六本松として知られていたものだそうで樹齢も千年を越えていたそうです。

 隣接する海蔵寺は、河内国魂神社の神宮寺であったが明治新政府の神仏分離令により独立したものである。境界は塀で仕切られている

 延喜元年(901年)、法性房尊意の開基と伝えられています。その後の沿革はわかりませんが、河内国魂神社の神宮寺として知られています。幕末の摂海防備の時、長州の毛利藩が武庫川から須磨までの警備に当たるため、所々に陣屋(駐屯所)を置きましたが、海蔵寺もそのひとつです。明治維新になって、神仏分離のため、神宮寺は海蔵寺として独立しました。明治12年頃には五毛梅林として梅の名所となっていましたが、今では名だけとなっています。
 次回をお楽しみに  では またね
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サン・プリンセスが神戸港へ入港  3013.07.02

2013年07月02日 20時00分47秒 | 船舶・鉄道・その他の撮影地


  所在地  神戸ポートターミナルホール   神戸市中央区新港町

 今日は山歩き、摩耶山の展望台から神戸港を望むと神戸ポートターミナルに大きなクルーズ船が早速帰りに港へ行くと、サン・プリンセスが接岸していました。
 この船、サン・プリンセスは、プリンセス・クルーズが運航する、中型のプレミアムタイプの客船。2013年から日本発着クルーズを実施しています。
      総トン数  77.441トンで 全長261m
サン・プリンセスは1995年就航。4層吹き抜けの海が見えるアトリウム・ロビーを持つ中型船。スパ、フィットネスセンターはもちろん、シアターやショーラウンジなど、大型船に近い設備が整っています。

 ポートアイランドの北公園では、長閑な天気の中、今日、AM7:00に入港したサン・プリンセスを水彩画で描いていました。

 その側では、何が釣れるのか竿を下ろしていました。ほかの人は、「蛸」が釣られていました。

 タッグボートのクッション用のタイヤ越しに神戸大橋が見えます。

 サン・プリンセスの出港は、7月4日(木)AM4:20の予定で乗客は、神戸の市街地に買物や大阪・京都・奈良へ観光と買物に出かけるのか、多くのバスが止まっています。

 それにしても大きな船で、米国の船会社ならではの明るさと、日本のお客様のためのきめ細やかなサービスが融和した「サン・プリンセス」で、「日本の美」を再発見するクルーズをお届けするようです。

 日本発着クルーズでは、日本語スタッフを50名以上乗船させるなど、日本語対応は外国船とは思えないほどの充実ぶりだそうですが、一度は乗船してみたいですね夢物語です。

 サン・プリンセスの後ろへ神戸港には多くの大型クルーズ船が入りますが、船の後ろは船々によって特徴がありますね。大きな船が入港したら また 来たいですね。
次回をお楽しみに  では またね
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