hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

神戸南京町の街歩き  2013.04.28

2013年04月30日 08時45分41秒 | 美味しい食物・食事処

   所在地   神戸南京町     神戸市中央区元町通1丁目3

 神戸南京町は、横浜中華街、長崎新地中華街とともに日本三大チャイナタウンの一つに数えられ、東西約200m、南北110mの範囲に100あまりの店舗が軒を連ねる。店頭の路上で点心、スイーツ、食材、記念品などを売る店も多く、休日は地元の買い物客や観光客で賑わっています

 南京町の中央通りは、十字路になっていて南京町の中心となる広場「南京町広場」には「あずまや」があり、春節祭、中秋節のイベントはここで行われます。今日が、連休の始まりで多くの人が

 南京町広場には、13体ある石像ですが、十二支+パンダです。

 広場にある小財神像の「財財(サイサイ)」ちゃんと、「来来(ライライ)」ちゃんに触ると、幸せになれると言われています。

 南京町の誕生は、1867年の神戸港開港まで遡ると言われています。当時、神戸にやって来た華僑の多くが元町の南エリアに住居を構え、付近に料理屋や洋服屋、豚肉屋、漢方薬店など様々な商店を開店させたのが南京町の発祥とされています。

 ここ神戸を代表する中華のグルメスポット&ショッピングスポットです。古くから神戸の人々に愛され親しまれてきた中華街をぜひ楽しんでください。

 神戸の中華街は、なんといっても食べ歩きが1番楽しいですね、餃子やシュウマイを店先で売ってる店が沢山あり、どこの店が美味しいか迷います。裏路地にも沢山の店が

 南京町に食べ歩きしようということで、他府県から南京街に来た人が多く立ち食いをしている人を見かけます。とりあえず何処かに入って腹ごしらえを~

 南京町の東には「長安門」があり、正面には大丸神戸店があります。西には「西安門」、南には「南楼門」という門があり、北は元町商店街につながっています。長安門(楼門)は、日中両国の平和と友好を願って、中国政府が海外に輸出することを許可した第一号の“漢白玉楼門”です。北京の少し南に位置する河北省石家荘に産出する大理石を“漢白玉”と呼びます。楼門の柱型には、この大理石を用いて、無数の龍と雲の彫刻が施されております。
 次回をお楽しみに  では またね












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中突堤からモザイクのアンパンマン  2013.04.28

2013年04月29日 16時42分03秒 | 公園・名所・名勝


  所在地  中突堤   神戸市中央区波止場町7-1

 ポートターミナルから西へ倉庫街を通り抜け京橋南詰付近からポートタワー方面を望みます。

 阪神高速をくぐり題管区海上保安本部の脇を通ると神戸のメリケンパーク入り口近くにあるメリケン地蔵。2体のお地蔵様が背中合わせに祀られています。お一人は街に、もうお一人は海に向かって、でも今では無粋な防潮壁が出来てしまったので、お地蔵様から海・船は見えなくなっていますが、海の安全を見守っているのでしょう。

 中突堤方面へ向かうと、メリケンパークの北側には1987年(昭和62年)に著名建築家フランク・ゲーリー作の「フィッシュ・ダンス」という開港120周年を記念するオブジェが設けられています。

 神戸海洋博物館は、1987年神戸開港120年を記念して近代神戸港発祥の地メリケンパークに海・船・港の総合博物館として開館しました。帆船の帆と波をイメージした白いスペースフレームの屋根をもったユニークな建物は、神戸港のシンボルとして多くの皆様に親しまれています

 長い列が続いています。2013/3/9から神戸メリケンパークにて『World Circus Festival in 神戸』が開催されます。主催は神戸新聞で5/12までの約2ヶ月間、神戸はピンクの大テントで盛り上がります。世界中から集まったトップアーティストのハイレベルの響宴は見応え十分です。入場料も前売り\2500と良心的な価格帯ですので是非ご家族で遊びにいってみてください

 少し歩くと、海洋博物館の屋外展示に超電導電磁推進船「ヤマト1」なども見ることがで、中突堤もまじか、

 向こうには、「コンチェルト」が、通常はレストラン船として運用されており、神戸ハーバーランドの高浜旅客ターミナル(神戸港高浜岸壁)から出航したあと、主に同港周辺を周遊するコースをとり また、通常航海のほか、さまざまな企画プランや船上ウェディングなども実施しています。

 この、「ロイヤルプリンセス」 は神戸港中突堤中央ターミナルを発着する遊覧船(軽食レストラン船)。神戸ベイクルーズが運航しています。

 ここ、かもめりあ神戸中突堤中央ターミナルは1998年に竣工され、高速船・遊覧船の客船ターミナルとして利用されています。

 神戸シーバス ファンタジー号は、神戸港をクルージングする遊覧船です。神戸港の造船所や神戸空港、明石海峡大橋等が一望でき、六甲山系や神戸の町並みは180度のパノラマで楽しめます。また、空港連絡橋をくぐるのはファンタジー号だけで多くの遊覧船が就航しています。

 そうこうしていると、「モザイク」に来ました。これから、シーサイド 2Fウッドデッキへ

 ゴールデンウィーク日本一周 横浜・神戸・鹿児島へ 神戸には4月28日AM10:00入港です。

 今年4月に開園しました、アンパンマンミュージアムにある。観覧車はモザイクガーデンの三菱倉庫の所有で今後も使用され人気の乗り物です。

 シーサイド 2Fウッドデッキからアンパンマンミュージアムの建物を見ると入館前ですので沢山の人が並んでいます。料金は、1歳以上¥1500

 にっぽん丸が近づいて来ました。

 シーサイド 2Fウッドデッキには、モザイク アートギャラリーで裸の人がちょっとびっくりしました。

 ますますアンパンマンミュージアムにが行列が長くなってきました。

 ショッピングモールエリア(無料)の店にも長い列が店をちょつと窓越しに覗いてみると可愛いパンが並んでいます。お値段はと言うと一律 300円とパンの価格としてはかなり高級な部類ですね

 子供、孫たちと来ると、喜ばれますが少しお金がかかりそうです。

 今年2013年春に「神戸ハーバーランド」の商業施設名が「umie(ウミエ)」と変更し、リニューアルオープンとなりました。そこで、ゴールデンウィークに「German Beer Festival 2013 in umie MOSAIC」と銘打ち開催いたします。会場では日本では味わえないドイツビールやソーセージをご用意していますので十分に堪能ください。さらに、ステージではこれまたビールにぴったりのドイツ民俗音楽の演奏がありますのでこちらもお楽しみください!春の気持ちいい海風にあたりながら飲むドイツビールはサイコー!!飲んで歌って踊って楽しむ11日間を

 澄み切った青空に、映えるポートタワーが

 やっと中突堤に「にっぽん丸」接岸します。この船は、全長:74m/ 全幅:13m/ 総トン数:2,138トン/ 航海速力:12ノット/ 旅客定員:604名の船です。

 ポートタワーの上に「こいのぼり」が爽やかな空を泳いでいます。

 連休が始まり、多くの人が行楽日和誘われて他府県ナンバーの車が、天気のいい日が続けばいいのにね~
 次回をお楽しみに  では またね



















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セレブリティ・ミレニアムが神戸港に初入港  2013.04.28

2013年04月28日 15時45分20秒 | 船舶・鉄道・その他の撮影地


 所在地   ポートターミナル    神戸市中央区新港町

 セレブリティ・ミレニアムがインターネットで調べると入港が4月28日 AM10:00からAM8:00に2時間も早くなっていました。あわてて交通機関を乗り継いで、やっとポートターミナルにAM7:00に到着です。

 今日は、海は風もなく凪いでいますが、ちょっと朝靄がかかっているようでいい写真が撮れるかな?

 ポートターミナル・デッキには、少しずつ人が多くなってきました。

 セレブリティ・ミレニアムがポートアイランドの向こう側に姿を現してきました。(AM7:36)

 目の前に大きな船体が 総トン数 90.228トン  全長 294m

 神戸市消防艇による歓迎放水でセレブリティ・ミレニアムを歓迎です。

 真っすぐポートターミナルに向かってくるようです。

 港内で少し左へ舵を切りました。このセレブリティ・ミレニアムは、韓国の済州島に寄港した後、4月28日に神戸、4月30日に横浜へ入港し、いずれも1泊停泊します。その後はロシア、カムチャツカ半島のペトロパブロフスク・カムチャツキーを訪れ、太平洋を横断してアラスカのスワードに向かいます。

 セレブリティクルーズはプレミアムクルーズとして格調と気品ある雰囲気を守りながら、リラックスした空気が漂う上質なクルーズを目指しています。 ”星座”という名の美しい客船です。

 新港第4突堤にあるポートターミナルは、世界各国や日本中から訪れる大型クルーズ客船、日中定期国際フェリー等が利用しているターミナルです。水深12mの岸壁を含め計6バースを備え、 安全かつ快適に乗り降りできるようターミナルと客船を結ぶボーディングブリッジも3基保有し、 あらゆる客船に対応できるようになっています。

  神戸市消防音楽隊による歓迎演奏です。

 下船するため移動式タラップが、セレブリティ・ミレニアムに設置です。

 マンションのような客室が、そこには大きな救命ボートが沢山備えています。

 中ほどには大型のエレベーターが備えられています。乗客もこちらが手を振ると応えて手を振ってくれます。

 ポートタミナールレディも参加です。

 セレブリティ・ミレニアムもほとんど接岸です。

 ポートタミナールレディのお嬢さんもメインの仕事は終わったかな?

 セレブリティ・ミレニアムの後ろの方に行ってみました。「Celebrity X Cruises」があります。

 上段のデッキから手を振ってこちらを見ています。

 ぼちぼち下船の準備もできたかな? 多くの乗船客やクルーが神戸を訪れることから、神戸ポートターミナルでは、臨時観光案内所や両替所のほか、地元物産品等を販売する物販コーナーを設けてお迎えいたします。また、個人観光客やクルーに市街地での観光・ショッピングに楽しんでいただくため、元町とポートターミナルを結ぶ無料シャトルバスを運行します。

 セレブリティクルーズはプレミアムクルーズとして格調と気品ある雰囲気を守りながら、リラックスした空気が漂う上質なクルーズでした。この船は、常に人気投票で上位にランキングされています。ポートターミナルを後にしました。
 次回をお楽しみに  では またね















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寺内町・旧杉山家住宅  2013.04.23

2013年04月26日 11時34分33秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地  旧杉山家住宅      大阪府富田林市富田林町14-31

 「寺内町センター」の前にある、杉山家は富田林寺内町の創設にかかわった旧家の一つであり、江戸時代は造り酒屋として栄えました。現存する家屋は寺内町で最も古く、江戸時代中期の大規模商家の遺構として、国の重要文化財に指定されています。
石上露子は本名杉山孝。明治15年(1882年)、南河内一の大地主・杉山家の長女として生まれました。幼時から古典や漢籍、琴などに親しみ、二十歳頃から『明星』などに短歌,詩、小説などを発表しました。「雅号は夕ちどり」です。
入館料  ¥400

 重厚な構えの玄関を入るとまず目に付くのが黒漆喰の大きな竈(かまど)です。屋根の上には竈(かまど)の煙を出すため越し屋根(煙だし小屋根)が設けられています。

 格子の間です。正面の墨蹟(額)は山岡鉄舟筆で右から「生前富貴学頭露身後風流怕上花」明治時代に山岡鉄舟が杉山家を訪ねて、「杉山家の為(左端)」に書き残した作品です。

 ここは、仏間です。仏間に掲げられた扁額で、いかにも一向門徒らしい巨大な仏壇で仏間の板戸の絵も渋いですね。

 旧杉山家の内側から見た防犯のため塀に造られた、忍び返しです。

 「大床の間」の 襖絵は、千鳥が舞う様子を描いた襖絵で石上露子のもうひとつのペンネーム「夕千鳥」の名前は、この絵の題材に由来しているとも言われています。

 仏間に続く大床の間で障壁画「老松図」は、文化文政期(1804-1829)に狩野杏山守明によって描かれたようです。大床の間 (能舞台を模して造られた)柱は細くなり京風の優雅な建築様式を見せており、二間幅の大床の床板は欅の一枚板を2枚並べています。

 庭園は、外部空間の仕切りで、または目隠しとして設ける垣。竹、萩、黒文字などを用いて造られています。

 ここは、旧杉山家の厠(かわや)です。数寄屋風便所の入り口で、木製便器が使用され竹のスノコが渋く徹底した数寄屋風ですが、残念ながら現在は使用禁止です。

 枯山水形式の庭園で庭越しに見える奥の建物は酒造業で栄えた酒蔵です。

 回遊式庭園を望みながら歩くことは心が癒されることでしょう。

 この座敷にも狩野杏山守明筆の山水画が「床刺し」の珍しい天井(天板が床の間に直角に向いている(天板が床の間に直角に向いている)です。

 この部屋には、タンスが2棹(さお)置かれています。

 旧杉山家住宅に伝わる直径90センチの大きな太鼓があります。

 狭い階段を2階にあがると、襖が外され、赤い絨毯(じゅうたん)を敷いた大きな部屋になっていて、杉山家に関する展示品が多数並んでいます。

 2階から覗いたモダンな螺旋階段で明治時代にこの家に生まれた明星派女流歌人 石上露子が改築して設けたようです。

 石上露子が好んだ茶室で、京都の閑休庵(武者小路流)を模したと言われます。

 蔵の内部には、石上露子の手紙や生活様式などが資料として公開されています。

 蔵の内部に展示されいる籠が、だれが乗っていたのでしょうか。

 明治の末に活躍した「明星」派の歌人、石上露子(いそのかみつゆこ、本名は杉山タカ)はこの杉山家の出身です。旧家らしく伝統的なたしなみを身につけるとともにミッションスクールに学ぶなど新しい文化や思想にも影響を受けた彼女は、つぎつぎと短歌や詩を発表し文壇に注目されましたが、26歳で家の後継の道を選択ししばらく執筆活動を中断。このころの作品「小板橋」は、当時の文学青年や詩人に広く愛読されました子育てが一段落したころから再び作品を発表しましたが、やがて大戦に突入。また夫や長男の死など波乱のなか、昭和34年享年77歳で生涯を閉じました。富田林寺内町は、多くの歴史を持つ建屋あり感激しました。
 次回をお楽しみに  では またね












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寺内町・興正寺別院  2013.04.23

2013年04月25日 20時12分14秒 | 神社・寺院


  所在地  興正寺別院    大阪府富田林市富田林町13-18

 富田林のほぼ中央にある興正寺別院は、寺内町の開祖である証秀上人がひらいた真宗の寺院で、表門は伏見城の城門の一部を安政年間(1854~59年)に移築したものである。その向かいにある妙慶寺とともに、町並みのポイントとなっていいます。表門の脇にある小さな入口を覗くと寺の人が、頼んで拝観させてもらいました。

 京都興正寺の別院として1558(永禄元)年に証秀上人が開基しました。寺の表門は伏見城の城門を移築しています。前の道は「城之門筋」と呼ばれ、日本の道100選に選ばれています。富田林村「村方様子明細帳」によると、興正寺院本堂は寛永15(1638)年に再建されたもので、その後元禄5(1692)年に大井屋八兵衛らの寄進によって、内陣の欄間彫刻や仏壇まわりが改造されました。

 本堂の中に入らせてもらいます。この中には富田林・寺内町の寺院や町家には江戸時代の絵画や書も多く残されています。寺内町の成立・発展の中心となった興正寺別院の本堂 (外陣)には、江戸時代の狩野派画家・狩野寿石秀信筆の襖絵  (障壁画)である、「松図と「竹梅図」)がそれぞれ残されています。

 これが狩野寿石秀信筆の襖絵 「竹梅図」で、興正寺別院本堂の外陣を飾る「松図」「梅竹図」は、桃山時代の古風さを残す江戸時代前期の狩野派を代表する作品といわれ、寿石秀信が描いた各所の障壁画が消失した今、大画面で残る数少ない作品の一つとして、その価値は計り知れないものがあります。

 興正寺別院本堂の正面欄間には、中国故事「二十四孝」に由来する7話を題材にした欄間彫刻が施されています。

 これは襖絵の「松図」で、狩野寿石秀信は幕府御用絵師として、御所、東福門院御所、東宮御所、仙洞御所、江戸城、大坂城、二条城等の公の画業に携わり、華々しく活躍しました。興正寺別院の襖絵の制作年代は、興正寺別院が永禄4年 (1561年)に建立された後、寛永15年 (1638年)に再興されましたが、内陣の欄間彫刻や仏壇まわりが元禄5年 (1692年)に改造されているので、この頃の制作かと思われます。「忠臣蔵」でおなじみの元禄14年 (1701年)、浅野内匠頭が吉良上野介に切りつけた場所が、俗称江戸城本丸”刃傷松の廊下”で、この廊下の”松”を描いたのが寿石秀信でした。

 本堂 (外陣・内陣)は、富田林道場として建立され、外陣が内陣に比して大きく、
① 本尊阿弥陀如来立像 (伝鎌倉末)② 親鸞聖人像③ 開山聖人像④ 華園摂信(本寂上人)像をそれぞれ安置されています。

 鐘楼:釣鐘は春季祭(証秀上人・開基祭)と秋季祭(親鸞上人・報恩講)、除夜の鐘で鳴らされています。

 境内の建物の屋根を突き抜けて大きな木が立っています。建物が始めか、木が始めに植わっていたのか? どちらでしょうね。

 山門は、重文級、城門であった為、通常の寺院山門に比べて建物規模が大きいのが特徴で、馬に跨って通行できる高さを確保したものと言われています。その脇に大きな「モミジ」の木がこれが秋になると紅葉すると綺麗でしょうね。また、訪れたいところです。
 次回をお楽しみに  では またね














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寺内町・八町茶屋  2013.04.23

2013年04月24日 20時21分56秒 | 美味しい食物・食事処


  所在地   八町茶屋     大阪府富田林市富田林町10-12

 昔ながらの町並みを楽しみながら歩いていると、先ほど「富田林観光案内所」に立ち寄り聞いた、お蕎麦屋さんが「じないまち交流館」の前にありました。そこに「八町茶屋」のご主人が

 店内から眺める中庭もいい感じで、落着いた雰囲気で絵皿が多く飾られています。メニューは蕎麦のみのようです。

 店の中には「赤ねこ餅」の行燈のようなものが、また 年代物のタンスに水屋がありタイムスリップしたような

 注文をしたのは、「ざるそば(赤ねこ付)」¥900です。蕎麦は国産のそば粉のみを使用した二、八の割合の蕎麦のようです。喉腰が良く少し細めの感じで美味しいです。

 「赤ねこ餅」は、なんでも河内名物らしく、餅米や小麦を丁寧にひいて「きな粉」をまぶしたお餅で、赤ねこが横たわっている様子に見えることから、こう名付けられたようですよ。寺内町に行くと一度「八町茶屋」に寄られてはいかがですか。
 次回をお楽しみに では またね
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富田林・じないまち散歩  2013.04.23

2013年04月23日 21時12分40秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地  寺内町(じないまち)散歩    大阪府富田林本町19-10

 大阪中心部から近鉄長野線富田林駅に降り立ち、中世から続く寺内町の歴史ある町をタウンウォーキングを楽しみに

 まずは、駅前にある、「富田林観光案内所」に立ち寄り資料と昼の時間が近づいてきましたので美味しい店を紹介してもらい、早速、寺内町(じないまち)散歩です。

 寺内町(じないまち)とは、室町時代に浄土真宗などの仏教寺院、道場(御坊)を中心に形成された自治集落のこと。濠や土塁で囲まれるなど防御的性格を持ち、信者、商工業者などが集住しました。

 市場筋(本町通)を歩くと、整備された綺麗な「本町公園」が、そこには「石上露子歌碑」と「織田作之助記念碑」があり周辺には綺麗な花が咲いています。

 公園には、「ハナミズキ」の花だ咲き、付近の花壇にはサクラソウ・ホピ―・パンジーなど多くの花が目を楽しませてくれます。

 牡丹が綺麗に咲いています。

 整備された公園の花壇の中に咲く花々の中でも牡丹が冴えますね。

 江戸時代に幕府の直轄地となった富田林寺内町は「在郷町」として大きく発展します。このころから富田林周辺では米作に加えて、綿や菜種の栽培が盛んになり、これら農作物を扱う商人が現れます。富田林の商人たちは、東高野街道や石川を使って商品の物流に大きく関わることになります。

 富田林・寺内町は、時代劇セットさながらに江戸時代以降の町家 (まちや)約40軒が、昔の姿そのままに残されており、時代をタイムスリップした感じがします。 寺内町一帯は、国から重要伝統的建造物群保存地区にも指定されています。

 寺内町の町並みを歩いていると、屋根の雨どい(トユ)に鯉があります。鯉がついている「雨どい」なんかもあったりして、なかなかに目を楽しませてくれます。雨の水が流れ鯉にあたり滴が跳ね上がると泳いでるように、いきな計らいです。

 平成18年4月1日に開館しました「じないまち交流館」は、富田林市の寺内町を訪れる方々に寺内町の歴史・文化についてさまざまな情報の提供や市民の交流の場、そして来訪者の休憩所を提供することなどを目的としてあります。前には町並み景観に調和した八町茶屋

 屋敷の塀や門の上に、木、鉄棒、竹など先の尖ったものを並べて泥棒の侵入を防ぐ仕掛けの「忍び返し」が解かされています。

 屋根の上には、かまどの煙を出すために付けられた、「越し屋根」が見うけられます。

 「奥谷家住宅」は代々屋号を岩瀬屋と称し 大阪府河内長野市岩瀬から18世紀頃、この地に移住したと伝えられる。家業は材木商を営み、天保14年 (1843年)の村方様子明細帳には3代目「伊右衛門」の名が見られ、村役を務めていたと考えられる。また当家には3代目夫婦の肖像が残っており、大変貴重なものです。

 「南奥谷家住宅」は北側に面する奥谷家(岩瀬屋)の分家で、本家6代目の時にこの家を興した。分家の年代は明らかではないが明治時代の前半と推定される。味醂醸造業を営んでいました。

 現在も約40軒の江戸時代以降の商家や民家が残り、大阪府唯一の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。土蔵の白壁と本瓦、格子戸に虫籠窓の町並みが美しい富田林寺内町をぜひ一度お訪ねくださいね。

 木土門ように格子戸の奥には、長屋がこのような風景は珍しいですね。

 「田守家住宅」は屋号を「黒山屋」と称し、寛永年間にその祖先が 大阪府南河内郡美原町黒山からこの地に移住してきたことからこの名をとった。 明治中期頃まで代々木綿商を営んでいました。 

 「杉田家住宅」は代々「樽屋善兵衛」と称し、もとは油屋を営んでいた。善兵衛の名は天保14年(1843年)の村方様子明細帳に百姓代として載っている。住宅の建築年代は不明だが、18世紀後期と考えられる古い建築。 また、母屋の西方や西北方には土蔵が所狭しと並んでいるが、その多くは油蔵であったと考えられます。今は、「杉田医院」のようです。

 「興正寺別院」寺内町の中核寺院で重厚な門は伏見城の門のひとつを移築したものです。

 何処の道を覗いても古い町並みの家があります。

 「木口家住宅」は、古い町絵図によると、この辺りは宝暦3年(1753年)から安永7年(1777年)の間に区画ができたと思われる。当家の母屋の遺構は古風な面が多く18世紀中期の築造と推定される。敷地内には江戸末期の土蔵2棟と明治の離れ座敷と蔵が残っており、かつての繁栄が偲ばれる。当家は屋号を木綿屋といいはじめは木綿商を営んでいたといわれるが、四代前より瀬戸物商に転じています。

 富田林寺内町は、戦国時代末期の永禄3年(1560年)、西本願寺派興正寺第14世・証秀が、石川西側の河岸段丘の荒芝地を百貫文で購入し、周辺4ヶ村(中野・新堂・毛人谷(えびたに)・山中田)の「八人衆」の協力で、芝地の開発、御堂(興正寺別院)の建立、畑・屋敷・町割等を行い、富田林と改めたことに始まるといわれています。

 旧杉山家住宅は、江戸時代中期17世紀中頃の建造である。富田林寺内町の中でももっとも古い建築物とされていて、また現存する町家の中でも最古と考えられている。1983年に国の重要文化財に指定され一般公開しています。   入場料 大人400円、15歳以下200円。

 国から重要伝統的建造物群保存地区に選定されている富田林・寺内町(じないまち)の商家は、江戸時代中期から幕末・明治・大正を経て昭和初期にかけて建築されたものです。通風と明かりとりのために設けられた「虫籠 (むしこ)窓」の形状は建築時期によって異なる為、建築様式の変遷を知る目印として大変興味深いものです。

 家の前に、鉄瓶のようなものが、吊り下げられています。何だろうね?大阪府富田林市の旧市街に残る、美しい江戸時代の商家の町並み・寺内町(じないまち)を歩き楽しかったですね。これから近鉄長野線富田林駅へ

 駅前には、変わった建物が三角形の先が細い建物が内部はどのようになっているのか興味深いね~近鉄長野線富田林駅で近鉄に乗車して帰路に
次回をお楽しみに  では またね






















































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加西フラワーセンターのチューリップが見ごろ 2013.04.17

2013年04月19日 09時26分05秒 | 季節のたより


 所在地   加西フラワーセンター     兵庫県加西市豊倉町1282-1

 今日は、久々に「加西フラワーセンター」へ、当施設は、花に関する知識の普及及び、栽培技術の向上と憩いの場を提供する公園機能を兼ね備え、あわせて潤いのある郷土づくりと花と緑を普及する拠点施設と位置づけ、「緑の回廊構想」の一環として中国縦貫自動車道の開通を気に開園しました。

 正門入口を入ると中央花壇その向こうには、大温室があります。園内には、食虫植物などの珍しい植物も展示されている南国ムードの大温室、中央花壇、花の広場、樹木園、バラ園などがあり、春の桜、チューリップ、花しょうぶ、アジサイから、秋の紅葉まで、四季を通していろいろな花を楽しめます。また、花の少ない冬でも温室内には南国の花が咲き乱れています。

 向こうの方には、水車を囲むように、チューリップなど春を代表する花々が咲き乱れています。

 チューリップの脇には、パンジービオラなどが咲き、ボリューム満点です。

 オランダをイメージして風車がありチューリップが見ごろを迎えています。

 花壇で子供が駈けまわり、その付近では「モンシロチョウ」が飛び交い長閑な風景です。

 「友愛の道」の方へ行くと「狛犬」が2頭と更に進むと また 2頭いましたよ。なんでかな?

 こちらが北口ちょっと雰囲気が違いますね。

 「亀ノ倉池」の向こうには、四季の花壇があり噴水が

 多くの生徒が遠足かな? 春の花の観察してメモを取っています。暖かいので伸び伸びと観察していました。

 春は460品種24万本のチューリップで埋め尽くされ、色とりどり素晴らしく綺麗です。

 見るのが初めてのチューリップなど珍しい品種があり、目を楽しませてくれます。

 珍しい八重のチューリップも多くあります。

 ここには、黒いチューリップが珍しいですね。

 期間を通して、460品種24万本のチューリップが次々と開花します。4月10日頃から20日頃が一番の見ごろになる予想かな~

 「亀ノ倉池」を背景に、紫のチューリップが綺麗ですね。

 こちらには、少女のブロンズ像のような石像があり、その周りにはチューリップをはじめ春に咲く花が
 
 ちょっと離れた所には、滝があり背景には「さくら園」が、今の時期 八重桜が咲き早咲きのツツジも咲いています。

 噴水を囲むようにチューリップにビオラ・パンジーなど色とりどりの咲く花の間を子供たちは駆けまわり大人は写真を撮っています。

 約46haにおよぶ松の自然林をそのままに生かした、全国でも有数の花と緑の植物園です。園内中央には、水鳥が遊ぶ亀の倉池があり、池の北側には、滝や噴水、その奥には飯盛山が広がっています。池を巡る遊歩道を歩けば、季節の花が咲き競う「大花壇」、「大温室」、モミジバフウの並木道「花と彫刻の道」、小鳥のさえずりが聞こえるのどかな「かおりの森」など、約4500種類の花々の中で胸いっぱいに澄んだ空気が味わえます。ぜひ一度加西フラワーセンターに来て見てください。
    入園料金    駐車場は無料
一般(大人) 500円  高校生 250円    中学生以下 無料
※ 20名以上の団体は2割引  /  障害者・65才以上は5割引
(チケット購入の際に証明出来るものをご提示ください)
次回をお楽しみに  では またね











































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やなせ苑八重桜の桜づつみ  2013.04.17

2013年04月18日 17時42分12秒 | 季節のたより


 所在地   やなせ苑        兵庫県小野市黍田町 加古川上流浄化センター 

 「ソメイヨシノ」も終わり八重桜のシーズンです。ここ桜づつみは、加古川上流浄化センターの修景施設として、建設省と兵庫県が工事を行なったもので、浄化センター東側の加古川右岸堤防約850メートルに35種260本の八重桜が植えられております。また、桜づつみの入口には約7,000平方メートルの日本庭園「やなせ苑」があり、浄化センターの処理水を利用した滝や噴水、とんぼ池、芝生広場等が整備され処理水の清らかさと安全性をPRしています。

 桜づつみの一画には「梁瀬苑」と命名された公園が整備されており、公園内には日本庭園や芝生広場も設けられ、周囲にはツツジやサザンカなど、11,000本を植樹しているほか、かつて、仕掛けられていた梁を復元しています。トンボ池も設置され、多くのトンボが生息しています。また、夜間照明や無料駐車場などの設備も充実しており、訪れる人が年々増えています。

 加古川のこのあたりは、往古から明治の終わり頃まで梁(木・竹などを並べた装置)を仕掛けて魚をとっていたため、梁瀬と呼ばれていました。今日は、朝からちょっと曇りがちですが、八重桜は見ごろを迎えつつあります。

 「ソメイヨシノ」と違い八重桜は花に迫力があり豪華です。

 梁瀬苑の八重桜は、平成2年(1990年)頃加古川右岸の堤防に盛り土をして植えたのが始まりのようです。その後、梁瀬苑の西側に兵庫県加古川上流浄化センターが完成しました。

 「加古川桜づつみ・梁瀬苑公園」として整備された八重桜の隠れた名所です。ここの八重桜は、「大阪造幣局」の桜の通り抜けと同じころに「やなせ苑の八重桜」も見ごろを迎えます。

 ここの八重桜は、隠れた名所でもあるのでゆっくりと八重桜を鑑賞することができます。

 加古川右岸には延長850mにわたって35種260本の八重桜が植えられており散歩していても見ごたえがあります。途中にはベンチ・トイレなども完備され落ち着いて散歩することができます。

 今、少しずつ「ツツジ」が開花し始め、八重桜とツツジが咲き、静かな加古川付近は、右岸堤防に延長850mにわたって35種260本の八重桜が植えられ、ゆっくりと桜を見ることができますよ。

 「ソメイヨシノ」を見あきた方は、隠れた名所の「やなせ苑八重桜」を見に来られたらいかがですか。
 次回をお楽しみに  では またね


































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室津の町並み  2013.04.15

2013年04月16日 21時17分23秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地   室津の町並み    兵庫県たつの市御津町室津

 山陽網干から室津までバスで¥450です。石畳の室津n街並みを歩きます。室津は港町として1300年の歴史があります。奈良時代に行基法師により5つの港が整備されました。そのうちの1つが「室(室津)」です。室津は江戸時代に一番の栄華を迎えます。参勤交代で西国からの大名のほとんどが船で室津に到着し、ここから陸路江戸へ向かいました。 室津は海と陸の接点、宿場町として栄えたのです。

 今日は、月曜日ですので「本日休館日」です。「たつの市立室津海駅館」江戸時代のおもかげを残す資料館。二階建ては許されなかった当時としてはめずらしい二階建てで、豪商嶋屋の繁栄ぶりがしのばれます。

 御津町室津は、瀬戸内海の東部に位置し、ふるくから天然の良港として有名でした。「播磨風土記」によると、「風を防ぐこと室のごとし」なので室津と名ずけたとあります。三方をを山で囲まれた港はいまも、当時の面影をしのぶことができます。

 奈良時代の高僧、行基は摂津と播磨の両国のなかで海上交通の良港として五つの港を定めたと言われます。いわゆる摂播五泊です。東より、河尻(尼崎)、大輪田(兵庫)、魚住(明石) 、韓(的形)、室津の五泊です。これ以後、海の駅として室津は栄えます。それにしても多くのカモメが飛んでいます。

 室津 本陣跡は、江戸時代、海の宿駅として栄えた室津には最大時6軒の本陣が有りました。それぞれの本陣は、一津屋、肥前屋、薩摩屋、筑前屋、肥後屋、紀伊国屋と屋号で呼ばれましたが、昭和40年代にこれらの建物は姿を消し、いまは当時の面影をしのぶことはできません

 室津 清十郎生家跡は、西鶴作で有名な「お夏清十郎」の清十郎の生家があったといわれますが、いまはすっかり建てかわり、名残をとどめていません。

 見性寺は、室君(遊女)が建てた5カ精舎の一つ、969年天台宗の開基と言われる。1280年頃臨済宗として時の為政者である公武家の後ろ盾を得て再興された。1336年足利尊氏は九州を制覇して、体制を立て直し、海路を東進してこの寺で京都奪回の策を立てたと言われている。5月25日湊川の合戦にて新田義貞、楠木正成の軍を破りました。1643年の朝鮮通信使の三使の宿泊は見性寺であり、まだ次回の1655年からお茶屋に泊まるようになりました。

 この室津民俗館は、豪商「魚屋」を改修してできた民俗資料館。脇本陣として残った民家には23もの部屋があり、たたみの数は168枚もあります。豪華な館内はかつての繁栄ぶりがうかがえます

 寂静寺は、1575年開基のこの寺には、転法輪と名付けられた経蔵がある。中には阿弥陀如来と三蔵法師が祭られ、たくさんの一切経の本が収められています。

 室津の町並みの中にある、室津診療所。今も現役です。

 少し高台に賀茂神社がありこの階段を上がります。

 立派な表門は四脚門といい龍の彫刻で有名です。両側の上段にある龍は足の部分が馬のひづめなので「馬足の龍」と呼ばれています。

 境内は広く、室津港の南の入口に鎮座するのが賀茂神社です。京都の上加茂神社と同じ祭神(加茂別雷神)が祀られていますが、いつ賀茂神社が室津に置かれたかは不明です。

 室津の賀茂神社は本殿と拝殿が境内を隔てて建っているのが特色、その形態を飛び拝殿といい、めずらしいものです。流造(ながれつくり)、桧皮葺(ひわだぶき)の五つの社殿が並び、本殿の前に唐門を建て、回廊がとりかこんでいます。

 治承4年(1180)、安芸の厳島神社を参詣した高倉上皇の記述をみると、「 やしろ5、6大やかにならぶ 」とあるから、当時からこのような景観であったと考えられれます。

 賀茂神社を少し降りると石灯篭(常夜灯)があります。

 ここから見る、室津沖の海は素晴らしく綺麗です。

 湊口御番所は、室津は姫路藩の飛び地で、昼夜行き交う船の監視の為に番所が置かれ、藩士の住居もありました。江戸参府で室津に滞在したシーボルトが絶賛した播磨灘の風景が美しい

 室津の町並みを歩いていると、「テングサ」が干されていました。懐かしいですね。これを茹でて煮汁をこして冷やすと「トコロテン」になるんですよ。

 「みなと茶屋」では、観光案内ボランティアの詰め所にもなっていて、室津を訪れる方々との交流の場となっています。ボランティアによるアットホームなおもてなしと港が見えるシチュエーションが好評。モーニングサービスは13時まで、ここに入りコーヒーをいただき休憩させていただきました。

 店の中に、「平成播州ことば大番附」なるものがありましたが、私たちは使う言葉もあり耳慣れた言葉が番附にのりバスの時間を待つ間、楽しいひと時を「みなと茶屋」で過ごさせていただきました。
次回をお楽しみに  では またね




















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彦根・玄宮園  2013.04.09

2013年04月13日 17時09分46秒 | 公園・名所・名勝

  所在地    玄宮園     滋賀県彦根市金亀町3

 彦根城西の丸から下って黒門橋を渡り玄宮園の隣にある楽々園へちょっと覗きます。

 「御書院」、「地震の間」、「楽々の間」、「雷の間」、「新東西の間」や「鳰の間」など江戸時代後期の数奇屋建築が現存する。 江戸時代は「槻御殿」あるいは「黒門外御屋敷」と呼ばれており、明治時代以降に「樂々の間」から「楽々園」と呼ばれるようになったとされる。 御書院から望む庭園は玄宮園の池泉を借景とする枯山水です。

 御書院の玄関です。

 御書院の内部。「御次之間」から「上之御間」、「御上段」を見ます。

 楽々園(らくらくえん)は、滋賀県彦根市にある歴史的建造物と庭園および遺構。 かつては、江戸時代初期 (1677年) に彦根藩4代藩主井伊直興によって造営が開始された井伊家の下屋敷であったようです。

 ここから玄宮園入り、玄宮園は、1677年、井伊直興によって造られた、大きな池が特徴的な庭園です。

 (八景亭)彦根城の北東にある、大池泉回遊(だいちせんかいゆう)式の旧大名庭園。彦根城天守閣や茂った木々を背景に、大きな池に突き出すように臨池閣(りんちかく)が立ち、築山には鳳翔台(ほうしょうだい)があります。

 何とも言えない光景ですね。

 池の北側に立つと、水面に映り込むような彦根城があります。

 玄宮園には、たくさんの橋があり、近江八景、竹生島(ちくぶしま)や沖の白石などを模して造られており、情趣のある庭になっています。

 この橋を渡ると、築山には鳳翔台(ほうしょうだい)があります。

 背景の彦根城天守閣を望見することができ、外観は古風でひなびた姿をあらわしているが、内部は見事に優雅な数奇屋風の座敷にしつらえてあります。

 藩主が客人をもてなすために使われた客殿。彦根城に隣接する玄宮園の築山に立つ。現在は茶室として利用され、数寄屋風の座敷では手入れの行き届いた庭園を眺めながら一服できる。抹茶500円(和菓子付き)。彦根城巡りの休憩によいでしょう。

 玄宮園からでると内堀にある屋形船の乗船場があります。

 内堀の桜並木を見ながら帰路に
次回をお楽しみに  では またね 




















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彦根城の桜  2013.04.09

2013年04月12日 21時16分28秒 | 季節のたより


  所在地   彦根城     滋賀県彦根市金亀町1-1

 今回は電車で、JR東海道本線にある彦根駅は、相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を持つ。1番のりばと、2番のりばの間には、ホームのない中線が1本ある。2007年(平成19年)3月19日に新たに東口を開設し、線路をまたぐ東西自由通路も完成した駅です。

 JR彦根駅から彦根城域までは徒歩で約10分で、、駅前からまっすぐ彦根城に続いている「駅前お城通り」を少し歩くことにしました。

 滋賀県護国神社の前にある桜です。

 明治9年に官祭招魂社として創建され、後「護国神社」と改称されました。明治戊辰の役から西南の役、日清・日露・大東亜戦争に至る滋賀県出身の戦没英霊を祭祀し、現在は平和を願う参拝者が数多く訪れています。

 これ八重の白い桜かな?

 「天皇陛下皇后陛下御親拝記念碑」が、昭和50年5月28日天皇・皇后両陛下には、第26回全国植樹祭ご臨席のため、5日間のご日程で滋賀県に行幸啓あらせられ、その間県下各方面をご視察遊ばされましたが、その御みぎり、当神社にご親拝を賜ったのを記念して建立されました。横には花桃かな~

 「いろは松駐車場」の脇には、石灯篭と枝垂れ桜が

 中堀には石垣からはみ出すように桜の花が満開に咲いています。

 二の丸佐和口多聞櫓が奥に臨み、右側には「いろは松」左側には、石垣から満開の桜がこぼれ落ちそうです。

 中堀から天守が少し望めます。これからあそこまで行ってみたいと思いますので

 「井伊大老歌碑」があります。井伊直弼が桜田門外の変で暗殺されてから100年が経過した昭和35年に開催された「大老開国100年祭」に先がけて市内有志29名により建立された。碑文は直弼自筆の和歌を写したものです。

 平日というのに桜のシーズンでもありちょっと人出があるようです。

 中堀から「旧池田屋敷長屋門」方面を望むこちらも桜が満開です。今日は最高の花見ですね

 左方面には、井伊直弼が青春時代を過ごした館(埋木舎)があり、堀に写る桜の花が綺麗です。

 内堀にやってきました。ここえ来ると、桜並木にボンボリが、なんだか花見気分の雰囲気が見えてきました。

 馬屋の前に美しい枝垂れ桜が咲いていました。

 この馬屋は、元禄時代に建てられ、常に十数頭の藩主用の馬がつながれていました。こけら葺きの屋根が美しく、城内に残る馬屋は彦根城だけです。

 彦根城内には、人力車が走っているんですね。

 表門橋を渡って入場します。

 表門橋を渡っていると、遊覧船がもっと情緒のある舟かと思いましたが、あまり彦根城に合わないね

 表門橋の向こうには屋台が数件出ています。

 表参道を上って行きます。

 「廊下橋」は、受付所から表参道を登ってくると見えてきますが、非常時には落とし橋になるとの事です。

 「天秤櫓」は、この廊下橋を中央にして建てられています。その姿が天秤に似ている事から天秤櫓と言われているそうです。櫓の中も自由に見学できます。

 石段を上がって行きます。

 「天秤櫓」の中に入ってみました。案外広い場所が確保されているんですね。

 「天秤櫓」の窓から外を覗いてみました。素晴らしい景色です。

 「蛇の目傘」の左側には「時報鐘」が、城全体に鐘の音が響くように鐘の丸から移されたもので、今でも定時に鐘がつかれているようです。

 やっと本丸の天守閣に、1607年頃に完成した当時の姿が未だに現存している貴重な天守閣と言えます。これが国宝四城のひとつと言われる天守閣です。ここの桜も素晴らしいものです。

 本丸の天守閣の反対側には西の丸にも沢山の桜の木があり見ごろを迎えています。

 彦根城内には、天守のほかにも2棟の3階建物がありますが、西の丸三重櫓は、本丸に隣接する西の丸の西北隅に位置しており、反対側から見るのも美しい姿ですね。

 彦根藩主井伊家の歴史を綴(つづ)った『井伊年譜』を見ると、築城当初、西の丸三重櫓は家老の木俣土佐(きまたとさ)に預けられていました。当時、山崎曲輪に屋敷を与えられていた木俣土佐は、毎月20日ほどこの櫓に出務するのを常としたようです。

 西の丸の広場に枝垂れ桜が見ごろを迎えています。

 西に張り出した出曲輪(でぐわ)との間に設けられた深い堀切(ほりぎり)(尾根を切断して造られた空堀)に面して築かれています。堀切の底から見上げる三重櫓は絶壁のようにそそり立っており、西の搦手(からめて)(裏手)方面からの敵に備えた守りの要かなめでした。
 次回をお楽しみに  では またね


















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今年、2度目の浄土寺の桜を見に   2013.04.05

2013年04月11日 21時30分59秒 | 季節のたより


  所在地   浄土寺     兵庫県小野市浄谷町2094

 浄土寺(じょうどじ)は兵庫県小野市にある高野山真言宗の寺院は、本尊は薬師如来と阿弥陀如来、開山は俊乗坊重源上人で、建久年間(1190年~1198年)の創建で、多数の文化財を所有する古刹として知られ、大仏様(だいぶつよう)建築の浄土堂と仏師快慶の大作「阿弥陀三尊像」は特に著名です。

 3月の末に来た時は、まだ 5~8分咲きぐらいと思いましたが、今日は満開で素晴らしい景色です。

 寺の白壁付近にある桜も満開で私たちを歓迎しているようです。

 石段を上がり境内に入ると天気に恵まれたこともあり、空に映える桜のピンクが綺麗です。

 こちらから見ると本堂を覆うように桜が満開で綺麗ですね。

 向こうには八幡神社が、浄土寺の中央に八幡神社が置かれているのは,いわゆる「本地垂迹説(八幡神の本地を阿弥陀とする説)」によるもので,本来,本堂の置かれる位置に八幡神社を配したものと言われています。本殿は,室町時代中期の代表的な三間社流造りで,拝殿と共に重文に指定されています。

 何時もは、歓喜院に行き鍵を開けてもらいます。堂内には「浄土堂(阿弥陀堂)」の本尊である「木造阿弥陀如来および両脇侍立像(阿弥陀三尊立像)」が雲形の台座に立ち東向きに安置されているようです。

 「この写真は浄土寺のパンフレットより」今から20年ほど前に一度、浄土堂に入り感動しましたが、改めて浄土堂の本尊を拝観させてもらい感動しました。鎌倉時代初頭に建立されたこの浄土堂は、一度も解体修理されることなく昭和32年まで風雪に耐えてきたのです。大仏様をほぼ完全に伝える数少ない建造物で、全国的にも貴重な遺構です。拝観料は ¥500

 平氏の兵火によって焼失した東大寺を再建するため大勧進職となった俊乗房重源は、この大部荘を再開発して東大寺再建の経済的拠点とし、ここに播磨別所を開き一寺を建立しました。これが浄土寺であるようです。

 浄土寺の道を挟んで迎えにある池、そこには満開の桜が、その先には石橋があり長閑な私の好きな風景です。
 次回をお楽しみに  では またね


















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千鳥川桜堤公園の桜  2013.04.05

2013年04月09日 20時44分15秒 | 季節のたより


  所在地  千鳥川桜堤公園   兵庫県加東市木梨・梶尾

 今日は、いい天気、桜が見ごろで桜の名所は何処も多くの人出です。ここ千鳥川桜堤公園は、桜の名所の穴場ですが、駐車場も満車状態です。

 加東市木梨の千鳥川桜堤公園は、1989年に開園した公園で、千鳥川を中心に散策路と桜並木が整備されています。

 紅八重枝垂桜の桜並木は、右岸400メートル、左岸200メートルに京都嵯峨野三代桜守・佐野藤右衛門氏の指導により、紅八重枝垂桜100本が河川沿いに並んでおり、桜の名所として、たくさんの人が訪れます。のどかな田園風景に彩りを添えます。 

 橋の上流でもソメイヨシノが満開の花を咲かせています。

 若い桜の木もありますが 千鳥川の上流に向かって数の多さに圧倒されます。そのソメイヨシノが見事なものです。

 ソメイヨシノは満開になっているのですが、桜見物の人というのは、ほとんどが紅八重枝垂桜付近で、こちらの方は、花見の人は少ないです。

 菜の花畑と桜並木が見ることが出来、素晴らしい景色です。

 あまり長い桜並木ですので、向こうの赤い橋を渡り引返します。

 こちらの方にも菜の花畑と桜並木があります。

 こちらのソメイヨシノは近くで見ると、ほんとに豪華でボリューム感もばっちりで素晴らしい桜です。

 橋の中央付近から見る桜は、両岸に桜並木が続き豪快で素晴らしいものです。
 
 紅八重枝垂桜の花、色、風に揺れる枝を見て歩き、お気に入りの木の下で、枝振りなどを鑑賞しながら食事をとっているのかな? 

 土手から紅八重枝垂桜を見上げて鑑賞するのもいいものです。
次回をお楽しみに  では またね
















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道の駅黒井山グリーンパークと等覚寺の桜 2013.04.01

2013年04月08日 07時52分15秒 | 季節のたより


  所在地  道の駅黒井山グリーンパーク    岡山県瀬戸内市邑久町虫明5231

 岡山県南通行無料)沿線にある「道の駅 黒井山グリーンパーク」はその名のとおり、自然たっぷりの公園です。春は「桜の園」の桜、夏は百日紅など美しい花が楽しめます。

 黒井山グリーンパークは、その名のとおり自然たっぷりの快適な公園。春にはソメイヨシノやしだれ桜など約300本の桜が見事に咲き誇る花の名所でもあります。ほかに農協直売所、邑久町漁協直売所、鮮魚販売所、レストランもあります。

 瀬戸内市虫明(むしあけ)にある『黒井山等覚寺』(住職:黒井穆然師)という真言宗の古刹です。 寺院の一帯が「黒井山グリーンパーク」と「道の駅」になっているため、広大な駐車場を抱えています

 黒井山等覚寺にある井戸は、古今枯渇したことのない井戸で、弘法大師が墨染めの布を洗われたと伝えられ、岡山県の名水にも指定されていて、まろやかな美味しい水のようです。

 ソメイヨシノやしだれ桜など約300本の桜が見事に咲き誇る花の名所でもありますので、ドライブの途中にちょっと休憩して花見をするのもいいでしょう。

 この「枝垂れ桜」もきれいです。

 穏やかな天気に恵まれ、いい花見ができました。

 この「岡山ブルーライン」を通るときは、「黒井山グリーンパーク」により、JA黒井山の名物でポン菓子(おコメなどの穀物に圧力をかけ、その圧力を一気に開放することによって膨らませた駄菓子の一種です。無添加で、健康と美容にも良いと言われています)を買い、大きな袋にたっぷり入って500円です。子供のころの懐かしい味が

 「道の駅 黒井山グリーンパーク」はバッテリーカー、土・日曜、祝日はゴーカート、夏休み期間中はちびっこプールなど、子どもたちのための楽しい施設も充実しています。
 次回をお楽しみに  では またね










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