hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

神戸港・モザイクの夜景  2011.07.27

2011年07月28日 17時01分50秒 | 公園・名所・名勝


  所在地  神戸港・モザイク    神戸市中央区東川崎町・モザイク

 日暮れ時、JR神戸駅から南へハーバーランド・モザイク方面へ今回は夜景を撮りに行きました。

 「はねっこ広場」にやって来ました。ハーバーランド広場の中央にあるイベント広場(はねっこ広場)の入江のけい留ドック入口に架けられたはね橋です。

 この時間に まだ 仕事をしているのかな~ いやいや ユーモアディスプレイです。神戸ハーバーランドが街開きした平成3年4月から、海際の風景を楽しんでいただくために設置されたマネキン人形たちで、ヘルメットと作業服に身を固めて屋根の修理やペンキ塗りのポーズをとっています。本物そっくりで本物の作業員かと見間違う人も多く、街の隠れた人気キャラクターですよ。

 日が沈むにしたがって多くの人が涼みがてらこられています。

 川崎重工業の岸壁には、海上保安庁 大型巡視船 PL31 "いず"
ヘリ甲板がある 災害対応型 / 救難強化巡視船(三管)で
  総トン数 3,768 トン  長さ 110.4 m  幅 15.0 m  速力 約20ノット

 日が暮れて、はねっこ広場の「はねっこ」が点灯してまいりました。オランダを中心にヨーロッパでは多く見られますが、歩道橋としては日本で初めての形になっているようです。 夜には約1,000球以上のイルミネーションで橋全体がライトアップされ、昼間とはまた違った美しさをお楽しみいただけます。

 神戸ハーバーランドの海沿いに漂う異国情緒を演出する2棟の赤煉瓦倉庫が、 1890年代後半に建造され、神戸港に次々と到着した貨物の倉庫として使用されていました。現在“煉瓦倉庫レストラン”として営業する、観光名所としても人気のスポットです。モザイクガーデンの観覧車・背景のポートタワーにも光が燈り始めました。

 港・モザイク附近の夜景の美しくなりました。遠方には神戸大橋が見えます。

 煉瓦倉庫横から神戸港旧信号所へと続く、海に沿った木製の遊歩道。ガス燈とベンチが設置されています。潮の香りが満喫できる散策スポットです。

 モザイクガーデンの観覧車の鮮やかな光が海の水面に映り幻想的です。

 神戸港旧信号所(旧新港第5突堤信号所)
ハーバーウォーク最先端にある塔で、高さ46.3m。大正10年に新港第4突堤に建設され、港に出入する船の交通整理を行っていました。内部にはエレベーターもあり当時は東洋一の信号所として注目されました。

 観覧車「ワンダーホイール」は世界で初めてイルミネーション機能を搭載した観覧車としてその名が知られ、今日まで神戸港の夜景を彩る一つとなっている。2003年(平成15年)7月には「スカイハーパー」という愛称のシースルーゴンドラを導入してリニューアルされた。

 観覧車に乗ると、神戸港や神戸市街地の夜景が360度見渡せるようです。

 神戸ポートタワーは世界初のパイプ構造の観光タワーで、その形は世界でも例のないユニークなものです。展望台は、360°みわたせる大パノラマ!夜になると7.000個のLED(発光ダイオード)が鮮やかに神戸の夜景を彩ります。

 高さ- 108m(354フィート)の神戸ポートタワーをはじめホテル「オークラ神戸」・「神戸海洋博物館」の夜景が綺麗です。

 右側には、「オリエンタル」ホテルがありモザイクガーデンからは、美しい夜景が展望できます。今年の8月6日(土)は神戸海上花火大会が開催されます。神戸の夜景を背景に海上花火綺麗ですよ。

 夜景の撮影も終り、夜遅くなりモザイクガーデンでお茶でも飲んで帰ります。
 次回をお楽しみに  では またね 






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姫新線・ひまわり畑の中を走る気動車  2011.07.18

2011年07月19日 09時16分09秒 | 船舶・鉄道・その他の撮影地


  所在地  旧南光町宝蔵寺地区    兵庫県佐用郡佐用町宝蔵寺

 姫新線(きしんせん)は、兵庫県姫路市の姫路駅から津山駅を経て岡山県新見市の新見駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)です。
 路線距離(営業キロ):158.1km  撮影地は播磨徳久駅附近

 姫新線は、単線のローカル線1時間の間に上下2~3本ほど走っていますが、下りの気動車「キハ40形」がやって来ました。

 姫新線用に配属されている気動車は、両運転台を備えられ、単行運転が可能な「キハ40形」で暖地向けの2000番台となっているようです。

 宝蔵寺地区のひまわり畑の中を「キハ40形」の気動車が走ります。

 気動車はひまわり畑宝蔵寺地区から播磨徳久駅方面のひまわり畑米田地区方面へ走り去って行きます。

 今度は、「キハ127」が、気動車を撮ろうと待ち構えている前を2両編成の気動車です。

 小雨降るひまわり畑に「モヤ」がかかる中を2両編成の「キハ127」が走ります。
「キハ127」には、赤とんぼをイメージしたマークがドァにはられています。

 今度の、2両編成の気動車が津山駅方面から来たのかな~

 撮影場所を線路の反対側に移し「キハ40」を待ち構えます。

 少しずつ雨が降る時間が短くなり 傘を差しての撮影が少なくなり写真を撮りに人が多くなってきました。こちらは帰路に着きます。
 次回をお楽しみに  では またね
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南光町宝蔵寺地区のひまわり  2011.07.18

2011年07月18日 17時40分18秒 | 季節のたより


  所在地  南光地区宝蔵寺    兵庫県佐用郡佐用町宝蔵寺

 佐用町(旧南光町)は関西屈指の広大なひまわり畑が広がるひまわりの名所で、旧南光町内の複数の地区で少しずつ開花時期をずらして栽培しているので、長い期間ひまわりの花を楽しむことができます。

 7月上旬から8月上旬にかけて7地区で時期・場所をずらし合計約150万本のひまわりが開花。そのうち、7月中下旬にひまわり祭りを開催しています(年によって日程が違います)。

 台風の影響で、小雨が降る中、宝蔵寺地区のひまわり畑では、今が見頃です。

 栽培面積4.8ha   採種数 24万本 一面ひまわり畑駐車場がないので気をつけてね。

 小雨で日差しがありませんが、ひまわりは太陽のように輝いています。

 背景の山々には、モヤがかかり朝の長閑な田舎の風景がかもし出されます。

 佐用郡佐用町の旧南光町地区は農業を基幹産業とした自然豊かなまちです。ヒマワリ畑は、1990年頃から町内の休耕田を利用して始まりました。

 今年は、宝蔵寺附近のひまわり畑が最初に見頃を迎えているようです

 南光地区のひまわり畑は、地方でも有名なのか他府県ナンバーの車が多く見られます。

 小雨の中、写真撮影に勤しんでいます。私もその一人かな~
次回をお楽しみに  では またね
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真庭市・備中鍾乳穴  2011.07.13

2011年07月13日 20時49分10秒 | 公園・名所・名勝


  所在地   備中鍾乳洞     岡山県真庭市上水田井殿

 千二百年の昔、すでに世に知られていた日本最古の歴史とロマンを秘めた「備中鐘乳穴」は、岡山県の北、北房町の有名な鍾乳洞で、市街地は暑いので天然の避暑地を求めて「備中鍾乳穴」に涼みにやって来ました。

 駐車場から200m程、坂道を木が生い茂る中を下っていきます。

 入り口付近の岩壁に全国的にも珍しい森林性のホタル、「ヒメホタル」の大発生が毎年7月上旬に見られるようです。金ホタルとも呼ばれ、日本特産といわれるもっぱら山岳地帯の限られた場所にしか住まず、大変珍しいもので千数百匹のヒメホタルが黄金をちりばめたように、いっせいに明滅しながら飛び交うようでが、時間的に見ることが出来ませんでした。

 洞窟に入ると、ああ~涼しいです。外を見ると暑そうですが、中は自然の冷気は刻々と身に迫り気持ちがいいです。入り口の高さ20m、巾3mです。

 洞の中に進みますが、延長現在開発中を含め800m以上でありますが、一般観光地帯としては300mの地点まで行けるようです。洞内の最高気温は一年中9度前後で夏は実に涼しく冬は暖かく気持ちがいいです。

 洞内には「夢の宮殿」の大広間を始め日本一と言われる高さ3m直径5mの大石筍「洞内富士」があります。

 山口県の秋芳洞とか岡山県の井倉洞とはちょっと違うね。

 外の暑さが忘れられ見ごたえがあります。

 「白絹の滝」です。

 「五重塔」です。

 「ふるさと・ひょうたん岩」です。

 洞窟内の風景です。照明設備、歩道等整備完成、洞内は平坦で歩きやすいです。

 「不動の滝」です。

 「昇り龍」です。

 腰を屈めて1.3mほどの高さのところをくぐります。

 「お不動さま」です。

 「大黒柱」です。

 ウァ~ 向こうにも洞窟があります。

 ここもすごいね~

 どれも、これも 迫力がありますね。

 「笹の雪」です。

 「マリア像」です。

 「たこ坊主」です。

 左から「座禅の仁王・人の脳・こけし岩・猿の脳」です。

 これも また 変な格好しています。

 暑さを忘れて見ていると素晴らしいです。

 「洞内富士」の手前には「飯鉢」があります。

 「しだれ柳」です。

 「くらげ岩」です。

 暑さを忘れて洞内を見て周り、外へ出てきました。鐘乳穴「かなちあな」は、延喜元年(901年)に書かれた「日本三大実録」に、その名が記されおり、文献に残る日本最古の鍾乳洞で、平安時代には「カルシウム薬源」として鍾乳石が朝廷に献上されていたことが伺えます。そんな想いから現実に戻るとカメラのレンズが曇り写真を撮ることができません、いかに洞窟内は涼しかったか、
 次回をお楽しみに では またね

  
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蜜教院善祥寺のハス・睡蓮   2011.07.08

2011年07月10日 21時01分59秒 | 神社・寺院


 所在地  蜜教院善祥寺      兵庫県三木市口吉川善祥寺

 通称善祥寺と呼称されるこの密教院は、孝徳天皇の651年(白雉2年)、法道仙人の開祖と伝えられています。

 天正年間、三木合戦のときの兵火に遭い消失し、その後、再興され幾多の修理と再建を経て現在に至っています。アジサイの向こうには、境内の古い鎮守社(1間社春日造、芽葺)があり、県の重要文化財に指定されています。

 境内に入ると、住職が丹精こめて育てている多彩なハスがほころび始めています。その背景には鐘楼が

 本堂の前の水瓶にハスが咲き情緒がかもし出されています。

 境内の長閑な風景の中、ゆっくりとハスの鑑賞です。

 芽葺の古い鎮守社が県の重要文化財に指定されています。

 蜂蜜を採るのか、ミツバチの巣箱がありました。

 400余種が約450鉢に育つ県内有数のハスの花園。午前早くに花開き、優美なたたずまいが訪れる人を魅了していています。

 ここのお寺にも大賀ハスが咲いているようです。

 中尊寺や平等院などに伝わる希少な品種も含まれ、兵庫県内でこれだけの品種を見られる場所は他にはないといわれています。

 この白蓮も美しいですね~

 干拓事業で昭和初期に消滅した京都の巨椋池に自生していた品種のほか、ロシアやベトナム、オーストリアなど世界各国のハスも咲いています。

 遠くの家々に田んぼには青々とした稲穂が水面に映り、白・桃色の気品あるハスを見ていると心も癒されます。

 寺の境内の池には、睡蓮がその脇にはアジサイの花が咲いています。

 睡蓮の花も また 綺麗ですね。

 色とりどりの睡蓮が咲き誇り魅了させてくれますよ。

 黄や白、桃色の気品あふれるスイレンも、百余種、約二百鉢が池で咲き誇り見に来る人達を楽しませてくれます。

 善祥寺の全景を見ながら睡蓮・ハスに別れです。
次回をお楽しみに  では またね

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小浜市・若狭姫神社  2011.07.05

2011年07月08日 21時29分16秒 | 神社・寺院


  所在地  若狭姫神社   福井県小浜市遠敷65―41

 東小浜駅まえ国道27号線の駅口交差点を曲がり県道35号線を入るとすぐに若狭姫神社に到着です。道路に沿って小川が流れ、町の中にありながら静かなところです。

 古来、若狭彦神社(上社、上宮)を若狭国一宮とし、若狭姫神社(下社、下宮)を二宮とされて来ましたが、現在は、2社で若狭国一宮・若狭彦神社と称していいます。下社にあたる当社・若狭姫神社は、元正天皇養老5年(721)2月10日、上社より分祀し、若狭姫大神とした。室町以前は、祭祀の中心は上社であったが、以降は、下社中心となり、現在の神事もほとんど下社で行われている。

 、随神門は流造桧皮葺で県の重文に指定され。寛保3年(1743)の造営だそうです。

 若狭姫神社は境内に、本殿・神門・随神門といわれる3つが一直線に配置されています。海幸山幸の神話で有名な豊玉姫命を若狭姫神とたたえておまつりしてありますので、若狭姫神社とも又 遠敷神社とも申します。奈良東大寺二月堂のお水取りで名高い遠敷明神は、即ち当神社「若狭姫神社」のことです。

 姫神社は、本殿は享和2年(1802)造営の正面3間、側面3間、向拝1間の流造桧皮葺の建物です。境内の左手には御神井。また、子種石と呼ばれる陰陽石や、乳が垂れたような乳神様という大銀杏があり。境内社の日枝神社(大山咋神)が鎮座。相殿には、夢彦神、夢姫神、宗像神、愛宕神、琴平紙、稲荷神。さらに、当社祭神・豊玉姫命の妹・玉依姫命を祀る中宮神社もあります。

 京都御所から明治時代に拝受したという、市指定天然で、おがたまの木は太古の時代から祭祀の時に神霊の招請に用いられた神聖な木です。

 本殿を囲む瑞垣(透塀)の内部には千年杉で有名な神樹が高くそびえ、千古の神域を一層森厳にしています。若狭姫神社の千年杉は幹周/6.0m、樹高/30m、樹齢/約500年で千年杉の下に千年杉を見上げる場所があり、上を見上げて、健康長寿・子孫繁栄をお祈りしましょう。

 「乳神さま」この大銀杏は、枝の下から豊満な乳房の如き乳根が垂れ下がっているので、古来、妊婦や母乳の少ない人々が祈願をこめると豊かな乳を授かると伝えられています。

 「子種石」古来、この素朴な陰陽石に祈れば霊験があるといい、子宝に恵まれると伝えられ、また、女性の恋と安産が授かります。

 遠敷大明神霊水(桂の井) 当神社の境内は、今でも絶え間なく大気を浄化して地中深く伏流水を蓄えて地上を潤し続けている発典には、この水を神饌に用いて神前に奉っている事は勿論、神聖な力を備えた霊水として崇拝され神徳を人々に授けています。この若水は元旦の早朝に奉献され御神水にして、この井の水は、古来、若狭の若返りの水としてその名高くこれを拝戴すれば邪気を払い延命長寿を保つと伝えられています。

 参拝を終えてかえります。境内入口の鳥居は、「見返り鳥居」ともよばれ、参拝を終え、帰路につく時に、ここで振り返り、この千年杉に別れを告げるのだそうです。
 次回をお楽しみに  では またね
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若狭・明通寺 2011.07.05

2011年07月06日 21時03分35秒 | 神社・寺院


 所在地  明通寺    福井県小浜市門前5―21

 小浜市にある、明通寺の駐車場に到着です。松永川に架かる棡橋を渡り門前へ行きます。

 山門手前の左側には、美しい庭園があります。

 この一画には、大きなシダレザクラがあり春の桜の開花時期には素晴らしい花見が出来るんでしょうね。

 この庭園からは、山門と鐘楼が望める庭園で今の時期でも美しいですが、秋の紅葉は、山門と鐘楼を背景に綺麗でしょうね。

 長い石段を見上げる位置に、 山門(桜門)は入母屋造桟瓦葺の三間一戸の楼門で、上層内部の2本を除いて円柱とする。下層は正面を3間、側面を2間とし、両脇後部に仁王像を安置しています。

 若狭地方では比較的大規模な楼門である。主要な材料は欅である。また、基礎は石積基壇で礎石を持っています。

 石畳を進んでいくと本堂に、明通寺は大同元年(806)桓武天皇のとき、征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷征伐において失われた敵味方の霊を慰めるため、平城天皇大同元年(806)に創建されたと伝えられています。当山では、約30年毎に国宝・本堂、三重塔の桧皮屋根葺き替えを行っております。この度もまたその時期が巡って参りまして、この21年度から23年度の三ヶ年に亘りまして双方の全面葺き替えを行うことで三重塔は桧皮屋根葺き替えが済み、今、本堂が桧皮屋根葺き替えが行われています。本堂は平成24年春までかかるようです。外見が見れなくて残念です。

 現存する本堂、三重塔は鎌倉時代中期、13世紀のもので、中興の祖である僧・頼禅によって復興されたもののようです。三重塔は高さ約22mの檜皮葺の三間三重塔婆である。全て円柱とし、心柱は初層の天井裏で止め、初層には四天柱を立てる。初層は方三間で中央間を10枝、脇間を8枝とし、2層、3層と漸次中央間で2枝、脇間で1枝落とし、1枝寸法も5厘づつ落としています。外部柱間は中央間を幣軸吊板扉、脇間を連子窓とし、柱上に尾垂木入の三手先斗 を置く。初層尾垂木上部の拳鼻はこの種の早い例とされています。整った和様の美しい三重塔であります。

 昨年春から秋にかけては三重塔が工事のため、外観を拝観していただけなかった期間中、内部の秘仏と壁画の特別公開を行っておりましたが、今年もまた引き続き本堂の工事を行なっておりますので、内部の秘仏と壁画の特別公開が見られました。

 順路として帰り道の途中にある客殿には不動明王が安置してあり、中庭の様式は枯山水であり、四季の彩りを映し出しています。

 客殿の奥にある小門をくぐると庫裡(クリ),
この建物の前には「カヤ」の巨木が生い茂っています。

 明通寺の歴史を見ながら、樹齢500年に及ぶ市天然記念樹の「カヤ」の巨木があります。右の勝手門をくぐり、階段を下りると、駐車場へ向う帰り道となります。

 駐車場に行く途中に「アジサイ」の綺麗な花が咲いていました。
 次回をお楽しみに では またね

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高浜町・日引の棚田百選  2011.07.05

2011年07月05日 21時16分43秒 | 公園・名所・名勝


 所在地  日引の棚田百選    福井県大飯群高浜町日引

 国道27号線から県道21号線へ車を走らせ、福井県の棚田百選がある日引までは北へ10kmくらい走らせると、波静かな内浦湾を背景にして美しい棚田がありました。

 「日本の棚田百選」のひとつに認定されている日引の棚田。穏やかな内浦湾に面した狭い斜面に階段状に約200枚の水田が広がっており、漁村・海・棚田と風景が素晴らしいですね。

 棚田の上にある県道21号線道路から斜面を埋めつくす棚田が海沿いまで連なり、その前にある海には養殖筏が点々と浮かぶ内浦湾、そして湾を包み込むような半島が海越しに見えます。

 日引から県道21号線を北へ車を走らせるとカーブ附近に駐車場とあずまやがあります。

 恵良岬展望台から見る風景と先ほどの日引の棚田とは反対の価値観を象徴するような高浜原子力発電所の建物が佇んでいます。この展望台は少し回りの木々が高くなって、眺望はあまりよくありません。この先に進むと県道21号線は、上瀬漁港までで終りです。半農半漁の地域で、棚田と漁港と海により景観を美しい形成していまましたね。
 次回をお楽しみに  では またね
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岡山県津山市・長法寺(あじさい寺) 2011.07.02

2011年07月03日 15時27分18秒 | 季節のたより


  所在地  長法寺(あじさい寺)   岡山県津山市井口246

 長法寺の駐車場に到着です。津山の南にそびえる神南備山のふもと、静かに構える長法寺は「あじさい寺」として親しまれています。明治6年の津山城取り壊しのとき、アジサイを描いた腰高障子(現在は市指定重要文化財)が贈られ、それをきっかけにアジサイが植えられ始められました。

 長法寺の仁王門は、本尊の守護として仁王像(金剛力士)を安置している。ともに念怒の形相を示し、金剛杵を武器として持つが、左の像は口を閉じ(吽形)右の像は口を開いています(阿形)。仁王像の腹部にはお腹払といい仏像をおまつりしている。仁王門像は江戸時代初期の作と云われ作は不詳のようです。

 仁王門を抜けると参道の両側には沢山の青・白のアジサイが咲き誇り綺麗ですね。

 少し石段を上がりちょっと一息、梅雨の季節になると約3500株のアジサイが見事に咲き誇り、県内外から訪れる多くの人の目を楽しませているようです。

 阿弥陀堂の脇にも沢山のアジサイがあり、阿弥陀如来を本尊とし、脇侍に天台大師、伝教大師をおまつりしている。現在のお堂は弘化2年(1845年)西方にあったものを移し、阿弥陀堂兼客殿として再建したようです。

 鐘楼附近にも沢山のアジサイが、当山四十五世寂照僧正は明治33年、一生を終わるまで凡そ二十有五年の間、夜の明けるまで必ず百八つを撞いたといわれる。当時の津山人はその鐘の音で起き 鐘を聞いて旅立ったといわれています。

 この寺に咲くアジサイの花が、初夏の風情を求めて訪れる人の目を楽しませています。

 境内からは、津山の市街地が望め景色がいいですよ

 初夏を感じさせるアジサイは、雨上がりの花が風流なひとときを過ごさせますね。

 石垣のそばにも沢山の青、白の美しいアジサイの花が目を楽しませてくれます。

 城のように寺を支えている石垣は約300年前のものだそうです。

 裏山には多宝塔が見えますが、前回、行きましたので、ちょっと疲れるので今回は中止です。

 土曜日というので多くの人がアジサイの花を見に来られていました。色取り取りの花が混じりアジサイの花がよりいっそう素晴らしい風景に見えますね。
 次回をお楽しみに  では またね 



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美作市・別格本山大聖寺(あじさい寺) 2011.07.02

2011年07月02日 20時55分26秒 | 季節のたより


  所在地  大聖寺(あじさい寺)  岡山県美作市大聖寺1

 大聖寺到着です。今日の入山一番目でした。
     入山料 ¥500    駐車料 ¥500 アジサイの季節だけかな?
中国自動車道、佐用ICより県道373号線を北上して行く道で県道161号線の中西(標識あり)法輪寺に出る旧道は幅員が狭く対向車が来ると交わすことができませんので気をつけて下さい。作東ICより国道179号線から県道5号線豊野(脇田橋)から入ることを進めます。

 参道には、七夕の短冊が一杯です。短冊に何かお願い事を書きます。

 参道には、アジサイと七夕んの短冊が、これもまたいいかな~

 池の畔から多宝塔がアジサイの花と交わり、ちょっと一休みする蛇の目傘とマッチして美しいです。

 小説「宮本武蔵」ゆかりの寺でもあるようです。大河ドラマ「宮本武蔵」役所広司と古手川祐子 出演者の武蔵・お通の銅像が建てられています。

 吉川英治が、昭和初期に小説『宮本武蔵』を執筆する際に武蔵生誕の地に近い大聖寺に幾度も逗留し構想を練った。小説の中で沢庵和尚に青年時代の宮本武蔵が吊るされる千年杉は、大聖寺の大イチョウがモデルと云われ、小説には「大聖寺の鐘が鳴る」で始まる節があります。大聖寺の大イチョウ(美作市指定天然記念物)-樹齢推定300年以上になります。

 大聖寺(だいしょうじ)は岡山県美作市にある真言宗の寺院。山号は恵龍山(けいりゅうざん)。 本尊は本堂不動院に不動明王(秘仏)、脇仏として本坊客殿に愛染明王、観音堂に如意輪観音が祀られています。寺伝によれば天平10年(738年)に聖武天皇の勅命で行基が開山のようで、豊臣秀吉の播磨上月城攻めの兵火によりほとんどの塔堂を焼失しました。その後、江戸時代初期の慶長9年(1604年)頃、津山藩初代藩主となった森忠政は津山城築城に際し、城主祈願所として現在の本堂不動院・本坊・客殿などを再建したと伝っています。

 今は、美しい日本庭園も鑑賞でき「いわ藤」も まだ 見頃のようです。

 「いわ藤」は、羽状複葉枝に紅紫色の小さな花々に無数に咲いているのが「いわ藤」で本州西南部、渓谷岩石上に見られ夏の季語として有名です。

 ワァ~ カエルが居ましたよ~

 本坊の客殿を覗いて見ました。何て書いてあるのかな~

 ちょっとした囲炉裏が、ここでお茶を点てるのかな~

 朝鮮武官の肖像画があるよ

 これは「御所絵巻」ですね

 縁に腰掛庭をゆっくりと鑑賞ができ、心が癒されます。ここでは写経もできるようです。

 あじさい寺ですので日本庭園にも、綺麗なアジサイが咲きいいですね

 縁の上を見ると「御所 御用駕籠」が、当山歴代貫主が江戸より明治に至るまで京都御所へ年2回参する際に使用したものです。前2人・後2人の担手を要する御所様式です。最大200余名を従える京都詣では、当山「勅使の間」奥床に配する16菊紋の御用礼によって道中の安全が保障されました。往復100里を八日間を要したと伝えられています。

 日本庭園を鑑賞した後は、外へ出て八十八段の石段を上がり観音堂へそこから大聖寺あじさい園へまいります。

 今年5月の低温・イノシシ、シカの大繁殖で花芽を食べられるなど生態系の変化で開花・色付きが遅れ、花も少なくなってしまいましたようです。

 山の上に上がると色取り取りあじさいが咲き展望が開け気持ちがいいです

 いたる所にベンチがあり疲れると休み山の空気を吸いながら景色を見るのもいいです。多宝塔附近で休憩です。

 日本庭園とあじさい園を鑑賞した後のんびりと休憩です。帰りは広い道を通り津山市方面へ行きます。
 次回をお楽しみに  では またね



 
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