hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

神戸・摩耶山天上寺  2010.08.16

2010年08月20日 16時48分56秒 | 神社・寺院

  所在地 摩耶山天上寺  神戸市灘区摩耶山町2―12

 摩耶山天上寺は、元々は摩耶山山頂南の中腹にあり、1976年(昭和51年1月)に焼失し、
開祖の地と伝えられる元摩耶に移りました。現在は六甲山・摩耶山のハイキングコース、登山道の
一部になっています。 また摩耶山天上寺は、女人総守護の本山、女人高野、女人の御寺と謳われていて、
広く女性の信仰を集めています。摩耶山(698m)。山門は工事中です

 参道の石段を上がっていくと左側の脇に摩耶夫人像があります。
 摩耶夫人はお釈迦様の生母であり、仏教の聖母とされている。以来、当山を『佛母摩耶山』、寺名を
 『忉利天上寺』と号するようになったといわれている

 大化2年(646年)、孝徳天皇の勅願によりインドの高僧法道仙人が開いたと伝えられています。
お釈迦様の生母摩耶夫人を祀る。女人守護の本山として信仰を集めています。

 今、上がってきました参道です。

 華曼荼羅の鐘
天上寺の梵鐘は四季折々の花を散りばめた大変珍しい作品です。残念ながら普段は撞くことが出来ませんが、
大晦日の除夜の鐘の折には撞くことが出来ます。

 境内に摩耶夫人堂(まやぶにんどう)という、仏母(お釈迦様の母)摩耶夫人を祀ったお堂があり、日本第一女人守護の碑が建っていた。

 天上寺の縁起によれば、本尊の「十一面観世音菩薩像」はお釈迦様が42歳の時に自ら造った
いわれる一寸八分(約6cm)の仏像で、法道仙人が持参してきたものとされている。
 この「十一面観世音菩薩像」は秘仏であり、通常は拝観できない。開帳は三十三年毎に行われるという

 今の、天上寺の境内は「さるすべり」の花が咲き美しいです。

 境内からは遠くの山の中継所のアンテナが見え展望が開け美しい景色が見られます。

 摩耶山・掬星台から山道を歩いてくると摩耶山天上寺の裏参道から入ることができます。
鎌倉時代末期の摩耶山合戦(幕府軍対赤松氏)で知られる摩耶山城をこの寺とする説があるようです。
 次回をお楽しみに  では またね






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第40回みなとこうべ海上花火大会 2010.08.07

2010年08月08日 09時59分35秒 | 季節のたより

  所在地  海上花火大会    神戸市中央区 メリケンパーク沖

 今日は、「第40回みなとこうべ海上花火大会」へ行きなれている「ハーバーランド」へ
 PM5:00ごろ到着です。昨年とちがいいい天気で西からの風で煙が来ないようなきがする。
 前方が「打ち上げ花火」のメリケンパーク沖です。

ハーバーランド周辺は、例年、一番早く混雑するエリアで打ち上げ前に入場制限が実施されるようです。

 ワァ~ものすごい人出です。撮影ポイントを探すのが大変です。

 ハーバーランド・中突堤には、続々と遊覧船は入航しては、観光客を乗せて出航して
花火の海上観覧区域へ行きます。

 大分、日が暮れてきました。空には夕焼けが美しいです。

 神戸の街の夜景も綺麗です。花火の打ち上げは、PM7:30~8:20までです。

 花火が打ち上げられました。会場周辺には、家族連れや浴衣姿のカップルが多くの
 歓声が響きます。

 花火は、10.000発 打ち上げる予定です。

 打ち上げ花火、綺麗で感動します。

 煙が新港第一突堤方面へ、こちらには来ないようで、良かった良かった。

 花火は、夏の夜空のひと時ですね、若い人の歓声が響き楽しい時間を過ごしました。
 これからが、帰路に着くのが大変です。

 遠方から、車で、電車で「みなとこうべ海上花火大会」へ来られていました。
新聞の発表によると、浴衣姿のカップルや家族連れら約22万5000人が約1万発の花火を楽しんだようです。
次回をお楽しみに   では またね
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広兼邸  2010.07.30

2010年08月02日 16時21分24秒 | 公園・名所・名勝

  所在地  広兼邸   岡山県高梁市成羽町中野1710

 「吹屋ふるさと村」から「ベンガラ館」の前の細い通り「広兼邸」の前にやって来ました。
広兼氏は大野呂の庄屋で、同家2代元治が享和、文化の頃小泉銅山とローハ製造(ベンガラ)を営み
巨大な富を築き、徳川末期に建てられた楼門づくり城郭にまがうばかりの石垣は、今もそのままに当時の
富豪を偲ばせています。   入館料 ¥300

 広兼邸の外から駐車場方面を眺めた家並みです。
周囲には代官御用所として惣代庄屋を務めていた西江邸があり。松竹映画釣りバカ日誌18の
ロケ地として有名である。

 昭和60年から一般公開されている広兼邸.。山の中腹につくられた屋敷はまるで城郭のようです。
映画のロケ地にもなった豪奢な雰囲気を味わされます。映画「八つ墓村」のロケが昭和52年と
平成8年の2度にわたり行われ、全国に放映された。

 「桜門」の上にある「不寝番部屋」小部屋…広さは4畳ほどかな?、その脇には門番部屋が付属しています。
コチラは畳1畳強…生活する為というより、ちょっと仮眠を取るくらいの部屋があります。

 手前が、「下男部屋」奥が「番頭部屋」です。この部屋には、床の間があります。

 玄関の方に回ると、来客がある場合は履物を脱いで待合室も兼ねる玄関部屋へ、この左隣は「店の間」
今でいう事務室があります。右隣には、客室があります。

 綺麗な庭があります。

 座敷東側に面した内庭に置かれた「水琴窟」(すいきんくつ)と呼ばれる仕掛けで、
手水も兼ねたものですが、水を流すとオルゴールのような音色が響く仕掛けとなっています。

 「離れ座敷」の奥には、土蔵があり、当家所有だった本膳や着物などが展示されていました。

 台所の裏手となる水くみ場…水道が無かった時代には、湧き水を貯めて利用していたようですね。

 この台所の土間続きには、精米場、ねずみいらず(野菜などを置いた場所)漬け物置き場が
並んでいます。また 久土(煙突)と竈(かまど)があり大所帯でしたのでしょうね。

 台所の向かい側には、囲炉裏があり、使用人が食事したり休憩したりする部屋だったのかな?

 下男・番頭部屋の奥には、下女部屋・馬小屋や牛小屋・厠などが、長屋のように並んでいます。
広兼邸に来て、最初の石垣を見た瞬間、屋敷の威容さに圧倒されて感動ですね~

 広兼邸の端にある、みやげ店で 好きな「蕎麦」を買って帰りには
国民宿舎・サンロード吉備路で温泉に入って帰路に着きました。
   いいドライブでした。
次回をお楽しみに  では またね




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吹屋ふるさと村  2010.07.30

2010年08月01日 09時14分10秒 | 公園・名所・名勝

  所在地  吹屋ふるさと村  岡山県高梁市成羽町吹屋

R180を北上、梅雨の大雨で県道85は、途中通行止めで、手前の距離は少し長くなりますが、
広域農道「かぐら街道」から入りました。23kmのドライブです。
 標高500mの山嶺に江戸時代から明治にかけて中国地方筋第一の銅山町に加え、江戸時代末期から
ベンガラという特産品の生産が始まり、幕末から明治にかけて「ベンガラの町」として全国に知られました。 
ベンガラは成羽町吹屋の特産物として全国唯一の生産地であり、陶器、漆器、建造物、船舶等に高級塗料として
使用されてきました。

 鉱山の捨石から偶然発見された天然弁柄は非常に高級品として名を出し、全国に販路を
作っていったのです。ベンガラには数段階のランクがあり、高級品は陶磁器の模様書き(九谷、伊万里、薩摩等)
漆器の下塗(輪島・讃岐等)家具塗装、染料、印肉、船舶錆止め等、非常に広範囲に使われ、古くから貴重品として
扱われてきました。

 ここ下谷地区の三叉路の手前、左に行くと延命寺へ行くことが出来ます。三叉路の端には、立派な家が
絵になる風景ですね。ここより右へ1.5km行くと「吹屋ふるさと村」です。

 やっと「吹屋ふるさと村」に到着です。人がいない暑いからかな?

 まずは、食事です。ここ「藤森食堂」に入って腹ごしらえです。
成羽の旬の素材を使ったおいしい郷土料理。昔ながらの田舎うどん・田舎ソバ・吹屋にきたらぜひ一度は立ち寄たい、
おじいさんとおばあさんが経営する食堂です。土地の素朴な味があり美味しいでした。

 入館料400円(旧片山邸共通券)/5年の歳月をかけて明治12年に完成された吹屋商人の家です。
妻入の入母屋型で塗込造りとベンガラ格子の建並ぶ中でも代表的な建物の一つで、石州大工の手により
建てられ、屋根は石州本焼で葺かれ、ケヤキ、クリ、桜など代表最上級の用材がふんだんに使われ、
その建築のきめ細やかさには目をみはるものがあります。

 吹屋ふるさと村の町並みに蔵を構え、創業文政9年(1826年)より昔ながらの味と製法を育んだ
醤油が作られ続けているようです。

 麻田百貨店です、吹屋では、街の百貨店と言ったところでしょうか?

 1874年(明治7年)に開局以来三代目の局舎で、1993年(平成5年)に建築されたものです。
ちょっとオシャレですね。

 御土産店「あさだ」です。

 ここは、西日本有数の銅とベンガラで栄えた町です。
メインストリートに当たる旧街道沿いにベンガラ格子に赤銅色の石州瓦が印象的な堂々とした商家・町屋が
500メートルにわたって軒を連ねています。

 御土産「あさだ」の前の道を進んでいきますと、吹屋小学校に行きます。

 瓦を載せた塀が続き、「ベンガラ」の町に似合うのかな?、

 吹屋小学校は1999年に校舎築造100年をむかえ、いまだ現役で使われている日本最古の小学校です。
発足は明治6年、明治32年に吹屋尋常高等小学校と改称して現在の場所に移転し、33年木造平屋建の東校舎・
西校舎が竣工、42年には木造2階建の校舎本館も落成しました。

 学校の終始の時間に「鐘 」を鳴らすのかな、「吹屋ふるさと村」は、静で観光客に会いませんでした。
今の時期、暑いので観光客が少ないのかな。
次回をお楽しみに   では またね

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