或るアメリカの話

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恵みの道

2017-07-17 09:13:57 | Weblog
2017年7月30日(日)
恵みの道
ルカ10:36-37
「『さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。』律法の専門家は言った。『その人を助けた人です。』そこで、イエスは言われた。『行ってあなたも同じようにしなさい』」
 多くの人は聖書に書かれている「良きサマリヤ人」が危機に陥っていた人を救った話を知っています。私はこの聖句の中でサマリア人が「showed」つまり、自分の意思を示したと言う言葉に興味を持っています。このサマリア人は単に危機に陥っていた人について語ったと言うのではなくて、この人を助けるぞと意思表示したのでした。このサマリア人は、一旦自分の旅行を中止した、この傷ついた人の傷を持っていた酒で洗い、膏薬を塗って、包帯を巻いて介抱した、その人を安全な旅館に送り届けた、彼が去った後でも、旅館が彼を介抱するようにと費用のお金を支払った。その後サマリア人は仕事を終えてから再び怪我人の安否を気遣って旅館を尋ねました。
 良きサマリヤ人は、かの怪我人の頭を撫でて、祈り、立ち去ったのではなかった。サマリヤ人は当時ユダヤ人に軽蔑され、付き合っても貰えない立場にありました。然し、この話は主イエスがユダヤの律法の専門家に対して皮肉を込めて語ったことです。ですから、律法の専門家とサマリヤ人と両極端の人種の対比が浮き彫りになっています。良きサマリヤ人は時間と金子と努力を惜しまず真剣に尽くしました。彼は自分に襲い掛かるかもしれない生命の危険をも顧みなかったのでした。イエスは我らに隣人の意義を教えています:隣人に対して何をなすべきか、非常な犠牲を伴ても、何時なすべきか、その時についてです。
祈禱:愛する主イエスよ、我らが良き隣人となることが出来ますように、他人に愛を示させてください、聖名により、アーメン。
Virginia Ruth (Maryland)
以上はアパルーム誌よりの翻訳です。
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