或るアメリカの話

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主よ私に御言葉を下さい

2016-10-17 11:50:47 | Weblog
2016年10月30日(日)
主よ私に御言葉を下さい
マタイ10:19-20
「引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で、語ってくださる、父の霊である。」
 2001年9月11日、恐るべきテロがニューヨークのトレードセンタービルを直撃しました。その直後、私はニューヨーク市家族援護センターで援護の仕事をするようにと依頼されました。私が配属された部署は法的問題について被災者家族を支援する所でした。仕事を命じられたこと自体は嬉しいことでしたが、その内容を考えた時、私は呆然となりました。家族の誰か最愛の人が突然、猛烈な衝撃によって命を落とされた遺家族の方々と面接して、私は語る言葉を持っているだろうか?私は全く自信を失いました。委嘱されたこの仕事は私には不適切だと感じました。
 教会で我らは詩編を読んで祈りました。特に46編でした。そして、心の平和を得るように祈りました。それから、マタイ福音書を開き、上記の第10章を読みました。イエスが弟子たちを伝道の為に送り出す前に与えた言葉です。「何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で、語ってくださる、父の霊である。」 私は働ていた期間、何か月もの間、この箇所を読み続け、祈りました。思い煩ってはならない、必要な言葉はその時に与えられると言う確信を得て務めを果たすことが出来ました。神は聖書を通して語ってくださる。私の利く耳をシャープに整えて下さい。
祈禱:愛する主イエスよ、我らが世の雑事に圧倒されるとき、静かにあなたの御声を聞くことが出来ますように、聖名により、アーメン。
以上はアパルーム誌よりの翻訳です。
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