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世の中の不思議な事を勝手に追求する中年親父、何処まで行くのか?何の意味があるのか?

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1941年ケープジラードに墜落した円板と異体

2008-03-20 18:28:24 | Weblog
ロズエル事件前も墜落が在った一例である。此の様に世代を次いで証言者が出る良い方向である。墓場にグレーの霊体写真は此の乗員かも知れない。
「自分はUFOの大人物では無く、自分の経験以外余り知らない」。テキサス州タイラーの自宅で、シャーロットは「家庭の秘密」と呼ぶ祖父母の臨終で発見した詳細の多くを語った。其れはミズーリ州ケープジラードで1941年4月だった。午後9時半頃、彼女の祖父ウィリアム・ホフマン牧師は飛行機墜落の電話を受けて助けを頼まれた。「彼等が其所へ着いたら、其れは全然飛行機墜落では無かった。円板だった、と云うのが祖父の描写だった」。話に寄れば、其の宇宙船の横の地面に3体の異性人が横たわって居た。2体は死んで居た。「しかし、祖父は3体目に着いた時、其れが非情に浅い呼吸して居たので共に神に祈ったと。祖父が跪き祈る中で事切れた。其れから祖父は他の2体の所で祈りを捧げた」。祖父は宇宙船を注意深く見た。「彼が船内で一番印象的だったのは文書が在った事だが、判読出来無かった。エジプトの象形文字に似て居たと」。直ぐに、現場は軍人で被われて祖父は秘密宣誓された。「彼は『此れは起こらなかった。貴方は此れを見て居ない。此れは巨大な国家安保である。絶対二度と話さない様に』と命令された」。しかし後に彼は家族と共有した。墜落の数週間後、地元写真家から其の夜取った写真を貰った。「彼は自分以外もコピーを持つべきと感じ、祖父が信頼された唯一の人だった。其れで自分は育ちながら其の写真を見た。其れ等の大目玉を見て影響されざるを得なかった。其れ迄見た事も無かった」。写真は祖父が友人に貸した昔に行方不明と成った。友人は決して返さなかった。「我々はワシントンの国立公文書館で確証を得た。1941年にケープジラードで墜落回収の事実を記した元最高秘密文章を見て、自分は家族の話が確かな現実だったと分かった」。未だ疑い深い人々の事は構わないと。「自分は誰でも納得させる必要は無い。自分に取って何が本当か知らねば成らないだけである」。次の地球外訪問は遠く無いと。「自分は其れが未来の事とは考え無い。我々は其れ以上を見ようとして居り、ステファンビルは其れが何所でも起こる始まりに過ぎ無い。我々は意識しない物事が常に在ると考えるが、常に可能性に対して開いた精神を保つべきである」。此れは今も調査研究が続いて居る。今の所、2冊の本と1ドキュンメンタリに収録されて居る。
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