治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

箱根のむこうの芋づる式 その2

2016-10-17 10:03:50 | 日記
さて、立派なお弁当をいただいて一休みしたあとは本番です。
舞台のそでで、主催者ご挨拶と人権に関するプレゼンテーションを見ます。
それから壇上へ。

いつも横浜でコンディショニング講座やると、ドタバタするので普段着の私ですが、昨日は新幹線で箱根越えするんだからよそいきで行きました。スカートとハイヒール。金魚とか無理だもんね。壇上でそんきょとか無理だもんね。そういうのは栗本さんとお客さんにおまかせ。とにかく主催者様に与えられたお題をしゃべることに専念。

前もってレジュメを送ってあり、それには芋マンガが載ってます。芋マンガを見れば、芋づる式に治すということがどういうことかわかります。すごく小さく載っているので、もっと大きい解像度で見たい方は本を買ってね、とまずセールストークで笑いを取るところから始めます。

12年前「自閉っ子、こういう風にできてます!」を出しました。それで自閉っ子たちが抱えている身体の不具合が明らかになり、それがおそらく社会性や認知の問題に影響を及ぼしているらしいという推測を私たちは共有することになりました。
だから理解して! というベクトルもありますしそれが不必要だとは思いません。みんなそっちのベクトルに走りました。
でも私はそれでは満足できませんでした。この人たちが抱えている不具合を治す方法はないのか? それを求め続けてたどりついた著者の一人が栗本さんでした。

そしてそこから棒人間のポーズを栗本さんにとってもらい、あの姿勢だとなぜ睡眠障害や脳みそぐるぐるが起きるのか、どこをどうすれば地に足がつくのか、地に足がつくためにはどんな運動があるかなどを実技を交えてみてもらいました。

全人格的に自閉症の人を自閉症でなくする! などと息巻かないでいいのです。睡眠障害を例にとれば、それを治すと日中活動の質がアップします。情緒が落ち着きます。学習がはかどります。けれども薬で眠るのではそれほど事はうまく進みません。睡眠の質が違うからです。本来なら眠れない身体を無理やり眠らせているからです。だから、眠れる身体を作ってあげればいいのです。
睡眠を例に出しましたが、そういう風に芋づるの端っこがいくつかあって、そこをよくするとするすると良くなっていきます。良くなる範囲は一次障害にも及びます。一次障害が良くなるとは、こうこうこういうことです。そういう話をしました。

栗本さんが「足首が使えていない」とか「脊椎が使えていない」とか初めて聴く人には理解不能の表現をしますが、それも実演で見てもらいました。足首が使えていないことと原始反射の関係にも栗本さんが触れ、「人間脳を育てる」の話もしました。「人間脳を育てる」ではっきりとした「発達ピラミッド」の話をしました。そしてこよりさんの本にも触れました。制度は使ったけど支援は使わなかったこよりさん。諸般の事情で支援を使う余裕がなかったこよりさん。それでもおうちでの子育てで、お子さんたちにお小遣いをもらって母としては楽隠居しています。支援より大事なものがあります。同じ愛知県の人のことだから、それを強調しました。

12年前、「自閉っ子、こういう風にできてます!」が世に出たころは、ある意味牧歌的な時代だった。なぜなら「支援があれば支援があれば」の連呼で、支援さえあればどうにかなるという夢をまだ見ていられた。そして一応支援は増えた。各都道府県及び政令指定都市に発達障害支援センターができた。そして今、解ってしまったのです。実は支援があっても役に立たないことがね。でも支援者にすがってどうにもならないからって治らないと思うのは間違い。

診断を受けるのに何か月も何年も待ち、そして何も起きない。「一生治りません」と言われる。あきらめるように言われる。それが私は切なかった。だから叩かれても叩かれても「治る方法はないのか」と思って本にしてきた。

健常な子に産んでやりたかった、と思うのがいけないことのように言われる。健常に生まれたかった、というのがいけないことのように言われる。人に迷惑をかけない子に育てたい、と思うのがいけないことのように言われる。でもね人間として、親として、当たり前の人情ですよ。その人情を否定するギョーカイが私は許せなかった。やるせなかった。

そして今、たくさんの出会いがあり、発達がピラミッドだとわかった。どこかがヌケると上が崩れる。その崩れた部分だけを見て障害だ障害だ治らないと言ってる。でもヌケなんだからね、埋めればいいんです。後からでも埋められるんですよ。その方法が本になってるよ。そういう話をしました。

会場はいっぱいでした。申し込み不要の会にもかかわらず、事前のお申込みだけで198名。当日組も相当の数にのぼりました。

でもおとなしめの観客の皆さんでした。笑い声も遠慮気味。けれども決して冷たい感じではありませんでした。あたたかく受け入れていただいているのを感じました。あとは化外の民の珍しい主張がどれくらい聞き届けられたか。

そして会が終わり、壇上をあとにし

書籍売り場に押し寄せる皆さんの姿を目にしたとき

通じた!

と思いました。

サイン会の列が伸びます。お客様と、短い言葉を交わします。何人もの方が「今まで絶望してた」「どこに行っても治らないとしか言われなかった」「希望がもてました」と言ってくださいます。たくさんサインして、たくさん握手しました。本と一緒に、希望を持って帰っていただきたかったのです。治るんだ、という希望を。


ジャンル:
ウェブログ
コメント (7)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 箱根のむこうの芋づる式 その1 | トップ | 箱根のむこうの芋づる式 その3 »
最近の画像もっと見る

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
まさに (あまなつママ)
2016-10-18 10:22:10
希望をもらいました。

初めてコメントさせて頂きます。

関西在住ですが豊橋が地元のため息子を両親に預けがてら田原の講演会へ参加させて頂きました。息子は初新幹線でした。新幹線がホームを通過する度に耳をふさいでいました。
花風社さんの本を読み漁っているので情報としては新しいものはなかったですが、浅見社長と栗本先生の生の声を聞き、動きを見た事で、最初はポカンとしていたのですが(まるで芸能人でも見たような)帰る頃にはまさに希望で身体が満たされたような感覚でした。何よりも浅見社長がいつもおっしゃっている、当事者の方達を少しでも楽にしてあげたい、治す方法を見つけたいという想いをダイレクトに感じて感動してしまいました。講演後、周りの方達がすごい良かったー!足首とか腎臓とか全く気にしたことなかったー!とか言っているのが聞こえました。発達障害の関連本を何百冊も読み続ける中、初めて黄本や芋本を読んだ時の気持ちが蘇りました。
母が息子を連れて迎えに来ていたので、後ろ髪引かれつつサイン会は諦めたのですが、、息子におべんきょうどうだった?と聞かれ、足首とか腎臓とか身体の事勉強してきたよーと言ったらそれはいいね!と言ってくれました。今年の春は大荒れだった息子がどう発達していくか、楽しみです。

長旅お疲れさまでした。
希望をありがとうございました!
新刊も楽しみにしています。
あまなつママさんへ (浅見淳子)
2016-10-19 07:12:28
遠くからお越しいただいてありがとうございます! 客席の様子を知らせてくださってありがとうございます。主催者の方が今アンケートをまとめてくださっていますが、おとなしい観客のみなさん実は熱い思いを抱いて帰られたようです。お子さんが春に崩れないためには今から準備が必要です。でも特別なことではありません。ちょっとした生活での心がけです。芋本を参考になさってくださいね。

応援しています!
Unknown (バーベナ)
2016-10-19 10:06:34
希望がないことに慣れてると、希望なんかあるわけがないと思い込んでしまいます。
希望がどんなものか思い出すことから始めないとなりません。

希望というのは現実がまだ変わっていなくても持てるものです。それこそが希望です。つらいことが多いと忘れがちですけど、今すぐにでも手に入るものなのです。見つからなかったら探せばいいだけです。花風社の本の中にたくさんあります。

例えば秋口のケアをすれば咳が出にくくなる、発達のヌケを埋める遊びを子供とすれば 即 家庭内に笑いが満ちる。そんな小さなことです。でも確かなのです。そして大きなことにつながっています。


ほんの何年か前まで 私は希望という言葉が嫌いでした。
今は温かく心にともる希望を大切にすることができています。
花風社の本とみなさんのおかげです。
バーベナさんへ (浅見淳子)
2016-10-19 11:12:57
本当におっしゃる通り、希望は今この時からでも持てますね。それが持てない人がとても不思議だったんですけど、だから今度は愛着障害に興味が出てたんです。

希望を持つことをぶっつぶされるんですかね、最初に治らないとか言われて。風邪が治るようには治らない、とか言われますけど、神田橋先生は「風邪も治る人はいないのよ」とかおっしゃってましたねそう言えば。最近になってその意味がわかります。つまり、風邪を引くとどうしても免疫系が影響を受けて前と同じではない。だから治ると言うことを「何か正しい姿」がありそこに近づくことだと誤解している人にとっては風邪もまた治らないものであると。

正しい姿とかいうありえないものを想定するではなく、治すことは未来への援助だと素直に考えている人にとって、発達障害も愛着障害も治るものです。なぜなら

のあたりは新刊で触れましょう。
どうぞお楽しみになさってくださいね。
Unknown (Unknown)
2016-10-20 17:19:31
私は短期記憶が弱いので もともと何をしてもうまくいかないことが多すぎなのです。だから希望を持たない方が楽だと感じていたみたいです。無自覚でした。南雲さんの本を読んだ時に 生まれて初めて希望っていいものだなって思ったんです。同時に自分は希望なんてあると思ったことがなかったな、とも思いました。
子供の凸凹のことで支援を受けるようになったのですが、頼れるところができて安心と思いきや 諦めろと言われてしまいます。専門家の言うことなので 納得できなくても従うしかないと思ってしまって もとの希望のなさに上乗せされちゃってましたね。
支援者の言ったことの一番 最初は知見を積み重ねていけば大人になる頃にはなんとかなるかもしれない、でした。治らない、とたくさん言われたわけではないのになぜ希望がなくなるんでしょう。
それは トラブルのたびに それは特性だから仕方がない、と繰り返し対応されることで 何もできることはないのだ、希望をもって何かすると裏目に出るのだと刷り込まれてしまっていたからかなと思います。
あとはカウンセラーたちの怪訝そうな顔。悲しそうな笑顔。
どんなトラブルを相談しても仕方ない、耐えろ、スルーしろ、というアドバイスなのに、あれこれ懲りずに試す私も私ですが、何かがよくなっても 決して喜んでくれませんでしたね。それもきつかったです。

今思えば私が言うとおりにしなかったからもあったでしょうから、とっとと支援を受けるのをやめればよかったです。でもここで(カウンセリングで)愚痴を言ってやり過ごせとも言われてそうしなくてはいけないんだとも思ってましたね。気がついた時には(治そうとする)お前が悪い、と言われ続けているような気がしてすっかり疲れ切ってしまっていました。

今かかっているカウンセラーは困ってることに細かく根気よくフィードバックするだけ。特性だから無理、諦めろとは言いませんね。治る治らないにこだわらないです。困ったことがなくなれば治らなくたっていいですしね。それに困ることがなくなるということは治ったということですよね。
Unknown (バーベナ)
2016-10-20 17:48:49
先ほどのコメントに名前入れ忘れちゃいました。
人間関係 (浅見淳子)
2016-10-21 09:02:24
バーベナさん、ようこそ。
私はとても人間関係がフラットななかで育ったんだなあと今になって思います。
そうじゃない人が多いんですね。
諦めろという人たちは上から目線だと思います。
自分たちの限界に合わせろというのですから。
目の前のカウンセラーが解決できない方法を知っているひとはよそにいるかも。
そういう考えが広まるといいですね。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む