治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

そしてのこのこの地位が全く揺るがない理由(完・ブ)

2016-10-12 08:25:57 | 日記
のこのこの原さんのメールを見た森嶋さんが一番腹を立てたのは
「会ったこともないのに浅見がひどい人間だと決めつける」ということでした。

でも実は私、そこはあまり気にならないんですね。
森嶋さんと私は、お互いにリスペクトを持っていて、仲良くできます。
でもこの原さんという人に私はリスペクトを抱きっこないので、会っても感じ悪かったのは同じかもしれない。
私は森嶋さんにとっていい人だとしても
この原さんという人に対してはやはり感じの悪い人かもしれませんからね。会っても。

父を亡くした時、南雲さんがくれたお悔やみの言葉。
「浅見さんと接していると、ご両親にきちんと愛された人だということがわかります」
まだ一年ちょっとの付き合いなのに
岩永先生に比べると短い付き合いなのに
ちゃんとわかってくれているんだな、と思いました。
そういうことはわかるんですよ。空気の読める人にはね。字が読めない(読めなかった)人でもね。岩永先生にはわかんなかったかもしれないけど南雲さんにはわかったんです。

私が腹を立てたのは森嶋さんと違う視点で
「本当に妄想接待をたっぷり受けてきたことがありありだな」というその点です。
デジャブですからね。猿烏賊改め鬼畜の皆さんをたっぷり見たのでね。

原さんと言う人が、のこのこが、浅見を嫌うのはまったく構わない。
岩永先生が花風社で本を出しているのになぜ? と思う人もいるでしょうが
もしかしたら岩永先生が花風社から四冊著書を出していること
そもそも長崎ローカルを超えて全国で活躍するようになったのは花風社の著書の影響が大きいこと
すら知らないような人が窓口やるほどのこのこの人材は払底しているのかもしれないし
岩永先生ご自身がギョーカイ人として昨今の花風社に違和感を感じているのならそれはそれで理解はできる。
今回のこのこに腹を立てた人が、「岩永先生はまだ、講演会で花風社の本をたくさん引用しているのに。コタツの中の脚とか、雨や風が痛いとか」と教えてくださって「ぽかーん」としたんですけどね。まだそこかあ。この12年間、花風社はそういう問題を解決しようとしてそれに成功してきたのに岩永先生のもとでは時間が止まっているんだな、と。いや、これを新しく診断された子たちへの配慮の参考にするのは必要なこと。こたつの中の脚がない子かも、風や雨が痛いのかも、って想像するのは必要なこと。そう思って岩永先生は12年前のネタを使っているのかもしれません。でも、私たちはそれを解決してきたでしょ、一つ一つ。それをやらないから、私はギョーカイに怒りをあらわにしてきたのですよ。
感覚統合は20年かかって日本版のインベントリーを生み出しただけ、って言った人もいたけど、そうだとしたらどんどん問題を解決していく志向の花風社と距離が開いてもやむを得ないわね。

そういう時が止まっている支援者のもとでおおよちよちされなれているから、森嶋さんも支援者だし「浅見嫌いなんでそれがうちの総意で」っていうと「しょうでしゅかーよちよち。あさみはわるいやちゅでしゅねー。くるのやめてもらいましょーねー」って森嶋さんが私をこないように説得してくれることを期待して書いているメールだったんですね。南雲さんと同じように私は空気が読めるので文面からそれがわかるんです。

そして「私に悪口言われたくらいで27年間苦汁を飲み込んで築いてきた行政とのパイプは揺るがないのになあ」と一年前も思ったわけですが、今はまた別の意味で、のこのこの地位は揺るがない! と確信するに至りました。長崎に実際行ってみて、それがわかったんです。それ

わかったことはこんなこと。
・長崎でも非のこのこの人たちがきちんと行政との話し合いをし、支援を得てきている。
・長崎の行政は化外の民の講演会さえ情報キャッチして出かけてくるほど勉強熱心である。
・神田橋先生のところに行ったり花風社の本を愛読したりして努力し、事態が変わった人はのこのこに違和感を感じるようになり、脱のこのこしていく。

支援者の妄想接待を心地よく感じているうちは、まだまだ調子が悪い状態です。妄想接待というのは本質的に侮辱だから、愛着の土台がしっかりすれば妄想接待されると居心地悪くなるのです。

そして愛着の土台がしっかりしていれば、自分を過度に被害者に思い込まず(つまり卑屈にならずということですね)自分の権利と義務をきちっと見つめ、世の中とフェアに交渉できる力がつきます。自助努力をしながらも、制度を利用するための交渉を市民として(親の会会員としてではなくね)できます。最初からのこのこがいらなかった人たちはそう。だから親の会などなくても、27年間苦汁を飲み込まなくても、自宅では発達援助を採り入れ、行政を相手に交渉し望みを遂げてきた。

逆に過度に被害者だと自分を思っている人は、市民の声を聴くのが行政の仕事だという世の中の仕組みさえ目に入らず、団結しないと交渉すらできない、そしてそのためには悪評判を立てられないように危険人物(浅見)を遠ざけなければいけない、と必死だったのかもしれない。

でもさ、悪口言われたくなかったのに、こんなに連載で悪口書かれるようになってしまって、やはり「ありえない恐怖感」が墓穴を掘るいい例ですね、これ。最初から私が一般参加するのを普通に受け入れていれば、私はご機嫌で「いい会だった!」とか記事を書き、ことによっては「森嶋勉・岩永竜一郎共著」ができてたのかもしれないのに。まあすでに花風社嫌いな岩永先生がいやだと言われたら実現しなかったでしょうが。

まあともかく

支援者に妄想接待される必要のない健全なお母さまたちが行政ときちんと交渉し望みを遂げているところを見ると、おそらく、ですけど行政側としては

のこのこ難しいよね

って思っていても不思議ではないと推測しますね。

難しい人たちだから
支援者による妄想接待が必要な人たちだから
だから団結しないといけない、悪評判を立てられてはいけない、と思い込むのかもしれない。

そうじゃないんだよ、って教えてあげる顧問ではなかったのでしょうね。

悪評判なんて立てられたって人はつぶれませんよ。
私がいい例です。

団結なんていりませんよ。
現に長崎でも。

長崎の行政は頭やわらかいのでは。
じゃないとお母さんたちが手弁当で開いた私たちの話なんて週末使って聴きにこないでしょう。

それを難しく考えているのは、のこのこの方じゃないかな。
「社会とは饗宴である」と知らない人たちなのでしょうね。

そして岩永先生はのこのこを大事になさるでしょう。
故郷の長崎。花風社の本が出て、全国区の先生になりましたけど、感覚統合が解決できないことを解決できる方法が広まるにつれ、感覚統合の地位が相対的に低くなります。そうすれば、また長崎だけの先生になります。

そして花風社は、岩永先生の相対的な立場がどうなるかより治る人が増える方を大事にしてるので

もっともっと素早く一次障害を治す方法を発表していきますから。

昨日は沖縄勢が上京し、楽しく饗宴でした。
栗本さん誘うの忘れちゃったてへぺろ。

そして私は画伯に
「饗宴」の絵を描き直してもらうよう頼みました。

あれは森嶋さんの本を出したときに作ったから、その後の著者がいません。
だから栗本さん、南雲さん、こよりさん、灰谷さんを入れてほしいの。

そして岩永先生を外して、と私は画伯に言いました。

なぜなら

私は愛されて育った子だから、自分を侮辱する人からは離れるの。

そして

花風社のシャンパンタワーは満たされたから

次の段階に進むからよ。

原さんはそれを教えてくれる、自閉の神様のお使いだったかもしれないね。



ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 自己肯定感が育てば | トップ | 感覚統合に満足できない九州... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
支え合いになっているのか? (ふうりん)
2016-10-12 10:26:49
浅見さんと関わりたくない宣言しながら、本は読みますみたいな人を、私はバカだなと思っている。浅見さんの知識の積み重ね、好奇心やら問題意識、応援する気持ち、足を運んで確かめた経験、人脈などなどの結果が本になっているのに、浅見さんの努力はたいしたことないということにして内容だけ欲しがるから。努力せずに儲けたいと言っているのと一緒なのに関わりたくないなんて、恥ずかしげもなくよう言うわ。実は浅見さんの方向づけというか編集力の方に生き方のコツがいっぱい詰まっているから、著者だけ呼んで勉強会しても成果は乏しいだろう。浅見さんと同じぐらい経験があって問題意識があって考えてなら有意義な会ができるかも。たいしたことないと思うのなら講師を発掘するところから実際やってみればいいと思う。

のこのこの会での出来事は総意と言っても、運営している誰かの意見だと思う。他の会員はそれでいいのかね。そもそも関わりたくない宣言なんて普通はしない。自己を省みてない、人を決めつけているなど突っ込まれる要素が満載だから。団体ならなおさらおかしい。福祉の世界だって実績が求められる。制度なんだから。評判とか曖昧な理由で自分の好みを押し付けただけ。発達障害界隈特有の、世間では相手にされなくなることをさも当然のようにしてしまった出来事。で、それを指摘しない支援者。
Re:支え合いになっているのか? (浅見淳子)
2016-10-13 12:18:45
ふうりんさん、ようこそ。

この、のこのこの総意なるものに、岩永先生がどの程度積極的に関与しているかはあまり興味がないのです。

夫が一言で済ませました。
「その程度の人間だとわかっただけのこと」

本当に、その一言なんですね。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む