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[映画] この世界の片隅に(2回目)

2016-11-19 | 映画

「この世界の片隅に」を川崎109シネマズにて2回目の観賞



1回目を観た感想はネタバレ無しで書きましたが、どうしても ”泣いた” とか、”感動した” とかのワードを使う気にはなれませんでした……劇場でオレの身に起った現象としては決して間違ってはいないんですが、言葉にしてしまうとどれも ”正解” の表現では無い気がしてしまって、”物凄く感想が難しい” と書かざるを得なかったんですね

ネットでイロイロと感想を見て回っても、言葉にならない、言語化出来ないといった表現に満ちあふれていて鑑賞後の多くの人が似たような感覚に襲われてるみたいですが、これはクオリティが突出している衝撃というのとは別に、今作が ”ドキュメンタリー” 的な側面が強かったからなのではないかと思ったりしました

”タイムマシンであの時代の広島に行く様な作品(を目指した)” とは片渕須直監督による談ですが、こうの史代による原作マンガの段階で当時の市井の人々の暮らしぶりに関する相当な情報量を内包していた作風に更に、片渕監督による緻密な設定考証が加わる事で途轍もなく ”リアル” な世界観を持つ作品が出来上がりました

そして実際に存在して生きている ”誰か” の人生について語られた時、感動したとか泣けたとかそういう表現を本人に対して使うのは余りに不躾というか、部外者の無責任さを露呈するようで失礼~といった感覚がある気がしますが、つまりはそういう部分もあったのではないかなと

”すずさんがご存命なら今年で92歳になります” とはこれまた片渕監督による談ですが、この言葉だけでも ”北條すず(旧姓:浦野)” という人物があの戦前から戦後にかけての広島で確かに生きていた(そして現在もひょっとしたらまだ生きていらっしゃる)という想いでこの作品を手がけていた真摯な制作姿勢が、”実感” としてオレらにもひしひしと伝わって来ますよね

そんなすずさんの ”体験” を通してこの映画は喜怒哀楽を始めとしたあらゆる感情が奔流となって観客に伝わって来る素晴らしい作品ですので、まだ未見の方は是非とも劇場で!!



公開から一週間が経過して2回目も観賞した今、それなりにオレの中で整理されて来た部分もあるので ”確認” しておく意味も含めてネタバレ感想の方も書き付けておく事にします






以下ネタバレ感想:
映画の冒頭、幼少時のすずが舟から下りて大きな荷物を背負う様ですが、原作マンガの方でも細かくコマを割って描写されていて、これが実に動きがリアルで可愛らしくて観客を一気に劇中世界に引き込むことに成功してますよねd(≧▽≦*)

少し後で妹と一緒に学校に駆けていくシーンにしてもそうですが、ちっちゃな子供が短い手足でちょこちょこ走ってるカンジがとても ”らしく” 表現されていて、一回目の観賞の時も二回目の時もついついハッとさせられてしまって、これはDVDが出たら何度も確認したくなる動きで素晴らしかったです……って、動きの細かさについてはこれらのシーンだけではなくて、じっくりと見直したい動きが他にもいくらでもあって挙げていけばキリが無いくらいです

広島の街で迷子となってw途方に暮れるすずから視点が(タンポポの)綿毛の如く上方にふわりと浮き上がり、コトリンゴの ”悲しくてやりきれない” が流れる中で「この世界の片隅に」のタイトルが表示されますが、もうこの時点でオレは涙目になってしまって、これは制作支援メンバーズミーティングのパイロットフィルム以来、すっかり条件反射的にこの歌で泣いてしまうのが刷り込まれてしまったのかな(^_^;)と思いきや、映画で初見の方々でも同様の反応みたいですな……まあ確かにここの広島のシーンって、”原爆の落とされた惨劇の地”という歴史的イメージとは余りにもかけ離れた、楽しげなクリスマスシーズンの雰囲気とのギャップが物凄かったですからねえ…(ノД`)

後にすずさんが里帰りして、やがて原爆ドームと呼ばれる産業奨励会館を始めとした広島の風景の数々をスケッチして回りながら ”さよなら広島” と独りごちるシーンにおいても、(物語的には)故郷を離れて嫁いでゆく心情のみが綴られているハズなのに、間もなく何もかもが一瞬で消し飛ばされてしまう事を知っているオレら観客の心が静かに鷲づかみにされてるかの様で、まさに ”やりきれない” 想いで胸が一杯になってしまいました

初めて呉の駅に降り立った際に遠く山の向こうで鳴り響く砲撃音、軍港である事から航空機も頻繁に上空を飛び交ってたりといった広島とは全く違う ”環境” を音で表現しているのにまず唸らされたんですが、見知らぬ他人の家に独り嫁入りしたすずさんの不安感やストレスを的確に表現してもいたんだなと気づいたのは2回目の観賞の時でした……ここから約1年後に呉が実際に空襲を受けるまで、”戦争” を直接的にイメージする ”音”(各種警報や兵器の数々等)が距離感と共に徐々に近づいてくるという演出も仕込まれていて、”耳から入ってくる” という原作マンガでは絶対に出来なかった要素を(的確な演出で)味わえただけでも、今回の映画化は大成功だったと言えるのではないでしょうか



何気ない日常に忍び寄る戦争という非日常……みたいな表現をしている感想もネットでは見受けられましたが、個人的にはそれは違うんじゃないかと思って、”平和(に見える)な日常”と、”戦争という日常”の間を行き来しているだけなのではないかと

何だか押井守的な言説になってしまいますが、21世紀の今現在に至るまで世界では生まれた瞬間からずっと ”戦争が日常” だという人達が沢山存在するのが現実で、もっと言えば、出征した鬼ぃちゃんも、すずさんと周作に機銃掃射した米パイロットも軍人という立場から、”戦争という日常” を必死に生きただけなんですよね…

幼なじみである水原がその辺りの ”やりきれなさ” を背負って登場していたカンジでしたが、”普通” の感覚を抱いたまま ”普通” に生きられる事がどんなに得難く、大切なのかと、民間人であるすずさんも(観客も)後半の展開で身を以て思い知らされるのがもう苦しくて苦しくて(;´Д`)



オレは劇場で映画を観るのが大好きな人間ですが、今作ほど劇場で他者と一緒に体験を共有出来たことを貴重に思えた作品は無かったかもしれません

終盤近く、共用の防空壕にすずさんと晴美の二人が入ったシーンが象徴的でしたが、真っ暗な閉鎖空間で見知らぬ人達がひしめき合う中で息を潜めている状態はまさに劇場内のオレらそのものですよね……2回目のこのシーンの際にこの考えに思い至ったオレはもう暗闇の中、目だけスクリーンに向けつつすぐ周りで同じ時間を共有している人達に感覚を全力で振り向けた状態でいたんですが、そこに天地を震わす衝撃と轟音(おそらくこの作品内で最大級の音響効果)が襲ってくる描写で、互いが互いに発した恐怖感が一瞬にして劇場中に広まったフィードバックを感じ取れた気がしました

劇場ならではの音響効果として、人間の力の及ばない ”自然” や ”時の流れ” を象徴するかのように登場していた動物や虫の動き回る音から、お鍋が吹く等の生活音、そして対空砲火が空中で炸裂した際の破片の音までが平等に観客に ”降り注ぐ” のも素晴らしい体験だったなあ

そしてすずさんの声を演じた能年玲奈(現:のん)の木訥とした広島弁、へえとかありゃあとかの感嘆ボケwも見事に世界観にマッチしていましたし、わざとらしく(悪い意味でアニメっぽく)感情を発露したりするシーンが無かったのも、”大人” の観客を志向してる様でとても良かったです(もちろん作品そのものは若い観客たちにもオススメしたいですし、アニメらしいアニメを否定する気もありません念の為)



晴美と右手を喪ったすずさんが、原爆投下と終戦を経て ”少女性” をも喪う展開にはあまりにも複雑な感情が入り乱れていて、正直、オレの中で全て消化しきれていない部分もあります(これは原作マンガを読んだ頃から未だに)

特に、映画版ではエンドロールの更にその後の、クラウドファンディングに参加した方々の一覧と共に描写される、白木リンという遊女の存在(もう一人の ”すず” さんでもあります)無しには語れないのでこのエントリで触れるのは控えますが(未読の方は原作マンガの方も是非!!)……”大人(の女性)” への成長という意味合いもあるので、オレなんかが語れる言葉を持たないという部分もどうしてもありますね(^_^;)


ああ、そういえば戦後、大破している重巡洋艦青葉の前で水原が佇んでいる後ろをすずさん達が通り過ぎるシーンですが、オレは原作を読んだ時は普通に水原は死んでるものだと受け取っていたんですが(そこに立っていたのは名も知らぬ水兵さんで、そこにすずさんが水原の記憶を重ねてるものだとばかり)、原作者自身が原画展にて、あれは水原自身だと解説されてるんですな……既に ”大人” になっているすずさんにとっては、どの道 ”記憶の中の人” 扱いという事なんだなと、何だかちょっと寂しい気持ちに今更ながら陥ったりしてました(女々しいと我ながら思いますw)



今作は広島を舞台としながら、原爆そのものについては微妙な距離感を保ったまま物語が語られましたが、同作者の「夕凪の街 桜の国」と表裏一体となる内容だったからだと思われます……妹のすみちゃんのその後が果たしてどうなるのか、”皆実さん” と同様の顛末を辿るのかオレらには知る由もありませんが、神ならぬ身としてはただただ祈るしか…



最後の最後に登場する ”右手” について

すずさんが右手で行っていた、”絵やマンガを描く” という行為は一体何だったのか?

すずさんが世界をどの様に見ているか、捉えているかを表現し、そしてそれは自身の ”想い” や ”感情” に直結していて、水原に描いたうさぎの跳ねる海や(描けるハズだった)リンさんの人生の様にこうして見る者(観客)に ”感動” や ”癒やし” を与える力を持っていました

そして「この世界の片隅に」という作品の原作マンガも、映画版も、紛れもなく ”人の手で描かれた作品” なんだという事……これだけの影響力を誇る ”エネルギー” を、人々が笑って暮らせる ”可能性” を戦争はあっさり喪わせるんだという事を訴えているのだとオレは受け止めました

カタチは変われども、(人が人と暮らしていく中で)”補完される” 希望もあるラスト~エンドロールについては、原作の最終回よりも更にもうちょっとだけ進んだ描写になっていたのが優しくて愛しくてとても ”救われる” 後味を残してくれて嬉しかったです

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