田端温代 “タマゴのうらがわ!”

まちづくり、教育、福祉、子どものことなど気ままに書き込みます。

ゴールデンウイーク

2011-05-01 10:02:10 | Weblog
               隣に咲いたゆり。年々増え楽しみにこの季節を
               待っています。私に故郷にはササユリが咲いていました。



 ゴールデンウイークは私にとって大変待ち遠しい期間です。というのも世間は連休連休との喧噪をよそ目に、いつも3月決算の自営業のため、税務署を始めとするいくつかの役所に提出すべく帳簿とにらめっこをしたり、総会に向けての資料を作ったり、段取りを整えたり・・・・とそれはそれは忙しい毎日を過ごします。が世間様は忙しく、問い合わせの電話や尋ね人もなく、時間を忘れ仕事に没頭でき、いわゆる狭い事務室にこもりって・・・これってもしかして幸せ状態かな?
 ここ数年は、本業の帳簿と深く関わっているNPOの帳簿の締め、総会にむけて新年度の案づくりに放浪しております。

 そんな中、「INSPi」のコンサートに孫(小5男児)と娘と3人で4/29に行ってきました。う〜〜〜ん天国、天国でした。最前列(多少前すぎたかな?)で若い男性の素晴らしいハーモニーに約2時間我を忘れました。帰りCDを買い、サインまでもらい、とってもミーハーをしてきました。
 曲目はすべて聞き覚えがあり、私の好きな曲ばかりです。特に♪蘇州夜曲、♪浪漫飛行かな。かれらの♪星に願いを はどうかな聞きたい。THE BOOMのうたもよかったな。もちろん♪この木なんのき、も好きです。5/1、まだ余韻を引きずっております。今日も一日頑張るぞーです。




 私のNPO(地域若者サポートステーションなは)のスタッフ北川さんが靴箱の上を可愛く飾ってくれました。テーマは「海に行こう!」です。他人と関わることが苦手で、ひきこもりがちな若者に「海に行こう!」と呼びかけています。
 かごのなかのうさちゃんは北川さんの作品です。
              
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国場川こいのぼりまつり

2011-04-18 21:42:53 | Weblog
さて、本当に信じられないお馬鹿さん、だと思うのですが、私は十数年前から那覇市の市街地を流れる国場川に『手作りのこい』を400匹ほど泳がせています。始めたきっかは、近所を流れる国場川が汚染度全国ワースト4に選ばれたことにあります。
そのことが私の自尊感情が許さなかったのです。
私は生まれも育ちも石川県、当時の鳥越村です。川も山も美しかった。ところが沖縄に嫁ぎ、なによりも悲しかったことは川が無かったことです。日々嘆きながら「うさぎ追しかの山 こぶなつりしあの川・・・」と歌っていたのですが、こともあろうに汚い、臭い国場川の流域でした。
ある人は川に蓋をしようか、というほどです。その川も復帰前(私が嫁にきたころ)までは清流であったらしい。
それで、単純な人間ですので「ここにかって清流が流れていたことを、みんなに知らせよう」と地域を回りました。約5000人ほどの地域です。ある人が「こいのぼりをあげよう」と言いました。「そうだそうだ!」と川にこいを泳がせることを考えたが、金がない。仕方なく布に絵をかき「こい」としました。
今ではたくさんのメッセージが描かれたこいがおよぎます。保育園児も幼稚園児も小学生も中学生、高校生、企業もそして驚くことに市役所は今年は2匹、教育委員会は1匹こいを描いてくれました。今年は4月24日からやく1ヶ月泳ぎます。



こいのぼりをあげるにはまず会議からです。毎年十数回の会議をします。会場は仲井真中学校です。夕食のあと三々五々集まってくださいます。謝謝!


会場設営や清掃は部活動の中学生が交代できてくれます。写真の先生役は最初からの私の仲間です。長い付き合いになりました。


子ども会活動、部活動費捻出のためのバザーも賑やかです。


地域の皆さんから寄せられた浄財が、唯一の資金源です。


今年の私の作品です。約4時間かかかりました。残念なことに「がんばろう」と描くところ「がんばろ」としたところかな。
隣で描いていた5歳ぐらいの女の子が「おばあちゃん上手だね」と2,3回賞めてくれました。ありがたやーです。







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春うらら

2011-04-10 16:13:22 | Weblog
          海辺に咲くアザミ 山国育ちの私は海の潮風に
          打たれても強く咲くアザミは不思議です。

 今日4/10、久々にゆっくりするぞ〜と気合いを入れて近く(徒歩30分)の瀬長島にウオーキングを夫と楽しみました。
年末年始と胃袋に多少負担をかけすぎ、これはまずいと自己反省しきりです。
 初夏の日差しはまことに結構でした。

 那覇空港に近い瀬長島でのんびり釣り糸をたれる人たちやアダンの実を身ながらリフレッシュ。さー明日から又頑張るぞ。
 前方に広がる海は東シナ海



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新学期

2011-04-09 14:52:24 | Weblog
          カニステルの実です。栗の実のような栃の実のような


 孫が中学生になりました。昨日までゴムいりのズボンでしたが、今日からは一人前にベルトつきです、
 おじいちゃんにベルトの付け方を習っています。もちろんネクタイもはめてもらいました。
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うりずん

2011-04-09 14:29:13 | Weblog
      近所の交差点に咲いたアマリリス

 沖縄ではこの頃を「うりづん」の季節と呼びます。なんともやさしい響きで大好きな言葉の一つです。
 さて、年度末年度始めと騒動の中時間を過ごして、もう「うりずん」だと気づいたのはこの交差点のアマリリスの満開を発見したとき、今日のお昼です。

 那覇では市道の植栽枡に好きなように花を植えたりすることが、市から奨励されています。大きな街路樹の下に思い思いの花々を植えて楽しんでいる個人やグループがいます。そのような人たちのことを「協働大使」と呼びます。もちろん協働大使は花や道路、公園の清掃ばかりではありません。様々な役割で市と協働します。
 道路を花でいっぱいにして地域のみんなや観光客に楽しんでもらいたい、という市の気持ちと、また花づくり等をとおしてコミニティーが活性化することも目的としています。市街地で十分な庭づくりを楽しめない人たちにとっても小さな花壇が出来てとてもいいようです。
 いづれにしても一挙両得も三得も四得もあるようです。そうして皆さんは一年に何度かは市長を囲んで「まちづくり談義」も楽しみます。

植栽枡に植えられた花々です。春爛漫の次の季節「うりずんの頃」です。



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ある終了式

2011-03-30 17:33:14 | Weblog
      今にも飛び出しそうなタンポポの綿毛です。きっと人間も卒業して
      それぞれの道に飛び立つのでしょうね!ガンバレ

 3/28、那覇市教育研究所の22年度下半期成果報告会・修了式のお誘いをうけました。現役の先生4名の研修成果の発表を聞きながら、これまでの「先生はね・・・・」で始まる批判的な言葉をすべて払拭させてくれる内容でした。初心に戻り日頃の問題点を捉え、理論的な考察を加え、実際の事業に臨み、検証と課題を探り出す研究報告会でした。
 那覇市の教育研究所の研修員は年間7名います。もう少し予算があればいいのに、と思いながらも何の役にも立てなくゴメンナサイ状態です。この研修所は小学校・中学校の先生方の研修ではなく、たぶん那覇市特有のシステムとして幼稚園教諭の研修報告もあることでしょう。今回も「規範意識の芽生えを培うための教師の援助の工夫」として幼稚園教師からの報告を受けました。遊びのなかから集団に溶け込ませる手法の事例でした。
 幼保連携、幼小連携、小中一貫教育とさまざまな立場から確実に連続した教育がなされようとしています。このような状況が進化すると高校の授業料が無償化し、中高一貫教育(私立は有り)が近い将来くるのかもしれない、と思ったりしていますが・・・・。
 とにもかくにも幼保、幼小連携は福祉と教育行政の縦の垣根を少しづつ取り払っていくたようです。
 いずれも、個の成長に応じてなだらかな移行を目的とする方針ですが、私の立場上常にこれでいいのか?と問い直しが役目だけに、私たちが経験した幼稚園、小学校、中学校、高校とステップごとに感じた、あの新鮮な驚き、緊張、カルチャーショック、新たな友との出会い等々が失われていくようでさみしい。求む!たくましい子どもたちです。
 小学校に入学するワクワクドキドキ感、中学校に入学する緊張感などいいこともたくさんあったように思えるが、中一ギャップの解消だけがクローズアップされ、本当は私は悲しい。
 新しい集団(社会)での大きないざこざ、小さないざこざが生きていくうえでのバネになっているようにも思えますが・・・・。


近くの空き地に春の野原を見つけました。やさしい色ですね。


研究報告書です。この中に一年間のご苦労がいっぱい詰まっています。先生ガンバレ!
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分散会

2011-03-26 17:45:02 | Weblog
     たぶん、花の名は「インドさくら」です。買い物の途中で見つけました。
     沖縄の公園や庭でよく見る花です。


 昨夜(3/25)教育委員会総合青少年課の年度末の分散会にお招きを受け、参加しました。教育委員全員の参加でした。委員会の中にいくつか課はありますが、なぜかこの課だけからいつも、忘年会もお誘いがあり出かけています。
 組織的に、教育委員は一段高く感じられるのか分かりませんが、総合青少年課は比較的新しく生まれた課であることからもお誘いがかかります。
 出かけてよかった、といつも思います。沢山の職員と楽しく杯を傾けました。
 総合青少年課はいわゆる支援を必要とする子どもたちと健全育成を目的とし、市民団体とも活発に交流を深め業務を進めていかなければならない課だけに、個々への負担は相当のものと解釈しています。
 この日も、他の部所へ移動するものから、退職される人たちへからのメッセージやプレゼンターの言葉を聞きながら、もう少し財政的に豊かであれば人員の増など出来るのに、とか仕事の軽減を図れないものか等々、「もっと手厚く子どもに」と相反することを思ったりしました。
 さて、教育委員の役割とは、机上で提案された議案と問題点を洗い出し叱咤するだけではなく、現場を肌で感じエールを送り続けたいと思っている。この3年半、私が心がけた役目です。委員の仲間との合い言葉は「普段着の訪問」です。
 コーヒーはいいですよ!冷たいさんぴん茶をお願いします。これが私の流儀です。残す任期は半年です。頑張ります。

 近くで見つけた花々です。春爛漫、東北の皆さんにも届けたいです。






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卒業式・祝辞

2011-03-24 20:18:42 | Weblog
今日、那覇市内の小学校で卒業式がありました。教育委員として列席する最期の卒業式です。教育委員に任命され3年半がすぎ、残り6ヶ月になります。当初の頃はかなりの気負いもあり勇み足ばかりかな?といったところですがなんとか乗り切ることができそうです。
 ここに、8校目になりますが、少し自慢ですが、事務局任せの原稿ではなく、自前をモットーとしました。では『祝辞』を載せてみます。


卒業式 祝辞

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。6年間よく頑張りました。卒業証書を手にした皆さんの姿を見て、ご家族の皆さん、地域の皆さん、これまでご指導いただいた先生方もどんなにお喜びかと思います。本当におめでとうございます。
 さて、皆さんはテレビや新聞、学校の授業でよく知っていると思いますが、3月11日、東北地方は大きな地震、津波、原子力発電所の事故と、これまで誰もが経験したことのない未曾有の災害に見舞われました。昨日の報道によると死亡された人は行方不明も含めて2万7千人、被災者は32万人以上と想像を絶する大災害になりました。その中には皆さんと同じく小学校の卒業式を間近にして楽しみに待っていた子どもたちも、お父さん、お母さん、赤ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんも尊い命を失いました。
 耐え難い悲しみの中で、瓦礫に埋もれた泥の中から卒業証書を拾い出し、丁寧に乾かせ一人ひとりの安否を確認し卒業証書を手渡している校長先生の姿や、毛布や布団が積まれた避難所となっている体育館で、生き残った地域の人たちに見守られ卒業式を行っている学校もありました。住む家も食べ物も着る物もすべてを無くしても、卒業式だけは立派にやりたい、という先生方や家族、地域の人たちの願いが込められた卒業式です。涙がでました。住んでいた町も村も壊滅状態のなかで、テレビは子どもも、大人も、中学生も高校生もお互いを気遣いながら、水や食べ物、毛布を分かち合いながら寒さと飢え、不便をしのぎながら、懸命にそれぞれがそれぞれの役目を果たしている様子に、私たちは釘付けになりました。このような様子が、支援に駆け付けたアメリカ、中国、韓国、ニュージランド、フランス等々世界中の人たちから、「世界一素晴らしい民族」として世界中に発信され、どんな苦境にあってもお互いを大切にできる日本人として伝えられています。
 ところで、皆さんは小学校を卒業し4月から中学生になります。社会人として、大人へのホップ・ステップ・ジャンプのステップの段階になります。
 卒業証書を手にした皆さんを拝見しながら、この中から、今回の大震災で残された命を守るために、わが身を顧みず働いている大人たちのように、地域の要となり、地域を支える人、交通や電気、水道、医療などの専門性をもって社会に貢献できる人、物資や資金、技術で援助する企業で働く人、そして原子力や世界平和、地震・津波等を研究し世界に貢献する人が生まれると、私は期待しています。4月から進む中学校はそういった大人になるためのステップです。時間を大切に、たくさんのことを学んでください。大人になるための素地を築いてください。今回の大災害のテレビや新聞の悲しい報道を見ながら、皆さんには是非、社会に貢献できる大人に成長して欲しいと願っています。
 結びに、これまで子どもたちをお導きくださいました学校長はじめ先生方、温かく見守り支えていただきました地域の皆さんに心から感謝を申し上げ、お祝いの言葉といたします。


近くの海です。沖縄には「海やかりゆし」という言葉がありますが、海の向こうから幸せがくる、といった意味ですが沖縄には「他を受け入れる文化的土壌」があるようです。このような珊瑚の美しい海を眺めていると「海やかりゆし」といった心境になりますが、今回の大災害は海が天地をひっくり返したような『魔』の瞬間でした。
この夏、東北の子どもたちをサマースクールに誘いたいナー


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卒業式・祝辞

2011-03-24 20:18:42 | Weblog
今日、那覇市内の小学校で卒業式がありました。教育委員として列席する最期の卒業式です。教育委員に任命され3年半がすぎ、残り6ヶ月になります。当初の頃はかなりの気負いもあり勇み足ばかりかな?といったところですがなんとか乗り切ることができそうです。
 ここに、8校目になりますが、少し自慢ですが、事務局任せの原稿ではなく、自前をモットーとしました。では『祝辞』を載せてみます。


卒業式 祝辞

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。6年間よく頑張りました。卒業証書を手にした皆さんの姿を見て、ご家族の皆さん、地域の皆さん、これまでご指導いただいた先生方もどんなにお喜びかと思います。本当におめでとうございます。
 さて、皆さんはテレビや新聞、学校の授業でよく知っていると思いますが、3月11日、東北地方は大きな地震、津波、原子力発電所の事故と、これまで誰もが経験したことのない未曾有の災害に見舞われました。昨日の報道によると死亡された人は行方不明も含めて2万7千人、被災者は32万人以上と想像を絶する大災害になりました。その中には皆さんと同じく小学校の卒業式を間近にして楽しみに待っていた子どもたちも、お父さん、お母さん、赤ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんも尊い命を失いました。
 耐え難い悲しみの中で、瓦礫に埋もれた泥の中から卒業証書を拾い出し、丁寧に乾かせ一人ひとりの安否を確認し卒業証書を手渡している校長先生の姿や、毛布や布団が積まれた避難所となっている体育館で、生き残った地域の人たちに見守られ卒業式を行っている学校もありました。住む家も食べ物も着る物もすべてを無くしても、卒業式だけは立派にやりたい、という先生方や家族、地域の人たちの願いが込められた卒業式です。涙がでました。住んでいた町も村も壊滅状態のなかで、テレビは子どもも、大人も、中学生も高校生もお互いを気遣いながら、水や食べ物、毛布を分かち合いながら寒さと飢え、不便をしのぎながら、懸命にそれぞれがそれぞれの役目を果たしている様子に、私たちは釘付けになりました。このような様子が、支援に駆け付けたアメリカ、中国、韓国、ニュージランド、フランス等々世界中の人たちから、「世界一素晴らしい民族」として世界中に発信され、どんな苦境にあってもお互いを大切にできる日本人として伝えられています。
 ところで、皆さんは小学校を卒業し4月から中学生になります。社会人として、大人へのホップ・ステップ・ジャンプのステップの段階になります。
 卒業証書を手にした皆さんを拝見しながら、この中から、今回の大震災で残された命を守るために、わが身を顧みず働いている大人たちのように、地域の要となり、地域を支える人、交通や電気、水道、医療などの専門性をもって社会に貢献できる人、物資や資金、技術で援助する企業で働く人、そして原子力や世界平和、地震・津波等を研究し世界に貢献する人が生まれると、私は期待しています。4月から進む中学校はそういった大人になるためのステップです。時間を大切に、たくさんのことを学んでください。大人になるための素地を築いてください。今回の大災害のテレビや新聞の悲しい報道を見ながら、皆さんには是非、社会に貢献できる大人に成長して欲しいと願っています。
 結びに、これまで子どもたちをお導きくださいました学校長はじめ先生方、温かく見守り支えていただきました地域の皆さんに心から感謝を申し上げ、お祝いの言葉といたします。


近くの海です。沖縄には「海やかりゆし」という言葉がありますが、海の向こうから幸せがくる、といった意味ですが沖縄には「他を受け入れる文化的土壌」があるようです。このような珊瑚の美しい海を眺めていると「海やかりゆし」といった心境になりますが、今回の大災害は海が天地をひっくり返したような『魔』の瞬間でした。
この夏、東北の子どもたちをサマースクールに誘いたいナー


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ここが変!「遊び」

2011-03-23 22:21:57 | Weblog
       散歩の途中で見かけた飛行機です。腕がいいのか、カメラの性能がいいのか?


 2〜3日前、あまりの天気の良さに近くに散歩に出かけました。通りがかりの校庭から賑やかな少年野球の子どもたちの声が聞こえてきたので、一休みをかねて立ち止まり観戦することにしました。その元気な様子を見ながら「これって少し変じゃない?」とまたも大人げない疑問を持ってしまいました。
 数日前、テレビの番組で政治学のカン サンジュン氏の子ども時代をドキュメントに編集されたものをみました。その一場面に昭和2,3十年代の子どもたちの野球風景でした。皆半ズボンにシャツ、靴を履いた子もいれば裸足の子もいる。果たしてメンバーは各9人いるかどうかも定まらない。バットも棒きれなのか、グロブがあるのかどうかの、子どもの「遊びの野球」である。その風景が妙に私の胸に焼き付き離れなかった。私と同じ世代だから、懐かしさもあり理解できる風景である。
 私の世代の「遊びの野球」はどこもこうであった。人数が足りなければ、足りるようにする。ルールは集まった者で決める。審判は少し年長の者がする。少しでも不正があると仲間が許さない。その頃の子どもの野球は遊びであった。こうして、子どもたちは大きくなった。
 しかし、今目にする少年野球は学校の延長のように、大人に監督され、審判をしてもらい、子どもが介入できる隙間がない。父親や母親に学校の校庭までつれてこられ、他のチームと試合もする。両親や家族の応援を受けて「野球」をする。立派なユニホームに野球用具一式があてがわれ、野球をする。このことの、総てを否定はしない。
 しかし、「子どもの遊び」を考えてみると、「子どもは遊ぶとケンカをする。そしてケンカをしながら互いにルールをつくり成長する」と一般に定義されている。「遊び」の中でルールを覚え、社会に適応できる大人に成長すると考えられる。
 果たして、大人の介入する野球から子どもたちはケンカをし、大人になるためのルール作りを学ぶ事ができるだろうか?教育学者の伊藤俊夫氏は「遊ばなかった人は、身体が大きくなっても心は幼い」としている。
 私たちは、親切、親心のつもりが子どもの領域を侵しているのではなかろうか?もっと子どもの「遊び」の時間を保証してあげたい。

 日曜日、早朝の校庭で野球を楽しむ子どもたち。


 子どもたちの野球の終了を待つ保護者の群れ
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