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これもまた天命なり

 このブログを立ち上げた理由はいくつかある。
 なんといっても、70過ぎて降って湧いたような社長業をおこなうことになった戸惑いがいちばん大きな理由である。そうなる可能性は2年前からあったが、「まあ、オレが社長に指名されることはあるまい」とタカをくくってきた。

 70代は細々ながら念願の文筆業で身を立てていく算段をあれこれ準備していた矢先だった。 幸いにして、インターネットの劇的な普及で自分の書いたものを発表する手段はいくらでもある。それがお金になるかどうかは別だが、年金生活をつづけながら、実験的にどういうことができるのかやったみたいと思っていた。

 小説のようなフィクションは無理だとわかっているから、ノンフィクションでどこまでできるか試してみたかった。そんな矢先、後輩のノンフィクションライターの女性が早世した。
 まだ50も半ばになったばかりだった。自分がたとえ若くても彼女のように器用な仕事ぶりはできない。ただ、彼女のまだ死ぬには早すぎる年齢を思うと不憫である。

 ぼくの場合、70の齢を迎えて、幸い持病はなにもない。この歳で身体の目立って悪いところがないから運に見放されなければあと10年くらいはどうにか生きていけるだろう。とはいえ、70から先の人生は余禄だと思っていたから、むろん、どこかで斃れるのも天命だ思えば諦めもつく。

 無責任な社長のようだが、ひとりの人間の生き死に関する天命にあらがうことはできない。ぼくが社長になったこと自体、ただの運だし、これもまた天命。男は、ときとして決して逃げてはならない局面に立たされる。それもまた運命であり、天命であろう。

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