
新潮文庫 1985年刊 480円
さて、アニエスである。
先に取り上げたマルグリットは、あくまでマリーのミラーとして作者に彫琢された
存在だったが、アニエスは革命と言うものをどのように捉えるべきか、という
作者の思いを盛り込むために彫琢された存在である(と僕は思っている)。
アニエスも本書の初期から登場し、始めは修道女として、次に女工として、
最後に殺人者としてこの物語の縦糸を織り成していく。
人として、かくあるべしと言う思いに導かれるかのように、革命のうねりの
中へ身を投じていくアニエス。
修道女として約束された穏やかな生活を打ち捨ててでも、アニエスにとっては
必然的に選ばざるを得なかった道として、その進路は作者により拓かれていく。
そして、あるときはラ・モット伯爵夫人の脱獄に手を貸したり、またある時は
パリの市民を代表してルイ16世へ直訴をしたりするエピソードを挿話しながら、
アニエスは修道女から革命家へと脱皮していく。
ただ、下巻で確かにアニエスは修道院を出たけれど、それは宗教に絶望した
からではなく、神により近づくためであった。
浮世離れした修道院にいては、神の説く道を歩むことは出来ないという思い
からであるが、キリスト教徒である作者の考えが、一番色濃く代弁している
のが恐らくこのアニエスなのだろう、と思う。
神の御前に、全ての魂は平等であるという信念と信仰心に満ちて、アニエスは
この物語の中を突き進んでいく。
さながらそれは、マリーとマルグリットが縦糸と横糸とすると、それらを紡ぐ
ために用いられる織り付け棒の様である。
そんなアニエスに、作者は最後に大きな舞台を用意する。
革命が恐怖政治と化したことに心を痛めるアニエスは、革命指導者マラーを
尋ね、その真意を確認する。
そして、予期せぬ事故から、マラーを殺してしまうのだ。
もちろんこれは、現実にはシャルロット・コルデーが行ったことである。
彼女も修道院を出て革命に身を投じたところはアニエスと似ているが、
その思想を固める経緯や、何より確信犯としてマラーを殺害した点において、
両者は大きく隔たりがある。
作者は、そこに大きな意味を見出していたのだろう。
確信を持ってマラーを殺害し、革命に貢献しようとしたシャルロット。
あくまで真実を知り、説諭したいと思ってマラーと対峙したアニエス。
作者が、何を持って人の生きる道としたのかが良く分かる対比である。
なお、捕縛されたアニエスは、コンシェルジュリ牢獄でマリーのために
祈祷を捧げ、マリーの心の支えになるという挿話があるが、これについては
寡聞にして実話かどうかは僕は知らない。
ただ、マラー殺害から4日後にはシャルロットは処刑されていることから、
ここの件は作者の産物であろう。
逆に、この挿話により、作者がマリーに癒しをもたらしたかったという思いが
よく浮き上がってくる。
アニエスは処刑され、それを目撃したマルグリットは初めて人の死に戸惑いを
感じる。
これも又、作者が望んだ人としての目覚めの姿なのであろう。
そう考えるとき、この物語はマリーとマルグリットを掲げながらも、アニエス
その人が真の主人公だったのだ、と改めて思うのである。
さて、アニエスである。
先に取り上げたマルグリットは、あくまでマリーのミラーとして作者に彫琢された
存在だったが、アニエスは革命と言うものをどのように捉えるべきか、という
作者の思いを盛り込むために彫琢された存在である(と僕は思っている)。
アニエスも本書の初期から登場し、始めは修道女として、次に女工として、
最後に殺人者としてこの物語の縦糸を織り成していく。
人として、かくあるべしと言う思いに導かれるかのように、革命のうねりの
中へ身を投じていくアニエス。
修道女として約束された穏やかな生活を打ち捨ててでも、アニエスにとっては
必然的に選ばざるを得なかった道として、その進路は作者により拓かれていく。
そして、あるときはラ・モット伯爵夫人の脱獄に手を貸したり、またある時は
パリの市民を代表してルイ16世へ直訴をしたりするエピソードを挿話しながら、
アニエスは修道女から革命家へと脱皮していく。
ただ、下巻で確かにアニエスは修道院を出たけれど、それは宗教に絶望した
からではなく、神により近づくためであった。
浮世離れした修道院にいては、神の説く道を歩むことは出来ないという思い
からであるが、キリスト教徒である作者の考えが、一番色濃く代弁している
のが恐らくこのアニエスなのだろう、と思う。
神の御前に、全ての魂は平等であるという信念と信仰心に満ちて、アニエスは
この物語の中を突き進んでいく。
さながらそれは、マリーとマルグリットが縦糸と横糸とすると、それらを紡ぐ
ために用いられる織り付け棒の様である。
そんなアニエスに、作者は最後に大きな舞台を用意する。
革命が恐怖政治と化したことに心を痛めるアニエスは、革命指導者マラーを
尋ね、その真意を確認する。
そして、予期せぬ事故から、マラーを殺してしまうのだ。
もちろんこれは、現実にはシャルロット・コルデーが行ったことである。
彼女も修道院を出て革命に身を投じたところはアニエスと似ているが、
その思想を固める経緯や、何より確信犯としてマラーを殺害した点において、
両者は大きく隔たりがある。
作者は、そこに大きな意味を見出していたのだろう。
確信を持ってマラーを殺害し、革命に貢献しようとしたシャルロット。
あくまで真実を知り、説諭したいと思ってマラーと対峙したアニエス。
作者が、何を持って人の生きる道としたのかが良く分かる対比である。
なお、捕縛されたアニエスは、コンシェルジュリ牢獄でマリーのために
祈祷を捧げ、マリーの心の支えになるという挿話があるが、これについては
寡聞にして実話かどうかは僕は知らない。
ただ、マラー殺害から4日後にはシャルロットは処刑されていることから、
ここの件は作者の産物であろう。
逆に、この挿話により、作者がマリーに癒しをもたらしたかったという思いが
よく浮き上がってくる。
アニエスは処刑され、それを目撃したマルグリットは初めて人の死に戸惑いを
感じる。
これも又、作者が望んだ人としての目覚めの姿なのであろう。
そう考えるとき、この物語はマリーとマルグリットを掲げながらも、アニエス
その人が真の主人公だったのだ、と改めて思うのである。












