息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

笑いのツボを知っている劇団

2012年07月30日 00時37分29秒 | 素人の劇評
7/29(日)13:00
「病んだらおいで」ソラトビヨリst. 第10回公演 
新宿 シアターモリエール

久しぶりに笑いのツボを知った劇団の芝居を見た。
歓楽街の中にある診療所。心を病んだ患者に、一風変わった診療が行われている。
その際のドタバタぶりが、うまく役とストーリーとを付き合わせて表現されている。
役者さんも、それぞれが個性的で、脚本とうまくマッチして、白けることなく、
笑うことができた。

注文を2つ。

①精神の病気と、心の病とは、明らかに異なるのだが、劇の中では、かなり混同して使われていた。
 まかりまちがうと、「差別」にもつながりかねない。慎重に劇に盛り込んでほしい。

②これは脚本に。今回は、「病んだ」人の標本箱のような劇であり、その対象とするものは、総論的な感じが
 する。「軽い笑い」としてはいいのだが、ひとつのことにこだわる劇も観てみたい。ないものねだりかも
 しれないが。

役者さんのそろい方からして、多様な劇を追求できる劇団。



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遅ればせながらの朗報 木村百合子さんの公務災害認定を求める裁判

2012年07月28日 01時37分14秒 | 教育を考える
木村百合子さんの公務災害認定を求める裁判。
7月19日に東京高裁での判決が出された。
地裁を上回る内容での勝利。
執拗に「個人的な弱さ」を主張して、公務災害を認めようとしない地方公務員災害補償基金(なんのための基金なのだろう)。

とにかくホッとした。

内容は、静岡市教組の説明をお借りすることにする。

「2012年7月19日東京高裁は、磐田市の新採教諭であった木村百合子さんが、着任後わずか6ヶ月で自死した事件において、百合子さんの死は公務が原因であるとして、地方公務員災害補償基金(基金)の公務外認定を取り消した一審判決を支持する判決を下しました。
 本件は、新採教諭の百合子さんが、学校による有効な支援体制がない中で、担任学級に在籍する多動性・衝動性が顕著で発達障害が疑われる児童を適切に指導し、学級がうまく機能しない状況にも対処することを強いられてうつ病を発症し、保護者からも抗議の手紙が寄せられるなどして更に精神的に追い込まれ、その手紙を受け取った翌日、自家用車の中で灯油を被って焼身自殺したという痛ましい事件です。
 基金静岡県支部長(静岡県知事)は、百合子さんのうつ病・自殺と公務との間に因果関係はないとして、公務外の認定をしましたが、2011年12月15日、静岡地裁は、この公務外認定処分を取り消す判決を下しました。
ところが、地方公務員災害補償基金は、これを不服として控訴。その理由は、「同等の職種、立場にある者が一般的にどう受け止めるかが基準であり、性格傾向が最も脆弱である者を基準とするのはおかしい(平均人基準説)。」「うつ病を発症した者は、性格傾向が最も脆弱な者よりも更に脆弱な状態となっているから、相当因果関係の判断基準の対象者から除外されるべき。」「うつ病発症の1ヵ月半の間、うつ病を発症するほどの過重な心理的負荷を受けるような深刻な問題行動が次々と起こったわけではなく、通常の支援体制も特別な配慮もとられていた。」などというものです。基金は、これと正反対の判決を出した静岡地裁の判決に噛み付いたのです。酷いと思いませんか。
基金には、多少の勝算があったのでしょうか。
実は、支援する側としても、東京高裁の判決が早い、これは勝てそうだ、と思っても、どこか不安がありました。何しろ、東京高裁ですから。最近の大阪や名古屋とも違い、不当な判決も多かったことが、頭にちらつきました。担当弁護士の小笠原さんもちょっと不安です、と。勝利報告集会の弁護士会館の504室で、法廷、記者会見を経て入って来られたその小笠原さんが、「懺悔します。」と。えっ、なぜ?「東京高裁は、 予想以上の判決を出してくれました。静岡地裁判決に太鼓判を押してくれました。いや、それ以上に、今まで認めなかった東京高裁が、脆弱な人基準に立った判決を出したのです。」と。そうなのです。基金は、控訴して、逆に藪から蛇を引っ張り出したのです。
 東京高裁判決は、基金の平均人基準説に対して、「公務から感じるストレスに対して抵抗力の強い者とそうでない者が存し、抵抗力の程度も様々であることが当然の前提となるから、特異な例は別として、社会通念上一般的に想定ないし容認される通常の範囲内の性格等の持ち主であれば、基準となる同種労働者の範ちゅうに入れるべきである。」と基金を批判。基金の言う「平均の人」ではなく、「普通に働いている人」が基準なんだよ、ということです。現場にいれば、当たり前のことなんですがね。
 うつ病発症については、基金は前述のように、この裁判のはじめから、うつ病発症後の百合子さんの負荷については無視していました。ところが、東京高裁はこれについても、「うつ病に発症した後の業務内容をしん酌することは、公務と本件自殺との因果関係を考察するに当たって、意義があるといえる」と、はっきりと言いました。
 基金は、しつように百合子さんが弱かったことを強調してきました。しかしこれについても、高裁判決は、次のように言っています。「真面目、几帳面、熱心、周囲に気遣いをする努力家ともいえる性格は、うつ病を誘発しやすいといわれている。しかし、若年の新規採用教員として、社会適応の未熟さがあるのは、むしろ当然であるといえることも併せると、このような性格傾向は、百合子と立場や経験等が類似した同種教員において、社会通念上想定される範囲内にとどまる性格傾向であるというべき」と。この部分は、尾崎裁判の東京高裁判決を思い出します。
 また、基金は「新採教員として通常のこと」「支援もあった」と主張していました。しかし、高裁判決は、「わずか1か月半という短い期間に児童による数々の問題行動が起こり、その対処を余儀なくされていたのであって」「若年の新規採用教員が置かれた執務状況としては、強度の心理的負荷を伴うものであった」とし、さらに突っ込んで、「控訴人(基金)主張するように、幼い児童のクラスにおいて当然に予定された範囲内の出来事であるなどと、軽くみることはできないものである。」とまで言っています。そのとおりです!
 基金が支援体制があったと言うことについても、静岡地裁の事実認定に、「手紙(注・親からの非難)を受け取って、端から見てもショックを受け意気消沈している様子であった。また、百合子は、そのころの指導週案の生活指導その他欄に、校長先生にいろいろ御相談したいです、お忙しい時期とは思いますが、時間を作っていただけないでしょうか、よろしくお願いしますと記載したが、これに対し、鈴木校長は、いつでも声をかけてください、都合を付けますよと指導週案に記載する方法で返答しただけであり、それ以上の積極的な働きかけを行うことをしなかった。」ということを、わざわざ付け加えて(つまり、暗に校長を批判している。)「明らかに深刻な状況に陥っている新規採用教員に対する支援としては、結果的には不十分なものであったといわざるを得ず」と、言明しています。
 尚、高裁判決は、地裁判決にいくつか付け加えをしていますが、ほとんどが百合子さんの大変さをさらに裏付けるものでした。
 傍聴、報告集会に100人以上が集まりました。その中では、「全国の裁判官の注目の的。意義は大きい。」「百合子さんは弱かったわけではない。もっと弱い人にも助けをと言う判決。みなさんも弱い人を助けましょう。」「これが当たり前と諦めている現場の環境の中で、百合子さんはおかしいと感じていて、みんなに問題提起したんだ。」などの声があがっていました。
 ご遺族からは、支援への感謝の言葉と共に、「これで、学校が変われば、と願います。」と。
 支援する会、弁護団の『声明』で、管理者・学校関係者への「抗議」、支援を拒んだ当時百合子さん在籍の静岡県教職員組合役員への「強い遺憾の意」の表明がありました。」(静岡市教組ブログより)
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「力道山の弟」宮本輝との比較

2012年07月28日 01時26分28秒 | こんな本を読みました
河出文庫の「小川洋子の偏愛短編箱」が発行され、その中に宮本輝の短編「力道山の弟」が収録されていたので、
さっそく購入して読んでみる。

これは、先日の白石一文の小説で書いたことの検証。

やはり、登場する人物が、その時代の中に息づいているという内容は、宮本輝が数段勝っている。
いや、程度の問題でなく、宮本輝の小説では、人物自体が時代と解け合って、時代の状況、色合い、雰囲気が、自然に
描かれているのに比して、白石一文の描く人物では、ほぼ完璧に「分離」して描かれている。

前者は短編にもかかわらず。

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労働者は紙くずではない

2012年07月28日 00時36分39秒 | 奇妙な風景
池袋駅前で、ビラを受け取った。
JAL控訴審についてのもの。
ビラによると、JALは2010年に、パイロット81名、客室乗務員84名も整理解雇させながら、今年の7月には510人を採用、さらに10月にも追加採用の予定だという。

もちろん解雇の後、今年6月までにパイロットが70人、客室乗務員が574人(こちらは3月までに)も退職しているというのであるから、補充は必須だったのだろう。

それならば、真っ先に迎え入れるべきは、「やむを得ず」解雇した、元社員の人たちではないのか。

JALは、史上最高の利益をあげたということからしても、「復帰」させる条件は整ったと見るべきではないのか。

労働者は、モノではない。日々、生きて暮らしている、「経営陣」と同じ人間なのだ。

「7月26日、JAL控訴審勝利、7・26励ます集いが開かれた。主催したのは日本航空の不当解雇撤回をめざす国民支援共闘などで、1000人を超える人々が日比谷公会堂を連帯の熱気で埋めた。日本航空(JAL、植木義晴社長)は2010年のおおみそか、パイロットと客室乗務員(CA)あわせて165人を解雇した。会社更生中とはいえ、その時点で1000億円を超える空前の営業利益を出し、会社更生計画の人員削減目標を超過達成していたにもかかわらず強行された解雇の背後に、組合つぶしの黒い意図があること、それが空の安全を脅かしていることが、この日の集い、特に原告団によるノンフィクションの構成劇によって浮き彫りになった。」
(レイバーネット日本)



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白石一文「火口のふたり」 後退としてしか・・・

2012年07月23日 23時44分54秒 | こんな本を読みました
雑誌「文藝」2012年 秋号

彼の作品の成長を願う私としては、失望してしまう内容だった。

社会に対する真摯な姿勢と、生身の人間として、逃れられない「性」。
この2つが、いつか無理なく「融合」されるのを期待しているのだが・・・

今回も、それは互いに切り離され、うまく作品化させることはできなかった。

従姉妹の結婚を前にして、離婚・倒産間近の身辺状況を抱えた主人公が、残された
日々を、従姉妹とのセックスに埋没する。

時折描かれるワールドカップや震災、富士山の噴火は、ここでも「添え物」にしか
過ぎない。

社会は、描いているようにして、実は何も描かれてはいないのだ。

しかたがない。次回を期す。
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記憶が薄らいだ証拠

2012年07月22日 23時02分34秒 | あれこれと
劇を観に行った帰り道。
高田馬場駅前で、数人の若い男女が、1冊の本を配布していた。
野次馬根性旺盛の私は、もちろん受け取る。

「平和を愛する世界人として 文鮮明自叙伝」
文庫本。
帯には「300万部突破 20の言語に翻訳された世界的なベストセラー!
新たに日本にまつわる歴史的秘話を収録」
とある。

まあ、無料でどんどん配っているのだから、300万部は当然か。

統一協会の宣伝本である。

この若い男女は、ためらいの表情はさらさらなく、確信に満ちた表情で配っている。

あれだけ世間を騒がせた統一協会について、もう世間の人たちの記憶が薄らいでいるのだなと、
残念に思う。

もう30年以上も前。私の友人も、この「似非キリスト教」に入信し、人格と人生とを変えて
しまった。
ほどなくして「壺を買って欲しい」「高麗人参は、なににでも効く薬だ」といって、私たちのもとに現れた
彼は、もう以前の明るく真面目な彼ではなかった。
ロボット。
感情のない、ひたすら使命を実践するだけのロボットだった。(彼を脱会させるのには、一年かかったが、この例は
まだ幸いに属するのだろう)

まだ生き延びていたのだ。

この本をぱらぱらめくった限りでは、まったくもって「教義」や「路線」を変えたようではないようだ。

人の記憶は、脆いものだと思う。




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熱い気持ちが空回り

2012年07月22日 22時12分14秒 | 素人の劇評
7/22 13:00
劇団こんぺいとう第三回公演「HAPPY BIRTHDAY」
高田馬場 高田馬場ラビネスト

昨日から肌寒いくらいの東京の中にあって、熱い、とにかく熱い舞台を繰り広げた
劇団こんぺいとうに、まず敬意を。

劇団の名前が、こんぺいとう。会場の入り口で、ラップされた黒糖?のこんぺいとうを
いただく。「じっくりと練り上げた演技を」という意味なのだそうだ。
もしかして、これは京都の緑壽庵清水のものかな?
京都では、何度か立ち寄って購入した、手作り金平糖の店。
だとしたら、懐かしい!

劇団の意気込みは、次の「館内注意」からも、ひしひしと伝わってくる。
劇団員の一人か二人が、開演前に舞台に立ち、
「本日は、劇団○○の~にようこそいらっしゃいました。開演に先立ちまして、~。
 携帯電話など、音の出るものについては~」と、話すことが一般的なのだが、ここは違う。
 それ自体が、コントとなっているのだ。
観客は、「あっ、ちょっと違った始め方だ。なにかがありそうな予感がする」と期待に
胸をふくらます。
滑り出し、好調である。

そして本編。
私には、どう見ても「空回り」としてしか思えなかった。
まず、台本。隙間なく笑いをとろうとしている気持ちが大きすぎるよう。
笑いは適度でいい。
1つ笑おうとすると、もうすでに次の笑いの台詞、演技、伏線が始まっている。
これでは笑う暇がない。
もっとゆったりと笑いをとるべきでは?

役者さんは、たくさん出演。3回目の公演にしては、みな個性的な器が揃っていると思えた。
噛んだ場面も少なくはなかったが、これは練習量と、場数を踏むことで解消されることだろう。

今回は、正直「笑えなかった」けれども、伸びしろは大きいと感じた。これからが楽しみだ。

気になる点を2つ。

①「笑い」について。
 前述した「機関銃のような笑いの発信」は苦痛であったが、そもそも「笑い」について、もう少し
 考え、練り上げてほしい。
 大声、奇妙な身体表現、それも笑いの要素に違いないが、もっともっと錬磨されたものを追求して
ほしい。今回の公演で、思ったほどの笑い声がなかったことは、十二分に感じたことだろうから。

②効果音について。あの雷鳴と銃の発射の音は、となりの客の体が跳ね上がるほど驚き、そしてそれが
何度も繰り返され、鈍感な私でさえ、「ああ、もうやめてくれないかな」と懇願したいほど、突然で、
しかも大音響だった。
最後に近づいて、私は、拳銃を持つ役者の手ばかり見ていた。

いただいた金平糖を平らげたと同時に、感想終了。

若い劇団。試行錯誤を繰り返しながら、劇団の基礎と、すてきな劇風とを、さらに磨いていってほしい。
ありがとう、ごちそうさま。

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当たり前が当たり前でない学校現場

2012年07月21日 10時53分25秒 | 教育を考える
昨日は、子どもが下校した後で、「服務研修」とやらが行われた。
東京の全ての学校で行われていることだろう。

飲酒について、個人情報の漏洩について・・・事例をもとに、「なにがいけないのか」「どう対処したらいいのか」
「未然に防ぐにはどうすぼきか」「主任、主幹として、どう指導すべきか」など、副校長が、職員を指名しながら
すすめていく。必要かもしれないが、紋切り型で、かなり退屈で、眠い研修だ。
最後には、どの事例でも「まっさきに、管理職に連絡を入れる」とある。
組織の代表であるからには、情報をだれよりも多く、そして早く集約しておく必要はあるとしても、こう何度も「校長に
連絡」「管理職に真っ先に知らせる」とあっては。

適切・迅速な対処のため、とあるが、以下の木村さんの裁判の記録のように、適切に現場について隠蔽する、管理職の保身、
市の責任逃れのための「報告」であるなら意味がない。

木村さんの自死は、典型的な「公務災害」である。
「殺された」にも等しい事例だ。


「7月19日、東京高裁は、8年前の木村百合子さん(享年24歳・当時新人教員)の自死が公務災害であると認定した静岡地裁判決を不服とした公務員災害補償基金の控訴請求を棄却した。(東京高裁第24民事部、三輪和雄裁判長)

 2004年9月静岡市磐田市で新人教師、木村百合子さんは通勤途中に自ら命を絶った(享年24歳)。地方公務員災害補償基金静岡支部(以下「基金」)は3年後に「公務外」と認定、再審査請求も棄却された。ご両親は、「公務外処分取消」を求め2008年に静岡地裁に提訴した。

 裁判は3年余に及び昨年12月15日「公務外災害認定処分取消」の勝利判決が出された。判決は、経験の浅い百合子さんがクラス運営に「苦悩しながらもできる限りの努力や責任感を持って対応した」ことを認め、困難を極めた児童への指導では「新規採用教諭に対し高度の指導能力を求めること自体酷」と認定し、新採教師に対して「十分な支援が行われていたとは到底認められない」断じた。

 東京高裁には、木村さんの地元の静岡県磐田市からの支援者も含め100名が集まった。今回の裁判には、以下二つの意義があったと弁護団の塩沢忠和弁護士は語った。

 ひとつは労働職場では、「最も脆弱なもの」を基準にすべきであるという原判決を再度認めたこと。(判決文13~14ページ)

 ふたつめは、「うつ病に発症した後の業務内容をしん酌することは、公務と本件自殺との因果関係を考察するにあたって、意義がある」と認めたことである。(判決14~15ページ)この点については、厚生労働省がこれまでうつ病の発症以降の過重労働を、労災や公務災害の審査対象としてこなかった経緯があることから重要である。

 学校現場の過重労働の背景には、東京をはじめとする「もの言えぬ職場環境」がある。今回の判決は、学校現場の過酷な労働環境の原因究明に向けた大きな一歩になりうる。百合子さんの母、和子さんは語った。「今回の判決を受けて、職場で何があったのかを語ってほしい」と。(レイバーネット)(湯本雅典)

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さて充電期間

2012年07月21日 10時38分25秒 | わたしごと
今日から実質的な夏休みになった。

かつては、「通勤手当がでなくなりますから、8月は、最低1日は学校にきてくださいよ」などと、事務の方から
言われていたものだが、今は違う。
来週一週間は、「学習教室」で、どのクラスも「学力の底上げ学習会」が行われる。
夏休みの水泳も始まる。
この水泳も、私が教師となったときは、「いずれ社会教育として位置づけて、市民開放プールにしていきますから」
「ですから、教員は、夏休み中の臨時雇用ということにして、謝礼も出します」ということで、1日4000円も
いただいたものだった。
私たち若いモンは、年配の先生の分ももらって、それで夏休みの旅行代としたものだった。
今は、そんな約束も裏切られ、夏休みの水泳は「授業の一貫」だとされ、指導は義務になり、もちろん謝礼はなく
なってしまった。

昔はよかったなどと言うつもりはないが、懐古的にはなるものだ。

さて、子どもがいない分だけ、時間的、精神的な余裕はある。

のんびり充電でもしよう。
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燎原の火のように との願い 反原発集会

2012年07月16日 20時11分45秒 | あれこれと
 さて、踏ん張りどころだ。

 大飯原発が動き始めて、既成事実に負けない日本人となれるか。正念場を迎えた今、参加者が、この集会の盛り上がりを、口伝えにして、広げていこうではないか。一人が、別の一人に。そして、翌日またその二人が、別の二人に・・・

  17万
  17万+17万=34万
  その34万人が、一人ずつ伝えて、
  34万+34万  68万
  68万+68万
 136万+136万
 272万+272万
 544万+544万
1088万+1088万
2176万+2176万
4352万+4352万

1週間と少しあれば、日本の有権者全員に声が届く計算だ。

なんとも楽天的な算段なのだが、そのくらいの勢いがあってもいい。
それほど、緊急で、大事な問題なのだから。

今日、あいにく私は参加することができなかったが、これほどの人数が、メーデー以外で集まったのは、小選挙区制反対のとき以来(カクマンダー)かもしれない。

炎を絶やすことなく、それが燎原の火のように広がっていくことを。

 ※きよみちぉんから「参加しています。すごい人です。よかったらいらっしゃいませんか」という留守電が入っていた。
  確認するのが遅かった。連帯の電話を入れたのに。
 

「脱原発を求め、再稼働を進める政府に抗議する「さようなら原発10万人集会」が16日、東京都渋谷区の代々木公園で開かれ、主催者発表で17万人が集まった。東京電力福島第1原発事故後に行われた脱原発集会の中で最大規模とみられる。「同じ思いの人がこんなにいるなんて」「ぜひ、また来たい」。強い日差しが照りつけ、真夏日を記録する中、参加者らは声を上げ続ける決意を新たにした。

 集会では、ルポライターの鎌田慧さんが「大成功です」と興奮冷めやらぬ様子で語り、会場を沸かせた。今秋にも脱原発集会を企画するとし、「まだまだやりましょう」と呼び掛けた。

 政治への不信をあらわにしたのは経済評論家の内橋克人さん。「福島の悲劇から学ぼうとしない政治家を二度と国会に送ってはいけない」と声を張り上げた。

 作家の落合恵子さんは、民主党が国民の生活重視を訴えて政権を獲得したにもかかわらず「命より原発を選んだ」と痛烈に批判した。ノーベル文学賞作家の大江健三郎さん、音楽家の坂本龍一さんらも次々と脱原発への思いを訴えた。

 東京都板橋区の会社員で長崎市出身の池田剛さん(68)は「毎週、官邸前で行われるデモを見て来ようと思った。原発の存在そのものが問題だと思っている」と汗を拭いながら語った。

 初めて脱原発集会に参加したという人も。埼玉県川口市の会社員、江田昭敏さん(37)は「同じ気持ちの人がこんなにたくさんいると分かった」と顔をほころばせた。長男(9)と次男(2)を連れて来た東京都府中市の主婦、浅野敦子さん(43)は「野田首相にはがっかりしている。大勢の方がこの問題を考えていると分かり、また参加したい」と話した。」(時事通信)
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通知表にうんざり

2012年07月15日 00時10分49秒 | 教育を考える
学期末の通知表作業週間が、ようやく一段落した。
この時期になると、正直、やる気が失せてしまって、なかなか体が動いてくれない。

みな黙々と作業をして、早く終わってしまう教員が大半なのだが、私は、いつも締切ぎりぎり、または期日を過ぎてからの
提出となってしまう。

やる気がないのは、たくさん理由がある。

①現在、ほとんどの学校の通知表は、絶対評価、観点別である。
 絶対評価は、あらかじめ設定された目標に到達しているかどうかが評価、評定されるものである。しかし、現実は、そんな
 厳密な目標については、深く話し合い、確認しあうのとはほど遠く、たいがいは担任の「考え」により付けられていること
 がほとんどである。そんな話し合う時間などないからだ。
 だから、クラスによって、例えばABCなどの評定の人数は、かなり違う。
 だからといって、では評価の基準について確認し直そう、などといった声は聞かれない。
 その代わり、「じゃ、クラスの人数を揃えましょう」などといった話し合いとなる。
 挙げ句の果ては、「大変よいは、人数が多いから、基準を90点平均から、95点に上げましょう」となる。
 本末転倒の通知表の話し合いである。
 
 観点別も、「関心・態度」「思考力」「技能」「知識・理解」といったものを、ただやさしく言い換えた文章で書かれた
 ものだ。
 私たちが、カルテのように保管している「指導要録」という帳簿と、ほとんど同じ観点である。
 「コンパスで、正確に円が描ける」「花のしくみがわかり、めしべ、おしべ、花粉などの言葉と、それらのはたらきがわかる」
 といったものではなく。とても抽象的な文章である。そのために、どこをどう具体的に伸ばしていいのか、改めていったらいい のかが、とんと分からない通知表となっている。

 したがって、親も子どもも、まっさきに観るのは、Aがいくつ、最低のCがいくつある? そんなところが第一の関心事とな
 っている。

②例えば、4月に「九九」を学習して、7月に通知表を出すとする。
 最初につまずいた九九ができたとしても、あるいは3学期にできたとしても、書き改められることはない。
 せめて、同じ担任が受け持っているうちは、訂正自由となればいいのに、そんな余裕も、意思もない。

かなりの家で、「大変良いが1個につき千円」とか「10個以上なら、好きなものを買ってあげる」約束が、大手を振っている様子。

こんな環境で、本当の勉強の面白さが浸透するはずもない。


 
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懐かしのドンキーカルテット

2012年07月08日 07時31分23秒 | わたしごと
好きだったなあ。
淡々とドタバタを演じる、そんな芸風が新鮮でした。


「ドンキーカルテットは、1964年~1970年にかけて活躍したコミックバンド。1964年にザ・ドリフターズから独立する形で誕生した(この経緯はザ・ドリフターズの項を参照)。小野ヤスシをリーダーとして、テレビなどでも活躍していたが、1970年に解散。以降はそれぞれ単独でタレントや司会者として活躍していた。

コミックソングの代表的なヒット曲として、約20万枚を売り上げた「宮本武蔵」がある(歌詞の適当ぶりに、同名の著名小説で知られる吉川英治の遺族がクレームを入れたという)。

グループサウンズ全盛期の頃、「最も危険なバンド」と言われたザ・ダイナマイツと対バンしたこともあった。」

「小野ヤスシ
鳥取県出身。リーダーでボーカル兼ギター兼ベース担当。「鳥取県が産んだ最大の芸術家」がキャッチフレーズ。他にネタに入る際の決め科白として「一発ぶちかましてご覧に入れます。」がある。なお、リーダーは名目上のことで、実際はメンバーの立場は対等だったという。解散後も、バラエティ番組の司会者やタレントとして活躍した(代表作にはフジテレビ系「スターどっきり(秘)報告」などがある)。近年では、アサヒ緑健のPR番組の司会や旧知の仲である加藤茶、仲本工事とコミックバンド『加トちゃんバンド』を組んで公演を行うなど、話題を提供していた。2012年6月28日に死去。
飯塚文男
東京都出身。キーボード担当。元々はジミー時田とウェスタンミュージックをやっていたことから、この分野の造詣が深いことで知られていた。最初期のメンバーで全盛期時には既に脱退している。後年は日本テレビ系深夜番組「11PM」水曜日(愛川欽也司会)のレポーターとして有名であった。近年までカントリーミュージックを中心に音楽活動をしていたが、2003年に死去。
ジャイアント吉田(吉田かずお、1936年1月25日 - )
東京都出身。ボーカル兼ギター兼ベース担当。1958年に日本大学経済学部を卒業、マウンテンプレイボーイズを結成。いかりや長介とは旧知の間柄。ドンキーカルテット唯一のヒット作「宮本武蔵」では作詞・作曲、ならびにリードボーカルを担当した。解散後は猪熊・祝とともにシンフォニックマッドを結成。その後ブラックジャックを経て、5人組のジャイアント吉田とドンキーズを結成。一時ハワイアンのライブハウスも経営したが現在は鴨川でラハイナという名前でハワイアンスタイルのレストランを経営している。自身の特技でもある催眠術に活路を求め、現在は芸能界の他、催眠術師として、執筆活動や催眠法のクリニックなどで活躍するほか、2010年に設立された一般財団法人日本催眠術協会の理事を務める(公式HPの「代表理事」との記載は誤記)。ミスター・マリックの裏方としても活躍していた。芸名は「ジャイアント」だが小柄な体格である(大柄だったのは猪熊虎五郎)。若い頃、武術にいそしみ、禅・瞑想・氣そして催眠へと関心を持つことになったが、元々は太気拳の澤井健一の初期(3番目)の門下生であった。小野ヤスシの死去により、現在の消息が判明している人物の中では唯一の存命者となった。
猪熊虎五郎
東京都出身。バイオリン兼キーボード兼ベース担当。長身に七三分け、黒ぶち眼鏡がトレードマークで、外見と不釣り合いな甲高い叫び声が売り物だった。シンフォニックマッド解散後は、ドンキーズにも参加し、特徴的な声を活かして声優などをこなしていたが、次第に芸能界からは遠のいていった。2001年に死去。
祝勝(いわい まさる)
神奈川県出身。本名・岩井勝(読み同じ)。ベース兼ドラム担当。「シュクショー」と呼ばれた。演奏中、影でこっそりやきそば弁当を食べて突っ込まれるというギャグがあった。シンフォニックマッド解散後引退し、現在の消息は不明。」(ウィキペディア)

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「さてなににしよう」とレストランのメニューを見ているわけではない

2012年07月08日 06時57分42秒 | 奇妙な風景
今朝の新聞に、政府公報が掲載されていた。

「どう考える?2030年の日本のエネルギーと環境」と銘打って、3つのシナリオ、
「20-25シナリオ」「15シナリオ」「0シナリオ」が紹介されている。

この数字は、原発の依存率を表しているようだ。

新聞の記事だけでは、なにもわからない。
案内されるまま、ネットでアクセスして、その「詳細」を読んでみることにした。

それによると、このシナリオの「前提」として、

今(2010年)よりも・・・

•原発依存度を減らす
•化石燃料依存度を減らす
•再生可能エネルギーを最大限引き上げ、省エネルギーを進める
•CO2排出量を削減する

これはこれでよし。(原発を必ずしも廃止するとはしていないところが、やや不満だが、きっとこれは
なんらかの伏線なのだろうと、へそ曲がりな邪推)

あ、やはりあった。
「エネルギーを選択するに当たって重要となる4つの視点」の1つに、
「原子力の安全確保と、将来リスクの低減」があり、そこでは、
「社会の安心・安全を持続可能な形で確保することが今は何よりも求められている。
徹底した安全対策の強化によりリスクを最小化し、使用済核燃料や放射性廃棄物の発生を抑制することにより、将来世代の負担を減少させる。また、安全を支える技術や人材を確保、開発する。こうした中で、原発依存度低減の道筋を具体化すべきではないか。」と書かれている。
そして、その0シナリオを読んでみると、
「最終的には再生可能エネルギーと化石燃料からなるエネルギー構成に。」「・・・経済的負担が重くなってでも、相当高水準の再生可能エネルギー、省エネ、ガスシフトを実施」など、
いかにも「このシナリオは大変なんですよ」「あまりいいものではないのですよ」といったニュアンスの文が並ぶ。

そこで、15なのか20-25を選んでみてはいかが?
といった感じなのだが、この2つ、あまり差はない。単なる程度の違いにしか思えない。

原発問題は、程度の大小が問題ではない。
放射性物質を、完全に封じ込むことができないでいる、致命的な欠陥の問題なのだ。
しかも、事故の危険が、何千年、何万年にわたって続く問題なのだ。

レストランに入り、差し出されたメニューを見て、「さて何食べよう」といったお気楽選択とは訳が違う。

政府公報は、重要な人類史的な課題を、いとも簡単に、しかも巧妙に、私たちに提示している。

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桜木紫乃「起終点駅」

2012年07月08日 06時42分23秒 | こんな本を読みました
この作者は、しっかりと成長している。
あらためてそんな思いを深くした。

「人生は重い」
そして、「だれもが愛おしい生を生きている」

この短編連作に登場する人物は、だれもが「重く、愛おしい」生を全うしている。

久しぶりに、「二回、三回と読み返しても、きっとそのたびに何か発見できるに違いない」
と確信できる作品に出逢えた。

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伸びしろ多き劇団 少し不満なりに楽しめました

2012年07月03日 00時15分39秒 | 素人の劇評
「果てしの花園--JASMINE」劇団室生春カンパニー 風の森
7月1日 14時の部(千秋楽)
荻窪小劇場

小雨の中での観劇です。
どうも健忘症、甚だしく、劇を観ているうちに、
「あっ、この劇団、「リヤ王」で一度観た」と、思い出したのです。
たしか、コーデリアが伊藤衣里さん、リヤ王が座長さんでした。

前回の劇では、私はこんなコメントを書きました。少し長いのですが・・・

「「リア王」は、私が観た商業演劇の中で、人生最初の劇。
池袋の東武デパートの中に(当時)あった劇場で、文芸部の先生に連れて行ってもらったものです。その強烈な印象から、劇が好きになる自分が始まるのだが、じつに43年ぶりの「再会」。

今回の劇も、期待に背くことなく、なかなかの意欲的なものだという、最初の印象。
古典を古典のままにせず、途中でミュージカル的な場面を入れたり、ギター、ヴァイオリンのBGMを流したり・・・切れ目のない展開は、二時間を長いと感じさせないものがあった。
「長老」的な室生さんと、たくさんの若い劇団員が、うまくバランスのとれた構成となっていて、あと数年もするころが最適なハーモニーを醸し出すのではないかと思えた。

親子の絆、権力の醜悪さ、計り知れない人間の欲望、人生の儚さ・脆さ。それらの表出で、劇の展開中、何度も胸を打たれた。
まだまだ、荒削りな若手の演技なのだが、それをもってしても余りある劇となったと思った。

といった讃辞のあとに、私なりの「苦言」もいくつか。
①歌を挿入して、「荘厳」さを出そうとしていたが、歌が続いても、なかなか重い雰囲気がでなかったと思う。低音部が、ないか、または軽視されているのではないか。合唱の効果は少なかったと思えた。
②嵐の場面の演出が、寂しすぎる。照明でライトを回す程度でもいいから、なんらかの工夫がほしかった。
③道化役は、よほどうまく使わないと白けるものだが、今回はその比重があまりにも、低かったと思う。戯れ言の中に、本質的な箴言の含まれる、道化の言葉を楽しみにしていたが、今回は空回りしていた。

私の観た範囲での、好演の俳優。(座長は対象外で・・・)
ケント役 肩を張らない自然な言い回しが良かった。
エドガー役 後半の表情がすばらしかった。
と、ここまで書いてきて、今回のような劇では、この評価は難しいのかなと思う。
おそろしく個性的な俳優もいるにはいるのだろうが、この劇からは探しきれなかった。申し訳ない。

はじめての劇団だが、おそらくは座長が、太く大きな背骨となって、日々進化している劇団だと思った。若手がたくさんいることも頼もしく思える。

期待は大きい」

さて、今回の劇です。

若い俳優さんが、めいっぱいの演技を重ねている合間に、座長さんの「息抜き」が適度に挿入されている。2度目とあって、私なりに、この劇団になじんだ楽しみ方ができました。
私の印象では、新垣さんと、伊藤さんが、二本柱となっている感があり、阿部さんの体当たりの「ボケ」、田村さんの、客席にまで唾が飛んでくるのではないかと思えるほどの熱演、座長の緩急織り交ぜての展開のテンポの転換と、うまく役を配置しての劇となったのではないでしょうか。
荻窪小劇場のステージが、あまりにも狭いために、ダンスで大きな振りができにくいことを恨みました。
一見さんには、劇団の特徴が分からずに、やや取っつきづらい面があったと思いますが、私は、この劇団に流れている雰囲気や、方向性(私の勝手な推測の「真摯」さ)には、共感できるものがありました。


私なりの苦言です。劇団の成長の糧となることを願ってのものです。
①「踊りは専門ではないから」と言われたら、実も蓋もないのですが、そしてあの狭さも加味してですが、あまりいただけませんでした。人数が少ないこともあってのことかもしれません。
②最後の場面に至るまでの伏線に、少しいらいらしました。好演ではありましたが、阿部さん関連の場面は、いらなかったのでは?
③私の観た二回とも、舞台道具、美術には、あまりこだわっていないように思えたのですが、これは意図的なのか、予算の都合なのか、やや不明でした。舞台も、劇が成功するための大きな要素だと思います。
④若い二人の役者さん以外の若手に、まだ個性を感じられません。半年ぶりに出会った役者さんの一層の奮起を期待しています。

まだ荒削りかなと思える劇団。若さ自体、ひとつの魅力です。
「老成した」(失礼)座長を追い越す劇団員が、一人でも多く輩出されることを願っています。


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