息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

哀悼 北杜夫

2011年10月29日 11時26分15秒 | わたしごと
彼は、本嫌いの私が、本を読もうとするきっかけを作ってくれた人。
星新一といっしょに、中学生のときは、でるものすべて買って読みあさっていました。
「航海記」「クプクプ」など、ユーモアに富んだ文章にひかれていました。

いま思うと、なんとも安っぽい読書の契機なのですが、彼らがいなかったら、今日の私はなかったと思います。

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ホッとするひととき

2011年10月25日 00時00分49秒 | わたしごと
組合の批准投票の袋を組合事務所に届けた帰り道、前任校の元同僚のT先生と、ばったり会いました。
彼も事務所に届ける用事で来ていたので、私は、駅前のジョナサンで待っていることに。

今日は、クラスの子どもが、ずっと保健室にいりびたったり、廊下を徘徊したり、教室でもやる気なく、私の横でへたっていたので、ずっとつきあっていたため、給食も半分しか食べることができないでいました。

T先生を待っているあいだに、強い空腹感。
オーダーを受けに来たウェイトレスさんに、思わず「ビーフシチューとオムライスの組み合わせのもの」と答えてしまいました。

そのうちにT先生もやってきて、サンドウィッチを注文。

彼の豪快な笑い声、レストラン中、聞こえるだろうという大きな声。
なつかしい光景です。

今の職場が、個々バラバラの感があり、それぞれに与えられた部署、係から、毎日洪水のように文書がでてくる。
全体が見えず、プリントを読んでこなすだけで精一杯。
会議も「報告」が中心であるから、若い人たちは質問するくらいなら、プリント通りやって、不具合が出てくるなら、その起案者が悪いのだ、と、割り切っているみたい。

互いの学校のこと、まあどこも大変だよね。
また劇を観に行きましょう。
たばこ、2人とも辞められないねえ。

そんなおしゃべりをして、彼に癒されて、感謝の帰路につきました。
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世代交代 いや・・・

2011年10月23日 02時21分03秒 | わたしごと
息子と、彼の嫁さんが、そろって教員採用試験の合格通知を受け取った。
どちらも保育士からの転職組で、試験勉強は、さぞかし大変だったに違いない。
働きながらの受験だっただけに、彼は三度目の正直。
年に一度のチャンスだから、発表日はいつもドキドキの1日となる。

愛知の、私の母にメールを打つ。
妹にもメールで知らせる。

私も転職で教員となった者だから、親子そろってのこととなる。

親としてホッとする反面、いよいよ世代交代なのかなと、自分の年齢も意識させられる。

職人さんと異なり、「隠居」して息子に店を譲るというわけでもないから、交代という言葉は適していないのだが、
私の残された時間を、悔いなく送りたいものだ。

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川西ダリア園 井上ひさし

2011年10月16日 22時14分02秒 | わたしごと




白布温泉から、川西ダリア園に車で到着。
朝まで雨が降っていたのですが、開園時には、すっかりあがって、晴天となっていました。

650種、10万本あるという、ここ川西ダリア園。
おぼえきれないほどの品種です。
ダリアという名前は知っていても、これほど種類があるとは知りませんでした。

愛、友情、エンジェルヒップ、プリンセスマサコ・・・バラのように、名前も、きっと凝りに凝ったものなのでしょう。
興味なしと思っていた私も、その圧倒的な数と、優雅なダリアに、魅せられてしまいました。

ここは「小松」という駅に近いところ。
ここから井上ひさしが生まれたこと。
「こまつ座」の由来だということ。
そんなことも聞き、私にとってはぐっと近い土地となりました。
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山形へ

2011年10月15日 10時34分44秒 | わたしごと
これから山形へ。
友人の招待で行く山形ですが、中学校の文芸部で行った山寺は山形県だっけかな、
ならちゃんというサークルの後輩の出身が、たしか尾花沢、ここも山形だったっけなあ・・・
と、岩手、山形あたりの位置や、都市の知識が、ほとんどないことに気づきました。

ダリア園、山形牛が、今回のメインだと聞いています。
荒れ模様の天気だけに、あわてず、のんびりと行ってくる予定です。

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無題

2011年10月12日 23時43分06秒 | わたしごと
また月がきれいに輝いています。
キンモクセイの香り。
春眠ならぬ秋眠、とにかく午後になると眠気が一気に訪れる毎日です。

サッカーでは、格下とはいえ、日本が圧勝。
体操団体では、日本が逆転され銀メダル。
中日にマジック点灯。
上原、連続して救援に失敗。

愛国心というよりも、同胞意識といったほうが正確なのでしょう。
やはり、身近な、知っている人に肩入れをしてしまうものです。

排外的にならなければ、普通の感覚でしょう。

橋下知事による「強制」で、愛国心など育つわけがない。
いや、それでも繰り返していけば、知らず知らずのうちに「当たり前」になってしまうのか。

それが恐ろしい。
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「はい!スクール」 空回りしています

2011年10月10日 21時39分55秒 | 素人の劇評
「はい!スクール」10/10 14:00の部
新宿眼科画廊 劇団「おばけの森」

正直、無理しても笑えませんでした。
オムニバスの7編。
どれも、台詞のひとつひとつに、脚本家の「意気込み」が感じられるのですが。
二つの理由で、これが「受けない」のだと思いました。

1つ目は、脚本家と観客との意識の乖離。書いた方は、台本の一字一句をながめながら「クスクス」していたにちがいないのでしょうが、私にとっては、それが笑いと繋がらない。このギャグは、4,5人の仲の良い友だちとの飲み会あたりなら、みんなが腹をかかえて笑い合うことでしょう。ただ、これはそうではない、見ず知らずの観客群です。一つ一つに精を出すあまりに、のべつまくなしに「笑い」を強要されている感じとなって、結局笑えないものとなっていったのだと思いました。

2つ目は、役者の問題。あるいは演出の問題。
とにかく「オチ」のたびに「絶叫」することが多いのです。これも違和感があります。声を張り上げて、言いたいことを強調したいのはわかりますが、それはストレートに受けるものではありません。
みなさん若いということもあるのでしょうが、素早い、大きな声がメインの流れになっていて、「ああ、ここに1人でもおじいさんがいたらなあ」という気持ちもしました。(これはハイスクールですから、無理か)

台詞の言い回し、演技などは、一定のレベル以上のものを感じただけに、残念。脚本の精選を望みます。がんばってほしい。


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白石一文「心に龍をちりばめて」

2011年10月08日 14時45分29秒 | こんな本を読みました
人は、人を愛するときに、なんでこうも理由やら理屈をつけたがるものなのだろう、と、読んでいました。
そういう私も、やはりそうでしたから。

社会的な生活を送らざるをえないヒトは、単独で生きるときでさえ、社会的な関係から逃れることはできないのですから、
まして「生育歴」の異なった二人が一緒に生きることは、単純に「好きだから」だけでは乗り越えられないものが山積している
のでしょうね。

ヒロインが「美人」で「聡明」、彼女の周辺の男が、「東大での秀才」「心根のやさしい元やくざ」と、設定を粉飾しすぎたきらいはあるのですが、作者自身が真面目なのでしょう、真摯な「思考の連続」を楽しむことができました。
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人生の整理

2011年10月04日 22時18分46秒 | わたしごと
「エンディングノート」に触発されたのでしょう。

私の歩んできた道の途中で置き去りにした、手つかず、「逃げ」、理解・納得・説得できないままの課題などが、とても気になっています。

例えば・・・

①中学生のときに、興味本位で洗礼を受けてしまったこと。「トマス」という名前までいただいたのに、以降、なんの宗教人らしいことをしていません。もちろん神は信じていませんが、「落とし前」「謝罪」はまだなのです。

②高校時代に、クラスメイトの井くんに、オリベッティのタイプライターを貸したまま。返してもらっても、使うわけではないですが、卒業して40年ほど経っていて、どうなったのか気になります。

③中学時代に仲の良かった、金島くん、荒川くんと話したい。荒川くんは、「いじられキャラ」でしたが、高校に入って、急にゲバラの信奉者になっていて、驚いたものでした。今や如何。

④広島でお世話になった、流川の飲み屋「緑」のママさん。何年も夏限定で訪れて、年に1回なのに、楽しみにしてくれていました。5回ほど行った次の年に行ってみると、すでに店はなく、となりのキャッチバーのママさんから、亡くなったことを聞きました。故郷は四国だと聞いていましたが、死ぬ前に別れが言いたかった。墓参りもできたらしたい。

⑤私は、友だちと長くつきあっていくことに不器用です。「いざというとき」以外は、それぞれの道で・・・そんな風に考えていたからですが、ふだんつきあっていなければ、「いざ」なんて分からないものですよね。

よく考えると、ここに書けないものばかり。

MAE NO OKUSAN TOWA NANDE WAKARETE SHIMATTA NODAROU・・・
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エンディングノート その他諸々

2011年10月03日 22時11分40秒 | 素人の劇評
運動会が土曜日に行われたため、今日月曜日は振替休業日。
きっとこどもたちは、すいている東京ディズニーランドに行っているだろうなと思いながら、
発想は同じように、新宿ピカデリーに映画を見に行きました。
朝一で行けばがらがらだと予想して、9時20分の初回を狙って。
案の定、客は、5分の1くらいの入り。ほっとしたような、少し寂しいような。

映画は、「エンディングノート」。
ちょっと気になっていた映画です。

「熱血営業マンとして働き続け67歳で退職したサラリーマンが、第二の人生を歩み始めた矢先にガン宣告を受け、残された家族と自分の人生を総括するために“エンディングノート”を実行していく姿を収めたドキュメンタリー。本作の製作を務める是枝裕和に師事経験がある砂田麻美監督が、最期の日まで前向きに生きようとする父と家族の姿を映像に記録。重いテーマながら、段取り命で会社人生を送った当人らしい幕の引き方が感動を呼ぶ。」(YAHOOの解説から)

ドキュメント映画なのでしょうが、ちっとも「死」を悲壮感を感じさせない、ユーモアにあふれたものとして描いている。
死の準備として、段取りをノートにしたためて、それを実行していく父。
それを次女がカメラに収めていく。
父の台詞は、次女(と思われる)声。
カメラのこちらがわから、質問も投げかけられる。

なんとかわいい父親なのだろうと、前半は、仏教からキリスト教に宗旨替えをしたり、無邪気に孫の相手をする健気な彼が、とてつもなくかわいく思えます。

しかし、やはり死を目前にした数日の日々は哀しい。
ユーモアも混じった映像ながら、それでも哀しい。
妻と二人きりになって、彼は彼女に、「ありがとう」「愛してる」と話しかける。
彼女も、泣きながら、「一緒に行きたい」と。

辛い、最後の10分でした。

人は、この世に誕生したしたときから、死へのカウントダウンが始まっているのですが、幼く、若くあるときは、けっして意識するものではありません。
そろそろかな、そんな気分の私です。

帰りは、山の手線と総武線と間違えて乗ってしまい、東中野から大江戸線に乗り換えて、練馬に出て、西武池袋線に戻って帰りました。きっと、ぼーっとしていたに違いありません。



場内が明るくなったときに、「ああ、後ろの席に座っていてよかった」と、正直に思いました。



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