息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

たくぞうさん ありがとう

2011年09月28日 23時56分10秒 | 教育を考える
「好き」な感情は、いっこうにかまいません。
私は、教師として「意味がないのでは」「効果が出にくい」と思っているだけです。

個人的には、現在の運動会は「エントリー型のスポーツ祭典」にしたらいいと考えています。
こどもたちが、「種目を考える」
高学年が、その種目の企画や運営に携わる。
種目は低中高ごとに分け、エントリーして参加するものとする。
が、基本です。

このようにすれば、こどもたちは一生懸命に「種目」を考えようとするでしょうし、
自治の力も、共同して話し合い、運営していく力も育っていくことでしょう。

ダンスも、希望する子が集まって練習、披露すればいいですし、
保護者、地域の協力も得やすいとも考えられます。

「規律正しい行進」「みんなで同じ動きの強制」「与えられた動きを強いられる」といったことも
なくなります。
運動の苦手な子も参加できる種目・・・それを考えてあげることも、こどもたちにとって、大きなテーマと
なります。

そんな甘い考えではだめだ、鍛錬も必要だ。
「型」も大事な学習内容だ。
そう考えていらっしゃる方には、満足しないことでしょうが、今の運動会には、「強いる」「強いられる」ことだけで成り立って
いるような気がしてなりません。







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運動会の効能

2011年09月28日 01時00分35秒 | 教育を考える
運動会って、どれほどの教育的意義があるのだろうか。
教師の作ったシナリオに、とにかく絶対服従。
「声が小さい!」「もっと膝を上げて歩け!」「縦と横をきちんとそろえなさい!」
「きびきび動きなさい」

ここには、個々の好き・嫌い、得手・不得手など、差し挟む余地はない。

創造性?
どこにもない。
自治能力も、養われるはずもない。
批判する力。
「ぼくたちも考えたい」「ちょっと変です」
言ったが最後、「問題児」のレッテルを貼られてしまう。

大嫌いな運動会も、あと4日で終わる。
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三連休もあとわずか

2011年09月25日 03時48分37秒 | わたしごと
この三連休で、栃木にある父と、伯母の墓参りに行きました。
その延長として、茨城の義姉の家に。
ひたちかなの道路は、ところどころ、まだ地震の影響による段差があり、やや走りづらい。
夜には、震度4の地震に遭遇。ガラス窓がビリビリ震えるものでした。
津波の被害を受けた那珂湊は、市場の営業も再開して、ようやく活気づいた様子。
しかし、一時期の大混雑とはほど遠い客の数のようです。

帰りは渋滞を覚悟したものの、車は多いがノンストップで家にたどり着くことができました。

一箱27尾、1500円のサンマは、刺身や煮物にしてたらふく食べることもできましたし、梨や桃も、シーズン最後のものとして、美味しく食することもできました。

辺見じゅんさんの訃報。
確実に、私の内面を創ってくれた方々が減りつつあります。

運動会練習の準備の際に、大漁旗の棒を運ぶ途中で、謝って歯を突いてしまい、前の1本がグラグラしています。
ああ、また1本喪失、なのかもしれない。

野田首相の演説で、彼もまた原発については、まだ商売道具として考えていることが判明してしまった。
やはり「金儲け」至上主義。
徐々に、また末期が近づいてくるのだと思う。

三浦しをんの「まほろ駅前番外地」を読むが、ちっとも面白く感じない。
最初の印象とは対照的。
これは作品というよりも、私の問題なのだろう。
「重い」ものを読みたい願望。
やはり宮本輝のライフワークを、ていねいに読んでいこうと思う。

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「緑の毒」 桐野夏生 読んでいて落ち着かない小説

2011年09月23日 00時06分21秒 | こんな本を読みました
医師であるレイプ魔が転落していく過程を描いた小説。
彼女にとっては「駄作」の部類に入るものだと思った。

私は小説を読むときは、たいがい登場人物の誰かに寄り添って、その変化、成長、挫折、恋愛、成功や失敗、葛藤を、自分と重ねねているものだが、この小説には、その「寄るべき」人物がいない。

最後まで心が安定しなかった、久しぶりの小説であった。

「そんな読み方しかできないの?」
と、桐野さんには反論されそうだが、私はそんな狭い読み方しかできない。

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台風一過

2011年09月22日 01時41分10秒 | わたしごと
夜中に起き出して、外で一服。
空は、夕方の荒れ模様が嘘のように、羊雲の秋空。
ニュースを見ると、この台風は、各地に甚大な被害をもたらしたと言う。
名古屋の母の家は大丈夫だったのか。
夜、震度5弱の地震まで遭遇した親類の家も心配だ。
東日本大震災の地はどうだったのだろうか。

4時間授業でこどもたちを下校させ、職員には地区ごとにパトロールさせ、それでいながら、帰校した職員のことは、さらさら感心もなく、「早くお帰りください」の一言もない管理職。
みんなに呼びかけて、年休をとって、タクシーを呼んだりするのは、なんで私が?といぶかりながら学校に残る職員を「追い出した」。

また明日から三連休。
心と体が、まだまだ「勤務状態」になっていない。
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「シャイロック」 視点を変える面白さ

2011年09月20日 00時06分02秒 | 素人の劇評
「シャイロック」 東京演劇アンサンブル
武蔵関 ブレヒトの芝居小屋
9/19 14:00の部 千秋楽

長野、木島というところに「学生村」という民宿の集まりがありました。
私が高校三年のときの夏休みに、クラスメイトの荒木くんと一緒に訪れたときのことです。
同宿した人たちの中に、20代半ばと思われる「お兄さん、お姉さん」がいました。
男女それぞれ二人。もう40年近くも前のことです。

なんとはなしに話をするようになり、この四人の同宿者は、「東京演劇アンサンブル」の劇団員だということを知りました。
一人は、長塚さんという方。あとは残念ながら覚えていません。

この四人は、ブレヒトの劇について、それがどんなに優れたものなのか、熱く語り、何も知らない私は、それがとても新鮮に感じられました。その際に、「暗記するといいよ」として教えられたのが、ブレヒトの「けしてできないなんてお言いでない」(原題は失念です)、谷川俊太郎の「ネロ」の詩です。
同時に、そのときに、世界で初めて民主的な手続きで成立した、チリのアジェンテ政権が、軍隊の反乱により倒壊してしまったことも、この学生村で、ニュースとして彼らから知らされました。

おそらく社会に目を向けて考えるということを、私は初めて、この四人から教わったと思います。(完全にノンポリの私でしたから)

東京に帰って、暮れに「パリコミューン」という劇を、この劇団で観ました。長塚さんたちは、まだ端役でしたが、林光の音楽や、切れ目のないせりふの連続に、ある種のカルチャーショックを覚えたこと、今でも鮮明に覚えています。(打ち上げにまで私を誘っていただいたことも感激でした)

私が今、ここにあるのは、この劇団のおかげなのかもしれません。

「シャイロック」は、「ヴェニスの商人」をベースとしながらも、脚本を手がけたアーノルド・ウェスカー自らが言うように、まったく新しい作品として完成されたものです。
シャイロックを、より人間くさく、しかも複雑な生い立ちと心理とを持った人物として、「再生」されています。
ユダヤ人問題に目をそむけず、真正面から描いているところが、観ている私たちにとっては、分かりやすいものともなっています。シェークスピアの原作では、そこまで描ききれていません。
より人間を深く理解し、しかもより深く愛した作品だと言えるでしょう。

実験的な脚本なのでしょうが、その試みには共感できるものがありました。

劇団の「年長の方」(案内係をしていた男性の方)に、前半に書いたようなことを、懐かしさをこめて、たくさん話してしまいました。待合室の左手奥に飾られた「パリコミューン」のポスター。これは当時、読売ホールで上演されたときのものだとのこと。私の第一歩が、ここから始まったのですね。懐かしい・・・

今年の学芸会は、以前作成した「ヴェニスの商人」の大幅な書き換えをしたいと考えています。



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つかこうへい、原田芳雄・・・もうスクリーンでしか会えませんね

2011年09月19日 10時09分18秒 | わたしごと
池袋の新文芸座で、「寝盗られ宗介」を見てきました。
先日亡くなった原田芳雄の追悼として、彼の出演作品を連続して上映している中の一つです。

これは、つかこうへいの作品の映画版。1992年というから、今から20年近く前の作品です。
最初の画面から、「雨降り」。
たった20年でも、映像は格段の進歩をしたのでしょう。時代をはじめから感じさせるものです。

「つかこうへいの同名舞台劇を「われに撃つ用意あり」の若松孝二監督で映画化したコメディ。ドサ回り一座の座長とその妻の奇妙な愛憎関係を中心に、座員たちの面白可笑しい人間模様を描く。富士山を望むのどかな町。北村宗介一座の座長・宗介は、一座の看板スターで自分の女房でもあるレイ子の帰りを待っていた。レイ子は宗介自ら画策して妻子もちの謙二と駆け落ちしたのだった。客はすでに待ちくたびれ、やむなく場つなぎのショーを始めるが……。」といった宣伝文句ですが・・・

私はなによりも、俳優の若かりし姿に魅入っているばかりでした。

原田芳雄はもとより、 藤谷美和子、筧利夫、山谷初男、岡本信人、佐野史郎、吉行和子、玉川良一、 久我陽子 、柴田 理恵

とにかく若々しい彼ら、彼女らが、溌剌としています。


善良であるがゆえに、誰からも好かれ、しかしなにも報われることのない、もの哀しい人物を描くことは、つかこうへいの得意とするところでしょう。
(私は、よく「寅さん」とダブってしまいますが)

心の中で泣きながら見ていました。








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当然の判決 しかし現状回復はできない

2011年09月18日 01時42分22秒 | 教育を考える
当時、この事件を聞いた私は、最初に「ああ、これは見せしめだな」と思った。
教育の現場に、いきなり都教委は、産経新聞の記者と、都議会議員とを引き連れて、教員を犯罪者のごとき扱いを行った。
それ以来、現場では、性教育は完全に萎縮したものとなっていった。


「9月16日、東京高裁は、七生養護学校「こころとからだの学習裁判(ここから裁判)」控訴審判決が出され、七尾養護学校教職員に対する都教委の処分と都議の性教育への介入を不当とする一審判決が維持された。(東京高裁第2民事部、大橋寛明裁判長)
「ここから裁判」とは、2003年に当時の東京都立七生養護学校の性教育実践に対して行われた都議会議員、産経新聞、東京都教育委員会による弾圧(授業差し止め、教材没収、厳重注意処分13名、校長への1か月停職・校長解任)という前代未聞の事件に対して闘われているものである。この裁判は2009年3月に都教委に対する賠償命令と処分取消が東京地裁で出され、2010年2月に金崎校長への処分取り消しが最終的に確定し闘いは大きく前進した。しかし2009年3月の東京地裁判決に対し都教委は控訴、またその地裁判決も産経新聞の責任や教材の返還についての言及があいまいなことから、原告も控訴し東京高裁で引き続き闘いが継続していた。
今回の判決では、一審原告が原判決に加え求めていた①性教育への介入を正当化した産経新聞社への損害賠償、②没収された性教育教材の返却、③産経新聞への謝罪広告の掲載は認められなかった。しかし本判決では、教育委員会の権限について「教員の創意工夫の余地を奪うような細目にわたる支持命令等を行うことまでは許されない」とした。また学習指導要領についても「一言一句が拘束力すなわち法規としての効力を有することは困難」とし、原判決が認めた現場教員の自由な裁量の正当性をより明確に示したことは、極めて大きな成果である。
この事件が、発生以降の8年間で現場にもたらした影響は大きい。一審原告の日暮かをるさんは「とても大きな傷をもたらした」と語り、関口正和さんは「『特別支援学校』の教員は、性教育におっかなびっくりだ。性教育をやめた人もいる」と報告した。しかも現在東京都が発行している「性教育の手引き書」には「七尾養護学校の実践」を悪例として挙げているのだ。その中でのこの判決が現場にもたらす成果は大きい。関口さんは、「私たちがやっていたことが違法でなかったことが認められた。自信をもって性教育をすすめていきたい」と語った。」(レイバーネット日本)


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こんな偏見の固まりさんも いるのですねえ

2011年09月18日 00時54分16秒 | コメントさんに答えます
私の記事の「EXILEは やはりただの商売人」に、匿名の方からコメントがありました。

その文章は。たった1文。
「あなたはただの日教組」
これだけです。

単なるレッテル貼りの文ですが、この内容の粗雑さ、品のなさよりも、これを投稿しただろうと思われる方の頭の中の回路に
興味を持ちました。

以下、私の考えです。

①ちなみに私は、日教組の組合員ではありません。私は、日教組の主義・主張がすべて分かっているわけでも、日教組に共感しているわけでもありませんから、はなはだ迷惑千万です。日教組としても、同じでしょう。(まあ、私ごときを日教組が相手にするわけはありませんが)

②EXILEの商業至上主義に対して、日教組はどこかで批判していたのでしょうか。または、私の考えに、日教組が普段主張していることと、相通じるものがあったのでしょうか。「ただの日教組」として、短絡的に書かれたものでは、なにも分からないものです。

③つまり、このコメントは、単なる「いじわる」「恫喝」といった目的のためだけのものなのかもしれません。コメントした匿名さんは、EXILEの熱烈ファンか、日教組に恨み辛みがあるか、そのどちらもであるか、なのでしょうが、人のブログに理由もなく決めつけの文を残すだけとあっては、常識を欠いた方であると同時に、聞く耳を持たない頑固者(よく言えば、です。正確には偏見・先入観に充ち満ちた独善的な方)なのでしょうね。

④この手のコメントは、たまにいただくことがあります。今回も、管理人の権限で削除しようとも考えたのですが、「こんなくだらない、しかも理由も示さないコメントを、ぜひみなさんの教材に(もちろん反面として)ご参照ください」という趣旨で、残すことにしました。(こんなレベルの低いコメントに、私自身が怒っていることもあります)





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重い記念日は

2011年09月12日 01時21分02秒 | あれこれと
1.17
9.11
3.11
3.10
8.6
8.9
8.15
12.8
10.21
まだまだあることだろうが・・・

あと何百年を経ると、人類、いや日本だけでも、「忌まわしい記念日」だらけになってしまうのではないか。

カレンダーの毎日が、そんな日だらけになってしまったら・・・

その前に、人類は、この地球上から消滅しているかもしれない。
人類は、いとも簡単に、それらを記憶から追い出しているかもしれない。
もっと賢くなって、それらを昇華する術を発明しているかもしれない。

祝日と重なったら、どうするのか。
日本の祝日の大半は、「天皇」がらみであるだけに、極右、右翼、国粋主義の面々は、どう主張するのか。

もう私は生きていない頃のことだが、ちょっと興味あり。

重い「記念日」は、やはり気も重い。
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あれこれ あれこれと

2011年09月10日 09時19分06秒 | わたしごと
運動会のソーラン節の練習が本格的に。
舞台の上で、子どもと一緒に踊って3日目を終えた。
当然のことながら、全身筋肉痛。
すぐに筋肉痛が出たことは嬉しい(いつも体を動かすと、筋肉痛が2,3日後に出る)のだが、
帰宅すると、とにかくぐったり。
子どもたちはいたって元気。休み時間も、CDをかけて、「どっこいしょ!!」と声を張り上げて、何度も何度も
おどり続けている。


名古屋から、姪とその友人が東京見物にきている。
宿と食事は私のうちでとり、あとは明日まで、原宿やスカイツリー、お台場などを回って見るのだという。
東京って、なにか心にしみ入るものは、なにかあるのだろうか。

9.11
3.11
同じ星に生きる「人類」として、なにを学んだらいいのか。
本当に私たちは「手をつないで」いるのだろうか。
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もう23年かあ

2011年09月04日 18時18分42秒 | わたしごと
また父が夢の中に登場した。
今度は、茨城行きの道中に。
私の家族プラス父と母。車の運転は父が担当している。
父は運転免許を持っていなかったのに。
路地から大通りに入る際、左折するときに大回りをして、反対側の車道に入ってしまった。
がらがらの交通量で、とくに心配することはないのだが、父は、
「運転の腕がなまったのかな」と述懐。
突然、父がピアノを弾く場面に変わる。
父はギターをつまびくことはあっても、ピアノは弾かない、いや弾けない。
母に、
「えー、お父さんってピアノ、いつ習ったの?」と尋ねると、
なぜかニヤニヤして答えない。

今度は、増水した川の岸辺に。(これは台風関連のニュースに影響されているのだと思う)
「なんで僕が生まれたのだろう」と、いやに哲学的なことを父母に問う。
ここでも二人はニヤニヤ。

しばらく川をみんなで見つめて、
「でも愛されて生まれ育ったのだから、別にいいや」と、私から打ち切り。

父が死んで23年。

私の中では、まだ父として、相談役として、友人として、立派に生きながらえている。
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あまりに俗的な・・・

2011年09月03日 08時40分09秒 | あれこれと
最後の発言については賛成。
しかし、この石原慎太郎氏は、小説家でいながら、なんと薄っぺらで俗的な発想しかできないのであろうか。
彼の作品を一つも読んだことはないが、想像力、創造性が絶対不可欠な創作活動をしている人物のはずなのだから、もっと言葉に敏感であるはずなのに・・・と思い、さらにこんな程度の価値観しか持たない人物の書いたものからは、きっと「反面教師」とはなりえても、肯定的に共感したり学べるものは皆無であるに違いないと思い、本を手にすることがなかった。
作品と人物評とは分けて考える必要があるのだと、よく言われるのだが、どうもねえ。

侵略戦争の結果として「独立を果たした」と感謝されたとしているが、もし日本が常勝し続け、戦争状態が続いていたなら、インドネシアなどは「独立」どころか、日本の一部になっていたに違いない。日本の侵略の結果として、インドネシアの独立精神が培われたことに「感謝された」といって、それを自讃する精神も理解に困る。


「菅直人前首相が朝鮮学校の高校無償化適用の審査手続き再開を文部科学相に指示した問題で2日、菅氏の対応を「許せない」と批判した東京都の石原慎太郎知事。菅氏は「昨年起きた北朝鮮の韓国砲撃以前の状況に戻った」と判断したとされるが、石原知事は「どういう風に北朝鮮が変わったのか」と疑義を唱えた。
 石原知事は「ロシアは日本の北方領土を奪い、中国は尖閣を自分の領土だと言っている。北朝鮮は状況証拠から、われわれの同胞を何百人も連れていって殺してはばからない」と指摘。
 その上で、「そういう核を持つ国に囲まれ、国境を接している国は世界で日本しかない。地政学的に、危険な条件の中に置かれている国ということを、菅というのはまったく分かっていない」と述べた。
 都は平成22年度、都内の朝鮮学校に対して補助金を支出していないが、今後について、石原知事は「こういう事態を踏まえて、都議会で討論すればよい」との見方を示した。
 会見では歴史観や歴史教育にも話がおよび、「日本がやってきたいくつかの戦争を、戦争が悪だから、すべて日本の歴史は間違ったと決めつけるというのは私は絶対に反対」と主張。
 「戦争を美化するつもりはないが、私が会った限りで、エジプトのナセル大統領と、インドネシアのスカルノ大統領は『石原さん、われわれが独立できたのは日本のおかげだ。日本のおかげで私たちは独立戦争という第三次世界大戦を戦った』と同じことを言った」とのエピソードを披露した。
 さらに、原爆死没者慰霊碑に刻まれている「過ちは繰返しませぬから」という文言に触れ、「繰り返しません、の主語は私たちということじゃないですか。繰り返させませんというのが当然だと思う」と述べた。」(産経)


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