息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

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2010年09月30日 23時15分37秒 | 教育を考える
「競争はだめだって言う人がいるけれど、いっせいのせいで、みんなで手をつないでゴールするなんて学校は、何を考えているのでしょうね」というのは、デマではありませんよ。事実です。大阪の北部の学校では多かったようです。

というコメントをいただきました。
意外にも、存在する(していた)のですね。
ただ、「ようです」の語尾なので、コメントさんも伝聞によるものかもしれません。
「大阪の北部」といった表現も、ちょっとひっかかります。

もう少し、私も調べてみることにします。
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国家は必要悪か

2010年09月27日 23時45分41秒 | あれこれと
今回の尖閣諸島の件では、中国が国家の一番醜い所を、あますことなく曝してくれた。
右翼とそのシンパは、「待ってました」とぱかり、攻撃の論陣を張るのだろうが、おっとどっこい、これは、社会主義、資本主義問わず、国家として存立している限り、いつでもどこでもつきまとってくる問題である。(アメリカの対ベトナム、イギリスのフォークランドを巡る強行姿勢など)

中国は、「国益」と称して、恫喝(釈放・賠償要求)、報復(輸出品の全製品検査の導入、フジタ社員の逮捕・交流、スマップのチケット販売停止もそうだろう)、煽動(市民による抗議デモ)といった、かなり古典的な手法で、日本に対してゆさぶりをかけ続けている。

領土問題や、その「先取り特権」は、それこそ「国益」を是とする約束のひとつであって、これ自体批判されるべきものなのだろうが、理詰めでいけば、19世紀の終わりに日本の領土として閣議決定された尖閣諸島を70年以上も異議を唱えずに黙認してきた中国には勝ち目はないだろう。

しかし、しかしである。国家の論理は、この「理屈」「正義」がなかなか通用しない現実がある。

国家なんてくそくらえ、と思ってはみたものの、いますぐに国家の消滅などと考えることも、正解ではないだろう。

人類は、それにとってかわる、国家なしの、または「民主的国家」の新たなシステムを創り出すことができるのだろうか。


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橘祐典監督の訃報

2010年09月26日 02時18分10秒 | わたしごと
詳細は分からないが訃報を受けた。

『どぶ川学級』『教室205号』『あしたの火花』『ガラスのうさぎ』『母さんの樹』など多数の劇映画の他『にんげんをかえせ』『怒りの三宅島』『住井すゑ百歳の人間宣言』など、数多くの記録映画も監督。

大学生時代に、『どぶ川学級』『ガラスのうさぎ』を観て、背筋を伸ばして生きていくことを、何度も示唆された記憶がある。(まだ、悟りきっていないが・・・)

今日ここにいる私の血肉の一部となった人。
謹んで、合掌。
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ここまできたか

2010年09月26日 01時59分34秒 | 奇妙な風景
家の改築に伴い、仮住まいの借家の契約を済ませました。
自宅から歩いて10分ほどで、敷金・礼金なしはありがたいところです。
ただ、如何せん古い! 築ん十年なのだろうか興味の湧くほどの古い平屋。
息子は「トトロの家」と呼んでいます。
まあ、それはおいおいここに紹介するとして、自宅からの途中で、奇妙な自販機を見つけました。
野菜の自販機です。
よく道端に野菜を置いた小屋?があって、大根や白菜など、100円程度の野菜が置いてあることがあります。たいていは、そこに箱のようなものがあって、買った人はそこにお金を入れていく。

しかし、これは違うのです。
コインロッカー型、いや、よくホテルでみかけるのぞき窓のある飲み物の自販機とでも言うのでしょうか。つまり野菜を買いたい人は、お金を入れると扉が開き、野菜を取り出せる仕組みになっています。

便利・合理的、というよりも、なにか「殺伐」とした風景に思えたのは、私だけでしょうか。
「箱では、もうだめなくらい、人を信じられなくなってしまったのかな」と、哀しい思いも。

みなさんの家の周りにも、こんな風景が日常的になっているのでしょうか。
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群衆心理

2010年09月23日 18時56分54秒 | 教育を考える
少しむずかしいと思いながらも、こどもたちに「群集心理」について話をしました。
クラスの子かどうかはわからないのですが、下校途中に、低学年の女子に、小石を投げた子がいる。投げられた子の後ろに、何人かの男子がいて、「あたった、あたった」と嬉々として叫んでいるのが聞こえたという報告を聞き、クラスで話すことにしたのです。

三省堂「大辞林」には、「群集が示す特殊な心理状態。一般に判断力が低下し、興奮性が強くなり、衝動的・無責任的な言動をとる傾向になる。」という記述。

こどもたちには「1人では、きっとこんなことはやらないんだよなあ」「でも、みんなといると、気持ちが大きくなって、悪いこともやってしまうんだよねえ」と話すと、こどもたちも「うん、そんなとき、あるある!」と応答してくれました。

「みんなといるときでも、自分の頭で考えてきちんと、いいか悪いかを判断することは大事だよね」「みんなといるときに、<それ、いけないことだと思うよ>と言えることは、とっても勇気がいるよね。大人でもできない人はいっぱいいるもの」と続けて話しました。

<ネット社会の「群衆心理」については、産経のこの記事が面白く示唆的です。ぜひ!
 http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100108/trd1001081001003-n1.htm>

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競争を肯定する理由の一つはデマ

2010年09月21日 00時07分09秒 | 教育を考える
友人と飲んでいた際に、運動会の話題になりました。
私の学校では、表現(組体操、ダンス、民舞など)、徒競走、団体競技を、それぞれの学年が披露します。
暑い中での練習、表現の難しさなどのおしゃべりをしていると、友人から、
「競争はだめだって言う人がいるけれど、いっせいのせいで、みんなで手をつないでゴールするなんて学校は、何を考えているのでしょうね」といったことを話されました。

このデマ、意外とたくさんの人に広まっているのでしょう。よく聞く「競争肯定」の論拠のひとつです。
競争を否定して、みんなで手をつないで「仲良く」ゴールする徒競走を実施している学校があるのでしたら、ぜひ教えてほしいのです。私の知る限り、そんな競技を行っている学校は、ひとつもありません。

「無菌状態」をと、こどもたちの競争をあらゆる場面で排除している学校など、おそらくは皆無でしょう。
デマは、何回も繰り返されると、あたかも事実のように思えてしまうのは、なんとも悲しいものですし、意図的に流す人がいるとすれば(いるのですよね)、犯罪的な行為といえるでしょう。

友人も、善意で話しているのでしょうが、まんまと騙されていたのですね。

「社会に出たときの厳しさ、競争社会に耐えられるように学校にいるうちから競争で鍛えることが必要」といった理由も言われました。

「競争は一概に否定してはいないよ。いろんなものさしで、こどもたちを評価してあげることは必要だから、足が速いというのもひとつの観点になる。
 私は学校は「理想郷」でいいと思う。建前といってしまうと白けるけれど、学校にいるうちは、理想を追い続けてもいいのではないのかな。じゃあ競争社会という現実に負けてしまう子を作るのかという問いには、たじろいでしまう気持ちもあるけれど、競争社会自体、いいのか悪いのか、それを考えずに現実に適応させることだけが教育ではないものね。」
 歯切れの悪い答えですが、これは私の正直な考えです。

 私には答えが出せないけれども、現在の排他的な競争社会を否定して、みんなが手を携え、支え合う社会を作ることに貢献できる、できればそんな未来図を描くことのできる社会人を、輩出できたらいいと切に願っています。
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草莽崛起

2010年09月20日 02時28分47秒 | 素人の劇評
9月19日 武蔵野芸能劇場 午後2時の部 劇団宇宙キャンパス
普段とは趣の異なる「時代劇」に挑戦したとのこと。10周年と銘打っているだけの劇団だけに、そのギャップは上手にクリアーされていたと思いました。(所々「現代劇」しかも軽いノリ的な箇所もありましたが、それはそれで劇団の個性としておきましょう)
会場に入って手渡されたパンフレットに、いきなり「関係図」として、登場人物の関係、スタンスが紹介されていて、「これは複雑な人間関係に翻弄される劇なんだ」と心配されましたが、開演するとそんな心配も要らず、それなりに楽しくみせてくれました。
劇がおわっての挨拶では、出演者全員が舞台に登場し、なごやかな雰囲気を醸し出していたことも好感を持てました。
難を言えば、「サークル的」な雰囲気、演技であったこと。
どうも「上手な、劇好きの若者の楽しい集まり」といった印象でしかなかった点です。幕を上手に使っての効果、殺陣ではたくさん練習したのだなといったものもあるのですが、どうも全体の印象が「いまいち」なのです。
とくに「笑い」をとる場面では、まだまだ安っぽい感じがします。もっともっと研究しないと・・・
また、若い人が多いために、せっかくの「重い時代」の雰囲気が表出しきれなかったこと。
この二点は残念無念といった感想です。
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悪人 予想通りの駄作

2010年09月19日 17時19分51秒 | 素人の劇評
悪人、ではないよという映画。
新宿ピカデリーは大入り満員で、昼に訪れると、6時の回がようやくとれたというほど。しかも最前列しか残っていない。やむなくそれで妥協。首が痛くなる始末。
内容の方は、期待外れ。主演女優賞をとった深津?さんの好演もありながら、たいしたインパクトはなかった私。
現代の若者の気分を表現することに定評ある吉田文学の映画化だから、と思っていたが、彼の作品の弱点がそのまま映像化されただけの偏平な作品となってしまった。
気分を表現するには長けていても、人間そのものの掘り下げ、分析が甘いと思う吉田作品。今回の映画も、情緒でストーリーが進む感じで、あまりにも登場人物が描かれていないために安い作品になりさげてしまったと思う。
出会い系サイトで知り合った男女の寂しさは描かれていても、その寂しさがいったいどこからくるのか、それを生み出す私たちの社会はいったいどんな世界なのか、もっともっと追求してほしかった。出てくる人物はあまりにも紋切り型で、彼ら彼女らの行動を生み出す背景が、安易に描かれていたのでは、見ていて白けてしまう。
気分はわかった。みんな悪人でないのもわかった。
しかし、光が見えてこない作品。正直言って、駄作。
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法廷での態度と心情 報道の姿勢について

2010年09月14日 07時39分03秒 | わたしごと
押尾学被告の報道は、かなり週刊誌的であることを懸念。
彼の証言を覆す証人の証言を伝えて、彼の言動の「利己的」「欺瞞性」について強調されるのはまだしも、法廷での態度が、「貧乏ゆすりを繰り返していた」「ちょっと会釈するくらいであった」など、そこから「とんでもない野郎だ」という印象が、否応なしについてくる。
態度と心情とは別物。反省していても、それが貧乏ゆすりや「わずかな会釈」で表す人もいることだろう。
あらためて報道の姿勢に疑問を感じた。
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言葉は少ない!

2010年09月10日 06時53分02秒 | わたしごと
山形のさくらんぼ小学校が、同じ名前のアダルトサイトがあることで、やむなく名称変更を余儀なくされたとのニュース。
イメージや感情は無限の種類があるけれども、私たちが発する言葉はあまりにも少なく有限です。
何かの大会などで、優勝者に向けて、悲惨な事件の際に、被害者や残された者に向けて、「今のお気持ちは?」と、よくインタビューをする場面がテレビで流されるが、出てくる言葉は空しいくらい貧弱で、使い古されたものばかり。
うれしい、こんな言葉以上に心の中は微細で複雑なはず。

五十音や二進法では表しきれない感情は、どう相手に伝えたらいいのだろうか。
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予算の貧困 哲学の貧困

2010年09月08日 23時32分21秒 | 教育を考える
「経済協力開発機構(OECD)は7日、日本や欧米など32カ国の教育状況をデータで紹介する「図表でみる教育2010」を発表した。2007年現在の統計で、教育機関に支出される日本の公的支出の割合は、国内総生産(GDP)比で3.3%と、データのある加盟28カ国の中で最下位になった。

 統計は、小中学校や高校、大学など全教育機関に対する国や自治体などからの公的な支出の額を国際比較した。

 GDP比の公的支出は加盟国平均で4.8%で、最も高かったのはアイスランドの7.0%。次いでデンマークが6.6%、スウェーデンが6.1%だった。ただ、日本では今年度からすべて国費で高校の授業料無償化を始めているが、その予算はまだ調査に反映されていない。

 日本では子ども1人あたりの教育支出はOECD平均を上回っているが、家計などの私費負担の割合が高い。日本は教育支出のうち私費負担が33.3%を占め、加盟国平均の17.4%を大きく上回る。特に、小学校入学前の就学前教育(56.2%)と、大学などの高等教育(67.5%)で高い水準になった。

 教育と労働の関係を見ると、高卒より大卒の方が就職率が高く失業率が低い傾向にあり、加盟国の平均的な姿に近い。特に女性は高卒と大卒の所得差が大きいという。加盟諸国の統計からは、教育への投資は労働市場に影響し、税収にも還元されることがうかがえるといい、OECDは「どの国も財政が苦しい中で、どのような政策を選択し組みあわせればより効率的で効果が上がるかを考えていくべきだ」と指摘している。(アサヒコム・見市紀世子)」

エコだなんだと言って、車や家電に補助金を給付したかと思うと、かたや高速道路では千円にして排気ガスまき散らしの推進を行う。
「この日本をどうするか」についての哲学のない政権党(自民はその上手をいくので問題外)に、苛立ちを覚えます。

教育に関しては、ようやく「30人、35人学級」が目の前のものとなってきましたが、それも「事業仕分け」でどうなることやら。

「子どもを大切にできない国は、いずれ滅びる」という言葉を聞いたことがありますが、その通りですね。
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1ヶ月ぶり

2010年09月08日 23時24分04秒 | わたしごと
1ヶ月ぶりの雨。いっときにせよ、涼しい感触を忘れていただけに、すごしやすい1日となりました。
明日から本格的に運動会の練習が始まります。
1日でも多く、涼しい日があることを祈ります。

窓の外でコオロギが鳴いています。
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保護者会の工夫

2010年09月07日 21時58分32秒 | 教育を考える
今日は保護者会でした。
夏休み明け、しかもうだるような暑さもあって、「半分も出席してくれれば」と思っていたのですが、3分の2の保護者の参加。まあまあかな。

ここ何年か、保護者会は最初に「全体会」を持つようにしています。
若い先生が増え、すべて各クラスでまかなうとしたら、かなり負担が大きく、それなら学年でまとめてプリントを用意し、説明も分担すれば、その分負担が軽くなるということからです。
また、微妙な案件に関しても、みんなで取り組めば安心ですし、質問や意見が出た場合でも、担任がそろっているほうが、すぐに統一見解を出すこともできます。

私がパワーポイントでスライドを作成し、それをプリントアウト。「配付資料」の形式で行い、そのまま保護者の数だけ印刷します。
つまり保護者会で画面に出ているものが、そのまま手元にあるわけですから、保護者としてもわかりやすくなるのです。

ぜひお試し下さい。
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信じられない いや さもありなん

2010年09月06日 23時01分25秒 | 教育を考える
「8月25日東京地裁(民事11部白石哲裁判長)は、元文京七中教員の早川由紀子さんが訴えていた公務災害認定請求握りつぶし事件で、被告(東京都と地方公務員災害補償基金)に50万円の慰謝料を命じた。

原告の早川さんは教職についた翌年の1973年、頸肩腕症候群に罹り長い間苦しんできた。1992年に公務災害認定請求書を校長に提出したが、校長は公務災害といえるかどうかわからないとして請求書を校長室のロッカーに置いたまま16年間放置した。判決は、校長が公務災害を認定する権限はないとし、これを不法行為として原告勝訴の判決を下した。

裁判所はすでに訴訟指揮で今年の2月に請求書を校長の証明印なしで基金に受理させている。公務災害認定請求は、校長が受け付けない事例も多く、この判決はこれからの請求に大きく道を開く画期的なものとなった。

原告の早川さんは記者会見で、「ずっと日本の裁判所は苦しんでいる者にとっては期待できるところではなかった。、判決が出るまでわからないと思っていたので、ほんとうにうれしい。」と語った。」(レイバーネット・佐々木有美)

管理職は、自分の手柄になるのなら、何をしても、諸手を挙げて推奨するが、反対に自分の責任を問われることになると、たちまち「慎重」となることは、どこも、誰も同じことでしょう。

公務災害を判断する立場にない校長が、受け取るだけ受け取って申請手続きを怠っていたことは、疑う余地もなく不当な行為である。
当然とは言え、これに励まされる教員も少なくないだろう。




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さよならもいわずに

2010年09月05日 22時31分55秒 | こんな本を読みました
今回はコミック。
「さよならもいわずに」 上野顕太郎 エンターブレイン発行 780円+悪税

妻の突然の死と遭遇し、淡々とその前後を記録した作品。
淡々とはいっても、作者(漫画家である主人公)の狼狽ぶり、娘さんの様子、愛した妻との思い出が「冷静さ」を装って描かれているものである。

かなり「武骨」な絵であるだけに、それがかえって「死の重さ」を感じさせる作品になっている。

いずれはだれもが出会う場面であるが、みなその覚悟を「先延ばして」生きている。

かつて、長屋さんという年上の同僚から、「お前は父親を亡くしただけ、オレよりも大人だよ」と言われたことがある。

読み終わるころ、目の前が少し霞んでいた。

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