息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

ようやく自分の時間

2010年07月31日 16時11分01秒 | わたしごと
愛知 名古屋のとなり鶴舞です。ここの公会堂で歴史教育の研究会が三日間にわたり行われます。出掛けに嵐のような激しい雨が降り、電車が止まってしまうのではないかと心配するくらいでしたが、こちらは晴天。やはり暑いのはどこも同じです。
今日は全体会、明日から分科会。自分のやりたい学習の時間です。
終わると、ここから一時間くらいで母と妹夫婦の家。宿泊費が浮きますo(^-^)o

愛知の喫茶店はいつも何か「あまけ」がつきます。今回昼に入った喫茶店では、クラッカーがついていました。
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信念を貫く方法

2010年07月29日 23時36分03秒 | 奇妙な風景
普段、死刑制度に反対する人物が、執行を担当する大臣になった。
常識的に考えれば、判を押さなければ死刑囚は、とりあえず彼女の在任中は死刑を免れることになるはずだ。
判を押すことは義務でもなんでもない。

その彼女が、2人の死刑を執行することにした。

誰もが不可思議に思うだろう。私も思った。

よほどの理由が・・・しかし彼女は、あれこれ考えて、と言葉をにごすだけ。
しかも、執行に立ち会ったと言う。これは、死刑囚の心情を考えて、寄り添ってあげるためなどと弁明しているようだが、穿った見方をすれば、「私が命令したのよ」と執行された2人に顔見せしたともとれなくもない。

そんな程度の彼女ならば、大臣を拝命されるべきでなかった。

自分の信念と現実の状況で、葛藤があったに違いないが、あまりにも軽率で無節操な彼女であったと思う。

教員の世界にもある。教職員組合であった同僚が、突然管理職試験を受け、合格する。
「別に私は受けたくなかったんだけどねえ、校長がどうしてもというから義理で・・・」
などと言い訳するヤツが変身して、
管理職になった途端に、日の丸・君が代を率先して推進したりする。
横柄な態度で、職員に理不尽な仕事を押しつけたりする。

今回の千葉さんは、とどのつまり報道されるような「信念」を持ち合わせていない人物だったと思いたい。
「信念」の言葉の価値が下がってしまうから。
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早い実現を

2010年07月28日 17時48分07秒 | 教育を考える
中教審から少人数学級が望ましいという提言。
学級の規模の上限を30人とするか、35人とするかは明確には出されていないが、早く実現させてほしいものだ。
いま私のクラスは40人。後ろの子のもとに行くときには、いったん廊下に出て、入り直したほうが早いくらいの過密状態。
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死ぬまで付き纏う?

2010年07月27日 18時18分24秒 | わたしごと
今日の東京新聞夕刊に「元教諭が児童買春」という記事が載っていた。
これ自体珍しいものではないのだが、驚いたことに、その捕まった元教諭というのは、なんと十四年前に退職していた「元」教諭なのでした。
単に無職ではだめなのでしょうか。そんなにも遡って肩書を出すのには、なにか理由でもあるのでしょうか。
「まあ教師だったんですって!だめねえ先生なんて」といった反響があればいいとの目的なのかなあと類推してしまいます。
ああ、私も退職しても、死ぬまでこの肩書が付き纏うのかなあと重いため息。
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訃報 森毅氏

2010年07月26日 02時22分00秒 | わたしごと
「数学者で評論家の森毅・京都大名誉教授が24日午後7時30分、敗血症性ショックのため、大阪府寝屋川市内の病院で死去した。82歳だった。京都大が25日、発表した。葬儀などは行わないという。

 森さんは東京都出身。1950年、東京大理学部数学科を卒業後、北海道大理学部助手に就任。57年に京都大助教授、71年に同大教授となり、91年に定年退官した。

 数学教育に関する多数の著作があるほか、評論家としても知られた。NHKの料理番組に出演したこともあり、関西弁のユーモラスな語り口がテレビでも人気だった。

 2009年2月、一人暮らしをしていた京都府八幡市内の自宅で料理中、こんろの火が衣服に燃え移り、重傷を負った。」(時事通信)

 彼には、もう20年以上前に、「ひと」という雑誌の夏の合宿でお会いしただけですが、個性的な、そして自己顕示の強い人だなといった印象でした。
 彼は、その雑誌の執筆者の常連でしたから、彼の原稿はよく読んでいたと思います。
 「進歩的」と言われる学者の中で、私が好きになれなかった数少ない学者の1人です。

 とはいえ、今の私を形成する際にお世話になったことも事実です。
 あらためて合掌。 
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敬意

2010年07月25日 05時53分52秒 | 教育を考える
「7月21日都教委は、2010年の卒業式・入学式での「君が代」斉唱時の不起立を理由として懲戒処分を受けた退職者を除く4名(戒告1名、減給3名)の教員(都立高校教員)に対して、今年も「再発防止研修」を強行した。会場となった都教職員研修センター前には、猛暑の中、50名以上の支援者が集まった。研修の冒頭、原告弁護団の加藤弁護士の抗議に対して、研修センターの総務課長が逃げまどい研修センターの正門に施錠をするという場面があり、都教委がいかに現場からの抗議の声を恐れているかが垣間見られた。(湯本雅典)」<レイバーネット日本>

 処分を恐れず闘っている方々に敬意を表して。

 その「研修」の中身もひどいものです。以下、長い引用ですが。

「 「研修」の名に値しないものですが(都教委こそ憲法を研修せよ)、概略を記しま
す。

全体研修では、都教委の講師は、地方公務員法の講義として、「職務命令に従え」
「職務命令違反は重大な非違行為」と強調しました。

地方公務員法には「法令に基づく上司の職務命令」となっていますが、2006年9
月21日の東京地裁判決では、10・23通達と職務命令は「違憲・違法」「いかな
る処分もしてはならない」判示しています。

判決を無視して処分を乱発する都教委に「法令」を語る資格はありません。

減給処分者対象の個別研修では、4名が該当者1名を取り囲み、「説諭・服務指導」
と称して、都教委の「服務通達」と「分限対応指針」を示して「恫喝」しています。

◆以下長くなりますが、抗議声明を掲載します。(転載歓迎)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「服務事故再発防止研修」強行に抗議する声明

本日(7月21日)都教委は、2010年の卒業式・入学式における「君が代」斉唱
時の不起立を理由として懲戒処分を受けた教職員4名(退職者を除く該当者)に対す
る「服務事故再発防止研修」を強行した。この「研修」は、「思想・良心の自由」と
「教育の自由」によってたつ信念から不当にも処分された教職員に対して、セクハラ
や体罰などと同様の「服務事故者」というレッテルを貼り、反省や転向を迫るもの
で、日本国憲法下では到底あり得ない暴挙である。

この「研修」については、2004年7月23日の同研修執行停止申立に対する東京
地裁民事19部決定(須藤裁判長)で「繰り返し同一内容の研修を受けさせ、自己の
非を認めさせようとするなど、公務員個人の内心の自由に踏み込み、著しい精神的苦
痛を与える程度に至るものであれば、そのような研修や研修命令は合理的に許容され
る範囲を超えるものとして違憲違法の問題を生じる可能性があるといわなければなら
ない」という警告が発せられている。
また、2006年9月21日、東京地裁民事36部(難波裁判長)は、「10・23
通達(2003年)は違憲・違法」「国歌斉唱・ピアノ伴奏の義務なし」「いかなる
処分もしてはならない」と判示している。

しかるに都教委はこれまで毎年「再発防止研修」をくり返してきたのみならず、今回
の「研修」実施に先立って減給処分を受けた教職員らに「受講前報告書」の事前提出
を義務づけている。
この内容は、
①服務事故を起こすに至った状況を振り返り、その原因・理由について記述する。
②服務事故を起こしたときの気持ちはどのようであったか、その時の気持ちを記述す
る。
③起こした服務事故に対して、現在の気持ちや考えを記述する。
というもので、明らかに上記東京地裁決定(2004年7月)に反している。本件被
処分者に対して上記の記述を強制することは「思想・良心の自由」を侵害するもので
あり到底許されない。

また、今回の受講対象者は、本件処分を違憲・違法であるとして東京都人事委員会に
不服審査請求を行う予定である。そのような係争中の事案について「服務事故」と決
めつけ、命令で「研修」を課すことは、学校教育法・教育公務員特例法に定める「研
修」の趣旨から著しく逸脱するだけでなく、人事委員会の不服審査制度そのものを蔑
ろにするものである。

以上のことから、私たち被処分者の会と同弁護団は7月6日に、都教委に「研修と課
題提出の中止」を求めたが、都教委は方針を改めることなく、「研修」を強行した。

すでに被処分者たちは、不当な職務命令と処分によって「思想・良心の自由」を圧迫
され、著しい精神的苦痛と経済的損失を与えられている。これに上塗りするかたちで
強行される「再発防止研修」は、「研修」という名を借りた実質的な二重の処分行為
にほかならない。

私たちは、都教委の「懲罰」「弾圧」に屈することなく、石原都政下の異常な教育行
政を告発し続け、生徒・保護者・市民と手を携えて、自由で民主的な教育を守り抜く
決意である。「日の丸・君が代」強制を断じて許さず、「再発防止研修」に抗議し、
不当処分撤回まで闘い抜くものである。」(「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会 共同代表 清川久基  星野 直之 事務局長:近藤 徹)

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イチマツタエコ

2010年07月25日 00時26分59秒 | 素人の劇評
「イチマツタエコ」 みかんピープル 7月22日 19:00 池袋 シアター・グリーン

 初日の公演は久しぶりのことです。
 はじめの緊張感、初々しさも、またいいものです。

 さて、今回は辛口です。
 謎解き、お笑いの2つが基本構造。
 ストーリーは奇抜と言えば奇抜なのでしょうが・・・
 お笑いを軸にしていこうとするために、謎の部分が単純なものになってしまった感じがしました、


 劇中劇、とくに「エチュード」とはいいながら、謎解きの寸劇はあまりに安易なものに思えました。
 無理矢理、笑いをとろうとする役者さんの熱意ある演技が、逆効果になってしまったかもしれません。

 マイナス批評ばかりでスタートさせてしまいました。
 ここからは褒めます。

 まず、コメディーでは多くの劇団が頻繁に採り入れる「下ネタ」に依存していなかったこと。
 これは誇っていいものです。

 それから、スーツ姿のメガネ青年(すみません名前がわかりません。アドリブがだめという役の方です。熊谷?西村?)の演技は光っていました。
 1人1人の役者さんの個性はそれぞれにあり、まだまだ伸びる余地大、といった印象でした。

 

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テレサ・テン

2010年07月23日 06時52分57秒 | わたしごと
6時6分の地震が目覚まし時計替わりになって、あやうく二度寝→寝坊の憂き目に遭わずにすみました。

今日も八人の面談。なかなか夏休みが来ない、うちの学校システムです。(そんな計画を立てたのは私たちなのですがf^_^;)

アスキー新書から『アイドルと病』という本が出て、私の好きだったテレサ・テンの箇所を読みました。前田忠明という芸能レポーターの著者とあって、あまり深みはない内容でしたが、テレサが死亡して、彼がタイのチェンマイにい行き、現地であちこち回って取材をするところが、臨場感があって、面白く読めました。
彼女が逝って、もう15年もたつのですね。

夏目雅子、堀江しのぶ(あまり私にはなじみがありません)、本田美奈子、飯島愛、川村カオリ、大原麗子、岡田有希子と並んだ目次を見ながら、拾い読みしています。
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燃え尽きて退職 悲しい教員の現実

2010年07月21日 22時16分11秒 | 教育を考える
「公立の小中高校と特別支援学校で中途退職する教員が全国で毎年1万2千人を超え、この5年間では6万7千人に及ぶことが、全都道府県・指定市の教育委員会への朝日新聞の調査でわかった。こうした数字は文部科学省も把握しておらず、実数が明らかになったのは初めて。

 退職理由など詳しい状況は不明だが、久冨善之・一橋大名誉教授(教育社会学)は「子どもや保護者らとの関係に悩み、事務作業なども増える中で『やめたい』という気持ちに傾く教師が増えているのではないか。成果主義による教員評価の導入なども背景にある」とみている。

 2005~09年度の状況を調査。愛知、徳島両県と浜松市は「データが残っていない」などとして05、06年度分については回答がなかった。

 調査結果によると、中途退職者の総計は05年度1万2542人、06年度1万3865人、07年度1万4484人、08年度1万3445人、09年度1万2732人。全教員に占める09年度の退職率は1.51%だった。

 地域別では関西や首都圏の退職率が高く、09年度に最も高かったのは堺市(3.14%)。大阪市(2.62%)、京都市(2.78%)、千葉市(2.27%)、東京都(2.12%)なども高い。一番低いのは秋田県の0.53%で、人口が少ない地域は退職率も低い傾向があった。

 他業種のデータが乏しいため比較が難しいが、文科省が06~08年に外部委託した調査では、公立小中学校の教員で「仕事に意義・やりがいを感じる」と答えた人が9割を占める一方、「勤務時間以外でする仕事が多い」という回答も9割を数え、いずれも一般企業の2倍に及んだ。「気持ちが沈んで憂うつ」という教員は27.5%で一般企業の約3倍に上り、精神面の負担が大きいことがうかがえる。

 調査では、在職中に死亡した教員の人数も質問。05年度612人、06年度594人、07年度642人、08年度602人、09年度650人で、計3100人がこの5年で亡くなっていた。」(アサヒ コム)


 昨日の記事です。未来を語るべき教師が、未来を失いかけている現状。
 人間性を喪失している学校で、心豊かなこどもたちが育つはずがない。
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おお! 8043 位

2010年07月20日 04時12分52秒 | わたしごと
昨日、434の閲覧があり、170の訪問者がありました。

8043 位 / 1439599ブログ なのだそうです。

そうか・・・ これくらいで上位にランクされるということは、みなさん、細々とした経営をしているブログばかりなのですね。

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やっとのことで・・・

2010年07月20日 04時04分59秒 | わたしごと
私が小学校一年生のときは、1クラス51人でした。教室いっぱいに机が並び、教室の後ろに行くときは、いったん廊下に出て、後ろの扉から入っていたことを覚えているほど、ぎゅう詰めの教室でした。小川先生という、定年まであと何年もないという「おばあちゃん先生」が担任の先生。残念なことに、その小川先生と個別に話したり、おしゃべりをしたりした記憶はまったくありません。小川先生も大人数を前にして、きっと大変な毎日だったのだろうなと、今更ながら思います。なにしろ当時のクラスには、気分が乗らないと教室から「逃走」するKちゃん、胃腸が弱く、ちょっと寒くなるとトイレが間に合わないで「おもらし」をしてしまうWちゃん、甘えん坊で、授業中でも小川先生の膝の上にちょこんとすわって授業を受けるNちゃん、いったん泣き始めると、給食の時間まで号泣するLちゃん・・・と、それこそ「個性豊かな」子の集まりでしたから。
 それから何十年か経って、39人の子どもたちを前にしたときに、真っ先に思い出したのは、その小川先生のことでした。
 小さな私の、小川先生との思い出が皆無に近いことを思い、たとえ人数が多くても、一日「なんにも担任と関わらなかった」という子が出ることは避けたいと思ったことが、最初の決意です。
 
 ぎゅう詰めになると、空間的に、余分な配慮が必要となります。後ろのロッカーの上をご覧いただき、おわかりになったと思いますが、三年生となると新しい教科とともに、用意するものが急に多くなります。習字のセットしかり、リコーダーしかり、音楽や図工では、それぞれ「手提げ」の中に必要なものを用意して保管することも・・・廊下と、後ろのロッカー、机の両側のホックだけでは、とても間に合わないほどの量です。毎日、それらの「収納場所」からこぼれ落ちたものの返還から一日がスタートします。
 給食の準備中に、おかわりに前に行こうとして友達の机の上の牛乳瓶をひっかけてこぼしてしまう、前から来た子と、後ろから行く子が、机と机の間の「路地」の途中で立ち往生してしまう。いやはや狭い空間でした。
 そんな劣悪な条件と「物量」の中で悪戦苦闘しているうちに、あっという間に1学期は終わってしまいました。なかなか満足したとは言えない1学期でしたが、それでも楽しいクラスであり、子供たちでもあります。

 今日は終業式。明日から夏休みです。

 

 
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とにかく暑い!

2010年07月19日 20時06分39秒 | わたしごと
「18日までに九州南部を除いて梅雨が明け、19日は40を超える地点で猛暑日になった。19日に全国で一番暑かったのは大分・中津で36.8℃。また、群馬・館林で36.7℃、茨城・大子で36.6℃を記録したほか、東京都心でも34.5℃と今年一番の暑さを記録した。20日以降も本州の広い範囲で気温の高い状態が続き、日ごとに猛暑日の所が増えていく見込み。」(日本テレビ)

 今日は学校に行き、夏休みの計画表を作成、印刷。20冊ほど残していた漢字ノートを見て(新出漢字の短文作りで「病は木から」「病院からニュウっと手が出ました」などという傑作に笑いながら)、自宅にもどり、建設会社の人と打ち合わせ、池袋に行き、ジュンク堂で本を買いあさって・・・

 ちょっと脱水症気味です。

 さて、これから、もうひとがんばりです。


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再び みたび よたび 勤務時間

2010年07月19日 19時37分00秒 | 教育を考える
今から二年前に、文科省から、「4.3通達」と呼ばれているものが出ています。
正式には「労働安全衛生法等の一部を改正する法律等の施行について」という長い名前の通達なのですが、勤務時間を守らせて、心身ともに健康でいさせよ、といった内容のものです。

ちょっと、内容を紹介してみましょう。

「1.長時間労働者への医師による面接指導の実施について」では、

「事業者は、労働者の週40時間を超える労働が1月当たり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められるときは、労働者の申出を受けて、医師による面接指導を行わなければならない・・・」
「長時間の労働(週40時間を超える労働が1月当たり80時間を超えた場合)により疲労の蓄積が認められ、又は健康上の不安を有している労働者、事業場で定める基準に該当する労働者についても面接指導を実施する、又は面接指導に準ずる措置を講じるよう努めなければならない・・・」

 私も該当するなあと考えながら。

「(1)学校における会議や行事の見直し等による校務の効率化を図るとともに、一部の教職員に過重な負担がかからないように適正な校務分掌を整えること。

(2)日頃から、教職員が気軽に周囲に相談したり、情報交換したりすることができる職場環境を作ること。特に管理職は、心の健康の重要性を十分認識し、親身になって教員の相談を受けるとともに、職場環境の改善に努めること。

(3)教職員が気軽に相談できる体制の整備や、心の不健康状態に陥った教職員の早期発見・早期治療に努めること。

(4)一般の教職員に対して、心の健康に関する意識啓発や、メンタルヘルス相談室等の相談窓口の設置について周知を図るなどの取組を推進すること。併せて、管理職に対してメンタルヘルスに対処するための適切な研修を実施するよう努めること。」

 (1)など有名無実。この学校に来てから、私にはそんな施しを全く受けていません。


「2.労働時間の適正な把握について」では、

「(1)使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の労働日ごとに始業、終業時刻を確認し、これを記録すること。

(2)使用者が、始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として、次のいずれかの方法によること。

  ア 使用者が、自ら現認することにより、確認し、記録すること。

  イ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。

(3)労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存すること。

(4)事業場において労務管理を行う部署の責任者は、当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること。」

 この三連休。私は学校に2回行き、残った、溜まった仕事を、やってきました。(まだ終わらないので、あとは自宅でです)

 愛知の教職員組合のホームページに、私の考えを代弁する解説が掲載されていました。
本来ならば、私自身の言葉で書きたいのはやまやまですが、なにしろ「残務」をこれから行う身。狡賢いのは承知の上で、引用させていただきます。すみません。

「教職員の勤務状態は劣悪です。
部活、持ち帰り仕事、成績処理、授業準備、教材研究、家庭との連絡、個別指導、進路指導などなど。問題なのは、これらが勤務時間を無視して、勤務時間外に行われており、管理職(校長ら)もそれを見て見ぬふりをしていることです。
そんな状態に対して、教員が「勤務が…。」と言うと、「子どもらのために…」「教育に命をかけなさい。」などという言葉が返ってきます。「教員に勤務時間はない。」という管理職の言葉はそれを物語っています。つまり、これは、「教職という崇高な仕事に『勤務だ』『勤務じゃない。』などとみみっちいことは言いなさんな。」ということなのです。
しかし、教員も人の子。家族もあれば、健康への不安もあります。睡眠2~3時間では良い教育などできるはずもありません。
そのような全国の教職員の置かれた劣悪な状況に対して、きびしい批判があり、それに対して、文部科学省が労働安全衛生法の改正(改悪)に関連して「4・3通達」を出したものだと考えます。その内容は、重要です。
しかし、県教委は「こんなものおろせない。」「おろすと、現場が混乱する。」と。
確かに、県教委は「教職員に時間外勤務はない。」と強弁し、改善する姿勢が微塵も感じられません。
憲法違反の日の丸・君が代強制には熱心でも、こういう教職員の健康を守る事に関しては、一向に理解を示さない教育委員会では、困ったものです。」(愛労教のホームページより)


 私の学校も、心身ともに疲れ切っている職員が、私も含めて少なくとも3人。
 校長は「大変ですねえ」と、声はかけてはくれますが・・・
 「休職」を余儀なくされる方も出てきそうな予感がしています。


 




 


 
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やはり納得いかない小選挙区制度

2010年07月19日 00時05分43秒 | 奇妙な風景
たとえ国民全体の1%しか存在しない意見だとしても、その1%分の意見を国会に反映させる権利を、私たちは持っていると思うし、それは当然なことと考えます。

今回の参議院選挙において、例えば共産党に投票した人は、6~7%いました。
投票した人の、だいたい16人に1人が投票したことになります。
相対的に考えれば、とても少ない割合ですが、数千万人の6%としてとらえれば、ばかにならない人数になることも否定できません。

120人が改選数だとすると、ざっと見積もって7人は当選してもよい割合になります。
しかし、実際の当選者は3人。
主権者の権利は、半分以下しか実現していないことになるわけです。

しかもこの3人は比例代表で当選したものです。小選挙区では0。
つまり、ここでは少数派は、議員の存在すら認められないのです。

こんな矛盾した選挙制度について、選挙後の新聞やテレビなどのマスメディアが問題にしないのはどうなのでしょうか。

「死票が多くなる」ということは、それだけでこの選挙制度は、法の下の平等から逸脱したものであると言えないのでしょうか。

最近は選挙のたびに腹を立て、失望している私です。


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今年も早々に

2010年07月18日 12時12分28秒 | わたしごと
我が母校、県立浦和高校は、全国高校野球県予選、3回戦で、大宮東高に1-8、コールド負けし、早々に姿を消しました。

愛川欽也さんも、さぞかしがっかりしていることでしょう。

文武両道は、なかなか難しいようです。
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