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言葉の勘違い3 恋人よ 岬めぐり 君が代

2016年10月12日 22時16分09秒 | 言葉の勘違い
五輪真弓の歌は好きだが、「恋人よ」の中の、
「砂利路を駆け足で
マラソン人が行き過ぎる」
には、ずっと違和感を持ってきた。
「マラソン人」という言葉があるのだろうか、と。
それとも私だけの「勘違い」なのかもしれない。

山本コータローの「岬めぐり」にも、
「幸せそうな 人々たちと
岬を廻る ひとりで僕は」
というくだりがある。
人々は、すでに複数を表しているのに、それに「たち」をつけるのはどうか。
単なる字数合わせによる無理した結果なのか。
または、そういった用例も「問題なし」なのだろうか。
これもずっとひっかかっている歌詞だった。

「ふるさと」の「兎追いし」が「兎美味し」と勘違いされるのは有名な話だが、
「清しこの夜」も「キヨシ この夜」と、男の名前だと勘違いすることも、よく聞く話だ。

極めつきは「君が代」。
非国民だと言われそうだが、
「きみがあよおは」という最初の言葉からして、幼き私には、なんのことやら、全くちんぷんかんぷんだった。
続く「ちよいに」も同じ。
だからこそ、なにか深遠な歌なのだとも思ってきた。
今、学校現場では、この歌が侵略戦争の副産物であり、帝国主義の象徴ともなってきたことは、ほとんど子どもに
知らされていない。
教える教師の世代が、すでに「盲目的に」当然のこととして、子どもに歌わせているのだから、かなり絶望的な現状である。
「君」は「国民みんな」「あなた」を意味するといった解釈もなされているが、「えっ、古歌はそうだったかもしれないが、それを無理矢理
天皇に置き換えたのは、歴史的事実でしょ」とも言いたくなる。
世論が支持しているとはいっても、それが正しいとは限らない。
血にまみれた歌は、早くなくなればいい。(そもそも国歌などいらない)
そう考えている私が勘違いしているとは、これに関する限り絶対ない。
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