息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

便所掃除

2011年11月28日 00時41分49秒 | すてきな詩にひたりませんか
久しぶりの詩の紹介です。
「トイレの神様」という歌が、最近はやりましたが、こちらの方が、ずっと先輩で、しかも格調高い詩です。(この詩の最後の連を、歌手がパクッたようで、歌には違和感があります)
金八先生の番組でも、とりあげられていました。
著者の濱口國雄は、この詩を書いたとき、国鉄職員で、敗戦後の混乱期に、トイレ掃除をしていたそうです。国鉄の組合員として、死ぬまで労働者側に立っていた彼だったようです。(共産党を除名されても)

便 所 掃 除

        濱 口 國 雄  

 扉をあけます
 頭のしんまでくさくなります
 まともに見ることが出来ません
 神経までしびれる悲しいよごしかたです
 澄んだ夜明けの空気もくさくします
 掃除がいっぺんにいやになります
 むかつくようなババ糞がかけてあります

 どうして落着いてしてくれないのでしょう
 けつの穴でも曲がっているのでしょう
 それともよっぽどあわてたのでしょう
 おこったところで美しくなりません
 美しくするのが僕らの務めです
 美しい世の中も こんな処から出発するのでしょう

 くちびるを噛みしめ 戸のさんに足をかけます
 静かに水を流します
 ババ糞におそるおそる箒をあてます
 ポトン ポトン 便壺に落ちます
 ガス弾が 鼻の頭で破裂したほど 苦しい空気が発散します 
 落とすたびに糞がはね上がって弱ります

 かわいた糞はなかなかとれません
 たわしに砂をつけます
 手を突き入れて磨きます
 汚水が顔にかかります
 くちびるにもつきます
 そんな事にかまっていられません
 ゴリゴリ美しくするのが目的です
 その手でエロ文 ぬりつけた糞も落とします
 大きな性器も落とします

 朝風が壺から顔をなぜ上げます
 心も糞になれて来ます
 水を流します
 心に しみた臭みを流すほど 流します
 雑巾でふきます
 キンカクシのうらまで丁寧にふきます
 社会悪をふきとる思いで力いっぱいふきます

 もう一度水をかけます
 雑巾で仕上げをいたします
 クレゾール液をまきます
 白い乳液から新鮮な一瞬が流れます
 静かな うれしい気持ちですわってみます
 朝の光が便器に反射します
 クレゾール液が 糞壺の中から七色の光で照らします

 便所を美しくする娘は
 美しい子供をうむ といった母を思い出します
 僕は男です
 美しい妻に会えるかも知れません

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心優しい・・・

2011年04月24日 07時05分41秒 | すてきな詩にひたりませんか
宇佐美寛氏に言わせれば、この娘さんは、主体性のない、弱々しい存在として評価されるのですが(理屈では確かにそうかもしれません)、経験的には、そして心情的には、吉野さんの思いも共感をもって受けとめることができます。
前の記事を書いていて思い出した詩です。


夕焼け   吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

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未来を見つめていたいから 詩への招待

2010年03月07日 16時33分15秒 | すてきな詩にひたりませんか
「枯れたい」と思うことしばしばの私。
未来の時間の辺が短くなり、いつの間にか過去を見つめる時間の辺が、限りなく長くなってしまった今、少し瑞々しい詩を読みたくなることが衝動的に訪れます。
そんな気分の時に、こんな詩が待っていてくれました。
彼は詩人とともにカウンセラーでもあるようです。
http://homepage3.nifty.com/kukkie/



いとしい春のあなた達へ
     
     長谷賢一

ぼくは たぶん
この道で これからも
つまずいたり ころんだり
ぬかるみにはまって 
動けなくなったりするだろう

でも 土のにおいや
太陽のあたたかさを感じたい
草木のめぶきや
カエルの「おはよう」を聴きたい

いとしい いとしい
春のあなた達が
そこにいるのを
ぼくは知っている


いとしい いとしい
春のあなた達が
ぼくの道に 何度でも 
スタートラインを引いてくれる

走り出す勇気を
与えてくれる

だから ぼくは
この道を 信じて 生きていく
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すてきな詩にひたりませんか 18

2010年01月05日 22時13分32秒 | すてきな詩にひたりませんか
    父の死
         谷川俊太郎

私の父は九十四歳四ヶ月で死んだ。
死ぬ前日に床屋へ行った。
その夜半寝床で腹の中のものをすっかり出した。
明け方付添いの人に呼ばれて行ってみると、入歯をはずした口を開け能面の翁そっくりの顔になってもう死んでいた。顔は冷たかったが手足はまだ暖かかった。
鼻からも口からも尻の穴からも何も出ず、拭く必要のないくらいきれいな体だった。
自宅で死ぬのは変死扱いになるというので救急車を呼んだ。運ぶ途中も病院に着いてからも酸素吸入と心臓マッサージをやっていた。馬鹿々々しくなってこちらからそう言ってやめて貰った。
遺体を病院から家へ連れ帰った。
私の息子と私の同棲している女の息子がいっしょに部屋を片付けてくれていた。
監察病院から三人来た。死体検案書の死亡時刻は実際より数時間後の時刻になった。
人が集まってきた。
次々に弔電が来た。
続々花籠が来た。
別居している私の妻が来た。私は二階で女と喧嘩した。
だんだん忙しくなって何がなんだか分からなくなってきた。
夜になって子どもみたいにおうおう泣きながら男が玄関から飛びこんで来た。
「先生死んじゃったァ、先生死んじゃったよォ」と男は叫んだ。
諏訪から来たその男は「まだ電車あるかな、もうないかな、ぼくもう帰る」と泣きながら帰っていった。

天皇皇后から祭粢料というのが来た。袋に金参万円というゴム印が押してあった。
天皇からは勲一等瑞宝章というものが来た。勲章が三個入っていて略章は小さな干からびたレモンの輪切りみたいだった。父はよくレモンの輪切りでかさかさになった脚をこすっていた。
総理大臣からは従三位というのが来た。これには何もついてなかったが、勲章と勲記位記を飾る額縁を売るダイレクトメールがたくさん来た。
父は美男子だったから勲章がよく似合っただろうと思った。
葬儀屋さんがあらゆる葬式のうちで最高なのは食葬ですと言った。
父はやせていたからスープにするしかないと思った。


眠りのうちに死は
その静かなすばやい手で
生のあらゆる細部を払いのけたが
祭壇に供えられた花々が萎れるまでの
わずかな時を語り明かす私たちに
馬鹿話の種はつきない

死は未知のもので
未知のものには細部がない
というところが詩に似ている
死も詩も生を要約しがちだが
生き残った者どもは要約よりも
ますます謎めく細部を喜ぶ

喪主挨拶

一九八九年十月十六日北鎌倉東慶寺

 祭壇に飾ってあります父・徹三と母・多喜子の写真は、五年前母が亡くなって以来ずっと父が身近においていたものです。写真だけでなくお骨も父は手元から離しませんでした。それが父の母への愛情のなせる業だったのか、それとも単に不精だったにすぎないのか、息子である私にもはっきりしませんけれども、本日は異例ではありますが、和尚さんのお許しをえて、父母ふたりのお骨をおかせていただきました。母の葬式は父の考えで、ごく内々にすませましたので、生前の母をご存知だった方々には、本日父とともに母ともお別れをしていただけたと思っております。
 息子の目から見ると、父は一生自分本位を貫いた人間で、それ故の孤独もあったかもしれませんが、幸運にかつ幸福に天寿を全うしたと言っていいかと存じます。本日はお忙しい中、父をお見送り下さいまして、ありがとうございました。

杉並の建て直す前の昔の家の風呂場で金属の錆びた灰皿を洗っていると、黒い着物に羽織を着た六十代ころの父が入ってきて、洗濯籠を煉瓦で作った、前と同じ形で大変具合がいいと言った。手を洗って風呂場のずうっと向こうの隅の手ぬぐいかけにかかっている手ぬぐいで手を拭いているので、あの手ぬぐいかけはもっと洗面台の近くに移さねばと思う。父に何か異常はないかときくと大丈夫だと言う。そのときの気持はついヒト月前の父への気持と同じだった。場面が急にロングになって元の伯母の家を庭から見たところになった瞬間、父はもう死んでいるのだと気づいて夢の中で胸がいっぱいになって泣いた。目がさめてもほんとうに泣いたのかどうかは分からなかった。(「世間知ラズ」(平成5)所収)

※山田太一の「異人たちとの夏」を再読して、死んだはずの(当時の若い)父母と逢って団欒する場面で、前回に読んだときと同じように泣いてしまった。どうも、「親子」には弱い私です。




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すてきな詩にひたりませんか 17

2009年12月30日 01時17分05秒 | すてきな詩にひたりませんか
   老い 
        東井義雄

老いは
失われていく過程のことであるけれども
得させてもらう過程でもある
視力はだんだん失われていくが
花がだんだん美しく
不思議に見させてもらえるようになる
聴力はだんだん失われていくが
ものいわぬ花の声が聞こえるようになる
虫の声が聞こえるようになる
みみずの声が聞こえるようになる
体力はどんどん失われていくが
あたりまえのことの
ただごとでなさが
体中にわからせてもらえるようになる


※「失われていく過程」としてではなく、「豊かになる過程」ととらえることで、ずっと楽になる我が老い。そう思いながら生きていきたい。
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すてきな詩にひたりませんか 16

2009年12月07日 23時53分02秒 | すてきな詩にひたりませんか
 死のなかに          
   黒田 三郎

死のなかにいると
僕等は数でしかなかった
臭いであり
場所ふさぎであった
死はどこにでもいた
死があちこちにいるなかで
僕等は水を飲み
カードをめくり
えりの汚れたシャツを着て
笑い声を立てたりしていた
死は異様なお客ではなく
仲のよい友人のように
無遠慮に食堂や寝室にやって来た
床には
ときに
食べ散らした魚の骨の散っていることがあった
月の夜に
あしびの花の匂いのすることもあった

戦争が終ったとき
パパイアの木の上には
白い小さい雲が浮いていた
戦いに負けた人間であるという点で
僕等はお互いを軽蔑しきっていた
それでも
戦いに負けた人間であるという点で
僕等はちょっぴりお互いを哀れんでいた
酔漢やペテン師
百姓や錠前屋
偽善者や銀行員
大食いや楽天家
いたわりあったり
いがみあったりして
僕等は故国へ送り返される運命をともにした
引揚船が着いたところで
僕等は
めいめい切り放された運命を
帽子のようにかるがると振って別れた
あいつはペテン師
あいつは百姓
あいつは銀行員

一年はどのようにたったであろうか
そして
二年
ひとりは
昔の仲間を欺いて金をもうけたあげく
酔っぱらって
運河に落ちて
死んだ
ひとりは
乏しいサラリーで妻子を養いながら
五年前の他愛もない傷がもとで
死にかかっている
ひとりは

その
ひとりである僕は
東京の町に生きていて
電車のつり皮にぶら下っている
すべてのつり皮に
僕の知らない男や女がぶら下っている
僕のお袋である元大佐夫人は
故郷で
栄養失調で死にかかっていて
死をなだめすかすためには
僕の二九二〇円では
どうにも足りぬのである
死 死 死
死は金のかかる出来事である
僕の知らない男や女がつり皮にぶら下っているなかで
僕もつり皮にぶら下り
魚の骨の散っている床や
あしびの花の匂いのする夜を思い出すのである
そして
さらに不機嫌になってつり皮にぶら下っているのを
だれも知りはしないのである

※8/6,9,15 12/8 3/10
せめてこの日くらいは平和について深く考える1日でありたい。

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すてきな詩にひたりませんか 15

2009年12月02日 05時20分32秒 | すてきな詩にひたりませんか


  泣いてゐるこども
       藤田 文江

こちらをむくな。
寒い貌をむくるな。
私の方へ歩る(ママ)いて来るでない。
おろかな仕様のないこども。
私は眠らねばならないのだ。
かみさまも お眠り、
かみさまも お眠り、
だが、
私はやはり白い絹の寝巻の中で泣いてゐる声の方へ歩るいてゆく。
わかつてゐるよ、
わかつてるんだ、
涙をふいておやすみ。


※筆者については解説が必要かもしれません。
「ふじたふみえ 詩人。1908(明治41)年~1933(昭和8)年。鹿児島県大島郡名瀬村生まれ。1926(昭和1)年、鹿児島女子師範学校を卒業。小学校の教職に就くものの病弱のため退職、詩誌『南方楽園』の同人となる。その後、永瀬清子との文通が始まり、1933(昭和8)年、万国婦人博覧会に応募の詩が一等入選、コロンビアから古関裕而作曲でレコード化された。「昭和鹿児島の紫式部」と地元紙は讃えたが、同年4月、腹部の激痛に見舞われ、4月24日24 歳で夭折。1933(昭和8)年3月刊行直後の第1詩集『夜の聲』(鹿児島詩話会刊)が通夜の席に届いた。
 ボードレールの影響をうけ、耽美的な詩をかいたが、詩人としての活動は6年ほどと短命で全国的に見ても著名ではない。しかし、死後数十年を経ても愛惜の声は絶えず、1991(平成3)年に『夜の聲』が鹿児島詩話会の復刻委員会により東京の風濤社から復刻され、2005(平成17)年には鹿児島県のセダー社から新装復刻版が刊行されている。」(日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室より)

いつものように、この詩の価値はあなたしだいです。
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すてきな詩にひたりませんか 14

2009年11月29日 21時45分04秒 | すてきな詩にひたりませんか
死は涼しき夜
      ハイネ

死は涼しい夜だ。
生は蒸し暑い昼間だ。
早や黄昏染めて、私は眠い。
昼間の疲れは私に重い。

わが奥津城に一本の樹は伸び出でるだろう、
そこに一羽の鶯はうたうだろう。
その鳥の歌うのはただ愛の歌ばかり。
死の夢の中でも私は聴くだろう。

※こんな死を迎えられる人は、数少ないのではないかなあ、と。
 自殺以外、人は死のメニューから自由に選び取ることはできない。
 眠るように、安らかに死にたいものだ。
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すてきな詩にひたりませんか 13

2009年11月23日 12時44分05秒 | すてきな詩にひたりませんか
          秋の写真
               西脇 順三郎

十一月の初めに
歩く朝の孤独のために
この一生のたくらみを
記するだけのことだ
都にただ一つ生き残っている
この武蔵野の門をくぐってみると
ひとりの監視人以外に人間らしい
ものはなにもなかった
今日は小鳥の巣のコンクールがある日
だったがまだ一人もそうした少年芸術家の
青い坊主頭が来ていない
あの大工たちが村芝居をした
アーデンの森のように椎の古木が
故園のめぐりにギザギザに茂っていた
となりに住んでいるハナメガネの
葉巻をすっている大臣(おとど)もまだねむってる
らしいがむくの木でみえないのだ
地獄の季節か曲った路の垣根から
黄色い菊が頭を出して咲いている
こんなことは我々の世界には
ないことだ
しかし千万の実が枝についているが
がまずみの実は藪の中で
紅(べに)の不動のように燃えていた
秋の写真秋の女の写真
デュアメルの奥さんに読んで貰うものが
ないのはこまったことだ
くもつたカメラの中へこぼれるのは
ぼけ いいぎり くさぎ
まゆみ うばら へくそかずら
さねかずら
の実の色 女のせつない色の
歴史
歴史はくりかえされるのだ
                       (「近代の寓話」昭、23)

  ※いつものように「解説」はできません。みなさんの環境と経験と、心の琴線が、この詩を生かしたり殺したりするのです。
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すてきな詩にひたりませんか 12

2009年11月21日 09時26分40秒 | すてきな詩にひたりませんか
 僧侶    
     吉岡 実

 1

四人の僧侶
庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自涜
一人は女に殺される

 2

四人の僧侶
めいめいの務めにはげむ
聖人形をおろし
磔に牝牛を掲げ
一人が一人の頭髪を剃り
死んだ一人が祈祷し
他の一人が棺をつくるとき
深夜の人里から押しよせる分娩の洪水
四人がいっせいに立ちあがる
不具の四つのアンブレラ
美しい壁と天井張り
そこに穴があらわれ
雨がふりだす

 3

四人の僧侶
夕べの食卓につく
手のながい一人がフォークを配る
いぼのある一人の手が酒を注ぐ
他の二人は手を見せず
今日の猫と
未来の女にさわりながら
同時に両方のボデーを具えた
毛深い像を二人の手が造り上げる
肉は骨を緊めるもの
肉は血に晒されるもの
二人は飽食のために肥り
二人は創造のためにやせほそり

 4

四人の僧侶
朝の苦行に出かける
一人は森へ鳥の姿でかりうどを迎えにゆく
一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく
一人は町から馬の姿で殺伐の器具を積んでくる
一人は死んでいるので鐘をうつ
四人一緒にかつて哄笑しない

 5

四人の僧侶
畑で種子を播く
中の一人が誤って
子供の臀(しり)に蕪(かぶ)を供える
驚愕した陶器の顔の母親の口が
赭(あか)い泥の太陽を沈めた
非常に高いブランコに乗り
三人が合唱している
死んだ一人は
巣のからすの深い咽喉の中で声を出す

 6

四人の僧侶
井戸のまわりにかがむ
洗濯物は山羊の陰嚢
洗いきれぬ月経帯
三人がかりでしぼりだす
気球の大きさのシーツ
死んだ一人がかついで干しにゆく
雨のなかの塔の上に

 7

四人の僧侶
一人は寺院の由来と四人の来歴を書く
一人は世界の花の女王達の生活を書く
一人は猿と斧と戦車の歴史を書く
一人は死んでいるので
他の者にかくれて
三人の記録をつぎつぎに焚く

 8

四人の僧侶
一人は枯れ木の地に千人のかくし児を産んだ
一人は塩と月のない海に千人のかくし児を死なせた
一人は蛇とぶどうの絡まる秤の上で
死せる者千人の足生ける者千人の眼の衝量の等しいのに驚く
一人は死んでいてなお病気
石塀の向うで咳をする

 9

四人の僧侶
固い胸当のとりでを出る
生涯収穫がないので
世界より一段高い所で
首をつり共に嗤う
されば
四人の骨は冬の木の太さのまま
縄のきれる時代まで死んでいる

※読み手がどう読むかは、きっとぞれぞれなのでしょう。理屈抜きで好きな詩ですが、それを伝えられない私に、もどかさしを覚えます。


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すてきな詩にひたりませんか 11

2009年11月19日 00時14分22秒 | すてきな詩にひたりませんか
夕焼け
    吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが座った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は座った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は座った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッっと噛んで
身体をこわばらせてー。
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行っただろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
   (「現代詩文庫・吉野弘詩集」思潮社)

※疲れているときもあるさ、体調の悪い時もあるさ、そんなときに「堂々」と席を譲「れ」なかったら、私は「やさしい」人の中には入れないのだろうか。
私は、吉野弘の詩は好きなのですが、この詩だけは「駄作」だと思っています。

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すてきな詩にひたりませんか 10

2009年11月15日 13時20分53秒 | すてきな詩にひたりませんか
小さな勇気をこそ

         東井義雄

人生の大嵐がやってきたとき
それがへっちゃらで乗りこえられるような
大きい勇気もほしいにはほしいが、
わたしは
小さい勇気こそほしい。

わたしの大切な仕事をあとまわしにさせ、
忘れさせようとする小さい悪魔が
テレビのドラマやマンガに化けて
わたしを誘惑するとき、
すぐそれをやっつけられるくらいの
小さな勇気でいいから
わたしはそれがほしい。

もう五分くらい寝ていたっていいじゃないか、
今朝は寒いんだよと、
あたたかい寝床の中にひそみこんで
わたしにささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい。

明日があるじゃないか、
明日やればいいではないか、
今夜は もう寝ろよと、
机の下からささやきかける小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそほしい。

紙くずが落ちているのを見つけたときには、
気がつかなかったというふりをして、
さっさといっちまえよ。
かぜひきの鼻紙かもしれないよ。
不潔じゃないかと呼びかける 小さい悪魔を
すぐやっつけてしまえるくらいの
小さい勇気こそ わたしはほしい。

どんな苦難も乗りきれる
大きい勇気もほしいにはほしいが、
毎日 小出しにして使える
小さい勇気でいいから
それが わたしは たくさんほしい。
それに そういう小さい勇気を軽蔑していては
いざというときの大きい勇気も
つかめないのではないだろうか。

※昔は教科書に載っていたのを記憶していますが、今はあるのでしょうか。
 当たり前のことを述べている詩なのでしょうが、なぜか惹かれる詩です。
 きっと、私のふだんの「ふがいなさ」が、その理由でしょう。
 
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すてきな詩にひたりませんか 9

2009年11月14日 11時50分55秒 | すてきな詩にひたりませんか
ACROSS THE UNIVERSE

ビートルズの歌詞の中で「UNIVERSE」が出てくるのは、この曲だけだとか聞いたことがあります。
気になって調べてみると、
「ビートルズ英語塾」さんのブログに書いてありました。ただし、ここには「~だけだと思う」という表現ですので、確実とは言えませんが。

http://beatles-eigo.seesaa.net/article/5561876.html#more

さて、歌詞です。

Words are flowing out like endless rain into a paper cup,
They slither while they pass, they slip away across the universe
Pools of sorrow, waves of joy are drifting through my open mind,
Possessing and caressing me.
Jai guru de va om
Nothing's gonna change my world,
Nothing's gonna change my world.

Images of broken light which dance before me like a million eyes,
That call me on and on across the universe,
Thoughts meander like a restless wind inside a letter box they
Tumble blindly as they make their way
Across the universe
Jai guru de va om
Nothing's gonna change my world,
Nothing's gonna change my world.

Sounds of laughter shades of earth are ringing
Through my open views inviting and inciting me
Limitless undying love which shines around me like a
Million suns, it calls me on and on
Across the universe
Jai guru de va om
Nothing's gonna change my world,
Nothing's gonna change my world.

日本語訳については、上に書いた「英語塾」に詳しく出ています。

また、曲を聴きたい方は、

http://www.absolutelyrics.com/lyrics/view/the_beatles/across_the_universe/

へどうぞ。

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すてきな詩にひたりませんか 8

2009年11月11日 00時54分23秒 | すてきな詩にひたりませんか
わたしは知っている  ギタンジャリ(92)      
             タゴール  訳/森本達雄


わたしは知っている──いつの日か 地上のものが見えなくなり、生命が わたしの目に最後の帷をおろして、静かに 立ち去る日が来るだろうことを。

それでも、星々は 夜どおしまたたき、朝は 変わることなく 明けそめるだろう。そして時は 海の浪のように高まり、喜びや苦しみを打ち上げるだろう。

わたしの時間のこの終焉を思うとき、刻々ときざまれる瞬間の仕切りは破れる、そして死の光にすかして 巧まぬ財宝にみちたおんみの世界をわたしは見る。そこではどんな賤しい座もすばらしく、どんな卑しい生命も尊い。

わたしが求めて得られなかったものも、得たものも──みんな 消え去るがいい。ただ、わたしがかつて 退けたもの、見のがしてきたものを この手に持たせてください。


       「ギタンジャリ(抄)」より


  ~森本達雄・編訳「タゴール 死生の詩」(人間と歴史社)より~

 ※この歳になって、やっと味わうことができた詩です。多くは語りません。
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すてきな詩にひたりませんか 7

2009年11月09日 23時03分13秒 | すてきな詩にひたりませんか
  ネロ 愛された小さな犬に

       谷川俊太郎

ネロ
 もうじき又夏がやってくる
 お前の舌 お前の眼
 お前の昼寝姿が
 今はっきりと僕の前に
 よみがえる

 お前はたった二回程
 夏を知っただけだった
 僕はもう十八回の夏を
 知っている
 そして今僕は自分のや
 又自分のでないいろいろの
 夏を思い出している
 メゾンラフィットの夏
 淀の夏
 ウィリアムスバーク橋の夏
 オランの夏
 そして僕は考える
 人間はいったいもう何回位の
 夏を知っているのだろうと

ネロ
 もうじき又夏がやってくる
 しかしそれはお前の
 いた夏ではない
 又別の夏 全く別の
 夏なのだ

 新しい夏がやってくる
 そして新しいいろいろのこと
 を僕は知ってゆく
 美しいこと みにくいこと
 僕を元気づけてくれるようなこと
 僕をかなしくするようなこと
 そして僕は質問する
 いったい何だろう
 いったい何故だろう
 いったいどうするべきだろうと

ネロ
 お前は死んだ
 誰にも知れないように
 ひとりで遠くへ行って
 お前の声 お前の感触
 お前の気持ちまでもが
 今はっきりと僕の前に
 よみがえる
 しかしネロ
 もうじき又夏がやってくる
 新しい無限に広い夏が
 やってくる
 そして 僕はやっぱり
 歩いてゆくんだろう
 新しい夏をむかえ
 秋をむかえ 冬をむかえ
 春をむかえ
 更に新しい夏を期待して
 すべての新しいことを知るために
 そして すべての僕の質問に
 自ら答えるために


※私が高校3年生のとき、長野県の飯山市にある「学生村」で、同宿している「東京演劇アンサンブル」の劇団員の方に教えてもらった詩です。
 それまでは、詩とはまったく興味も縁もなかった私ですが、この詩をいただき、読んだときは、かなり衝撃的でした。はじめて読んで泣いた詩でもあります。(何回も読み、暗誦もするくらいでした)
 同時に、ブレヒトの詩も教えてもらいました。
 「肝っ玉お母あ」という劇中の詩だと思います。
 「けしてできないなんて お言いでない・・・・」
 「今日できないことが 明日にも できることに変わるのだ」
 ああ、あのころは諳んじていたのに・・・残念無念。

 あのころから、演劇がいっそう好きになったようです。
 東京演劇アンサンブルの劇は、高校生のくせに毎回観に行きましたし、特に「パリコミューン」という劇は、私の目を社会に向けるきっかけにもしてくれました。

※立教中学に在学していたとき、私は文芸部に入りました。(運動が嫌いだったので。別に文学好きではなく、当時は星新一ばかり読んでいた程度)
 顧問の先生は、小川先生、伊東先生の2人。どんなきっかけか覚えていないのですが、伊東先生は、私を劇に誘いました。「リア王」。当時、結城美栄子(字が合っているか心配)さんが、海外から帰った女優として抜擢されたものだったと思います。若くてはつらつとした演技に魅せられたことも、懐かしい思い出です。

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