息苦しい世の中で 自由に語り合える空間を

自由でも民主でもない この日本を もっともっとよりよく変えていくことができるように たくさんの知恵を語りましょう。

「夜を忘れなさい」 

2017年06月04日 23時40分29秒 | 素人の劇評
コリッチに投稿したものを転載。
「夜を忘れなさい」feblaboプロデュース
6月4日 13:00 新宿シアター・ミラクル(東京都)

「みなさん厳しいコメントが並んでいますが、私なりに楽しみました。役者さんも、それぞれの役柄を演じていたと思えるし、脚本も言葉に拘った部分が随所に感じられていて、ベッドという舞台装置をうまく活用したステージにも、劇団、演出の意気込みを感じ取ることができました。
「理解しづらい」という点では、他の方と共通した感想を持ちますが、「理解できない」というより、圧倒的に「情報不足」だからだと思いました。まず、55分の短さ。終盤になって、大きな展開を見せるのですが、かなり「唐突」の印象がありました。起承転結の「転」の前置きをもっとていねいに扱って欲しかった。
それとの関連で、登場人物の情報をもう少し盛り込まないと、見ている側が材料の少なさから、不安になってしまう。解釈の一人歩きも悪くはないのだが、あまりの情報のすくなさから、見ている個々が自信を失ってしまっていた。
別にせりふを増やすだけでなく、なんとか工夫して、登場した女性について、さらに肉付けしてほしいと思った。
「あっ、もうおしまい?」
けっこう面白かったのになあ。」
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「疚しい理由」 feblaboプロデュース

2017年05月16日 00時38分53秒 | 素人の劇評
3人の役者による会話中心の劇。
楽しく、また「どう落とすのか」ハラハラしながら観ていた。50分の劇があっという間に終わってしまった。結局、真相は「教えないぞ」というままだったので、なんとなく前菜を食べただけのような食感で劇場を後にした。面白かったが、このあとも展開させてほしかったな。いやいやショートショートを読む感覚で、それはそれでいいんじゃないの。と葛藤しながら、西武新宿駅に向かった。軽食。
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「新入社員のイジメ方~夢と希望とカレーライス」

2017年04月08日 21時48分36秒 | 素人の劇評
4/8(土)13:30 劇団カンタービレ
ウッディシアター中目黒

 初めての中目黒。なにかイベントがあるらしく、駅前は大量の若者であふれかえっている。
 へー、結構都会の中目黒。劇場に向かうまでの商店街は、なかなかのおしゃれな店が続いている。
 帽子、輸入雑貨、ブティック、しゃれた居酒屋・・・ただ残念なことに古本屋は見あたらない。

 さて、歯医者の脇にある階段を下りて、思ったより広い受付のスペース、思ったより狭いホールのウッディシアター。
 1番前の左側。私の好きな座席のエリアに落ち着く。

 中堅企業の新人研修。山奥の寺での修行の風景だ。
 予想していた通り、非人間的な殺人的研修と、その癒しとなる、もう一つの世界。
 この2つが絡み合って劇は展開していく。
 俳優さんの演技は、テンポも歯切れもよく、うまく私たちを笑いに誘ってくれる。
 1人1人の役者さんのレベルは高い。
 研修の過酷さよりも、展開と演技とでの「面白さ」が印象的な1時間45分だった。
 私も、その都度、くすくすと笑いながら最後まで飽きずに観ることができた。

 しかし、しかしだ。
 一言で感想をまとめると、「何も残らなかった」のだ。
 「企業研修」と聞いて、その残忍さが登場することは予想できた。さてその後で、どう「落とし前」をつけるのか、興味津々であったが、私の予想は完全に裏切られた。それはそれで「意外性」としてかまわないが、それが残念なことに「失望させる」ものだったのだ。
 一応、社会的なテーマを選んだ以上、それを劇団としてどう考え、どう観てほしいかというものがあるだろう。
 それが感じられなかったのだ。
 「研修」を素材にした、「人情」と「笑い」の劇だったのだ。
 と考えるしかないだろう。

 ネタバレに限りなく近くなったが、後始末を「個人」にしてしまった。
 観た方以外分かりづらい表現になるが、「あの人も企業による被害者」なのではないか。
 そこに収斂してしまったために、研修という「社会的事象」の善し悪しが、個人のレベルのものとなってしまった。
 
 劇の見方はそれぞれでいいが、私には「終わらせ方」が大いに不満だった。
 

 
 

 
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「ルリの恋と昆布の森は千年つづく」 オーガニックシアター

2017年03月26日 22時17分49秒 | 素人の劇評
 武蔵野芸能劇場の小さな劇場で、半分弱の入り。楽日なのに、もっと来てもいいのになあと思いながら観劇。
 3.11を背景にした劇の制作は、きっと難しかったに違いない。
 震災、津波、原発・・・と、あまりにも「現在」に近いからである。そしてしかも音楽劇。さらには「ぺてるの家」を
重ねた設定である。おそらくは、どれか1つでも2つでも削除しておけば、「無難」な劇となるはずである。
 それを敢えて、すべて盛り込んだことに、スタッフの意気込みと熱意とが感じられ、それだけで敬意を表するものだ。

 総勢20数名の出演。ミュージカルとは違う。それぞれが歌の専門家ではないと思うくらい、「うまい・へた」にはばらつきがある。
 これも敢えてそうしたものだろう。音を聞いてほしいのではなく、心を聞いてくれと言わんばかりの構成であった。

 青年と、主人を震災で亡くした女性との恋愛が主軸となって物語は展開していくのであるが、先に挙げた原発やぺてるの家の実践なども、ぶれることなく、恋愛の推移の中に込められていて、2時間以上の劇も、飽きずに見終えてしまった。

 ときおり挿入される「笑いネタ」は、ことごとく失敗(笑)していたが、それはたいした問題ではなかった。

 理不尽な死のとなりにいて、運よく生き残った人たちが、「幸せになっては申し訳ない」といった考えに陥ることはよく聞くが(戦死した戦友に対する感情でもよく聞くことだ)、私にはよく理解できない面がある。むしろ「その分、幸せになろう」「理不尽な死を遂げることのない社会を作っていこう」とするのが、自然なのではないか。生と死とは紙一重だったとしても、そこで得られた「生」は、けっして自分のせいでも、おかげでもないのだから。

 この劇からは、もう少し考えないといけないことがあると思うが、これはまた・・・にしよう。
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「歌わせたい男たち」 取材と構成に脱帽

2017年02月18日 21時34分18秒 | 素人の劇評
2/18(土)14:00
下落合 TACCS1179 この部はBチームによる公演
劇団 俳協

まずは、永井愛氏の脚本に感銘を受ける。
私も、「日の丸・君が代」について、もう14年も前になるが、似たような経験をしていて、
この劇を観る前に、「いくら永井さんといえども、職員室の管理職とその取り巻き、そして少数派の反対派の険悪なやりとりが延々と続く劇ではないか」と、正直期待はしていなかった。
「12人の怒れる~」のような、討論が中心となり、きっと観客は途中で飽きてしまうに違いないとも思っていた。

そしてそれが、嬉しい誤算と知ったとき、脚本のすばらしさ、言い換えれば永井氏の取材力と、それに基づいた劇としての構想の力に圧倒されてしまった。
言葉のやりとりが、ほとんど私の現場で応酬した言葉そのものであった。

教育現場では、もう10年前に都教委から出された一通の通達のことなど、ほとんど話題にもなっていない。
その通達は、それこそ一方的で理不尽なものであるのに、今やそれが記憶を掘り起こされることもなく、舞台に全員が向かい、「国歌」を正々堂々と歌い、「国旗」が堂々と正面に飾られ、紅白幕で囲まれ・・・と、各学校の創意などの余地のない卒業式が「厳粛に」行われている。
「内面の自由」などの論議は皆無。

再び私の心に火を点けてくれた劇に感謝。

この劇は、「ノンポリ」の音楽教師を中心に、周囲の対立に右往左往することで展開されている。
おそらくそこがよかったに違いない。
準劇団員のものとはいえ、それぞれが目一杯の演技力を見せた好演であった。校長役も老けきれないという面もあるが、きっと台本が支えてくれているのだろう、違和感なく受け入れることができた。
Aチームを見ているわけではないが、ともに感動を与えるものとなっていったと推測。

現実から逃げるなといったメッセージをいただき、私は感謝。
劇団の意気込みにも感動した。



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「トランボ」 ディズニーは・・・? と考えながら

2017年01月28日 09時53分49秒 | 素人の劇評
観たいと思っていた「トランボ」が、池袋の新文芸座で封切りされていたので、先週に行ってきた。
マッカーシズムの時代。
国民を巻き込んだ赤狩りの時代。
映画界の脚本家、俳優など、「ハリウッド・テン」と呼ばれる「最注意人物」の中の1人であるトランボの苦難、苦悩、闘志の物語。

まず、このような内容自体が、アメリカにおいて「商業ベース」の乗ることの驚きだ。
国民の懐の深さ、大きさなのだろう。人権に対しては、日本よりもずっとずっとはるか先を行っているなと感じる。
日本でも、レッドバージを背景にした映画は、独立プロなどでは制作はされているが、メジャーではない。
人権感覚、民主主義の思想、その体現という意味では、日本は後進国だから。

「ローマの休日」にまつわる話は聞いてはいたが、映像になって改めて見ると、それがいかに困難を伴ってのことかよく分かる。
トランボの生き様は、並みのものではなく、私からすれば、スーバーヒーローとしての存在である。
不屈、といってしまえば一言で済んでしまうが、時代の重苦しさや周囲の圧力を思うと、筋を曲げないで生きていくことはまず「不可能」に近い。

「私がディズニーランドに行かないわけ」の記事にも書いたが、そういう点ではディズニーは、時代の波に抗することはできなかった人物である。
彼は「ノンポリ」に近いとの評論もあるが、自ら「チクリ」をしたことは、その言葉以上に浅はかな人間性を感じる。
時代が時代だけにしかたなかったという意見もあるだろう。今の感覚で、当時の行動を断罪するなという考えもあるだろう。
その時代、ディズニーは、もちろん自分が、後世にどう評価されるなどとは考えてはいなかっただろう。
「今」を必死に生き抜くことしか考えてはいなかっただろう。

今、私たちがやるべきことは、その時代の制約の中で、彼の行ったことが、現時点の私たちの「知恵」から見て、どこが進歩だったのかを発見し、どこが課題であったのかを「評価」することだと思う。
それなしに歴史の進歩はないし、人類の進歩もないと思えるから。
ディズニーも、トランボも、私たちにとっては「貴重な教材」なのである。

重い心で、しかし充実した気持ちで、劇場を出ることができた。
歓楽街に放り出された私に、痛いくらいの寒風が襲いかかってきたが、それすら心地よいものに思えた。
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「幸福のとき」 そして「街の灯」

2017年01月07日 21時35分19秒 | 素人の劇評
立花座第2回公演
「幸福のとき」 東京芸術劇場 シアターウエスト
1/7(土) 13:00 星組

 「暖かい心でこの劇場からお帰りになる様」というパンフレットに書かれた主宰者あいさつの希望通り、
ほかほかとした気持ちで、池袋の街に解き放たれました。
 原作なのか、訳のせいなのか、役者の演技の質なのか、はたまた演出なのか、よくは分かりませんでしたが、始まったばかりの10分20分は、「なんて固い演技なんだ」「進行も荒っぽい」(工場主の言葉にいとも簡単に周りが信じたこと、小屋を逢い引き専門のホテルにして稼ぐところ、簡単に一目惚れする場面など)と思い、少し不安なスタートだなと案じていました。
 しかし劇が進むにつれ、その気がかりも払拭するくらいに劇中の世界に入りこんでいました。
 同時に、チャップリンの「街の灯」を思い浮かべました。
 
 20年前の北京が舞台とのこと。さしずめ日本では、昭和20年、30年代と重なるのでしょう。
 私が、物心ついたころのことです。池袋の街では、地下道に傷痍軍人がアコーディオンを奏でて募金を所望し、芸術劇場の脇には、闇市があって、伯母もその中でいて、生きるのに必死だったころ。
 隣り近所、知人、町ぐるみが、ともに「貧乏人」として括れた時代でした。だからこそ、みな、互いに底抜けに優しい。
 そんな頃だと思って観ればいいのだなと思いながら、展開を凝視していました。

 劇に登場する者達は、なんと優しいのだろう。もちろん「淫売婦」も、意地悪なその息子も。
 あからさまな悲観も楽観もないラストのシーンなのですが、「暖かな心」になったことは、この劇の、劇団の力によるものでしょう。

 どなたかも書いていましたが、子役は、みな好演技。今の子は、素晴らしい力を持っているのですね。

 役者のみなさんの「固さ」はあるものの、チームワークとポリシーは、しっかりと伝わってきました。

 今年最初に観た劇。素敵なものでよかった。

 
 
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笑えました 「ZASHIKI・WARASHI」

2016年12月26日 00時16分15秒 | 素人の劇評
12/25(日) A.R.P 「ZASHIKI・WARASHI」
阿佐ヶ谷 かもめ座 いつも通り過ぎてしまい、ぎりぎりになってしまう私です。

「笑ってください」のご要望通り、たくさん笑えた劇でした。
絶叫とか、下ネタとかに(あまり)頼ることなく、間合いや会話の妙で、笑わせてくれたことに、まず讃辞を贈りたいと思います。
ただ、笑いの主流が、「場違い」「勘違い」が多く、それは、タカキさんが意識している志村けんと同類のものだったことに、やや独自性、創造性としてどうかなと残念に思えました。そう思って観ていると、やはり「へんなおじさん」の場面も出てきてしまいました。
ここしかない笑いの型、今後はそれを期待しています。
とはいえ、年末の1日を笑いで送らせていただいたことに感謝。
それぞれの役者さんも、それぞれの笑いのパターンを持っていて、そのバラエティさも楽しむことができました。
今年、3番目に良かった劇でした。ありがとうございます。
あ、チョコも。
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「弟の戦争」 私の生き様を問われた劇

2016年12月23日 08時38分46秒 | 素人の劇評
12/10 劇団俳小 「弟の戦争」 池袋シアターグリーン
通知表作成などで、遅れての感想。おそらく今年観た劇の中で、私の心を1番打ったものだと思う。
中東における内紛、テロ、自爆、空爆、貧困、飢餓・・・それを報道などで知りつつも、「まあ、本当に怖いよね。こんな世界にいる子達がかわいそう。さっ、今日は日曜日、なにか美味しいものを食べに行きましょ。あ、食べログで◎◎のパスタが美味しいと書いてあったわ」と、別世界の話は、単なる「話題」としての値打ちしかない。
私が6年生に歴史を教えたとき、15年戦争を教えると、中間の時点での感想を書いてもらうと、ほとんどの子が、「戦争中の暮らしはとても大変だったことが分かりました。それと比べて私たちは幸せです。あんな時代に生まれてこなくてよかったです」という感想を書く。まったく別世界の戦時中なのである。私の授業はここから、その「対岸の火事」観をどう破るかが勝負となる。
ありえない設定ながら、弟の「憑依」とも思える言動から、その「平和な」家族と惨く悲しい「戦時」とが対比されていく。
そしてそれは、私たちに向かって、「なら、お前達はどうなんだ」と問い続ける。
観ていて辛くなる劇、しかしその思いは、私たち人類としての根源的な生き様についての解答を求める。
久しぶりの「考えさせられる」「生き方を問われる」観劇となった。
ありがたい。
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山田太一「五年目のひとり」

2016年11月20日 00時36分08秒 | 素人の劇評
近くのものが見えるようにと作ったコンタクトレンズが、日常の仕事、生活に支障をもたらして1年。
ようやく検査を受けて、0.7から1.0くらいが見えるように検査、交換。
かなり強くなったが、また世界が明るくなった感じがする。

そんな池袋での用事を済ませて、帰り道。電車に乗り込むと、対面に老夫婦が並んですわっていた。
80前後だろうか。
若いカップルのように、しっかりと手をつないで、とろとろと居眠りをしている。
「ああ、いい光景だなあ」と、羨ましい気持ちになる。
若いカップルとは書いたが、いっときも離れないでいたくない、そんな熱情とは違っていて長い歴史を
一緒に過ごしてきた、その信頼と労りと、安堵が重なったようなつなぎ方のように見える。
「いいなあ」と、何度も思う。

山田太一の「五年目のひとり」を見る。
渡辺謙の好演ということもあるのだが、やはり彼の作品はいい。
いつも未完の、市井の登場人物が、心を右往左往させるものだが、それだけに自分と重ね合わせることが多い。
3.11がベースにあるのだが、家族とは、優しさとは・・・と、それなりに「自分のテーマ」に沿って見ることができるからだろう。
久しぶりに泣いた。
死んだ伯母が、父が、川井くんが、田﨑くんが、吉川くんが、これつねくんが・・・・互い違いに頭をよぎる。
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「えんやこら讃歌」 だるま座 

2016年11月06日 00時43分46秒 | 素人の劇評
11/5(土) 14:00 荻窪 だるま座


あれだけの人数が舞台に立ちながら、1人1人が個性に充ち満ちていて、「群れ」ではなく、個々の集まりとして感じられる。そんなたくさんの見どころを持った芝居だと感じました。  中心となる彼女(すみません、名前を忘れてしまいました)の熱演は言うまでもなく、その周辺の役にも、それぞれが人生が、物語があることまで想像させる、巧みな演技、演出、台本であったと感服してだるま座を後にしました。  日本の終戦直後版の「どん底」ですね。  何回か、だるま座の劇を観てきましたが、「外れ」ることなく、毎回、涙と笑い、そして人生の哀しさ、重さを抱えて帰路につきます。  「劇」というよりも、「おしばい」といったニュアンス。親しみを込めて。 さて、ひとつ無理難題です。「現代版えんやこら讃歌」を書ける人はいないものでしょうか。
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「100人のタナカ!」一見さんには

2016年10月16日 16時47分28秒 | 素人の劇評
10/16 13時 下落合 TACCS1179
PocketSheepS 「100人のタナカ!」

「ミクロの決死圏外」のVR版と言ったら失礼かもしれない。ロマンス、アクション、コメディの要素をふんだんに盛り込んだ内容で、観ている人に笑ってもらおう、楽しんでもらおうという意欲が肌で感じられる。
それはそれでいいのだが、周りの人たちが、大笑いしたり、クスクス笑いをしている半分も笑いを発することはできなかった。
感じたのは「身内の笑い」とも言えるものが大半で、一見さんの私には、「えっ、なぜここで笑いが?」というものが繰り返されていく。16回目の公演とあり、場数を踏まないと理解できないものかもしれないと思った。
コスプレのオンパレードも、私には観客に媚びを売っているようにしか感じない。
絶叫型の台詞の応酬も、私には辛い。
テンポはいいのだから、小さな劇場なのだから、そんなに声を張り上げなくても。
設定は面白いだけに、残念な思い。
役者もそれぞれ個性的。脚本と演出にさらなる精進と期待。
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「はじめての夜」 PATCH-WORKS

2016年10月09日 22時26分13秒 | 素人の劇評
阿佐ヶ谷 ひつじ座 10/9 13:00
千秋楽 「はじめての夜」

ひつじ座も、PATCH-WORKSの劇も初めて。 セックスをコメディとして表現する劇も、久しぶり。 軽くいなした感じで、それなりに楽しめた劇でした。 観る側にとっての思いはそれぞれでよいと思うが(私も「はじめての~」を思い出しながら観ていたし)、この劇団が「どう観てほしい」んだという面が、よく分からなかった。 なぜ性をテーマに? いや、それに絡みついたドタバタを見せたかった? これだけ性に対しての価値観が違うことを?(あっ、劇中の登場人物にはその違いはなかったかな)  それが見えてこなかった分だけ、やや私の反応は複雑でした。 いや、それはみなさんが考えること。そう言われるなら仕方ありませんが。 また、違ったテーマの劇を観てみたいと思います。 音楽と劇の融合・・・は面白い発想で、充分効果的でしたが、それは演出上のスタイルのこと。劇の中身についての、熱い思いを知りたかった。
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「AQUA」 いつ破裂するか・・・

2016年05月02日 00時50分04秒 | 素人の劇評
メガバックスコレクション100作品突破記念祭
1日 阿佐ヶ谷アルシェ 14:40-

途中まで、2人の会話から、いつそれが弾け、崩れてしまうのか・・・はらはらしながら見ていました。 AQUAも父も、その演技、台詞の表現力など、高い水準のもので、臨場感あふれる舞台となっていて、その時々の心理の推移を、私も共振していました。 後半の「破裂」も、無理なく受け入れることができました。 ひとつだけ・・・弁護士さん役の俳優さんへ。声が上に駆け上がってしまい、しかも早口のために、聞きづらく感じました。前に出す練習をぜひしてください。(すみません)
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もったいない劇

2015年11月08日 01時59分20秒 | 素人の劇評
11/7(土)14:00
「AchiTION! 『HIT CHART』」
八幡山 ワーサルシアター

流行歌を三題噺のネタにして、コントをつなげていく。しかも、それが一本のストーリーと成っている。その手法は、よくあるものだと思うが、そしてネタも斬新だとは思わなかったが、役者陣の個性と奮闘で、それなりに面白く見せていただきました。このくらいの力量がある劇団ならば、なにも歌謡曲を持ち出さずに、もっともっとオリジナルの激やコントができるのにと、ちょっと不満を抱えて帰りました。
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