T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1236話 [ 「コーヒーが冷めないうちに」を読み終えて 8/? ] 12/24・土曜(曇)

2016-12-23 12:33:43 | 読書

「本作抜粋による粗筋」

第二話「夫婦」記憶が消えていく男と看護師の話 ―4ー

[過去に戻った高竹。2年前の過去の夏姿の房木が現れる]

 いつの間にか、ゆらゆらとした目まいのような感覚は無くなっていた。

 目を開けると、天井にゆっくりと回るシーリングファンが見えた。

 手も足も、もう湯気がない。

 だが、本当に、過去に戻って来たのかどうかは、分からなかった。

「……誰もいない」と、高竹はつぶやいた。

 過去に戻れば、房木がいると期待していただけに落胆は大きかった。

 残念ではあったが、これでよかったのかもしれない。手紙を読みたいと思ったのは確かだが、やはり「横取り」することへの罪悪感もある。手紙を読むために未来から来たと房木が知れば、間違いなく機嫌を悪くするはずである。

 それに、無理して読んだとしても、房木の病状は変わらないのだ。房木が高竹のことを忘れてしまっているという現実も変わることはない。

 高竹は、さっきは、房木から、「どこかでお会いした事、ありましたっけ」と言われて動揺し、感情的になったのだと、冷静になっていた。

(ここが過去なのだとしたら、もう用はない。現在に戻ろう)と思って、高竹はコーヒーに手を伸ばした。

                               

   カランコロン

 誰かが入ってきた。

 扉のない入口に姿を見せたのは房木だった。

                                                                           

(過去に戻った高竹は、その過去と現在のことを意識できているが、

 房木、過去のことだけしか意識できていない状態であった)

                                                                                        

 房木は、喫茶店の入り口に立ったまま、何も言わず、高竹を不思議そうに見つめている。

「あの……」とは言ったものの、高竹は、どう話を切り出せばいいのか分からなかった。

 すると、「……なんだ、ここにいたのか」と、ぶっきらぼうな言葉が飛んできた。いつもの、いや、病気になる前の房木の口調だった。

「あんた……でいいのよね」

「ん?」

「私の名前を言ってみて」

「ふざけてんのか」

 高竹の質問には答えず、房木は怒ったように吐き捨てた。

 だが、高竹は嬉しそうに微笑んだ。

「ううん……いいの……」と、小さく首を振った。

 戻ってきた。間違いない。

 目の前の房木は、確かに記憶を失う3年前の房木である。

「なんだよ、誰も居ねーのかよ」

 房木はぶつくさ言いながら、高竹のいる席からは一番遠いカウンターの椅子に腰かけた。

「こっちに座れば」と、高竹は自分と同じテーブルの向かいの席をトントンと叩いてアピールした。

「いいよ。いい年をした夫婦が同じ席になんか座れれるかよ、みっともない」

「そうね、夫婦だもんね……」

 高竹は、ニコニコしながら同意した。なにより、房木の口から夫婦という言葉が出たのが嬉しかった。

「あなた! なんか私に渡すものない」

 高竹はワクワクしていた。病気を発症する前の房木が書いた手紙なら、もしかしたら本当にラブレターかもしれないと思ったからである。

「は?」

「こんな、これくらいの……」

 高竹は、数がやって見せたように、指を使って封筒の大きさを宙に描いた。

「……」

 そのアプローチに、房木は、怖い顔をして動かなくなってしまった。

 房木は、以前から、自分のやろうとしていることを言い当てられるのを嫌っていたのだ。手紙を持っていても絶対に渡してはくれないだろうと、高竹は思った。

 だが、高竹は間違っていた。

 突然、房木の口から突拍子もない言葉が出た。

「そこに(いつもワンピースの女が座っている席)座っているという事は、未来から来たのだろ。……って事は、俺の病気も知ってるんだな」

 高竹は、房木が病気になる前の過去に戻って来たと思っていたが、間違っていたのだ。

 目の前の房木は、自分の病気の事を知っている。そして、房木の服装から見て、季節は夏である。

 だとすれば、考えられるのは2年前。房木が道に迷い、高竹が初めて房木の病気に気づいた、あの2年前の夏に自分は戻って来たのだ。

 勝手に、「房木が高竹を忘れていない」「手紙を渡そうと」「手紙を持って喫茶店に来ている」という三つの条件に当てはまる過去を、3年前としてイメージしていたが、条件に当てはまらなかったのは、その時点では、きっと、手紙をまだ書いていなかったのだ。

 という事は、手紙は発症後に書かれたものという事になる。ラブレターなんかであるはずはなく、内容は病気に関することだと思った。

「知っているだろ?」と、房木は声を大きくした。

「……」

 高竹は、無言で小さくうなずいた。

 黙り込んでいた房木は、カウンター席に置いてあったセカンドバッグを掴み、高竹のテーブルの前に来て、中から茶封筒を取り出して差し出した。

 そして、聞き取りにくい、しわがれた声でボソボソしゃべり始めた。

「今のお前は、俺の病気の事、知らなくても……」

(しかし、私は、もう気づいている頃か、間もなく気づく頃であった)

「そんなお前に、どんなに伝えていいのか分からなくて……」

 と言って、茶封筒を小さく掲げて見せた。

 房木は、自分がアルツハイマーであることを、高竹に手紙で知らせようとした。

 しかし、私はもう知っている。となると、手紙を読んでも意味がない。

 高竹はこのまま帰る事にして、ぬるくなったコーヒーを飲もうとした。

 その時、

「やっぱ、忘れちまうのか? 俺は、お前の事……」

 房木が、うつむきながら、ぼそりとつぶやいた。

 その言葉聞いて、高竹の頭は真っ白になって、言葉を失っていた。

「……」

 だが、返事をしない高竹は、房木の質問に「イエス」と答えたようなものだ。

「そうか……やっぱりな……」と、悲しげにつぶやいた。

 高竹の目から涙がこぼれた。

 アルツハイマーだと診断され、日々、記憶が消えていく恐怖と不安を抱えながら、それでも妻である高竹には、それを気づかせず、一人で耐えてきた夫。

 その夫が、高竹が未来から来たと知って、最初に確認したのは、(未来の時点で房木が)妻である高竹を忘れていなかったかどうかという事だった。

 高竹はそれが嬉しかった。そして、悲しかった。

(未来で、あなたとこんな会話をしたと伝える高竹)

「あのね、実は、あなたの病気よくなってさ」 (高竹の心の中では、)

  (いまこそ、私は看護師として、強くふるまわなければ……)(と思っている)

「なんかね、未来のあなたに聞いたのよ。……、」

  (何を言っても、現実は変わらないのだから)

「不安だった時期があったって……」

  (一瞬でもいい。こんな嘘でも、この人の不安が消えるなら……)

「大丈夫だから……、治るから……」

  (大丈夫だから……、治るから……)

 高竹は、一言、一言、力強く房木に語りかけた。

 房木は、「……うん」と、大きくうなずいて、持っていた茶封筒を、「これ……」と言いながら差し出した。

「治ったから……」と、高竹は茶封筒をそっと押し返した。

「じゃ、捨てといて……」と、いつもと違った優しい言い方で、房木は少し力を入れて押しつけた。

 高竹は、おそるおそる震える手で手紙を受け取った。

「コーヒー、冷めちゃうから……」

 房木は。ルールのことを知っていた。高竹に、飲むように促した。

 高竹は、一気に飲みほした。

 高竹の身体をゆらゆらとした感覚が包み込んだ。

 ソーサーの上に飲みほしたカップを置いた手が湯気になるのが見えた。

 房木が、カップをソーサーの上に置いた音を聞いて振り向いた。

 高竹は、薄れゆく意識の中で、房木の口が小さく動くのを見た。

 見間違いでなければ、その口はこう動いていた。

「ありがとう」と。

           次の節に続く

  

 

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