T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1260回 [ 「帰郷」を読み終えて 4/? ] 2/12・日曜(晴・曇)

2017-02-12 12:45:38 | 読書

[夜の遊園地]

「ナイター観戦お疲れさまでした。時刻はまだまだ宵の口、遊園地は午後10時まで営業しております。東洋一のジェットコースターを始め、大東京の夜景を一望にする観覧車、鏡の迷宮ミラーハウス、背筋も凍るお化け屋敷など、どれも夜間割引料金にてご利用いただけます。あしたは日曜、お子様へのサービスに、……」

 大学生のアルバイター・竹内勝男は、厚紙のメガホンを口に当てて客を呼んでいた。

(中略)

「キミ、キミ、ちょっとよろしいかね」と、勝男は、身なりがよい男の子の手をつないだ麻背広を着た紳士から呼び止められた。

 そして、「子供にせがまれれば嫌とは言えないが、子供にとっての午後10時は非常の時間だ。……午後10時までの営業は、いささか不見識ではないか」と文句を言われた。

 勝男は、「アルバイトなので、なんともお詫びのしようがないのですが」と詫びながらも、せがめば夢を叶えてくれる父の存在が妬(ねた)ましかった。

 勝男は、父という人を知らなかった。父が出征した年にはまだ3歳だったのだから、イメージとして記憶にあるのも、おそらく、誰かから聞いた話だろう。

 勝男は、母親から、お前の父親は魚菓子の仲買人で、出征するときも河岸に出かけるのと同じ夜明け前に、一人でさっさと家を出てしまって、お前を背負った私の前を走り抜けた都電に乗っていたが、手を振るでもなく、吊革に掴まって背を向けたままだった。

 そのような、人に涙を見せたくない男だが、せっかちで短期で、あまりものを考えない人だったと聞いていた。

(中略)

「のう、にいさん。割引だの何だのと余計なことは言わないでくれ。ガキにぐずられたんじゃ、親の立つ瀬がねえんだ」

 泥にまみれたニッカー・ズボンをはいた父親が、坊主刈の息子に、腕を掴まりせがまれていた。

 勝男は、「あいすみません、アルバイトだもんで」と頭を下げた。

「分かってるって。お前を叱ったふりして、ガキに了簡させるんだ」と言って、遊園地の入り口に向かった。

 ※ ※ ※

 勝男の父は、終戦から一か月も経った頃、戦死公報が届き、その年の1月に比島方面レイテ島で戦死していた。

 そして、勝男が小学二年の時、母は遠縁の資産家に望まれて再婚した。勝男は母の実家に残された。

 母は嫁いだ後も、正月には、実家に帰ってきたが、父の異なる弟と妹を産んでからは次第に足が遠のいた。

 折節の葉書のやり取りと、たまに他聞をはばかってかけてくる電話が、母と勝男との細い絆になった。

 だから、勝男から電話をかけたのは、高校と大学に合格したときに、伯父が電話をして母を呼び出してくれて会話し、母からは二度とも「頑張っばね」の一言で終わってしまった。

 だが、勝男は決して母の愛情を疑っていなかった。(もし母が、そうした厄介な愛情を放棄することで、幸せを掴めるのなら、迷わずに忘れてほしい)と勝男は、ねがっている。

 だが、父に対しては、愛情どころか、それを育むだけの種子すらなかった。そのことは女房子供を残して勝手に死んだという歴然たる事実である。

 戦争だから仕方がないと人は言うが、女房子供の知れ切った苦労を考えれば、敵前逃亡だろうが虜囚の辱めを受けようが、生きる方途がなかったはずはない。自分ならばきっとそうすると思う。

 見知らぬ父を慕う気持ちは毛ほどもない。それどころか、無責任で無思慮な一人の男を憎悪しているのは確かだった。

 ※ ※ ※

 ふいに、ジェットコースターの乗り場から言い争う声が聞こえた。

 係員が、保護者同伴でないと乗れないと言うのに、例の麻の背広を着た父親が、「俺は乗りたくないのだ。同伴は大目に見てやってくれないか」と言っていた。

 勝男は、「兄さんと一緒に乗ろう、いいかい」と言って、父親に代わって乗った。

 ジェットコースターが緩慢に上昇していき、この乗り物が苦手な勝男は、恐怖に鳥肌が立った。

「お父さんはきっと怖がりなんだね」と言うと、「違うよ。僕のお父さんはゼロ戦のパイロットだったんだ。こんなのへっちゃらさ」と返事した。

 少年は、とても大事な事を言ったはずだが、考える間もなく、夜空の頂点を極めたジェットコースターは、真っ逆さまに急降下した。

 目をつむってはならない。瞼を持ち上げて見つめなければならない。何万燭光もの照明の向こう側に、自分が夢のように忘れ去ってきた出来事を、決して怖れず、瞠目して。

(中略)

 勝男は、お化け屋敷の受付担当の女性から、「出て来ないお客がいるんだけど、見てきてくれないか」と依頼された。

 お化け屋敷のある場所に、汚れたランニング・シャツを着た例の坊主刈の息子が、「父ちゃんが、どうかなっちまった。助けておくれよ」と路傍の茂みを指した。

 その場は、戦国時代の合戦場という設えで、あたりかまわず累々たる骸が転がっていた。

 矢を満身に受けて立ち往生している鎧武者。水の中に顔を突っ込んだまま、電動の手足をもがく足軽。横たわったまま腹を膨らませ、瞬きする馬。とりわけ目を引くのは、ちぎれた人間の足にかぶりつく老婆のロボットである。

 造り物の木立ちの根方に、父親がつまずていた。正座をした姿勢で前かがみに身体を倒し、震える掌を合わせているのだった。

 考えるまでもなく勝男は理解した。

 この人は南溟(南方の大海)の玉砕の島から生還したのだ。

 勝男は、男の前に膝を揃えて詫びた。

「とんでもないことをしました。申し訳ありませんでした」

 遊園地という嘘の世界は、特攻隊や玉砕の島の生き残りがやっとの思いで被せた記憶の蓋を覆(くつがえ)してしまった、と勝男は思った。

「蛍の光」が流れ始めた頃、親子の二人組がそれぞれの方向に仲良く去って行くのが見えた。

 勝男は、(明日、朝一番に出勤して、これ一度きり、母に電話しよう)と思った。

 ※ ※ ※

電話をしたのは、お父さんのことを誤解してほしくはないからです。……お父さんは、お母さんが言っていたような人でなく、ずっと、お母さんや僕の事を考え続けて、どうにか生きて帰ろうと懸命に努力したんだけど、どうしようもなくなったんだ。とても根気強く考え深い人だったんだ。

 もしもし、聞こえていますね。

 だからね、お母さん。お父さんと僕はずっと一緒にいるから、もう考えないで、お母さんはお母さんの幸せだけを、決して手放さないで。……」

                               

 私の末の弟は、戦死した父の顔を知らない。

 父はどんなところで戦いをしたのだろうと、一人で、戦地として父が過ごした厦門、海南島へと旅行をしている。

 心の底辺に、どんな父であったのかを知りたかったのだろう。

 この作品の主人公のように、何かのきっかけだ、父のイメージか、父の人生の一齣を知りえただろうか。

 私に、現地の様子は話してくれたが、父のイメージついては、何も話してくれなかった。

                                   

          次の「金鵄のもと」に続く

 

 

 

 

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