T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1297話 [ 「この嘘がばれないうちに」を読み終えて 14/14 ] 5/8・月曜(晴)

2017-05-07 13:33:27 | 読書

そのⅣ―[亡妻に愛の嘘を吐く清]―

 これまで清は、公子の誕生日にプレゼントを贈ったことがなかった。

 仕事が忙しくて余裕がなかったというのも理由の一つではあったが、公子は、自分の誕生日に小さなトラウマを抱えていた。

 公子の誕生日は4月1日。エイプリルフールである。

 そのため、子供の頃からよく友達にプレゼントだと言った後、「うっそー」とからかわれたのだと言う。それで、清と公子が恋人になってからも公子のほうから別の予定を入れたりしてプレゼントを受ける場面を避けていた節があった。

 それでも、最後の誕生日だけはちゃんと祝ってやりたい、清は、そう思って過去にやってきた。

   

 プレゼントのネックレスをじっと見つめる公子に、

「誕生日、おめでとう……」と、清がそっと囁いた。すると公子は、

「主人がそう言ったのですか……?」と、驚いた眼で清を見た。

「ええ……」

 清の返事を聞いたとたん、公子の目から大粒り涙が零れ落ちた。

 公子の涙の真意が、理解できなかった清は、恐る恐る「どうかなされましたか」と尋ねた。

「実は今日、主人から別れ話を切り出されるのだと思っていたんです……」と公子は答えた。

 清は耳を疑った。思いもよらぬ言葉だった。

 清は、(過去に戻るついでに、全然、別の世界に来てしまったのではないか?)と、思ってしまうほど衝撃を受けた。

「差し支えなければ、そこのところ、詳しくお聞かせいただけますか?」

 清は、刑事の聞き込みの時によくする言葉が口から出た。

 公子は、深呼吸してから静かに話し始めた。

「ここ半年ほど、主人は険しい顔をしているばかりで、会話らしい会話もほとんどなく、仕事柄、家を空けることも多いですし、帰ってきても、ああ、うん、ごめん、疲れているから、しか言わなくて……」

 公子は、目頭にハンカチを当て、

「今日は、大事な話があるからって言われて……、きっと、別れたいって言われるものだと……」と、涙声で絞り出すように説明した。

 清は面食らっていた。別れ話をするなんて、考えたこともなかったからだ。

 辞めたいと思っていることを公子に悟られないようにするために、清は無意識に公子との会話を避けていたのだろう。その態度が、公子の目には別れを切り出す前の倦怠期に映ったのだ。

(まさか、こんな思いをさせていたとは……)

 人の心は本当に分からない。

 清は、目の前で泣いている妻に、何を言えばいいのか分からなかった。

 今、公子にとっての清は、たまたま居合わせた赤の他人である。しかも、数時間後、彼女は事件に巻き込まれて命を落とす。

 その事実を知っているのに、清にできることは何もない。

 清は、ゆっくりとカップに手を伸ばした。手のひらに伝わる温度でコーヒーが冷めつつあるのを感じた。

 次の瞬間、清は自分でも驚くような言葉を発した。

「私は、君と結婚してから、別れたいなんて一度も思ったことはありません……」

 現実を変えられないことは分かっている。でも、公子がこんな不安な気持ちを抱えたまま亡くなるなんて、清には耐えられなかった。

 たとえ、信じてもらえないとしても、自分の正体を明かし、たった一つでも、公子を苦しめている原因を取り除いてやりたかった。

「私は30年後の未来から来ました……」

 目を丸くして自分を見つめる公子に、清はそう言ってはにかんだ。そして、

「大事な話というのは、別れ話なんかではなくて、……実は、刑事を辞めたいと、君に言おうと思って……」と呟いた。

 清は、話を続けた。

「人を人とも思わない連中を相手にして…………疲れていたんだ。しかし、なかなか言い出せなくて……」

 おそらく、コーヒーが冷めるまでに残された時間はわずかである。

 公子が信じてくれるかどうかは分からなかった。でも清は、伝えておくべきことは伝えておこうと思った。

「でも安心してください。僕は刑事を辞めなかったし、……」

 清はそう言った後、一呼吸おいて、

「君とも別れませんでしたから……」と、小さな声で囁くように告げた。

 清のついた精一杯の嘘である。(君は、この後すぐに死んだとは言えなくて嘘をついた)

「やっぱり……清くん(高校時代からの公子の呼び方である)だったのね」

 清は懐かしい呼び方に目頭が熱くなった。

「そのハンチング、ずっと使ってくれてたんだね」と、公子は嬉しそうに微笑んだ。

 清が刑事になった時に公子からプレゼントされたのだ。

「仕事、辛かったんでしょ。……なんで、辞めなかったの?」

「君がいてくれたから……」

 清の返事に迷いや躊躇はなかった。

 ふと気づくと、こちらを見ていた要が、瞬きをしていた。

(そろそろですね)と、合図をしているのが、清には分かった。

「じゃ、私はそろそろ戻らなければならないから……」

清くんは……それで、幸せだった?」

「もちろん」

 清は答えて、一気にコーヒーを飲みほした。

 ぐらり……

 清を目まいが襲い、ゆっくりと、まわりの景色が上から下へと流れだす。瞬間、清の体は真っ白な湯気となった。

「これ……」

 見ると、公子がネックレスを胸元に当て、

「……ありがと」と、幸せそうな笑みを清に向けている。

「……よく、似合っているよ」

 清は照れくさそうに、はにかみ乍らそう言ったが、その言葉が公子に届いたかどうかは分からなかった。

(しかし、これからも一層、公子のために幸せな日々を過ごそうと思う気持ちは、いつまでも心に残っていることだろう)

                    

 

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1296話 [ 「この嘘がばれないうちに」を読み終えて 13/? ] 5/7・日曜(晴)

2017-05-07 10:44:23 | 読書

そのⅢー[過去に戻どり、プレゼントを渡す清]―

 清の妻・公子は、清とは高校生の時に知り合い、二人は一緒に警察官を目指した。

 二人とも採用試験に合格したものの、当時はまだ女性警察官の採用枠は少なく、公子は警察官になれなかった。

 清は交番勤務時代の仕事が評価され、30歳のときに晴れて警視庁刑事部捜査一課へと配置された。二人が結婚して2年目のことである。

 しかし、清にとってつらい現実ばかりだった。

 清のいる捜査一課は、殺人事件や殺傷事件を扱う部署である。欲や保身のために人の命を奪うような、人間の負の部分に向き合い続けなければならない。その現実を、信念や使命感で乗り越えるほど、清の心は強くなかった。

(このままでは、心が折れてしまう)、そんな危機感に、清は、

「刑事を辞めようと思っている」と公子に打ち明けることにした。公子の誕生日を口実に、この喫茶店に呼び出して話すつもりだった。

 だが、待ち合わせ当日、仕事が入ってしまった。

(また、日を改めればいいか……)と思って、連絡も取れず、喫茶店にも行けなかった。

 その結果、公子は強盗事件に巻き込まれ、逃げる犯人に首の頸動脈を斬られ出血多量で死亡した。

 清は、自分が約束を守らなかったせいで、公子を死なせてしまったと思っていた。頭では、「そうでない」と分かっていても、心がそれを認めないのだ。

 そして、いつしか、(死んだ公子をおいて、自分だけ幸せになることはできない)と考えるようになった。

   

「本当に人が現れた」

 男の声で、清は気がついた。時間を遡っている間は、意識が飛んでいたのだ。

 カウンターの中から胸当てエプロンを付けた男が清を見つめている。

 清が、男に向かって小さく会釈すると、男はうろたえながら、

「要さん……」と言って、奥の部屋に姿を消した。

 30年前だというのに、店の内装は今と変わっていない。だが、清には、(過去に来た)という確信があった。男が、「要」という名を呼んだからだ。数の母親の名前が要であることは、絹代から聞いていた。

 清以外、店内に客は一人も見当たらない。清がぼんやりしていると、奥の部屋から女が現れた。

 白襟の花柄のワンピースに、小豆色のエプロンのその女は、お腹が大きい。数を身ごもった要である。

「いらっしゃいませ」と清に声をかけ、頭を下げた。そして、

「すみません。主人は、仕事が休みの時に手伝ってもらっているだけですし、それに、実は今、私の淹れたコーヒーでは過去に戻れないので、そのため、その席に人が座ってるところ、初めて見たものでして……」と謝って、

「誰かに会いに来られたのですか?」と聞く。

「ええ」と清が答えると、要が店内を見回して、顔を曇らせた。

 すぐに清は、「大丈夫です。来る時間は分かっていますので……」と答えた。

 要は、「そうですか」と微笑んだ。

 少し時間があったので、「あなたの淹れたコーヒーでは、過去に戻れないのは、なぜですか」と尋ねてみた。

「お腹の子が女の子の場合は、妊娠すると同時に、この力は、お腹の子に引き継がれちゃうんです……」と言われ、清は目を見開いた。

 その時……。

 カランコロン。

 とベルが鳴り、同時に、柱時計の時打つ鐘が5回鳴り響いた。

 公子がやってくる時間だった。

「来たようですね」と言う要の落ち着いた声を聞き、清は深呼吸をした。

「いらっしゃいませ」と要の声が響く。

 しばらくして、公子が入ってきた。

(公子……)

 清は、ほんの少し顔を上げ、公子に目をやる。

 公子は、春物の薄手のコートを脱ぎ、三つあるテーブルの真ん中に腰を下ろした。

「コーヒー、お願いできますか」と、腰を掛けた。

 店内は、清と公子の二人だけ。二人は向き合うように座っている。

 清がハンチング帽の下から視線を向けると、すぐに公子と目が合った。

 すると、公子は笑顔を向けて、「こんにちは」と、声をかけてきた。

(目の前の老人が、私と気づいている様子はない。これなら大丈夫かもしれない……)

「万田公子さん、ですか?」と、清は尋ねた。

「ええ、そうですけど……どちら様でしょうか?」と、公子は少し驚いた様子で返答をした。

「実は、万田清と言う方からこれを預かりまして……」

「主人から?」

「ええ」と言って、清はプレゼントを渡すために立ち上がろうとした。

「ああああっ、駄目じゃないですか」と言って、要が寄ってきた。(過去に戻っても、席を離れることはできない。離れると現在に戻ってしまうルールがある)

 そして、「おじさん、ぎっくり腰で立てなくなったって言ってましたよね」と言った。

 清は、「あいたたた……」と、顔を歪め痛がって見せた。

「ぎっくり腰? 大丈夫ですか」と言って、公子がテーブルに寄ってきて、

主人から預かったというのは、それですか?」と言いながら、清の手元に視線を落とした。

 清は慌てて、手に持っていた箱を公子に渡した。

「何かしら」

「お誕生日ですよね?」

「あ……」

 公子は驚いたように目を見開いて、手に持った箱を凝視した。

「プレゼント、だと言っていました。……あなたにこれを渡してほしいと……」

「……そうですか」

 公子はそう呟くと、感激した様子で、カサカサと包装紙を開いた。その中には、小さな小さなダイヤモンドが付いたネックレスが入っていた。

   

       そのⅣ―[亡妻に愛の嘘を吐く清]―に続く

 

 

 

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