ぱんくず日記

日々の記録と自己分析。

しばらくさようなら

2007-02-18 13:35:10 | 日常
私、
ちょっと今
故障中で
パソの前に座る事が困難になりました。
携帯でコメントを見るくらいは可能ですが、
ネタは山積みにも関わらず
身体の故障で記事更新が難しくなりました。
ここを訪ねて下さった皆さん、
ごめんなさい。
しばらく休みます。
座れるようになったら、
またここでお会いしましょう。
では。
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御手は遠い。

2007-02-18 13:30:12 | 信仰
何だか
あんまり痛いと
理性が消し飛ぶね。
同じ病気じゃないけど、
飛び降りたアナウンサーの気持ち解る気がする。
(残念ながら
 今の私は飛び降りるために
 ベランダの柵を乗り越えるどころか
 ベランダまで行く事すら出来ないけど。笑)


いろいろな問題を四苦八苦して乗り越えて、
やっと落ち着きを取り戻すと、
再びこんな風に生活を打ち壊される。
繰り返される。
その度に試練だとか訓練だとかご計画だとか
霊的成長のためだとか
神様がもっと
大きな恵みを下さろうとしてるとか
聖書にも黙想の本にも書いてあり
信仰者や霊的指導者達も
そのように言う。
そしてそれは正しく、
神の御心に叶っている。
自分にそう言い聞かせてきた。


霊的成長も
もっと大きな恵みも
もういい。
神の御手は
生まれた事と生かされている事を
喜ぶ人のためのもの。
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生きがいか・・・

2007-02-13 03:33:00 | 血族
生きがい「ない」人は病死率高い…「ある」の1・5倍(読売新聞) - goo ニュース


あー
こりゃ私の死亡率は高いって事か。
死因も癌か。
そりゃそうだ。
数ある死亡原因のトップなんだから
自分だけ癌から逃れられるとは思ってないし。


そうそう、
井上家の者は癌で大体50歳くらいまでに
大半がこの世とおさらば。
じじの祖父(私には曽祖父)は胃癌だったし、
じじの父親(私には祖父)も肺癌で享年50歳だった。
ヘビースモーカーの葉巻好きだったから当然か。
大叔父大叔母達もいとこやマタいとこ達も皆同じ、
先祖代々癌家系でござる。


皆、
生前は生きがいあったのかなかったのか。
どうだったのかな。
聞いてみたかったな。
50歳以前の時点で癌にならなくても
高齢で癌になってたな。
こっちはごく自然の成り行きか。


しかし中には癌になる前に
脳血管障害や急性心筋梗塞でコロっと逝ってしまうのも
1人か2人はいた。
じじも脳梗塞の時は
この少数派の仲間入りするところだった。
じじの叔母(私には大叔母)なんて、


「井上家の者は
 皆癌で死んでるの。
 だから私もいずれきっと癌になるわ。
 だから今から癌の勉強をして
 たとえ風邪でも私は国立病院に行くの。
 私は国立じゃなきゃダメ。」


とか言って
バスと地下鉄と徒歩で約1時間半かけて
国立病院に通って老人医療費吊り上げてた。
癌にもならないうちから
癌の勉強してどうすんのと聞いてみたら


「私、癌になったら
 闘病記を出版するわ。
 芥川賞貰えるような闘病記書くわよ。」


大叔母は当時すでに短歌の本を自費出版していた。


しかしね、
こういう80歳近くなってもきゃぴきゃぴして
芥川賞狙って癌を待ち構えているような人に限って
癌にならない。


「ともちゃん、
 あなた恋しなさいよ。
 恋をすると人間は内側から輝きだすのよ。」


そんな会話をして1年経たないうちに


「あれ、何か胸が変・・」


急性心筋梗塞であっけなく逝った。
80歳に手の届く歳になってから
井上家の数少ない例外に
自分も入るとは思ってなかっただろう。
インターネットが普及する前に世を去ったけど
もし今も生きていたら
今頃はミクシイとかブログとかやってたかも。


そういう私の生きがい?
ないよそんなもん。
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104

2007-02-13 03:27:07 | 日常
写真.滅多に使わない家の電話。
   くっついてるのは、
   前の職場で、
   手術場から救急外来に助っ人に行った時、
   ERのホワイトボードに
   誰かがくっ付けてったコアラ。
   じっと見ていたら
   助っ人のお礼にスタッフがくれた。
   その下はホコリかぶって白くなった黒猫。
   多分何かのキャラクター。
   クロネコヤ○トの宅急便だったかな。
   


昨日の夕方、
何年かぶりに
家の電話から
電報というものを送ろうとしたら
電報局が何番だったか忘れてた。


それで
番号案内の104に聞いてみたら、
若いねーちゃんが電話口に出て、
すず虫だったか何虫だったか、
みたいな
ちんちろりんな声で
訳のわからない事を言った。


 「お客様の電話ですと、
  つながらない事がございます。
  それでもよろしいでしようか?」


 「???
  え?
  この電話、
  電報サービスにつながらないの?」


 「いえ、
  そうは申しません。
  つながらない事もありますのでと・・・」


 「(?・・・過去にこの電話で
   何度も祝電や弔電を使ってるんだけど)
  なんでつながらない訳?」


 「それがよくわかりません。」


 「わからないって・・・
  ちゃんとお話してくれる?
  どうしてこの電話は電報局につながらないの?」


 「はあ、
  それがよくわからないのです。」


 「何でつながらないのかな?」


 「つながらないとは申しません。」


 「え?
  つながるの?」


 「いいえあの・・・
  つながらない事もあるのでと。」

 「だから、
  どうしてって聞いてるんだけど」


 「それはよくわかりません。
  かけてみないと・・・」


 「つながるかどうかわからないし
  つながってもつながらなくても
  どうしてかはわからないって事?」


 「はい。
  そうでございます。」


 「わかった。
  とりあえずかけてみるから、
  番号は?」


 「はい。
  つながるかどうかわかりませんが
  3桁で、115番です。」


 「そう。
  ありがとう。」


私は自宅の家電話から
115にダイヤルしてみた。


・・・(呼び出し音)・・・


 「はい、
  こちら、115、
  電報サービス局です。
  電報のご利用でございますか?」


 「はい。
  お祝い電報を・・・」


 「ありがとうございます。
  それでは、
  お客様の今お使いの電話番号を市外局番から・・・」


・・・(-"-;)・・・・・・・・・


こうして
私はめでたくお祝い電報を打ったけど、、、、、
あの
番号案内のねーちゃんは
一体何者?
日本人か?????
冗談でもフィクションでもないよ。
つい数時間前、本当に
番号案内の104相手にあんな不条理な会話してたの。
意味不明でしょ?
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次の日曜日

2007-02-09 21:34:56 | 信仰
耳鼻科の内服薬の効き目は恐るべきもので
随分症状が改善した。
でも、
今回は気管がやられているので
咳が止まらなければ
次回は内科行きだって。


今も、
ちょっとでも喋ると咳き込む。
熱とかだるさとか
急性の症状はもうなくなったけど
咳がくせもの。
ゴホゴホやってると皆に感染させてしまう。
それで
仕事中は医療用マスクの中に
ハイガーゼを分厚くあてて
咳が出そうになったら
トイレに走って人の居ない所で咳をする。
(ハイガーゼ=コットンとティッシューとガーゼを
       合せて3で割ったような性質のガーゼ)
深呼吸したり長々喋らなければ咳き込まない。
それだけが救いだ。


という事で、
咳が完全に治まるまでじじや教会とは
私はアンタッチャブルだ。
今度の日曜日は
還暦を迎えた教会員と
喜寿のじじとを
教会の皆さんが祝福して下さる。
食べ物持ち寄りで祝会なんだけど
じじはずっと前から楽しみにしてたよ。
でも
私は参加出来ない。


ヘルパーさんも
その事を気にかけてくれてて
「こちらからも何か持参したいけど
 何がいいでしょうか?
 相談したいのですが」と
言ってくれた。
ありがたい事だ。
ヘルパーさん達は
じじが教会で皆と楽しく関わる事が出来るように
協力を惜しまず、
いい雰囲気でじじが教会にいられるように
配慮してくれる。


それで、
お子ちゃま達も今度の日曜日は来てくれるかな。
来てくれるといいよね。じじ。
みんなでたっぷり食べられるような
ごっついケーキを持って行くよ。
60歳と77歳のバースデーケケーキ。
私は
皆とは一緒に食卓を囲んだり話したり出来ないので
日曜日には教会にケーキを届けたらすぐ帰る。


じじ、
よかったな。
皆に祝福して貰えて。
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免疫力活性化?

2007-02-08 01:08:08 | 日常
疲れなんていつもの事だからと
タカをくくっていると
デカイしっぺ返しがくる。
どうでもいいタダの風邪なんかで
ここまで悪化するのは
抵抗力が落ちている証拠。
以前なら
疲れたら焼肉屋に行って
大量のタマネギと長ねぎを
ただ炭火で焼いて4、5人分完食して
乗り切ったものだが
口腔や咽頭をやられると
焼き肉屋なんか行きたくない。
行く時間も無い。


それで今日は日勤終わって
帰宅途中に薬屋に寄って
免疫力増強のネタとなる漢方やら
滋養強壮剤を買い込んだ。
看護師の給料って
夜勤や残業で稼げば稼ぐだけ
こういうもので飛んでしまう。
何のために働いてんだかよくわかんない。


しかし
いずれもよく効く。


手術場の時は
いつなん時呼ばれるか
いつ家に戻れるかも全然わからなくて
これら強壮剤に加えて
カフェイン剤のドリンクとアメと
大嫌いなコカコーラを
常時携帯して
4時間置きに服用していた。
その他に
食事代わりのサプリメント類を
多種飲んでいた。


今はせいぜい
夜勤の時だけコカコーラを飲む程度。
以前よりは全然ましだ。
夜勤の時以外は
定時に休憩も昼食も取れるし。


帰宅して食事してすぐ就寝して
さっきまで寝てた。
もう朝かと思って目が覚めたら
まだこんな時刻。
咳が止まらなくて目が覚めた。
やっぱり
臥床してると眠ってて呼吸し難いのかな。


夢を見て目が覚めた。
タバコを吸いたくて
一生懸命吸ってるんだけど
吸えなくて頑張ってた。
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マイナス!

2007-02-08 00:42:09 | 日常
耳鼻科の処方薬のおかげで
ずっと続いていた頭痛と
咽喉の炎症の痛みから解放されて
今日は日勤で出てすぐに
職場の内科外来でインフルエンザの検査を受けた。
マイナスだった。
(もしプラスだったら
 仕事せずに自宅謹慎のところだった。)
胸のX線写真もキレイ。


タダの風邪から来る気管支炎の初期と決まって
ほっとして病棟に戻ったら
受け持ち患者さんの一人に
脳血管障害の初発症状と思われる
眼球右方偏位が出現した。
みるみる
状態が急変し危険な呼吸状態になった。


別の所では原因不明の高熱を出した人もいて、
今日1日は修羅場だった。
その修羅場を私から引き継いで
先輩が一人で全50人受け持って
今この時刻も頑張ってるよ。


私は
明日の晩の夜勤。
覚悟しよう。
明日の晩の当直医はザビエルらしい。
こんな所から
密かによろしく。
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天使のシール

2007-02-04 23:25:43 | 教会
これ、マイミクの
大福さんがカトリック高円寺教会へ
ルルドのアメ買いに行って下さった時に
売店の女性が貼ってくれた
『縁結びの天使ちゃん』シール。
「ご縁がありますように」だそうです。
かのカリスマ神父様の図案かな?
ちっちゃいの。
かわいいよね。
高円寺教会の売店でアメ買うと
こんなのを付けてくれるんですよ。
ほのぼのしてるよね。
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ルルドのアメ

2007-02-03 14:00:10 | 
東京に帰省中のマイミク、
大福さんが
わざわざカトリック高円寺教会の売店まで行って
買って送って下さった、
ルルドのアメ。
ルルドの水を練り込んだアメだそうだ。
このアメ、
井上の大好物。
素朴な甘味にうっすらミントの味がする。


十数年も前に、
勤務先に入院していたカトリック信者の方から
イースターに頂いた。
それがこのアメとの最初の出会いだった。


その方は目が不自由で
視力を殆ど失いかけていた。
いつもラジオで早朝の福音放送を聴く事が
楽しみだと言っていた。
ベッドサイドに女の顔と子供の顔の
木彫りのレリーフを置いていた。
私は当時
まだ脳外科に就職して間もない看護助手で、
ベッドの周りを雑巾で拭いていて、
その木彫りに気がついた。
キリスト教の方ですかと聞いてみた。


 「はい。
  そうです。
  あなたもですね。」


どうしてわかりました?


 「そこの御像に目を留められたから。
  これは聖母、これはキリスト。
  どちらの教会に行ってらっしゃるの?」


すみません。
私はカトリックではないんです。
白石区にあるメノナイト教会で
去年洗礼を受けたんです。


 「洗礼を受けられたの。
  それはよかった。
  私達は同じですね。
  ただお一人の神様を信じて救われた。
  一緒です。
  よろしくね。」


私はその人との会話を霞がかかったように
ぼんやりと憶えている。
自分は洗礼を受けてからやっと
今頃になって聖書を読み始めたとか、
日曜日も出勤する事が多くて
礼拝も休む事が多いとか
そんな話をした。
その方は幼児洗礼で
ずっとカトリックとして生きてきたが
聖書を読んでみたいけど
そう思った時には重症の糖尿病で
視力を失っていた。
でもラジオの福音放送で心が慰められる、
ずっと入院中で教会には行っていない、
そう言っていた。


仕事は結構忙しくて
バタバタ走ってばかりいて
一人の患者さんとゆっくり話する事など
殆ど出来なかった。
でもその方は何度か廊下に歩いて出て来て、
私を待っていた。
声と物音でわかったのだろうか、
目が不自由なのに
廊下を走る私によく声をかけてきた。


「井上さん、これ。
 これ、休憩時間に食べて。
 私、間違って売店で買っちゃったの。」


そう言って
ジャムパンを手渡してきた。
ある時は
りんごとカスタードのデニッシュパン、
ある時は
金時豆のパン。


糖尿病で目の不自由な人が
わざわざ売店まで行って
間違って菓子パンを買う筈はない。


一度、
受け取らずに言ってみた。
せっかく売店まで行って
買って来られたのに、
ご自分で食べられないのですか?
すると


 「私は糖尿病なので
  食べられないんです。」


・・・p(=_=;)・・・?


休憩室で看護師長が私に言った。


 「貰ってあげなさい。
  お友達になりたいのよ。」


その方は間もなく別の病院に転院して行った。
転院する事が決まった時、
その人は言い難そうに本を差し出した。


 「こういう本、
  読んで頂けるかどうかと思って・・・
  こういう本、
  お嫌いじゃなかったら・・・」


あるカトリック司祭の著書だった。


 『聖母マリアの交響曲』
   (鵜野泰年著 中央出版1991年)


私はありがとうと言って
感謝して受け取り、
その本はすぐ読み終えてしまった。


翌年のイースターに、
その方から郵便が自宅に届いた。
イースターおめでとうと書かれた、
手紙が添えてあり、
中にはアメが入っていた。
お礼の手紙を書いた記憶がある。
目が不自由でも
きっと身近の誰かが読んでくれる。


その頃は教会で不愉快な事があって、
足が遠退いていた時期だった。
素朴な味のアメで励まされた気がした。


それがこのアメ。
たまに取り出して
大事に1個ずつ食べていた。
当時コルクの蓋付きのビンに移して
袋のラベルをビンに貼っていた。
そのビンが今も残っていたので
同じようにしてみた。


懐かしい味がする。
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