ぱんくず日記

日々の記録と自己分析。

私は何でここにいるのだ

2016-09-16 23:34:50 | 日常
地震だった。
妙に生々しい横揺れで震度5強から6くらい、
身近なものがガタガタと音を発てて横滑りするので
本棚や家電が倒れないか危惧していた。
家具を押さえるよりも避難した方がいい、と感じた。
咄嗟に、何故かわからないが大昔に住んでいた札幌の古いアパートの、
かつて自分が住んでいた部屋に入って揺れが収まるのを待った。
この一室は今現在既に別の誰かが住んでいるのだと思った時、
壁に取り付けてある電話が鳴った。
何か公共料金の請求電話だ。
その部屋の現在の住人は男性で何かの料金を滞納しているらしい。
電話の向こうのおっさんは執拗に「在宅なのはわかったからこれから行く」と言う。
いや来られても私はこの部屋の滞納者ではないし、
住人でない私が支払う謂れは無いと言うと、
電話の相手は突っ込んで来た。

「ではあなたは誰ですか?何でそこにいるんですか?」

???

そうだ。
私は何でここにいるのだ?

目が醒めた。
3:16。
知らんうちに爆睡していた。
照明を消すのも忘れてうっかり寝入って睡眠が浅かったのか夢を見ていた。
職場からの呼び出し電話は今のところないのでもう一度寝る。

・・・・・

再び覚醒したら7:00。
本日は日勤、完全に寝坊である。
寝起き悪いなぁ。
ぎりぎりの出勤となってしまった。

・・・・・

昼休み。
腹が立ってくるほどに忙しい。
実際にひどい荒れ荒れでもないが休日が教会や所用で潰れる事が続き、
日常の業務の他に勉強会の講師役なんかが回って来たりする上に
やった事のない業務を割り当てられて新らたに追加して憶えなければならないとか、
回転する日常の動きの一つ一つをトリアージし優先順位をつけながら
脳みそが付いて行けてない苛立ちがある。
自分自身以外の誰にも向けようのない苛立ちである。

朝は天気よかったのが昼食の卵とじ丼を食べている間に雲が伸びて来た。

卵とじ丼はウマかったが、和食はやはり糖度が高い気がする。
食後にぼたもちを餡も除けずに3個くらい食ってしまったような
不快感と後悔が口の中に残る。
甘辛い味の和食は紛れもないジャンクフードである。
食べている最中はウマくても心身の健康には甚だよろしくない、
私にとって和食は毒物のようなものだ。

・・・・・

引継ぎを済ませて業務を抜ける。
慌ただしく勉強会の準備をして会場に向かう時、窓の外が急変していた。

げー。
叩かれたら痛いほどの雨だ。
地面の水溜りが波打っているではないか。
この物凄い雨の中、私は今日帰宅出来るのか?

・・・・・

仕事、何とか終えた。
バスに乗った時には叩き付けていた大雨が、降りた時には小降りに転じていた。
傘無しでも大丈夫だ。
ナトリウム灯で潮焼けした樹木が照らされている。


・・・・・

帰宅後気絶していた。
寒い。
ここ数日の体調不良は気温が下がったからであろう。
何処がどう悪い訳でもなく、
気温と湿度が上がって皆がへたれても自分だけ平気だったのが
涼しくなった途端に毎年の事ながら体調不良になる。
自覚している以上に低温に弱いかも知れない。
しかしこんな事ではこれからの冬に生き延びられないので
いや別に生き延びなくてもいいんだけど寒いのは嫌いだから体内から温めるため
朝から激辛カレー、出勤は路面が凍るまでは徒歩、帰宅後は筋トレ、
就寝前は入浴と温めた牛乳とキヨーレオピンを欠かさないようにしている。
真冬の厳寒期に入ってしまうとむしろ体調が安定するのでそれまでの辛抱だ。
じりじり焼け付く灼熱の夏とばりばりフリーズドライな厳寒の真冬を快適と感じるのは
中途半端に冷えたり生暖かかったりして冷気と湿気が衣類を通すからだと思う。

あ。
床にイモム氏。
何処に行くつもりだ。

何処から侵入して来たのだ。
窓やベランダではなく、先日から活けてある鬼灯と竜胆とススキのうちの
どれかにくっ付いていたのだろう。
何の挨拶も無く私の視界をのんびり横切ろうとする。
足で行く手を遮り床をドンと踏み鳴らすと緊張したのかぴたりと固まった。
再度ドンと踏み鳴らすと頼みもしないのにぐるりと捻じ曲がって丸まった。
あれ。
動かなくなったぞ。
面白くないから不要なチラシ紙で捕獲し、窓の外に放り投げた。
窓の下には草が生えている。
寒いけどな。

・・・・・

先日映画『早過ぎた埋葬』をようつべで見たら、
幼少時に見た他の恐怖映画も探したくなった。
しかし何せ就学前に見た幼児期の記憶を辿って探すものだから
当の映画の題名も何もわからない。
憶えているのは映画の一番最後のおどろおどろしい映像である。
主人公の男と恋仲だったヒロインの顔面がどろどろと茶色く融け出す。
愛を告白し接吻を要求する美しい女がみるみる融けて崩壊、液状化する。
最後にはドレスを着た髑髏が残る。
途中の物語はよく憶えていない。
ゾンビや幽霊や血を吸う典型的な妖怪ではなく
大昔に死んだ女性が近代に甦った設定ではなかったか。
何百年も昔の女が甦って実年齢をひた隠しにして主人公と恋仲になるのだったかな。
主人公は恋仲になった相手の辻褄合わない言動と周囲に起こる怪現象に不審を抱き、
映画の中でいろいろ調べて奔走し、最後のシーンには古い墓所に到達する。
謎が解かれた瞬間恋人が融け始める。
主人公に愛の言葉を囁きながら美女の顔がぼろぼろと崩れ始める。
そこから映画の最後の監督や製作スタッフ、キャストなどの名前が
どろどろと加速して液状化する女の顔を背景にエンディングの字幕として画面を上下に通過する。
最後の文字が画面中央で止まった時、融けた女は完全な骸骨になった。
その映画を見たのは昭和40年代前半だった。
時代考証や衣装は『早過ぎた埋葬』の時代と同じような時代のもので、
私が見たのは「ローズマリーの赤ちゃん」より少なくとも5、6年以上は前であり、
「エクソシスト」の映画封切よりも10年は前にテレビの洋画劇場の再放送で見た。
細部まで憶えているようでも記憶が断片的過ぎて検索の手掛かりが乏しく探し出せない。
本当はどんな映画だったのか今一度見てみたいものだ。
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